シティポップの世界的ブームの背景 かれらの日本という国への目線

シティポップの世界的ブームの背景 かれらの日本という国への目線

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山元翔一(CINRA.NET編集部)
イラスト:アボット奥谷

「シティポップ」にまつわる言説はとても複雑だ。そもそも音楽的な定義が曖昧で、その反面なんとなくの風景やビジュアル、イメージを想起させてしまう言葉の魔力も理由としてあるだろう。だがもちろんそれだけではない。

たとえば、1970~1980年代のリアルタイム世代の感覚、1990~2000年代にクラブシーンで「和モノ」としてリバイバルされたときの感覚、2010年代初頭に「ネオシティポップ」としてリアルタイムではない世代による実践が盛んに行われていたときの感覚が、そのときどきの社会的状況やメディア環境を反映して微妙に異なっていることもひとつの背景にある(もちろん共通している部分も大いにあるのだが)。

そこに海外からの目線が加わると一層ややこしくなる。ちょうど「ネオシティポップ」という言葉が用いられはじめたころ、インターネット上ではヴェイパーウェイヴと呼ばれる新たなジャンルが勃興し、日本のシティポップが発見され、アメリカの若者たちのあいだでにわかに注目を集める。2010年代にYouTubeなどを通じてアメリカでディグされていったシティポップの感覚と、日本国内における感覚には見過ごせないギャップがあり、そこにもシティポップという言葉にまつわる複雑さを生み出す因子が隠れているように思われる。

ヴェイパーウェイヴを出自に持つ韓国のDJ・Night Tempoや、インドネシアのYouTuberであるRainychといったシティポップを積極的に取り上げるアーティストの存在も忘れてはならない。日本とアメリカという単純な構図で語ることができず、各国の状況も考える必要があるとなると事態はさらに複雑になる。

何が言いたいかというと、「2021年におけるシティポップブームの要因はこれだ」と言い切れる何かを提示することは不可能に限りなく近いのだ。

この認識を前提に、それでもこの興味深い現象の背景を整理して記事にできないかと考えた。『シティ・ポップ 1973-2019』(2019年、ミュージックマガジン)の監修も手がけた松永良平、9月に編著書『シティポップとは何か』(河出書房)の刊行を控える柴崎祐二、そしてSpotify Japanの芦澤紀子に協力いただき実施した鼎談をまとめたのが本稿だ(後日もう1本の記事を公開予定)。

ここでは2010~2020年代のシティポップの海外受容における文脈と背景、そして日本におけるシティポップにまつわる歴史にフォーカスをあててまとめている。それにあたって先述の『シティ・ポップ 1973-2019』と『ユリイカ2019年12月号 特集=Vaporwave』(2019年、青土社)は大変参考にさせていただいた。

この記事があなたにとって、シティポップというミステリアスで魅惑的な音楽の奥にあるものについて考える(あるいは見つめなおす)きっかけになれば幸いだ。

2010年代後半のグローバルなシティポップブームの経緯を概観する

芦澤:まず、Spotify上でシティポップを取り巻く世界的な状況に顕著な変化が見られるようになったのは、2020年の10~11月以降、年末にかけてでした。

いろんな記事ですでに書かれていることと重複するのですが、もともとヴェイパーウェイヴ / フューチャーファンク(註1)的なものの延長線上で、日本のレアなレコードやCDをディグすること、それをネット上で聴くことが2010年代の後半くらいから盛んに行われるようになり、そこにYouTubeのレコメンドのアルゴリズムも影響して、世界中にシティポップのムーブメントが拡散していくんですけど。


MACINTOSH PLUS『Floral Shoppe』(2011年)より。プレイリスト『vaporwave』を聴く(Spotifyを開く


無作為につながれた日本のアニメ映像とともに展開するフューチャーファンクのDJミックス映像。公開は2016年2月。プレイリスト『Future Funk』を聴く(Spotifyを開く

柴崎:それと関連して、2010年代を通じて世界の音楽市場において、Daft Punkの“Get Lucky”(2013年発表の『Random Access Memorie』収録)を象徴とするディスコ / ブギーの復権や、AORの再評価など、1980年代的なもののリバイバルが世界的にあったんですよね。

Daft Punk“Get Lucky”を聴く(Spotifyを開く

柴崎:聴取感覚的にシティポップと近い80sサウンドのリバイバルがあったこと、あるいはヴェイパーウェイヴやフューチャーファンクを経由した1980年代的な音楽に対する欲求が、若年層のリスナーの間にふつふつと溜まっていたこと。そこに極東からのシティポップがネット上で顕在化してきた、という。

芦澤:そうですね。そういった状況のなかで2016年の秋にSpotify Japanはローンチしました。

当初は国内のカタログ音源が全て揃っているわけではなかったのですが、いろんな状況が相乗して2019年くらいからシティポップの名盤とされる作品の配信も増えてきて。

ネット上にある非公式の音源やカバー動画、もしくは非公式に楽曲を使った動画が再生回数を積み上げていくなかで、公式のストリーミング音源も発見されて聴かれるようになっていきました。それが2019年以降から、2020年にかけて。


秋元薫“Dress Down”(1986年)はブギーの再評価からフューチャーファンク経由で海外に発見された代表的な楽曲のひとつ(Spotifyを開く

芦澤:そのあたりから東南アジアを軸とするTikTokのムーブメント、特にRainychの存在も大きいと思うんですけど、どんどんオーバーグラウンドな動きに転化していって、2020年12月に松原みきさんの“真夜中のドア~Stay With Me”(1980年)がいきなりグローバルバイラル18日連続1位という状況につながる。

さらに、竹内まりやさんの“プラスティック・ラブ”(1984年)が世界中でSpotifyで聴けるようになるのが偶然同じくらいの時期で。おおまかにはこういった経緯で現在に至ります。


Rainychはインドネシア出身のシンガーで、現在のインドネシアにおけるシティポップ人気の立役者と見なされている。2020年4月30日に“プラスティック・ラブ”のカバー動画を公開

“プラスティック・ラブ”と“真夜中のドア”の、月と太陽のような関係

松永:以前も書いたんですけど、“プラスティック・ラブ”ってずーっとYouTube上に存在するだけで、「オフィシャル音源」がネット上にないヒット曲だったんですよね。

韓国と日本を行き来しながらDJ / プロデューサーとして活動している長谷川陽平さんに昨年取材した際にも“プラスティック・ラブ”は現場ですごく愛されていて、“真夜中のドア”も同じくらいクラブでの人気があった。太陽と月みたいな関係だったと聞きました。

“プラスティック・ラブ”の解禁は準備されていたこととはいえ、タイミングがすごく不思議というか、偶然の賜物だとしてもすごいことだなと思いますね。

竹内まりや“プラスティック・ラブ”を聴く(Spotifyを開く

松原みき“真夜中のドア”を聴く(Spotifyを開く

芦澤:“プラスティック・ラブ”はニーズがあることは明らかだったのに、正規の音源が出てこない状況が長らく続いていたところで、2020年12月に解禁されることが決まって。そのタイミングが、“真夜中のドア”のグローバルバイラル1位と一致したのは、偶然なのか必然なのか、と考えますね。

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プロフィール

松永良平(まつなが りょうへい)

1968年、熊本県生まれ。大学時代よりレコード店に勤務し、大学卒業後、友人たちと立ち上げた音楽雑誌『リズム&ペンシル』がきっかけで執筆活動を開始。現在もレコード店勤務のかたわら、雑誌 / ウェブを中心に記事執筆、インタビュー、ライナーノーツ執筆などを行う。

柴崎祐二(しばさき ゆうじ)

1983年埼玉県生まれ。音楽ディレクター、評論家。編共著に『オブスキュア・シティポップ・ディスクガイド』、連載に「MUSIC GOES ON 最新音楽生活考」(『レコード・コレクターズ』)などがある。2021年9月に編著を務めた『シティポップとは何か』(河出書房)の刊行を控えている。

芦澤紀子(あしざわ のりこ)

ソニーミュージックで洋楽・邦楽の制作やマーケティング、ソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)で「PlayStation Music」の立ち上げに関わった後、2018年にSpotify Japan入社。

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