全414曲にも及ぶ楽曲のストリーミング配信をスタートしてから約1年。aikoのおよそ2年9か月ぶりとなるフルアルバム、『どうしたって伝えられないから』が3月3日にリリースされた。
ストリーミング解禁のみならず、東京スカパラダイスオーケストラとのコラボ曲の発表をはじめ、本作に至るまでにaikoは様々な変化を経験した。もちろん、新型コロナウイルスの影響も決して小さくはなかった。未曾有の2020年を経て、aikoが20年以上歌い続けてきた恋愛というものの形のみならず、人と人の関係のあり方そのものが変化を余儀なくされたわけだが、aikoは一体どんな思いを胸にこの作品を作り上げたのだろうか。
Spotifyの新プレイリストシリーズ「Liner Voice+」のローンチにあたって、その第1弾アーティストとして選ばれたaikoにインタビューを実施。本稿は、ライター・編集者の内田正樹を聞き手に招いて収録した『どうしたって伝えられないから』の全曲解説インタビューの、言うなれば副読記事だ。約2時間にわたるインタビュー音源から、そのエッセンスのみを抽出して氏の視点から『どうしたって伝えられないから』評を書いていただいた。読んでよし、聞いてよし。aiko「Liner Voice+」をどうぞお楽しみください。
「今回、私は、届けられなかった言葉だったり、終わった恋だったり、どうしたって伝えられない気持ちを歌にしたんだなって」
1曲目の“ばいばーーい”を聴き終えて溜め息が漏れた。たった一行で物語の状況設定を理解させるAメロ冒頭の歌詞の秀逸さ。そこから一転して吐き捨てるような強さを帯びるBメロのメロディと歌詞。Cメロからサビへと繋がるドラマの展開。意識の淵へと迷い込むようなストリングス。加えて<虚しい気持ちはいつか死ぬ 恨みは人を変えてしまう>などの蓋し名言とも言える数々のフレーズ。「やっぱ凄えわ」という言葉が思わず口を衝いて出た。aikoがおよそ2年9か月ぶりにリリースした14枚目のアルバム『どうしたって伝えられないから』である。
aiko「Liner Voice+」を聴く(Spotifyを開く)
東日本大震災後の切迫感のなかで変わり続ける日常への思いを真っ直ぐに描いた『時のシルエット』(2012年)。よりリアルな生々しさから様々な恋愛の形を歌った『泡のような愛だった』(2014年)。「夢を叶える」という思いが貫かれた『May Dream』(2016年)。そして3枚目のアルバム『夏服』(2001年)から17年を経たデビュー20周年、人と人とが交わる湿度にフォーカスを絞った前作『湿った夏の始まり』(2018年)。それ自体が優れたコピーのようなaikoのアルバムタイトルは、常にその作品性を明確に括ってきた。しかも格別の詩情までをも伴って、である。そして彼女のアルバムにおける1曲目もやはり常にそのアルバムのメインテーマと彼女の最新のモードを極めて率直に提示する役目を担ってきたと言えるだろう。
では、『どうしたって伝えられないから』と“ばいばーーい”からまず伝わるものとは何か? それは諦観のような感情である。
aiko:アルバムがほぼ出来上がった頃、改めて歌詞を読み直して、このタイトルが浮かびました。今回、私は、届けられなかった言葉だったり、終わった恋だったり、どうしたって伝えられない気持ちを歌にしたんだなって。
14作目のオリジナルアルバムながらも瑞々しい歌を聴かせる、『どうしたって伝えられないから』の背景にあるもの
ストリーミングサービス全曲解禁。東京スカパラダイスオーケストラとのコラボシングルリリース。FM802のキャンペーン曲“メロンソーダ”の提供(本作にてセルフカバーで収録)。そして単独名義によるセルフプロデュースへの移行。前作から今作までのおよそ2年9か月という時間のなかで、aikoの活動環境はいくつかの変化を迎えていた。
aiko:10代の学生のみなさんから「CDを買うお金がないからストリーミングでいろいろ聴けるようになってうれしかった」と言われて。CDはCDで大切ですが、私はたくさんの人にaikoの音楽を聴いてもらうことが昔からの夢なのでやってよかったなって。
セルフプロデュースになったのも大きかったですね。でもスカパラさんとの共演も“メロンソーダ”の提供もアルバムの曲も、不安よりわくわくばかりでした。責任感は増したけど、本当にたくさんのスタッフ、ミュージシャン、アレンジャーが助けてくれるので絶対に解けないようにはちまきをきつく締め直しました。
そして昨年。多くのアーティストがそうであったように、aikoの創作活動もまたコロナ禍の影響を受けた。
aiko:去年の緊急事態宣言のあたりは全く音楽が作れなくなっていました。このままじゃいけないとようやくまた曲を作り始めて。そのうちのひとつが(アルバム5曲目の)“ハニーメモリー”でした。
aiko“ハニーメモリー”を聴く(Spotifyを開く)
シンガーソングライター・aikoの真髄に迫る言葉の数々。Spotify「Liner Voice+」での発言の一部を紹介
aikoのソングライティングのスタイルは基本的に歌詞先行型。その詞曲は主に深夜から明け方までの時間に紡がれていく。
aiko:子どもが公園で遊んで日が暮れたら「お家に帰らなきゃ」と思うように、私も朝になると「遊びの時間が終わっちゃった」と思う。時にはお昼ぐらいまでやって倒れるときもあります。よくないんだけど、長年そんな感じだったからやめられなくて。
そんな「遊びの時間」に、彼女はひとつのルールを設けている。
aiko:楽しくなくなったらすぐに止める。「あ、また明日にしよう」って。歌詞の内容以外にしんどい思いが曲に作用するのはよくないと思うから。
「今はコロナ前以上に音楽が生き甲斐に感じられている」と彼女は言う。
aiko:大好きなミュージシャンやスタッフのみんなに会えなかった時間が本当に辛かった。レコーディングで会えた時、改めて会える喜びを噛み締めました。前よりもっと目を見て話そう、伝えよう、と強く思いました。
本稿におけるaikoの発言は、筆者が行ったSpotifyの新プレイリストシリーズ「Liner Voice+」用インタビューから抜粋 / 編集したものだ。初対面から異常な緊張感に取り憑かれた筆者の悪声を差し引いて聴いてもらえれば、この「Liner Voice+」は数々の示唆に富む彼女の発言が記録された貴重な音声ログになったと思う。
「自分とスタッフが繰り返し楽しめるメロディでなきゃリスナーが楽しめるはずがない」「仕上がってきた最初のアレンジは何度も聴き直さない」「曲を数日寝かせて思い直すときもあれば、『それはやめとけ』と止める自分を更に振り切るときもある」。彼女は持ち前のバイタリティとサービス精神で終始明るく語ってくれたが、発言の端々から感じられる破格の才能とフィロソフィーに筆者は感嘆の溜め息を漏らすばかりだった。
恋の機微を、恋に彩られた日々そのものを、言葉とメロディで捉え続けてきたaikoの歌の眼差し。その「眼」の特別さについて
楽曲ごとの詳細なエピソードは音声本編に譲って割愛するが、3曲目“シャワーとコンセント”の歌い出しの歌詞を巡っての「視点」に関する発言を紹介しておきたい。
aiko:<咳をしたら過去が煙る>という歌詞も本当に一瞬のことで。冬に外で咳をしたら煙草の煙みたいに湯気が出るじゃないですか。その瞬間、クリアだったものが見えなくなるように感じられたというか……眼に見えることを自分が知っているすごく単純な自分の言葉で、マンガのように表現するのが好きなんです。
aiko“シャワーとコンセント”を聴く(Spotifyを開く)
aiko:物の見方は小さい頃からかも。子どもの頃、扁桃腺で高熱を出すと、必ず壁に(インスタントラーメンの)チャルメラのおじさんが見えたんです(笑)。あと、絶対ダメなんですけど、肉眼で太陽を見て黒点を探すのが趣味でした(笑)。葉っぱも赤い実も全て「生きている」という設定で接していたし、加湿器の湯気なんかも、「今の自分の気持ちと重なるかも」と思って見てしまう。眼に映るものはその全てに意味があると思って生きてきました。
そんな無二の眼でずっと恋愛について描き歌ってきた。インタビュー中、彼女は「無類の不安症」と前置いて「誓いはただの誓いでしかない。明日どうなるかなんてわからない」と語っていた。その言葉に(初対面なのに無礼を承知で書かせてもらえば)彼女は恋愛を描き歌う名手ではあるけれど、決して恋愛そのものや人生に対して器用なタイプではないのかもしれないと思った。無論、それもまたaikoという才能が成立している要因の一端なのかもしれないし、多くのファンが愛して止まない一面なのかもしれないが。
「私も45歳になれたのかな」ーー<あなたの隣で笑ってる それが生活>と歌われる“いつもいる”を通じてaiko自らが感じた変化
コロナ禍、その作風に新たな広がりが生まれた。アルバムの最後を飾る13曲目の“いつもいる”で「あなた」への思いと共に綴られているのは、続いていく日々への慈しみと憧憬だ。
aiko:“いつもいる”は去年、(コロナ禍で)一番気持ちがやられていた時期に書きました。テレビからは連日「いまから準備が出来る人とそうでない人では今後が変わる」みたいな話が流れるんですけど、私、全然、準備が出来なかったんですよ。気持ちがついていかないし、自分の意識をどこに置いたらよいのかすごく悩んでしまった。「このままじゃいけない」と改めて曲と向き合いました。
aiko“いつもいる”を聴く(Spotifyを開く)
aiko:前向きな“いつもいる”を書けたことで、「私も45歳になれたのかな」って。鏡を見ると皺や髪質は変わるのに、果たして自分は成長出来ているのか? と悩んだ時期もあったんです。ネットで「いつまで恋愛の曲を書いてんだ?」といった書き込みを目にして「あかんの?」って思ってしまう私のほうが変なのかな? とか。
たとえば漫画家の方はずっと恋愛ものやバトルものを書いていても何も言われないのに、どうして私は言われちゃうんだろうって。でもこれがずっと書き続けたいことだから――時が経って振り返ったとき、自分に自然な変化が生まれていることが理想だったんだけど、今回のアルバムで恋愛だけじゃない曲を書いている自分に気付いて、少しずつ変わってきたのかもしれません。
「どうしたって伝えられない」からこそ23年目の春もaikoは歌う。Spotifyの新プレイリストシリーズ「Liner Voice+」ではシンガーとしてもソングライターとしても未だ目指し続けるさらなる高みについても大いに語られている。新たなフェーズに入った彼女の歌声と「Liner Voice+」に是非とも耳を傾けてほしい。
aiko「Liner Voice+」を聴く(Spotifyを開く)
- プロジェクト情報
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- Spotifyプレイリストシリーズ「Liner Voice+」
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Spotifyオリジナル企画「Liner Voice+」。aiko 14thアルバム『どうしたって伝えられないから』をaikoが全曲ディープに解説!(インタビュアー:内田正樹)
- リリース情報
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- aiko
『どうしたって伝えられないから』初回限定仕様盤A(CD+Blu-ray) -
2021年3月3日(水)発売
価格:4,620円(税込)
PCCA-15003[CD]
1. ばいばーーい
2. メロンソーダ
3. シャワーとコンセント
4. 愛で僕は
5. ハニーメモリー
6. 青空
7. 磁石
8. しらふの夢
9. 片想い
10. No.7
11. 一人暮らし
12. Last
13. いつもいる[Blu-ray]
『aikoオンラインライブ「Love Like Rock vol.9~別枠ちゃん~」』
1. 恋をしたのは
2. あたしの向こう
3. 二人
4. メロンソーダ
5. オレンジな満月
6. カブトムシ
7. 青空
8. ストロー
9. beat
10. 赤いランプ
11. Loveletter
12. さよなランド
- aiko
『どうしたって伝えられないから』初回限定仕様盤B(CD+DVD) -
2021年3月3日(水)発売
価格:4,620円(税込)
PCCA-15004[CD]
1. ばいばーーい
2. メロンソーダ
3. シャワーとコンセント
4. 愛で僕は
5. ハニーメモリー
6. 青空
7. 磁石
8. しらふの夢
9. 片想い
10. No.7
11. 一人暮らし
12. Last
13. いつもいる[DVD]
『aikoオンラインライブ「Love Like Rock vol.9~別枠ちゃん~」』
1. 恋をしたのは
2. あたしの向こう
3. 二人
4. メロンソーダ
5. オレンジな満月
6. カブトムシ
7. 青空
8. ストロー
9. beat
10. 赤いランプ
11. Loveletter
12. さよなランド
- aiko
『どうしたって伝えられないから』通常仕様盤(CD) -
2021年3月3日(水)発売
価格:3,204円(税込)
PCCA-150141. ばいばーーい
2. メロンソーダ
3. シャワーとコンセント
4. 愛で僕は
5. ハニーメモリー
6. 青空
7. 磁石
8. しらふの夢
9. 片想い
10. No.7
11. 一人暮らし
12. Last
13. いつもいる
- aiko
- プロフィール
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- aiko (アイコ)
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1975年11月22日生まれ、大阪府吹田市出身のシンガーソングライター。ラジオパーソナリティなどの活動を経て、1998年、シングル『あした』でメジャーデビュー。等身大の心情を綴った歌詞、耳なじみのよいメロディーライン、飾らないキャラクターなどで男女ともに高い人気を誇る。『紅白歌合戦』には14回出場。2021年3月3日、14枚目となるオリジナルアルバム『どうしたって伝えられないから』をリリース。代表曲は“花火”“カブトムシ”“ボーイフレンド”など。