Spotify「Liner Voice+」アルバムにこだわり、作品の背景を伝える

2021年3月3日にリリースされたaiko待望のニューアルバム『どうしたって伝えられないから』。Spotifyでは、本作とともに新たなプレイリストシリーズ「Liner Voice+」を公開した。

アルバムに込めた思いや、制作時の出来事について、アーティストにインタビューし、その肉声をアルバム収録曲とともに聴くことができるプレイリスト「Liner Voice+」。「いつでもどこでも聴ける」以上の、包括的な音楽体験の提供を推進しているという担当部門責任者の芦澤紀子に話を聞いた。

ストリーミング上で「アルバム」を聴いてもらうために。新サービスに込めた思い

―最初に「Liner Voice+」とはどういうものなのか教えていただけますか?

芦澤:今回Spotifyがローンチした新しいプレイリストシリーズの名称です。簡単に説明すると、アルバムに焦点を当て、そのアルバムがどのような思いを込めて作られたのか、どのような制作過程を経てリリースに至ったのかというストーリーを、アーティスト自身の言葉で掘り下げたインタビュー音声入りのプレイリストです。

―アルバム全曲のトラックに、アーティストのインタビュー音声が全曲分挟まっている形のプレイリストという認識でしょうか?

芦澤:はい。形としてはそうなんですが、ストリーミングサービスの場合はシャッフル再生という聴き方もありますので、シャッフルで聴いても成り立つように、音声コメントは「次の曲は~~」というよう形にはしていません。曲名を言ってから始めるようにするなど、どんな曲順で聴いても楽しめるよう工夫しています。

芦澤紀子(あしざわ のりこ)
ソニーミュージックで洋楽・邦楽の制作やマーケティング、ソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)で「PlayStation Music」の立ち上げに関わった後、2018年にSpotify Japan入社。
写真は、2019年12月撮影。

―音声コメントはそれなりに長いものだそうですね。

芦澤:これまでもボイスコメント入りプレイリストはありましたが、どちらかというと楽曲の紹介コメント的なものが多かったです。この「Liner Voice+」では、アルバムのテーマや楽曲制作の背景を深掘りしたインタビューや、ここでしか聞けないエピソードなどで構成されています。

―「アーティスト本人の言葉」にたどり着いたのはどういった思いからだったんですか?

芦澤:アーティストが自身の言葉で語る強さってなににも代え難いんですよね。もちろん文字でもファンには届くと思いますが、ファンは「アーティストの声で聴きたい」という欲求を持っているんじゃないかと。実際にアーティストのボイスコメント入りのプレイリストやビデオコメント入りのプレイリストは、再生回数も多く、ファンからのニーズが高いんです。

SpotifyはSNSで簡単にプレイリストを共有できるので、ファンのコミュニティも盛り上がりますし、アーティストもそうした反応を目にすることができる。このようにソーシャルメディアと連動してファンとコミュニケーションを図り、共感を広げることができるのも、ストリーミングの醍醐味の1つです。

Spotifyはパーソナライズしたリスニング体験やレコメンデーションを通じて新たなお気に入りの曲やアーティストとの出会いを提供できるサービスですが、同時に、一度興味を持ったリスナーがアーティストの本質に触れ、より長期的なファンへと関係性を強化するお手伝いができたらと常々考えています。こうした理由から、作品の世界観をより深く伝えられるプレイリストがあると面白いんじゃないかなと思いました。

―中でもアルバムに焦点を当てたのはどうしてですか?

芦澤:アーティストがアルバム制作にかける想いや比重はすごく大きいと思うのですが、最近ではプレイリストで音楽を楽しむという聴き方が普及したこともあり、楽曲単位で聴かれることが主流になってきたと感じます。

実際に1曲1曲配信していくアーティストが増えていますし、プレイリストで新しい音楽との出会いは比べものにならないくらい広がった一方で、「アルバム」という作品単位で音楽を体験する楽しさを伝えるにはどうしたらいいかと。そこでプレイリストというフォーマットを利用して、今までにない長さと深さのあるインタビューを入れるのがいいのではないかという結論に至りました。

―ストリーミングサービスならではのやり方でアルバムを聴いてもらえるのが「Liner Voice+」なんですね。

芦澤:はい。あと、ストリーミングサービスでヒットする曲は、ロングテールで聴かれ続ける傾向にあります。だからシングルとして単曲で配信されたあと、アルバムの収録曲として改めてリリースされたときに、その曲に込められた思いや制作エピソードなどの解説が加わることで、曲がまた違って聞こえてくると思うんです。そうやってより長くその曲を楽しんでもらえたらいいなという思いもあります。

またストリーミングサービスの特性である、「好きなときに好きなだけ何回でも繰り返し聴くことができる」という点も活かせたらいいなと思っていて。1度聴いて終わり、ではなく、アルバムの楽曲とともにいつでも何度でも楽しめるコンテンツであるということで、ファンにもアーティストにも重宝されるものになればいいなと思っています。

第1弾アーティスト、aikoのインタビューで感じた手応え

―「Liner Voice+」をローンチするまでの過程にはどんな苦労があったんでしょうか?

芦澤:難しかったのはタイミングの合う作品を見つけること。アーティストの方がフルアルバムをリリースする頻度ってそんなに多くはないんですよね。多いアーティストでも年に1枚くらいのペースが基本で、今回のaikoさんで言えば、2年9か月ぶりです。特にここ1年はコロナ禍ということもあるのか、企画盤やリアレンジバージョンのアルバムなど、オリジナルアルバムではない作品を出すアーティストも多かったように思います。

またアーティストによっては、自身の作品を自分で語りたい方もいれば語りたくない方もいらっしゃいます。特に最近は、ファンに感想を委ねたいというアーティストや、ミステリアスな存在でいたいというアーティストも増えています。そうした点から、私たちが「Liner Voice+」で届けたいと思った音楽体験を提供できるタイミングや作品を探すのは大変でした。

―そんな中「Liner Voice+」の第1弾として、aikoさんの『どうしたって伝えられないから』がローンチされました。こちら、実際に出来上がったものを聞いてみていかがですか?

芦澤:相当深掘りして語っていただけたなという印象があります。曲の背景はもちろん、歌詞の細かい表現やメロディ、アルバム全体の構成が出来上がるまでのエピソード、さらにはaikoさんがずっと恋愛にこだわって曲を書いてきた理由まで話していただいて。アレンジャーの方との強い信頼関係を感じられるようなくだりもあったりして、ファンの人が「こんな裏話やトークを聴きたかった!」と思えるものになったんじゃないかなと思います。

aikoさんもすごく気さくに語ってくださり、聴いているとあっという間で、もっと聴きたいと思えるプレイリストに仕上がりました。

aiko『どうしたって伝えられないから』LinerVoice+を聴く(Spotifyを開く

―aikoさんはライブでのMCも人気ですし、aikoさんの話を聞きたいというファンのニーズも高いですよね。

芦澤:私もライブを観に行かせていただいたとき、ファンとのコミュニケーションの取り方に改めて驚かされたんです。もちろんファンの方はaikoさんのパフォーマンスを楽しみにライブに足を運んでいるとは思うのですが、それと同じくらいか、もしくはそれ以上にaikoさんとお話しするのを楽しみにされていて。

MCのブロックで、口々にaikoさんに話しかけるんですよ。aikoさんもそれに答えて、ステージ上でコミュニケーションが続いていて。それを目の当たりにしたときに、改めて「aikoのファンはaiko自身の言葉を聞きたいし、コミュニケーションを楽しみにしているんだろうな」と思いました。「Liner Voice+」で、そのお手伝いができたらうれしいです。

―今回の場合はインタビュアーとの会話形式ですが、この形式は今後も継続予定ですか?

芦澤:その予定です。そうでなくてはいけないと決めたわけではないですが、そのほうがいろいろな話が引き出せるのかなと考えていて。1人しゃべりだとどうしても自分の言いたいことを話して完結してしまったり、他でも聞いたことのあるようなエピソードで終わってしまったりすることが多いと思うのですが、この「Liner Voice+」は「ここでしか聞けない深いエピソードを引き出す」というのがコンセプトなので。

実際、aikoさんもインタビューを担当された音楽ライターの内田正樹さんとの会話の中で「なるほど」と、ご自身では気付いていなかったことに気付かされたこともあったようですし、作品が第三者にどう解釈されるかによって引き出されるコメントもあったんじゃないかと思います。また、この『Kompass』と連動して、インタビューを担当した方による記事も読めるようになっています(参考記事:aiko、恋が彩る日々と心模様を歌い続けて。23年目の歌の現在地)。記事では今後も、音声コメントでは入りきらなかったエピソードに触れたり、インタビューを経た上でアルバムを解説してもらったりする予定です。

アーティストの声を届ける新プロジェクト。その展望を聞く

―「Liner Voice+」の今後の展開はどのように考えていますか?

芦澤:定期的に出していきたいと思っています。先ほどもお話しした通り、タイミングが難しくはありますが、数か月に1回は新しいエピソードを出せるようにと考えています。

―今回はシンガーソングライターでしたが、そこに限定することもなく?

芦澤:はい。アルバムの裏側にあるストーリーを見せるというのがこのプレイリストのコンセプトなので、アーティストの形態やジャンルは限定しません。たとえばバンドだったらメンバー間の役割や関係性もあるでしょうし、提供してもらった楽曲をパフォーマンスするシンガーの方であれば、込める想いや表現のこだわりなどがあると思うので。1つのジャンルに限定せず、幅広いアーティストに焦点を当てたいなと思っています。

―音声だと、どうしても文字では伝えきれないメンバー同士の空気感や、インタビュアーとのやりとりなども伝えられますしね。

芦澤:そうなんですよね。素のおしゃべりに近い姿や、聞かれた言葉に対して考えて発する様子など、なるべくそのままの姿を伝えていけたらと思っています。

―今後やってみたいアーティストの特徴などはありますか?

芦澤:これまで「Early Noise」に選ばれたアーティストで実現できたらいいですね。過去に「Early Noise」に選ばれて、Spotifyと一緒にキャリアを歩んできたようなアーティストが、満を持してフルアルバムを出すタイミングに「Liner Voice+」ができたらうれしいなと思います。

―Spotifyが関係性を築いてきたからこそ聞けるエピソードもありそうですね。

芦澤:はい。ほかにも、普段あまり自分の言葉で作品について語ることのないアーティストのインタビューも聞いてみたいし、逆にいろんなところで語っているアーティストの「こんなに楽しそうに話しているのは聞いたことがない!」というものを実現させられたらいいなとも思います。そういう点で、インタビュアーとの組み合わせにもこだわっていこうと考えています。

あと最近は、単曲の配信リリースを積み重ねて、その集大成がアルバムになるアーティストも多い。そういうアーティストがアルバムというパッケージに込めている思いや考えも聞いてみたいですね。

―確かに「ストリーミングサービス世代」のアルバムに対する考え方など聞いてみたいですね。海外には「Liner Voice+」のようなサービスはあるのでしょうか?

芦澤:日本発信のコンテンツではまだローンチされていないのですが、欧米諸国および一部のマーケットでは「Shows with Music」というフォーマットが、Spotifyの中で使えるようになりました。「Shows with Music」はトークコンテンツのエピソードの中にライセンス処理をした状態の楽曲を組み込んだもので、「Liner Voice+」にかなり考え方は近いと思います。ちょうど先月Tame Impalaがそのフォーマットを使って新作について語っていて。

「Liner Voice+」のローンチのタイミングとの一致は本当に偶然なのですが、「音楽軸のトークコンテンツで、よりSpotifyの独自性を出せるものを」と考えていくと行き着く形なのかもしれないですね。

Tame Impala『The Slow Rush: A Deep Dive with Kevin Parker』を聴く(Spotifyを開く

―現在、音声コンテンツの配信アプリやSNSなどが急増していますが、芦澤さんは音声コンテンツにどのような可能性を感じていますか?

芦澤:今は映像を使ったメディアや動画投稿サービスなども流行っていますが、映像を見るとなると、ユーザーの意識を集中させないといけないんですよね。なにかをやりながら動画を見るというのは基本的にできない。音声コンテンツは耳さえ空いていればいいので、なにかをしながら楽しむことができます。移動しながらはもちろん、料理をしながら、掃除をしながら、お風呂に入りながら、音声の種類によっては作業や勉強をしながらも可能ですし、眠るときのお供にということもある。ながらでも楽しめる一方で、耳から入る音声情報は記憶に残りやすい面もあります。

生活のいろいろな場面で、その人のサイクルにあわせられるということに可能性を感じます。Spotifyで言うと、スマホ、パソコン、ホームスピーカーなど対応しているデバイスも自由度が高いので、その人の生活の好きな場面で、好きなものに気軽に手を伸ばせるというところが最大の魅力だと思います。好きなときに、「Liner Voice+」で音楽やアーティストのおしゃべりを楽しんでもらいつつ、新たな発見をしてもらえたらうれしいです。

サービス情報
Spotifyプレイリストシリーズ「Liner Voice+」

ニューアルバムをアーティスト本人の語りと共に楽しむ音声インタビュー入りプレイリスト。アルバムに込めた想いや制作エピソードを深く掘り下げ、より多角的に作品を堪能できる機会を提供する。

プロフィール
芦澤紀子 (あしざわ のりこ)

ソニーミュージックで洋楽・邦楽の制作やマーケティング、ソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)で「PlayStation Music」の立ち上げに関わった後、2018年にSpotify Japan入社。



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「Kompass」は、ネットメディア黎明期よりカルチャー情報を紹介してきたCINRA.NETと、音楽ストリーミングサービスの代表格Spotifyが共同で立ち上げた音楽ガイドマガジンです。ストリーミングサービスの登場によって、膨大な音楽ライブラリにアクセスできるようになった現代。音楽の大海原に漕ぎだす音楽ファンが、音楽を主体的に楽しみ、人生の1曲に出会うガイドになるようなメディアを目指し、リスニング体験を交えながら音楽の面白さを紹介しています。

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