アジアの音楽シーン全体の盛り上がりが連日伝えられるなか、4月にアメリカ・カリフォルニア州で開催された『Coachella Valley Music and Arts Festival(以下、コーチェラ)』に出演を果たした落日飛車Sunset Rollercoasterは非常に象徴的な存在だ。
今年は韓国のBLACKPINKがヘッドライナーを務め、過去に日本からは宇多田ヒカルやPerfumeなどが出演しているが、台湾発のインディバンドである落日飛車が大規模な欧米ツアーを経て、『コーチェラ』のステージに立ったことは文字どおり快挙だと言っていいだろう。
落日飛車は2010年代後半から頻繁に来日し、日本のミュージシャンとも浅からぬ親交を深めてきたバンドであり、彼らの音楽性が「シティポップ」の文脈で語られるのはそんな背景も大きい。今年1月に渋谷のSpotify O-EASTで開催された3年ぶりとなる単独公演では、日本人のみならず、アジア各国のオーディエンスが集い、熱狂的な盛り上がりを見せたことも時代の変化を感じさせた。
リモートで行われたボーカル・Kuoへの取材では、これまでの日本との関係を振り返ってもらうとともに、彼らが世界的なバンドになるまでの道のりについて語ってもらった。
オウガ、シャムキャッツ、ヨギー、ネバヤン……落日飛車と日本のバンドの蜜月
―今年は1月に3年ぶりの来日を果たし、渋谷のSpotify O-EASTで単独公演を行った後も、5月に福岡の『CIRCLE』、8月に『SUMMER SONIC』とすでに3回来日していますが、特に印象に残っているライブはありますか?
Kuo:それぞれ違うイベントだったので、それぞれ印象深いことがありました。渋谷は自分たちの単独公演だったので、また日本に来ることができて、日本のファンの情熱を至近距離で感じることができてとてもうれしかったです。福岡には今回初めて行ったんですけど、フードもすごく美味しかったですし、屋外のステージで、天気もよかったので、とても気持ちよく過ごせました。
落日飛車Sunset Rollercoasterの代表曲“My Jinji”を聴く(Spotifyを開く)
Kuo:『SUMMER SONIC』は今回で2回目の参加なんですけど、日本発のワールドワイドな大型の音楽フェスに2回も呼んでいただけたのは光栄で、やはり日本の音楽フェスの動員力はすごいなと思いましたし、フェスに参加する人たちのパッションもすごいものがありました。とてもたくさんのプログラムが組まれていて、日本でいろんな音楽シーンが盛り上がっていることを直に感じることができて、とてもおもしろかったですし、興味深かったです。
―渋谷の単独公演では日本人だけでなく、アジアのいろいろな国の人たちが落日飛車を観るために集まっていて、その熱気もすごかったです。
Kuo:ワールドツアーでいろんな場所に行くと、その土地土地にいるローカルならではのファンと出会えることはもちろんうれしいですけど、行く先々でアジアのいろんな国から来ていただくファンの方が喜ばしいことにたくさんいるという実感もあります。
僕たちの作品のほとんどの歌詞は英語ですけど、台湾華語でも歌っていたり、過去には日本語の曲をカバーしたこともあります。そうやって多言語で歌うことによって、ファンがひとつの地域性に縛られることなく、自分たちのスタイルをいろんなバックグラウンドの人たちに支持してもらえていることは大変光栄です。
―これまでの日本との関係性を具体的なバンドの名前を挙げつつ振り返ると、まず2016年に台湾でOGRE YOU ASSHOLEと共演していて、そこがいまに至る日本との交流の出発点だったかと思うのですが、彼らに対する印象を教えてください。
Kuo:彼らはとても経験豊富で、僕たちからすると先輩のミュージシャンという感じで、ロックにしろジャズにしろ、いろんな名作を教えてもらいました。彼らのギタリスト(馬渕啓)が「落日飛車と曲が似てるから聴いてみて」と、ネッド・ドヒニーのことを教えてくれて、後日アメリカでネッド・ドヒニー本人とコラボすることにもつながりました。
ネッド・ドヒニーとの共作曲、落日飛車Sunset Rollercoasterの“Overlove”を聴く(Spotifyを開く)
―日本とのつながりだけではなくて、その共演がアメリカとのつながりのきっかけにもなったんですね。
Kuo:ネッド・ドヒニーは70代で、我々とは世代が違うわけですけど、国境や地域性のみならず、世代をもまたがるかたちでつながれたのはうれしかったです。一緒にご飯を食べたんですけど、彼が連れてきた奥さんが日本人で、そこにも縁を感じました。
―先ほど「日本語の曲をカバーしたことがある」という話でしたが、2018年にリリースしたシャムキャッツとのスプリットで彼らの“Travel Agency”をカバーしていますね。
落日飛車Sunset Rollercoaster“Travel Agency”を聴く(Spotifyを開く)
Kuo:シャムキャッツとは日本でも台湾でも共演させてもらったんですけど、2017年に『島フェス』で同じ日に出演していて。小豆島に一泊したんですけど、そこで一緒にご飯を食べて、打ち解けたことはすごく印象に残っています。
―Yogee New Wavesやnever young beachともツアーや作品をともにしていますが、なにか印象に残っている彼らとのエピソードはありますか?
Kuo:健悟さん(Yogee New Wavesの角舘健悟)は東京に行けばあちらこちら遊びに連れて行ってくれて、焼肉も一緒に食べました。勇磨さん(never young beachの安部勇磨)はとてもユーモラスな方で、『Infinity Sunset』というプロジェクトでコラボレーションしたことも思い出深いです。
Yogee New Waves“Tromi Days feat.Kuo”を聴く(Spotifyを開く)
落日飛車Sunset Rollercoasterが親交のある世界各地のアーティストに呼び掛けて制作されたアルバム『Infinity Sunset』(2022年)を聴く。ラストにnever young beachの“こんにちは”が収録されている(Spotifyを開く)
―お互いの音楽に対するリスペクトを背景に、いまでは友人関係を築いてるわけですね。彼ら以外で最近気になっている日本のバンドはいますか?
Kuo:僕は気になるアーティストがいたら自分で直接コンタクトを取るんです。Yogee New Wavesやnever young beachにしても、自分たちの曲と相通じるものがあるなと思ったし、実際ある種の懐かしいロックというところに共通言語があって、すごく仲良くなりました。彼らからもいろいろ日本の面白いバンドを紹介してもらっていて、D.A.N.のメンバーのDJを一緒に見に行ったこともあります。
今回の『SUMMER SONIC』ではALIのLEOさんとも仲良くなりました。彼らも以前台湾に来たことがあって、そのときに一度お会いしたことはあったんですけど、今回改めてお会いしたら、彼はWACKO MARIAという洋服のブランドで働いていて、僕も服が好きなので、その話でもすごく盛り上がりましたね。
英語で歌う「少数派」だった落日飛車が、台湾代表として『コーチェラ』のステージに立つまで
―今年の4月には『コーチェラ』への出演を果たしていて、バンドのキャリアにおいても大きな出来事だったかと思います。改めて出演した感想を話していただけますか?
Kuo:『コーチェラ』のようなトップクラスの音楽フェスに台湾を代表して、しかもバンドを代表して参加させてもらったのは大変光栄に思っていますし、現在のアジアの勃興的なものを感じることができました。
アジア人がしゃべる英語はやはりアジア訛りの英語で、これまではそういった英語で歌われる曲はアメリカのマーケットでは受け入れられにくかったのかもしれない。でもいまでは僕たちがしゃべる英語に独特なアクセントがあるからこそ、それがひとつの特徴となって、英語圏のファンを魅了することにつながっている。これは大変面白いなと思いました。
―『コーチェラ』は以前からバンドにとって目標のひとつでしたか?
Kuo:そうですね。台湾政府は台湾発のバンドに対して助成金を出してくれるんです。レコーディングの制作費であったり、PR費であったり、ツアーの遠征費だったり、いくつかの項目に分けて、台湾発の音楽を世界に接続するための支援をしてくれる。そういった助成金を受け取るにあたって、「君たちは助成金をもらうことで、どういった目標をかかげてるの?」ということを必ず聞かれるんですね。
そのときに「『グラミー賞』を獲る」というのは大変難しいですけど、まずは世界のミュージシャンたちが目指しているいくつかの象徴的な音楽フェスに出ることを目標に掲げて、それこそ当初は『FUJI ROCK』や『SUMMER SONIC』を目標にしていたんです。幸いにもその目標を達成することができて、今回は世界有数のフェスである『コーチェラ』に出演することができた。助成金を無駄遣いすることなく、台湾の音楽を世界に発信する一端を担えているのであれば、これ以上光栄なことはないと思っています。
―当初から英語で歌っていたということは、もともと世界のいろんな国で活動したいと思っていたわけですか?
Kuo:最初から高い目標を掲げて、「世界で成功するために英語で歌うんだ」という意気込みではまったくありませんでした。英語のほうがでたらめに歌いやすいというか、そういったすごくリラックスした気持ちで英語で歌うようになったのが最初の始まりなんです。
ただ音楽で食べていけるようになって、バンドが職業になっていくにつれて、徐々に自分たちのブランディングをちゃんと考えるようになりました。最初は英語で歌うということは台湾の音楽マーケット、華語マーケットのなかでは受け入れられにくいだろうなと自分たちでも思っていたんですけど、おもしろいことに自分たちが英語で歌ったことによって、思ってもみなかったところで、違うマーケットが開けたんです。
落日飛車 Sunset Rollercoaster『SOFT STORM』(2020年)を聴く(Spotifyを開く)
―『コーチェラ』に出演したことは台湾の音楽業界のなかではどう受け止められていますか?
Kuo:最初、音楽業界の人たちからは「英語で歌ってどうやって食っていくつもりだ?」と言われることが多かったのが、いまとなっては「どうやってもっと国際的に展開するの?」と聞かれるようになって、評価のされ方は大きく変わったと思います。
―ここ数年の落日飛車の活躍は、台湾の音楽業界がより海外に目を向けるきっかけにもなっているのでしょうか?
Kuo:そういう部分もあるとは思います。ただ海外のマーケットに進むのは僕はいいことだと思うんですけど、やっぱりすごくチャレンジングなんですよね。高いハードルをたくさん乗り越えていかないといけない。
台湾で主流とされていて、受け入れられやすい作品は英語作品ではなくて、やっぱり華語作品がメインですし、もっとも大きい華語マーケットはもちろん中国大陸なんですけど、中国大陸では中国語で歌うことがマストで、そのマーケットの吸引力や魅力はやっぱりすごく大きいんです。音楽性うんぬんよりもまず中国語で歌っているかどうかが受けいれられるかどうかの一番の決定打になる。そういった意味では、そのマーケットを背に世界に目を向けた僕たちは、台湾においてはある意味特例というか、少数派だと認識しています。
海外のマーケットにも出ていくには、国際的に受け入れられる音楽スタイルをわかっていないといけないし、もちろん英語力も問われるし、思ってもみないようなたくさんのハードルが待ち受けているので、そこに飛び込もうとするバンドは決して多くはありません。自分たち以外で言うと、代表的なのはElephant GymとMong Tongの2組でしょうか。
Elephant Gym『Dreams』(2022年)を聴く(Spotifyを開く)
Mong Tong『Tao Fire道火』(2023年)を聴く(Spotifyを開く)
―中国大陸のマーケットに背を向けて世界を目指すうえで、台湾政府からの助成金はすごく大きかったと思うし、あと自分たちの会社である「SUNSET MUSIC」を設立したこともその後の活動において大きな意味があったと思うのですが、そのあたりはいかがですか?
Kuo:やはり海外で活動するためにはいろいろな人たちの助けが必要で、ツアーのコーディネーターやプロモーター、あと海外で活動するとその土地土地で税が生じるので、そういったことを処理できる会計士に頼まないといけないこともありますし、フェスやライブに出る際には弁護士が必要になってきたりもする。そういった方々と協力して海外で活動するには、会社化した方がやりやすいというのがあります。
―「SUNSET MUSIC」は2017年に設立されたそうですが、なにかきっかけはあったのでしょうか?
Kuo:主に台湾国内でふたつ事情がありました。まず大きな助成金を得ようとすると、バンド名義では申請できないんです。政府の支援を受けるにあたっては会社名義でないといけないという規定があるので、それがひとつ。また台湾国内でライブをするにしても、台湾では「統一発表」という領収書を出さないといけないんですけど、その統一発表も会社名義じゃないと出せない。このふたつを理由に会社をつくりました。
―ある種必要に迫られて会社をつくり、試行錯誤をしながら海外での活動範囲を広げ、少しずつバンドを大きくしていった。会社の設立から6年越しで『コーチェラ』までたどり着いたのは、やはり感慨深いものがありましたか?
Kuo:そうですね。本当にみなさんのお力添えなしでは、僕たちだけでは『コーチェラ』に参加することは決してできなかったと思うので、感謝しています。
「重要なのは自分の音楽を貫くこと。その堆積がアジア全体の盛り上がりにもつながる」
―先日参加された『Spotify Singles』で自身の曲である“Candlelight”と、台湾のインディバンド・露波合唱團The Loopholeのカバー“In My Head”を選曲した理由を教えてください。
落日飛車Sunset Rollercoaster『Spotify Singles』(2023年)を聴く。『Spotify Singles』は2016年にスタートしたSpotifyのオリジナルプログラムで、世界中の人気アーティストが参加し、日本からは過去にCorneliusが参加。レコーディングはLAのSpotifyスタジオで行われている(Spotifyを開く)
Kuo:露波合唱團はまだ20代の若いバンドで、最近出てきたばかりなんですけど、すごくいいなと思っていて、『Spotify Singles』では自分たちの曲と誰かのカバーの2曲というリクエストだったので、“In My Head”を選びました。“Candlelight”はオリジナルでHYUKOHのボーカルのオヒョクをフィーチャリングしてるんですけど、今回彼はなしで、ちょっとアコースティックな、温かみのある感じで録音しました。
―世界におけるアジアの音楽シーン全体の盛り上がりがこれからさらに広がっていくと思われますが、今後についてKuoさんはどうお考えですか?
Kuo:アジアには世界に向けて発信していけるだけの潜在的な力があると思います。ただその盛り上がりというのは政治であったり、経済であったり、イデオロギーや文化など、いろいろな側面が合わさって、渾然一体となって影響し合うことで、流れがつくられるものだと思うんですよね。
あと国際化の一方で、それぞれの国々で多くの人に聴かれているのは、やはり自分の母語の歌詞で歌われたものが絶対的に多いと思います。母語で歌われているものが大半だけど、曲調は多岐に渡るというのが、どこの国や地域の音楽シーンにおいても同じことかなと。
そのうえで、僕たちの音楽がアジアのものとして西洋の人たちに受け入れられる、面白いと思ってもらえるためにはふたつの要素が必要だと思っていて、ひとつはクールであるかどうか。もうひとつは未知であるかどうか、その部分が重要だと思うんです。海外の人たちが僕たちの音楽を聴いて、理解はできるけど、でも自分たちが聴いてるのとはなにかちょっと違うぞと思うような、そういったものを提示できるかどうかが大事なのかなと思います。
そういうものを提示するためにどうすればいいかというと、やはり自分のスタイルを確立すること、自分の音楽を貫くことが重要だと思います。その堆積が結果的に、アジア全体の盛り上がりにもつながるんじゃないかと思いますね。
―近年は英語以外の言語でも世界で曲が聴かれることが少しずつ増えてきたように思うのですが、落日飛車が今後母語で歌う割合を増やす可能性はありますか?
Kuo:母語で歌うことはいますごく考えていることのひとつではあるんですけど、ただ自分たちのオリジナルの作品は引き続き英語でつくりたいと思っています。これまで英語で作品をつくり続けて、それによって自分たちのキャリアを積んできたので、そこは崩さないほうがいいんじゃないかなって。
ただ台湾の人、もしくは中華圏の人々に馴染みのある、昔ヒットした名曲を僕たちのスタイルで新たに再解釈して、台湾華語で歌うというのはこれからもやっていきたいと思っていて。過去にリッチー・レンの“我是一隻魚”、ホァン・ピンユェンの“小薇”、アンジェリカ・リーの“愛錯”という3曲をリリースしているので、ぜひ聴いてみてください。
落日飛車Sunset Rollercoaster“我是一隻魚”を聴く(Spotifyを開く)
落日飛車Sunset Rollercoaster“小薇”を聴く(Spotifyを開く)
落日飛車 Sunset Rollercoaster“愛錯”を聴く(Spotifyを開く)
- プロフィール
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- 落日飛車 Sunset Rollercoaster
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2009年に台北にて結成。 2016年にE.P『JINJI KIKKO』を発表、アーバンかつサイケでメロウな唯一無二のアジアンオリエンティッドロック(AOR)と評される。 2018年にバンドの人気を決定づける2ndアルバム『CASSA NOVA』、2020年に西海岸のプロデューサーNed Dohenyとの共作、HyukohのOHHYUKとのコラボなど、アンビエントも取り入れた新しいサウンドを開拓したアルバム『SOFT STORM』を発表。2023年にはアメリカの野外フェスCoachellaに出演を果たすなど、名実ともに台湾を代表するバンドとなった。