豪華ゲストを迎えたレキシ新アルバム全曲解説。「妄想」と「言葉遊び」に溢れた楽曲誕生の軌跡に迫る

レキシの通算7枚目となるアルバム『レキシチ』が4月20日にリリースされた。

今更いうまでもないが、レキシは元SUPER BUTTER DOGのメンバーであり、数多くのアーティストのサポートを務めてきたキーボーディストの池田貴史が、ロックやソウル、ファンク、AORなどさまざまな音楽的エッセンスを散りばめた楽曲に、日本史にまつわる歌詞を乗せたソロプロジェクトである。前作『ムキシ』からおよそ3年半ぶりとなる本作では、ゲストに「あ、たぎれんたろう」ことatagi(Awesome City Club)、「にゃん北朝時代」ことカネコアヤノ、「ぼく、獄門くん」こと打首獄門同好会をゲストに迎え、これまでのコンセプトを踏襲したレキシならではの世界観を展開している。

Spotifyのプレイリストシリーズ「Liner Voice+」では、長年レキシを追い続けてきたエディター / ライターの渡辺祐が、レキシ本人にアルバム全曲解説インタビューを実施。和気あいあいとした雰囲気のなか、各曲の制作エピソードなどを聞き出しつつレキシの持つユニークな音楽性の正体に迫っている。

レキシ「Liner Voice+」を聴く

「ポップさ」に振り切ったクレヨンしんちゃんの映画の主題歌

アルバム冒頭を飾るのは、レキシ4枚目のシングルとして先行リリースされた“ギガアイシテル”。この曲は本人も声優で出演する映画『クレヨンしんちゃん 激突! ラクガキングダムとほぼ四人の勇者』の主題歌として書き下ろされたものだ。コロナ禍で映画の公開が延期となり、それに伴いリリースも延びたが、曲そのものは2年前のツアー『アナザーレキシ〜あなたの知らないレキシの世界〜』の最中につくられたという。

レキシ:なんか、運動会でこの曲をかけて子どもたちが踊っていると聞いて、もう涙が出るくらい嬉しくて。「ここまで来たか……」という思いと同時に、「本当にそれでいいのか?」という戸惑いもありますね(笑)。

映画のテーマ「ラクガキ」から着想した「鳥獣戯画」の“ギガ”と、「とても」「非常に」を意味する現代語の“ギガ”をもじったタイトルがつけられ、インタビュアーの渡辺いわく「いままでのレキシが持っていた『ポップさ』の集大成的なでき栄え」となっている。

レキシ:ポップさの具合って、自分のなかでときどき「調整」まではいかないけど、あまりポップになり過ぎないようにとか、逆にマニアックになり過ぎないようにとか意識するんですけど、この曲に関してはもうポップス全開です。『クレヨンしんちゃん』の映画の主題歌だし、監督の京極尚彦さんからは「新しい場所へ一歩踏み出す」がテーマの作品だと聞いていたのもあって、前向きな曲にしたかったんですよね。

近現代史以降をテーマにした楽曲が歌いづらかった理由

アルバム3曲目の“たぶんMaybe明治 feat. あ、たぎれんたろう”は、何でも英語に変換するレキシいうところの「ルー大柴イズム」とダジャレが組み合わさった楽曲。レキシのレパートリーには、これまでも“Good bye ちょんまげ”など明治をテーマにした楽曲はあったが、他の時代に比べると近代史以降のエピソードは「デリケートな部分もあって曲にしづらかった」という。「(時代的に)近いだけに、悲しい史実もまだ人々の記憶に新しいからでは?」との渡辺の問いに、レキシも同意する。

レキシ:そうなんです。開放的にパーッと歌いづらいところがあり、曲にするのも難しいという気持ちがありました。でも、あるときに「深くそのことを歌詞にしようとするからだめなのでは?」と。例えば明治だったら、ひたすら“明治”と言っていればいいんじゃないかと思ったんですよ(笑)。そうしたら<Maybe Maybe Maybe Maybe 明治>とか、<Baby Baby Baby Baby アメイジング>というラインが浮かんできて。これってすごくダンサブルなワードだなと気がついた。そうしたらすぐに曲が書きあがりました。

なお、ゲストボーカルとしてAwesome City Clubのatagiが参加。「曲ができていくうちにシティポップ感というか、ダンサンブルな雰囲気がatagiくんに歌ってもらったらぴったりなんじゃないか」と思い、また声の質感も似ていることに気づき、1フレーズずつ交互に掛け合いで歌うという手法を取った。

レキシ:江戸から見た明治って、いまでいうと近未来みたいな感じなのかなと。しかも開国を間近にして「日本はどうなる?」って。これまで憶測にすぎなかったことが、一気に実現していく様にワクワクしたところもあれば、すごく不安な部分も当然あったはず。「時代についていけるんだろうか?」みたいな気持ちはいまもありますけど、自分の好きな子が「文明開化」してどんどん未来へ進んでいっているのに、自分はそこに乗り切れない……みたいな。そういう思いも歌詞にしています。

ちなみに、渡辺からの「メロディーと歌詞は同時進行に浮かぶのか、それとも先に歌詞が思いつくのか?」という質問に、レキシはこう語っている。

レキシ:メロディーだけが進行すると、どうしても難しくなってしまうタイプなんです。最初にイメージしていたものとはノリが変わってしまうこともある。やっぱり、「あ」「い」「う」みたいに一文字一文字にノリはグルーヴがあるので、どちらかというと言葉とメロディーが一緒に出てくるのが理想。この曲は、まさにそうやってできあがった曲でしたね。

さらに「デビュー時から比べて歌はうまくなった?」と聞かれると、このように答えていた。

レキシ:歌のうまさは、根本的な部分はあまり変わらないですね。でも何回も歌うことで、その曲が上手になることはあると思う。「稽古の結果、上達した」みたいな。でも、その人が持っている歌への感覚はそんなに変わらない。そういう意味では、何回も歌ったことで上達した曲はありますけどね。

アルバム内に3人の武将の視点が交差

レキシの楽曲は、日本史上のさまざまな出来事、人物、文化などに思いを馳せつつ、「こうだろうな」という妄想や、ダジャレなど言葉遊びによる連想を膨らませ、その「飛距離」を目一杯伸ばすことによって生み出されている。なかでも“つれづれ”は、そんな「レキシ作曲術」の真骨頂だ。

レキシ“つれづれ”を聴く

もともとこの曲は、HIP-HOPで用いられるフレーズ「Yes Yes Y'all」をもじった<YES 関所で油断した>というAメロの部分が思い浮かび、それをスチャダラパーのBOSEに話したところ、「『関所』で『油断した』ということは、何か忘れたのかね?」と言われて「通行手形を家に忘れて『どうしよう?』と慌てている人の歌にしよう」とひらめいたという。一方、それとは別に<徒然 It's too late>というフレーズも頭の片隅にあった。

レキシ:『徒然草』を曲にしたいと思ったときに、「つれづれ」と「It's too late」は語呂がいいなと。で、あるときキャロル・キングの“It's too late”が入っているアルバム(1971年『Tapestry』)って、日本語タイトルが『つづれおり』だということに気づいたんです。あれ? つながってる! と思ったらドキドキし始めて(笑)。「つれづれ」と「道連れ」も語呂がいい。「旅は道連れ」ならぬ、「旅はつれづれ」だと「あてもない旅」という意味になる。「YES 関所」と、「徒然 It's too late」という2つのアイデアが、旅というワードでつながりました。

さらにレコーディング中、間奏部分で当時ハマっていたヨーデルから着想を得て<いっせいに 伊勢に>というコーラスが思いついた。

レキシ:コロナ期間中にヨーデルにハマって、ウイリー沖山さんの動画など一時期見まくっていました。それでヨーデルっぽいフレーズ、何かないかな……と思ったときに浮かんだのが<いっせいに 伊勢に>。そうすると、「手形忘れてどうしよう。本当は伊勢に行きたかったのに」という「伊勢参り」をテーマにした歌になるなと。「伊勢」というワードが出てきたことによって、すべてがつながったんですよね。

アルバム6曲目に位置する“マイ草履 feat. にゃん北朝時代”は、自分の草履を温めていた木下藤吉郎こと豊臣秀吉に思いを馳せる織田信長の曲である。本作には、伊達政宗のことを秀吉の目線で描く“だって伊達”という曲もあり、アルバムのなかで秀吉、信長、政宗という3人の武将の視点が交差している点も注目だ。

この曲はカネコアヤノがボーカルで参加。渡辺は「印をバーンと押すような、圧倒的な声」と評価している。

レキシ:アヤノちゃんは、もちろんソロのときも聞いていたけど、バンドでガッツリやるようになってその映像を見ていると「アーティストとサポートメンバー」という関係性ではなく、雰囲気も温度もパフォーマンスも含めて「4人組のバンド」みたいなんですよ。それがすごくいいなと思ったし、自分に近しい感じもあってお願いしました。

ちなみにカネコの歴史ネームである「にゃん北朝時代」は、猫好きであり、「カ『ネコ』アヤノ」と名前に「ネコ」が入っていることにちなんでつけたそうだ。

解釈をリスナーに委ねる。メロディーに重きをおいた、歌モノアルバムへのシフト

新撰組のメンバーであり、「鬼の副長」の異名を持つ土方歳三について歌った“鬼の副長HIZIKATA feat. ぼく獄門くん”は、打首獄門同好会をゲストに迎えてレコーディングが行われた。

レキシ:土方、ひじかた、ひじ、かた、肘、肩……みたいな(笑)。打首のライブって、みんなでスクワットをしたりするじゃないですか。こうやって掛け声にしたら、ちょっと打首っぽいなと。で、肘、肩ときたら次は腰。腰、膝、ときたらやっぱりPIZAだなと。そんなふうに言葉遊びがどんどん遠くまで進んでいって(笑)。そうやって視点が変わっていくところも打首っぽいと思ったんですよね。

そうして始まった打首獄門同好会とのコラボレーションは、レキシにとって意外なものだったという。

レキシ:打首さんはバンドだから、おそらくスタジオに入ってセッションしながらアレンジを固めていくみたいな、そういう制作になるだろうなと勝手に思っていました。でもぼくが曲をつくってデモを向こうに投げたら、まず大澤会長(大澤敦史)が打ち込みでつくった緻密なデモが送られてきて。レコーディングのときも、音づくりからしっかりつくり込んで進めていく感じだったんですよね。ぼくは結構こだわりのあるタイプのミュージシャンが好きなので、ますます彼らのことが好きになりました。

こうしてできあったアルバム『レキシチ』。渡辺が「もちろんポップでダンサブルな楽曲もたくさんあるが、今回はメロディーに重きをおいた、歌モノのアルバムへとシフトしているのではないか?」と尋ねると、レキシもその変化を認める。

レキシ:もともと自分が音楽に目覚めたきっかけがThe Beatlesやさだまさしさんなので、そっちの面の自分が今回は出たのかなという気がします。

そして、アルバムが完成した心境についてはこのように締めくくった。

レキシ:できあがってしまうともう、聴いてくださる方に委ねちゃうんですよね。ときには(史実やその解釈について)「ここ、違うよ」という意見をもらうこともありますが、それもまた嬉しかったりするんです。聴いた方それぞれ自分なりに解釈して、その思いをいただきたいという、ただそれだけです。

レキシ「Liner Voice+」を聴く
リリース情報
レキシ
『レキシチ』通常盤(CD)


2022年4月20日(水)発売
価格:3,300円(税込)
VICL-65673
プロフィール
レキシ(池田貴史)
レキシ(池田貴史) (いけだ たかふみ)

福井県出身。1997年SUPER BUTTER DOGのキーボーディストとしてメジャーデビュー。デビュー当時からアフロヘアがトレードマークで、プレイヤーとしてはもちろん、ライブにおけるファンキーなエンターテナーぶりと喋りのセンスも評価が高く、テレビではバラエティー番組やドラマでも活躍中。



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