映像から語るヒップホップ文化 荏開津広×渡辺志保

配信サービスが普及し、映像作品にアクセスしやすくなった。その一方で、映像のライブラリーは膨大にあり、どんな作品から見始めたらよいか、迷う人も多いだろう。

世界の音楽シーンに精通するライター渡辺志保と、多彩なカルチャーに横断的な視点を向ける荏開津広による対談の第4回は、「ヒップホップカルチャーの理解を深める」という視点で、いくつかの映像作品を語り合う。

※この取材は東京都の外出自粛要請が発表される前に実施しました。

映像が伝える、小さな場所で生まれるヒップホップの手作り感

―今回は、ヒップホップ文化を知るための映像作品についてお話いただきたいです。

荏開津:まずは王道なものから。やはり『ワイルド・スタイル』(1982年 / チャーリー・エーハーン監督)ですね。改めてこれをいわないといけないと思ったのは、前回のビートの話とつながっているからで(参考記事:荏開津広×渡辺志保が語る、2020年の注目プロデューサー)。ヒップホップがコミュニティーから生まれてきた音楽であることをはっきり記録した最初の映画だからです。

渡辺:うん、うん。たしかにそうかもしれないですね。

左から:渡辺志保、荏開津広

荏開津:作品の出演者も、本物のDJやブレイクダンサー、ラッパーたちなんですよ。1982年に、1年ぐらいかけて撮影したようなのですが、全員ブロンクスに実際にいる人々で、撮影もブロンクスでしていて。現代美術の都であるニューヨークを訪れた監督が、ヒップホップに路上で出くわし、感銘を受けて半分ドラマで半分ドキュメンタリーの映画を自主制作したんです。

そのあと、世界中にこのコミュニティーが広がって、カナダやイギリス、日本などにつながっていく。その始まりは本当に規模の小さいコミュニティーの音楽であることがよく伝わると思います。ラップというと今や世界でも最も人気のある音楽ジャンルだからこそ、そうした手作りのものから始まった歴史を見直してみていいと思うんです。

『Wild Style(25th Anniversary Edition)』を聴く(Spotifyを開く

映画『ワイルド・スタイル』予告編

―ジャンルの起源がわかるわけですね。渡辺さんはなにかございますか。

渡辺:私は『ワイルド・スタイル』から時代が飛んでしまうんですけど、『ハッスル&フロウ』(2005年 / クレイグ・ブリュワー監督)という映画をいろんな方に見ていただきたいなと思っています。

出演はドラマ『エンパイア 成功の代償』でもおなじみのテレンス・ハワードとタラジ・P・ヘンソンで、公開は2005年。私は、『ハッスル&フロウ』はエミネムが主演した『8 Mile』(2002年 / カーティス・ハンソン監督)と同じくらい重要だと思っていて。

『ハッスル&フロウ』予告編

荏開津:なるほど、なるほど。

渡辺:この作品の舞台はメンフィスなんです。今でこそ、トラップって世界を凌駕する勢いを持っていると思いますが、「トラップミュージックとはなんぞや」という神髄が描かれているのがこの映画だと思っています。荏開津さんのお言葉をそのまま借りるとしたら、本当にコミュニティー、そして生活に密着しているところから生まれる音楽がヒップホップなんだよ、と。

1970年代の終わりから1980年代初めにかけて、ニューヨークのブロンクスで生まれたヒップホップが、2000年代のサウスでどうカルチャーとして根づいていたのか、もうありありと伝わってきます。

テレンス・ハワード演じる主人公のDジェイは、もともとラッパーに憧れていたわけではなく、ピンプとして生計を立てていた。そこで、生活に苦しんだ末に手に入れたツールがラップだったんですよ。特に劇中で描かれているレコーディングのシーンがすごくて……。ボロボロの倉庫のような部屋で、気温が高くても音がうるさいから、扇風機も止めて汗だくになりながらラップする。しかも、ビートもブースも手作りで。タラジ演じるシャグは妊婦なんですけど、レコーディングの際にノリで「お前、フックを歌ってみろ」といきなり指示されて参加させられる。

そうした、全てがDIYで物事が進んでいくさまがとてもリアルなんです。しかも、この映画のテーマソングはスリー6マフィアが手掛けた“It's Hard out Here for a Pimp”という曲なんですけど、当時、なんと『アカデミー賞』で「最優秀歌曲賞」を受賞してるんですよね。『8 Mile』の“Lose Yourself”に続いてラップ曲がこの賞を勝ち取ったのはこれで2度目だったんですが、このときは映画の内容を再現したようなリアルなセットをステージに組んで、授賞式でもスリー6マフィアの面々がパフォーマンスを披露したんですよ。2006年の授賞式なので、今から14年も前の話なんですが、本当に感動すべきシーンだったと思います。

渡辺志保(わたなべ しほ)
音楽ライター。広島市出身。主にヒップホップ関連の文筆や歌詞対訳に携わる。これまでにケンドリック・ラマー、A$AP・ロッキー、ニッキー・ミナージュ、ジェイデン・スミスらへのインタヴュー経験も。共著に『ライムスター宇多丸の「ラップ史」入門」(NHK出版)などがある。block.fm「INSIDE OUT」などをはじめ、ラジオMCとしても活動中。

荏開津:そういう生活感とかスタイルが伝わってくるのは映像がいいですよね。『不倫の報酬 / PAID IN FULL ハーレム・ストーリー』( 2002年 / チャールズ・ストーン三世監督 )は1980年代が舞台の映画ですが、そういうディテールも凄く面白いから早くまたオンラインで見ることができるようになって欲しいです。志保さんの仰るように『8 Mile』のようにラップバトルの話は割と映像になりやすいから、そういう物語が多いけど、レコーディングの地味な感じもいいですよね。

Netflixで見られる、オーガナイズ・ノイズのドキュメンタリー『アート・オブ・オーガナイズ・ノイズ』でも、初期のミーゴス(Migos)がレコーディングしているシーンとかあります。それも、「こんなところでやってるの!」みたいな驚きがあって面白い。

『The Art Of Organized Noize』を聴く(Spotifyを開く

渡辺:ですよね。私も一昨年、アトランタへ行ったときにT.I.の地元の辺りに連れていってもらったんです。そのときにローカルの床屋にも寄らせてもらったんですけど、床屋の奥にレコーディングブースがあるんですよ(笑)。

―ハハハ。

渡辺:私が訪れたときはレコーディングのエリアは閉まっていたんですが、「こんなところでもできちゃうんだ!」みたいな驚きがありました。

荏開津:そうそう。Netflixで見られる『ディファイアント・ワンズ: ドレー&ジミー』でも同じことが窺えました。これは、ドクター・ドレーが、ジミー・アイオヴィン(エンジニア出身で、「Beats By Dr. Dre」のヘッドホンをドクター・ドレーとともに制作。Apple Musicの設立と成長戦略のキーパーソンでもある)という異質な存在と出会って、いかに「Beats By Dr. Dre」を成功させていったかというドキュメントですね。『ワイルド・スタイル』から考えると、本当に時代が変わったなと思わせますが、その中でも、機材をいろんな所に持っていくシーンが印象的なんですよ。

『The Defiant Ones』を聴く(Spotifyを開く

『The Defiant Ones』予告編

渡辺:そうですね。

荏開津:自分の屋敷の中を移動して、「今日はこれから、ここでやるから」といって機材を運ばせて、そこで(レコーディングを)やっていたり。

渡辺:カニエ・ウェストやジェイ・Zも、フランスのホテルでスイートルームを1部屋借りて、そこでアルバムを1枚作ったとか、よくインタビューでも答えていますし、EDMのDJも、移動中の飛行機で曲を作るとインタビューで答えていたのを聞いたことがあります。そういうことって、バンドでもあることなんですかね?

荏開津:クイーンを描いた『ボヘミアン・ラプソディー』(2018年 / ブライアン・シンガー監督)でも少し出てきますが、農場の小屋やお城を借りるとかは昔のバンドの本を読んでると出てきます。ただ、楽器がいらないから、小回りを効かせて移動できるのがヒップホップのよいところかもしれません。下手するとコンピューターだけあればできちゃうから。

「あんな有名なのに、ミーゴスってこんな場所で作ってるんだ!」っていう驚きがいいですよね。レコーディングの場所がスタジオに限定されない。

荏開津広(えがいつ ひろし)
執筆 / DJ / 京都精華大学、東京藝術大学非常勤講師、東京生まれ。東京の黎明期のクラブ、P.PICASSO、MIX、YELLOWなどでDJを、以後主にストリート・カルチャーの領域で国内外にて活動。2010年以後はキュレーション・ワークも手がける。

奴隷制から現代まで。アフリカン・アメリカンの生きた歴史を知る

渡辺:あと、ベタな作品ですけど、Netflixで見られる『ヒップホップ・エボリューション』も非常にいい教材だなと思います。今年、シーズン4がリリースされて、本当にベーシックな部分から、コアなところまで知れる。しかも、彼らはすごくストーリー作りがうまいので、点と点を線にしてくれながら進んでいくんですよ。

シーズン4では、ニューオーリンズのバウンス・カルチャーについてかなり深く取材していて、私も全然知らなかった固有名詞や、昔の流行の話などが出てきます。もうヒップホップを何十年も聴いてます、みたいな方から初心者の方まで、同じぐらい楽しめるんじゃないかなって思います。

『ヒップホップ・エボリューション』シーズン2 予告編

荏開津:『ヒップホップ・エボリューション』は日本でヒップホップに積極的に関わっている人はほぼ見ているのではないでしょうか? 私も最初は、「さすがにもうこれは入門だろうから、見なくてもいいのでは」と思っていたんです。でも、見始めたら面白くて。

渡辺:シーズン1は、もともとHBOのカナダが制作した映像作品だったんですよね。それもあってか、シーズン1は、クール・ハーク(Kool Herc)とかアフリカ・バンバータ(Afrika Bambaataa)とか、教科書通りっぽいヒップホップの入門的な内容なんですけど、私が感嘆したのは、シーズン2以降にちゃんとヒューストンやアトランタなど、これまでヒップホップの歴史が語られる上でスルーされがちだったところを丁寧に拾っている点なんです。たとえばアトランタでいえば、キロ・アリ(Kilo Ali)っていうレジェンドラッパーがいるんですけど、ローカル以外だとあまりスポットライトが当たらない存在なんですよね。でも、『ヒップホップ・エボリューション』ではちゃんと本人のインタビューもフィーチャーしていて、2020年になって、動くキロ・アリの映像を見られるなんて、思っていなかったです。

キロ・アリ『Classic Trap Music』を聴く(Spotifyを開く

荏開津:予算とリサーチ力がすごいですよね。

渡辺:「よくカメラの前にその人を引っ張り出してくれました」、みたいな感動があって。本当に貴重な当時の証言もあるので、アーカイブ性も高いと思います。

荏開津:Netflixは、やはり内容が充実したものが多いですよね。今はNetflixやAmazonプライムがあるから、入門として、それらの作品は本当にいいですよね。

渡辺:そうですね。AmazonプライムもHBO系やBET系の作品が充実していますよね。私もAmazonプライムだとクイーン・ラティファがベッシー・スミスを演じてる『BESSIE / ブルースの女王』(2014年 / ディー・リース監督)を見ました。

あと、ティファニー・ハディッシュ(『サタデー・ナイト・ライブ』のホストも務めた、アメリカの俳優・コメディアン)の『クレイジー・グッド』や、タラジ・P・ヘンソン(アメリカの俳優、出演作に映画『ドリーム』など)が主演の『ハート・オブ・マン』とか、B級っぽいコメディ作品も多くAmazonプライムで見ることができるので重宝しています。

渡辺:あと最近は、女性の黒人映像作家の作品に優れたものが頻出していると思っていて。最も有名なのはキング牧師を描いた『グローリー / 明日への行進』(2014年)という映画の、エイヴァ・デュヴァーネイ監督。

彼女は『13th -憲法修正第13条-』(2016年)というドキュメンタリーも撮っていて、『アカデミー賞』にノミネートされた初の黒人女性映画監督になったんです。その『13th -憲法修正第13条-』は、奴隷制時代から現代アメリカまで、いかにアフリカ系アメリカ人らが不当な扱いを受けて苦しんできたかという内容を丁寧に描いていて。直接的にはヒップホップミュージックと関係ないかもしれないんですけど、アーティストたちが育ってきた社会背景を知るという意味では非常に優れた映像作品です。

『13th -憲法修正第13条-』予告編

渡辺:あと、メリナ・マツォウカスという黒人女性映像作家がいまして、彼女もビヨンセ“Formation”やリアーナ“We Found Love”のMVなどを撮っていて、本当に美しい、かつ力強い映像で知られる監督です。彼女の初の長編映画『Queen&Slim』(2019年)が、昨年末にアメリカで公開されまして。ブラック版ボニー&クライドともいわれるような映画なんですが、ローリン・ヒルらが参加したサウンドトラックも本当に素晴らしくて。そうした黒人女性映像作家らに、個人的に注目しています。

『Queen&Slim』予告編

『Queen and Slim Soundtrack』を聴く(Spotifyを開く

荏開津:Netflixで見られる『マルコムX暗殺の真相』は、強くおすすめいたします。マルコムXは公民権運動の時期から大きな影響を与えた政治的な活動家ですが、1965年、39歳のときに暗殺されてしまうんです。その暗殺の公表された犯人は真犯人ではない、そしてときのアメリカ政府とFBIの暗殺への介入が強くあったことを告発する映像です。

これが真相かどうかは別として、みれば分かりますがヒップホップを生んだコミュニティーがムスリムのコミュニティーと重なっているということは強調したいです。それは別に歴史の話ではなくて、ジェイ・エレクトロニカ(Jay Electronica)の43歳にして10年越しのデビューアルバム『A Written Testimony』をジェイ・Zとビヨンセが2020年にリリースすることまでまっすぐ繋がっています。あともうひとつ直接的にはヒップホップに関係ない映画で『それでも夜は明ける』(2013年 / スティーヴ・マックイーン監督)という映画をおすすめしたいですね。アメリカの奴隷制度がどんなものだったのか、映画で理解するためにはこれが入門としていいのかなと思います。

ジェイ・エレクトロニカ『A Written Testimony』を聴く(Spotifyを開く

『それでも夜は明ける』15秒TVスポット

渡辺:確かに。ルピタ・ニョンゴが出演していますよね。

荏開津:そう。スティーブ・マックイーンっていう現代美術作家兼映画監督の作品で、すごくいい映画なので。この映画の舞台となった時代から150年経って、オバマが大統領になったことを踏まえて見てもらいたいです。今でも、アール・スウェットシャツの母親はUCLAの大学教授でレイス・スタディー(人種研究)をしているんですが、そうした土壌からもラッパーが登場していて、そのカルチャーが現在グローバルに広がっていることを考えると感動すると思います。ただ、それはあくまで背景の話です。確かドナルド・グローヴァーのコメディー『アトランタ』でも軽口を叩かれていましたが、あれも本人たちがいうのと僕が日本でいうのでは意味が違う。

アール・スウェットシャツ『Feet Of Clay』を聴く(Spotifyを開く

世界観を表現する、ミュージックビデオ

荏開津:映画やストリーミングの作品も重要ですが、ヒップホップにおいてはMVも大切ですよね。

渡辺:たしかにそうですね。私が考えるヒップホップカルチャーの魅力のひとつとして、ファッションからダンスまで、そのときの流行や風俗をすべて一緒にレプリゼントできる点があります。

ヒップホップ黎明期のMVもそうですが、KANGOL(カンゴール)のハットをみんなこう被っているのかとか、adidas(アディダス)のスニーカーをこう履いているのかとか、そういう発見がたくさんあったんですよ。それがどんどん加速していくのが特に、2000年代に入ってからかなと。

荏開津:量は2000年以降ですよね、やっぱりね。

渡辺:MVの量が増大しましたよね。1990年代の半ばから、たとえばハイプ・ウィリアムズ(P・ディディやミッシー・エリオットのMVなどを手掛ける映像監督)とか、ディレクター・X(アッシャーやドレイクのMVを手掛ける映像監督)といった、ヒップホップシーンで有名な映像監督、ミュージックビデオ監督が登場するんですよ。そうした流れと、あとはどんどん機材がよりコンパクトになったために、MVが大量に生まれていったと思います。

さらにそうした土壌が整うのと並行して、2005年くらいに「ワールドスター・ヒップホップ(Worldstarhiphop、通称WSHH)」というウェブサイトが立ち上がったんですよ。

ハイプ・ウィリアムズが監督した、ミッシー・エリオット“The Rain (Supa Dupa Fly)”MV

ディレクター・Xが監督した、アッシャー“U Got It Bad”MV

荏開津:はい、はい。

渡辺:今もすごく人気があるんですが、ヒップホップのMVや、巷のおもしろ動画を集めた、ヒップホップビデオ版の検索エンジンみたいなサイトで。そこにみんなアクセスして、面白いビデオが出ていないかチェックするんですね。その登場によって、MVを見られる体制が整ったのが2000年代ですね。iPhoneの登場も大きかったと思いますが。

―そうした動きの中で、アイコンとなったアーティストなどもいたんですか?

渡辺:ソウルジャ・ボーイ(Soulja Boy)の大ヒットは、私は大きかったと思います。ソウルジャ・ボーイの“Crank That”(2007年)は、みんなでおそろいの「スーパーマンダンス」と呼ばれる振り付けを踊っているMVなんですけど、これが口コミでヒットになりました。彼はサングラスの黒い部分に修正ペンで自分の名前を書くとか、ファッションも奇抜だったんです。しかも、ミシシッピに住むティーンエイジャーがインディペンデントで作った楽曲とMVということで、それもまた大きな要因だったかと思います。

ソウルジャ・ボーイ“Crank That”MV

『This Is Soulja Boy』プレイリストを聴く(Spotifyを開く

―ハハハ。

渡辺:決まった振り付けをみんなで踊るのは、昔からあるカルチャーですけど、それをよりポップでキャッチーに、しかもインスタントにやったのがこの曲で、今のムーブメントにも繋がるひとつの起爆剤になったと思っています。ソウルジャ・ボーイのブレイクとWSHHの誕生以降、MVの量は本当に爆発的に増えたと思います。

荏開津:ラップは音楽で、それはもちろん事実だけど、その始まりからラップと他のアートと繋がっていることを「ヒップホップの四大要素」といいますよね。私の尊敬するラッパー / アーティストの故ラメルジー(Rammellzee)は、自分はブレイクダンスの技についてラップできたことが特別だったんだと語ってくれたことがあります。そうやってダンスとラップが繋がっているように、ラップは、街に逸脱してしまった絵画というかいわゆる「グラフィティ」にも繋がってるし、映像とも繋がっている。

その昔ニューヨークのポルノ映画館でカンフー映画が上映されてなかったら、ウータン・クラン(Wu-Tang Clan)の世界観はない。でもそれを偶然だとは思いません。マーケティングで差別されてそういう映画館に回された香港映画が、アフリカン・アメリカンの人たちの美学に影響を与えたのは、目の前にあった取るべきものを手に取って武器にしたということだと思います。

今ではビジュアルで曲の世界観を表現するものとして、MVの存在が大きくなったんでしょうね。ラップに関して、特にその影響は大きかったと思います。実は1990年代半ば以降ラップの成功や世界とMVは切り離せません。

RAMMELLZEE: It's Not Who But What | Documentary | Red Bull Music

ラメルジー『Cosmic Flush』を聴く(Spotifyを開く

渡辺:たしかにそうですね。

荏開津:そしてストリーミングの時代になって、改めてMVの重要性を感じています。ストリーミングの時代には、アルバムやシングルの従来のジャケットがサムネイルのアイコンになりましたが、その替わりにビジュアル面ではビデオのほうがそのアーティストや楽曲の世界観が色濃く伝わるので、MVがアートになっていますね。MVだけでなく、短時間で見られる映像がラップと今最も密接に繋がった視覚的表現になっているのでしょう。リリックビデオもいつのまにか一般的なものになりましたし、勝手にマッシュアップしてる人も今ではとても多いですし。良い悪いではなくそれもひとつのカルチャーとして盛り上がっている。

渡辺:そうですよね。アーティストも、今やInstagramのストーリーズやライブ機能を駆使して情報発信していますし、テキストではなく短い映像が最も親しみやすくユーザーにリーチしやすいメディアなんでしょうね。2020年からビルボードのアルバムチャートもYouTubeの再生回数を集計に入れることになったので、ますますMVの存在感が増していくんじゃないでしょうか。

学生などの若いリスナーと話しているとハッとすることがあるんですが、彼らにとっては、MVを主軸にして音楽を聴くのは普通のことなんですよね。YouTube上だけで音楽をディグることも珍しくないから、MVが存在しない曲は彼らにとって存在しないも同然というか。私にはそれが、カルチャーショックでもあるんですが、だからこそ今後ますます重要になっていくのは間違いなさそうですね。

サービス情報
Spotify

・無料プラン
5000万を超える楽曲と30億以上のプレイリストすべてにアクセス・フル尺再生できます

・プレミアムプラン(月額¥980 / 学割プランは最大50%オフ)

プロフィール
荏開津広 (えがいつ ひろし)

執筆 / DJ / 京都精華大学、東京藝術大学非常勤講師、RealTokyoボードメンバー。東京生まれ。東京の黎明期のクラブ、P.PICASSO、MIX、YELLOWなどでDJを、以後主にストリート・カルチャーの領域で国内外にて活動。2010年以後はキュレーション・ワークも手がけ、2013年『SIDECORE 身体/媒体/グラフィティ』より、ポンピドゥー・センター発の実験映像祭オールピスト京都ディレクター、日本初のラップの展覧会『RAP MUSEUM』(市原湖畔美術館、2017年)にて企画協力、Port Bの『ワーグーナー・プロジェクト』(演出:高山明、音楽監修:荏開津広 2017年10月初演)は2019年にフランクフルト公演好評のうちに終了。翻訳書『サウンド・アート』(フィルムアート社、2010年)、『ヤーディ』(TWJ、2010年)。オンラインで日本のヒップホップの歴史『東京ブロンクスHIPHOP』連載中。

渡辺志保 (わたなべ しほ)

音楽ライター。広島市出身。主にヒップホップ関連の文筆や歌詞対訳に携わる。これまでにケンドリック・ラマー、A$AP・ロッキー、ニッキー・ミナージュ、ジェイデン・スミスらへのインタヴュー経験も。共著に『ライムスター宇多丸の「ラップ史」入門」(NHK出版)などがある。block.fm「INSIDE OUT」などをはじめ、ラジオMCとしても活動中。



フィードバック 0

新たな発見や感動を得ることはできましたか?

  • HOME
  • Music
  • 映像から語るヒップホップ文化 荏開津広×渡辺志保
About
「Kompass」は、ネットメディア黎明期よりカルチャー情報を紹介してきたCINRA.NETと、音楽ストリーミングサービスの代表格Spotifyが共同で立ち上げた音楽ガイドマガジンです。ストリーミングサービスの登場によって、膨大な音楽ライブラリにアクセスできるようになった現代。音楽の大海原に漕ぎだす音楽ファンが、音楽を主体的に楽しみ、人生の1曲に出会うガイドになるようなメディアを目指し、リスニング体験を交えながら音楽の面白さを紹介しています。

About
「Kompass」は、ネットメディア黎明期よりカルチャー情報を紹介してきたCINRA.NETと、音楽ストリーミングサービスの代表格Spotifyが共同で立ち上げた音楽ガイドマガジンです。ストリーミングサービスの登場によって、膨大な音楽ライブラリにアクセスできるようになった現代。音楽の大海原に漕ぎだす音楽ファンが、音楽を主体的に楽しみ、人生の1曲に出会うガイドになるようなメディアを目指し、リスニング体験を交えながら音楽の面白さを紹介しています。