(メイン画像:『カウボーイビバップ』『天空のエスカフローネ』『ブレンパワード』『ベターマン』©︎サンライズ『∀ガンダム』©︎創通・サンライズ 『コードギアス 反逆のルルーシュ』©SUNRISE/PROJECT GEASS character Design ©CLAMP・ST 『コードギアス 亡国のアキト』©SUNRISE/PROJECT L-GEASS character Design ©2006-2018CLAMP・ST)
オープニング曲“Tank!”が象徴する、菅野よう子の音楽観
東日本大震災の復興ソングとして、今も広く歌い継がれる“花は咲く”を作曲した宮城県仙台市出身の菅野よう子。ヤマハ音楽教室や吹奏楽部で音楽の経験を積み、早稲田大学の文学部を中退して作曲家に。デビューは意外にもゲーム『三国志』(1985年 / 光栄)であり、CMの音楽で頭角を現していったのだが、最初に彼女の名前が世の中で注目されたのはOVAアニメ『マクロスプラス』(渡辺信一郎監督 / 1994年)以降のことであろう。これが彼女にとって劇伴デビューであったというのだから、驚くほかない。
その後も、アニメを中心に創作活動をおこない、アニメ本編ではなく主題歌だけを担当するケースにおいても実力を発揮。人気声優・歌手の坂本真綾が歌った数々の名曲には忘れ難いものが多い。中でも、日本国内にとどまらず、海外からも人気が高いのが1998~99年にかけて地上波と衛星放送で放映された『カウボーイビバップ』だ。監督を務めたのは、近年『ブレードランナー ブラックアウト 2022』(2017年)や『キャロル&チューズデイ』(2019年)でも話題を集め、世界の最前線で活躍する渡辺信一郎である。
坂本真綾『everywhere I』を聴く(Spotifyを開く)。曲のほとんどを菅野よう子が手掛けている。『CAROLE & TUESDAY -キャロル&チューズデイ』プレイリストを聴く(Spotifyを開く)
彼にとっても出世作となったこのアニメの人気を生み出した要因のひとつが、菅野によるジャズやブルース的な音楽であることは間違いないだろう。しかし、意外かもしれないが菅野自身は「ジャズなんて、嫌い。だーっと長いだけで」(参照:タワーレコード オンライン『第4回 ─ 作曲家菅野よう子という不思議な世界 Part 1』)と公言してはばからないのである。
このスタンスは、清々しいほど一貫しており、2008年のインタビューでは「ジャズっていうのは、みんながず~っと同じことを繰り返してて長い! どこ聴いて良いのか分からない!(笑)」(参照:Billboard JAPAN『菅野よう子 『CMようこ』インタビュー Vol.1』)と語り、ジャズそのものを描いたアニメ『坂道のアポロン』(渡辺信一郎監督 / 2012年)を担当してもなお、「今でもジャズは何を楽しめばいいのかよくわかりません。」(参照:Amazon『菅野よう子さん Amazon独占インタビュー』)と語るなど、菅野にとってジャズは根本的に受け入れ難い音楽であるようだ。
『アニメ「坂道のアポロン」オリジナル・サウンドトラック』を聴く(Spotifyを開く)
菅野の言わんとすることは、おそらくこうであろう。最初にテーマを演奏したあと、ミュージシャン一人ひとりにソロ(アドリブ)をまわしていき、最後にまたテーマが戻ってくるジャズの定形的な形式。このソロまわしを「長いだけ」と切り捨てているのだ。当初は劇伴の1曲として書かれたものがテーマ曲に格上げされた“Tank!”は、フルバージョンでも3分30秒と短い上、アルトサックスのソロも1分ほど(1'45"~2'45")と切り詰めてある。実際のオープニングでかかる1分30秒ほどのショートバージョンではソロの部分は全てカットされていた。
しかしながら、そもそも“Tank!”はジャズなのだろうか? 確かに演奏を務めるシートベルツのメンバーにはサックスの本田雅人やトロンボーンの村田陽一といった日本を代表するジャズミュージシャンも参加しているが、実はジャズを含む様々なジャンルをこなすスタジオミュージシャン(サックスの山本拓夫、ドラムスの佐野康夫、パーカッションの三沢またろう等)の割合のほうが多い。
“Tank!”が収録された『「COWBOY BEBOP」オリジナルサウンドトラック』を聴く(Spotifyを開く)
そして、菅野自身は2014年のインタビューで以下のように語っている。
昔は、子供が演奏するブラスバンドの曲って、カッコイイものがなかったんです。だから当時、オリジナルの曲を作って演奏したりしていたんですけど、子供心にずーっと「こんなカッコ悪い曲でみんな我慢してるの!?」というフラストレーションがあって。もっと心が荒ぶるような、血液が沸騰するような、はっちゃけられるようなブラスの曲がやりたい! という思いを大人になって爆発させたのがOPテーマだった「Tank!」という曲で。自分で演奏してて燃える、と思えるブラス・ファンクをやってやろうと思ったんです。
(参照:Red Bull Music Academy Japan「INTERVIEW: 菅野よう子 日本のアニメに革新をもたらした作曲家の、広がり続ける音楽世界」)
つまり、純粋なジャズというよりも、ブラス(金管)とファンク要素の強いフュージョン、もしくはファンク色のあるブラスロックのようなものとして作曲者自身は自認しているのだろう。監督の渡辺が本作の原型としてイメージしていたドラマ『探偵物語』(1979年から1980年まで日本テレビ系列で放送)のオープニングテーマ“Bad City”がファンク色のあるブラス・ロック(+ディスコ色が強いのがちょっと違うけども……)であることを鑑みると、腑に落ちるはずだ。
SHOGUN“Bad City 2002”を聴く(Spotifyを開く)
第1話を例に見る、『カウボーイビバップ』の優れたサントラの効果
『カウボーイビバップ』の「ジャズ」という側面が強調されるのは、「スペースオペラ」ならぬ「スペースジャズ」という発想で渡辺監督が本作のアイデアを生み出したからでもある。スペースオペラというのは『スター・ウォーズ』シリーズに代表される宇宙を舞台にした冒険活劇のことで、オペラというのは決して『スター・ウォーズ』のクラシック的な音楽を意味しているわけではないのだが、その部分をジャズ等、ブラックミュージックに置き換えるというアイデアが本作のはじまりとなったという。
面白いのは、この発想を単なる雰囲気作りに利用するだけでなく、キャラクター造形にも活かしているところだ。劇中でジャズファンという設定になっているのが、主人公スパイクの相棒ジェット。実年齢は意外にも36歳なのだが、容姿は巨漢のスキンヘッドで髭面、趣味は盆栽と、明らかに年齢に不相応な設定になっており、ジャズ好きという要素もこの一環であるわけだ。オンボロ宇宙船に、ジャズのスタイルから取られたビバップ号(ビバップの創始者であるチャーリー・パーカーの名前も劇中の台詞に登場する)と名付けたのもジェットであり、彼らの時代遅れの生き方を意味しているのだ。そうした音楽による意味付けは第1話の時点から徹底している。
『「COWBOY BEBOP」オリジナルサウンドトラック2 NO DISC』を聴く(Spotifyを開く)
まずはアバンタイトルとしてスパイクの過去がフラッシュバック的に描かれ、“MEMORY”というオルゴールの曲が流れる。ブルース的なフィーリングをもった音楽で、オルゴールにすることで回顧的なニュアンスを強めているのだろう。その後、オープニング“Tank!”を挟んで、本編に入るとブルースハープとギターによる“SPOKEY DOKEY”というブルース風の音楽が流れ、台詞もなくビバップ号の日常風景が描かれる。
その後、音楽のないシーンや、スパイクの口笛(サウンドトラックに含まれないため、扱いとしては台詞に近い)を挟み、小惑星ティワナ(アメリカとの国境付近にあるメキシコの都市がモデル)に舞台が移ると、ブルース風のギターによる“FELT TIP PEN”という曲が流れてくるが、面白いのはよくよく聴いてみると旋律線自体はハワイアン風なのだ。気の抜けた日常に思わせておいて、その後また音楽が止まると今回の敵役であるアシモフが事件を起こし始める。しばらく音楽はなく、主人公スパイクがティワナに登場してちょっとすると“Don't bother none”(歌ものだが、使われているのはイントロ部分)という、今度こそ正真正銘のブルース風ギターが短く30秒ほどだけ流れる。
CM明け、アシモフの恋人カテリーナとスパイクが出会うところで、先ほどと同じブルースギター風の曲が流れるが、今度は更に短く15秒ほど。音楽なしの場面を挟んで、スパイクが核心を突く場面でフォーク風の歌“ELM”のギター伴奏だけが流れ、アシモフとカテリーナの悲劇的な最期を予言する。逃亡するこのカップルの背景で再びブルース風のギターが流れた後、スパイクとアシモフが対面。バトルが始まるとオープニングテーマと並ぶ本アニメの代表的楽曲“RUSH”が流れる。
アシモフとカテリーナが宇宙船で逃亡しはじめて、しばらくすると緊迫するチェイスシーンであるはずにもかかわらず“ROAD TO THE WEST”というシンセサイザーの和音にのせた物悲しいサックスの音色が聴こえてくる。まさに、こうした音楽使いが本作の真骨頂と言える部分で、通常、音楽は今まさに画面の中で起きているメイントピックを描きがちなのだが、ここでは音楽が一歩先に悲劇的なカップルの結末を描きはじめているのだ。その嫌な予兆があるからこそ、音楽が突然止まるあの演出が大きな効果を発揮。そして、すぐに本編冒頭に流れた“SPOKEY DOKEY”が流れ出すことで、悲劇の余韻に引きずられずにスパイクとジェットは――これが特別な出来事ではなく、日常茶飯事であることをほのめかして――いつもの生活へと戻っていくのだ。こうした音楽演出が、まさに「大人のアニメ」と称されるイメージを生み出している。
『「COWBOY BEBOP」オリジナルサウンドトラック3 BLUE』を聴く(Spotifyを開く)
毎週放送のアニメで実現した、奇跡とも言える緻密な音楽演出
巧みな音楽演出と共に最も大事なポイントとなるのが、『カウボーイビバップ』は音楽的要素の強いアニメーションでありながら――いや、音楽を大事にしているからこそ、音楽が流れない場面が非常に多い作品でもあるということ。各話の中で音楽が全編流れっぱなしということは決してなく、メリハリの付け方が手練である。その極致に位置するのが(制作の経緯が特殊とはいえ)第11話の「闇夜のヘヴィ・ロック」である。効果音的な音楽を除けば、まともに音楽が流れるのは終盤の“花のワルツ”(ピョートル・チャイコフスキー作曲)のみ。これは、同じく宇宙空間にワルツ“美しき青きドナウ”(ヨハン・シュトラウス作曲)を流した映画『2001年宇宙の旅』(スタンリー・キューブリック / 1968年)のパロディでもあるのだろう。
そして第1話の中で、既に最終回へとむけた伏線が張られているのも見逃せない。終盤に流れた“ROAD TO THE WEST”は第25話「ザ・リアル・フォークブルース(前編)」において物語の最終局面へと物語が転じる場面でも登場する。こうすることでスパイクにとって、第1話のアシモフが自分の異なる可能性であったことが示される。そして冒頭に流れた“MEMORY”は第25話「ザ・リアル・フォークブルース(前編)」と第26話(最終回)「ザ・リアル・フォークブルース(後編)」を繋ぐ楽曲となる。そしてこの最終話では、エンディングテーマ“THE REAL FOLK BLUES”の歌詞で歌われていたのはスパイク自身であったことが明かされ、最終決戦へとむかうシーンで流されるのだ。
映画と異なり、毎週放映されるドラマやアニメは制作の都合上、ここまで徹底した音楽演出は難しいはずなのだが、渡辺と菅野の密なコラボレーションにより、奇跡的な作品が生まれてしまった。先月末から音楽ストリーミングサービスでサウンドトラックが配信開始されているので、是非音楽を聴き込んだ上で、初見の方も久しぶりという方にも、音楽アニメの最高峰『カウボーイビバップ』を楽しんでいただきたい。
『「COWBOY BEBOP Knockin'on heaven's door」Original Soundtrack FUTURE BLUES』を聴く(Spotifyを開く)
- リリース情報
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- 『COWBOY BEBOP-カウボーイビバップ-』プレイリスト