Spotifyのプレイリストは、いかにして国境を超えてムーブメントを起こしてきたのか

エディターたちが切り拓いたプレイリストの新境地

プレイリストは、現在、音楽ストリーミングの世界において重要な役割を担っている。なかでも、Spotifyは、他のどのストリーミングサービスよりも力を入れている。しかし「プレイリストといえばSpotify」というような印象が定着しているのは、単にその数が多いからではない。プレイリストに対する既成の概念をすっかり変えてしまうようなプレイリストを生み出し、維持しているからだろう。

Spotifyがプレイリストに本腰を入れ始めたのは、いまから7年前の2015年頃といわれている。Spotifyは音楽エディターを積極的に採用し、彼らはそれぞれが得意とするジャンルのプレイリストに着手してゆく。なかでも、RapCaviarは、2017年の時点で、800万人以上ものフォロワーを集め、この年のリル・ウージー・ヴァートやカーディ・Bの大ヒットは、このプレイリストに選ばれたことが大きな要因とされた。

プレイリスト「RapCaviar」を聴く

同じ年の9月、『New York Magazine』のデジタル版「Vulture」で、RapCaviarを手掛けたエディターは、自身の勘はもちろん、Spotifyの多岐にわたるデータを駆使し、1990年代にシーンの動向に影響力を持っていたニューヨークのラジオHOT 97のプレイリストを夢想しながら、曲を選んでいると明かしている(*1)。

この頃から、音楽リスナーでラップヒットをおさえておきたければ、RapCaviarさえチェックしていればOK、加えてラジオのプレイリストも、RapCaviarの受け売りで選曲されてしまうほど圧倒的な影響力を持つことになる。このRapCaviarの成功により、ストリーミングサービスにおけるプレイリストに対する意識がまずは大きく変わった。

Spotifyのプレイリストが生み出した、音楽の新たなサブジャンル

RapCaviarの躍進からまもなく、Spotifyのプレイリストは、その後エディターでさえ予知できなかった想定外の現象を引き起こしてしまう。

これまで音楽の新たなサブジャンルといえば、ラジオ番組のホストや、レコード会社や、音楽ジャーナリストなどが定義するなり、カテゴライズするなりして、生まれるのが一般的だった。ところが、その役割を、Spotifyのプレイリストが担ってしまったのである。2019年8月にスタートしたプレイリストhyperpopがそれだ。

プレイリスト「hyperpop」を聴く

hyperpopを手掛けたエディターが『The New York Times』に語ったところによると、100 gecsのアルバムに「触発され、あれと同じような音楽をつくっている、われわれの知らないアーティストがいるのか探すことにした」という(*2)。Spotifyでは、これから来そうな新たなサウンドが見つかると、固有の名称で括られ、まずは「マイクロジャンル」という大枠に入れられる。その区分けを担当していたチーフエンジニアが、「ハイパーポップ」という語をPCミュージック界隈で初めて目にしたのは2014年、それを「マイクロジャンル」に入れたのは2018年だったと同紙に話している。

2020年7月には、100 gecsがゲストキュレーターをつとめ、その際プレイリストに入れた“bad idea”を歌う15歳のosquinnがカバーを飾り、ストリーミング人気を獲得、同じく15歳のglaiveがそれに続いた。glaiveは、自分がつくっているのは直球のポップソングだと断言。彼の周囲の連中がハイパーポップをつくっているから、そっちのレッテルを貼られたととらえている。

同じエディターは、hyperpopは「コミュニティーに根差したプレイリストだ」と表現する。「ジャンルであり、アーティストのコミュニティー、聴くことを通じて形成されるコミュニティーである」と。このhyperpopは、ハイパーポップというジャンルそのものが生成されてゆく過程を記録したものと言うこともできるだろう。

「ジャンル」より「カルチャー」を意識したプレイリストの台頭

RapCaviarやhyperpopが「ジャンル」と分かちがたく結びついているのに対し、「ジャンル」よりも「カルチャー」をより強く意識したプレイリストも存在感を増してくる。2019年6月末日に、Left of CenterをリブランディングしたLoremがそれだ。

プレイリスト「Lorem」を聴く

hyperpopのエディターは、「Loremを人にたとえるなら」という質問に「とてもオープンな人。当初Loremは超人気アーティストをフィーチャーしていた。いつもインディーというわけではなく。つまりLoremのリスナーというのは、恥ずかしがらずに超人気曲を聴いているし、そのうえで、さらなる展開が期待される曲を支持したり、ファンになったりすると思う。愛情深く、見栄を張ったりはしない。そういう性質だからcoolで、cool過ぎたりはしない」と答えている(*3)。

ちなみに、Loremとは、lorem ipsumからとったものだという。これは、例えば、ウェブページのデザインの雛形をつくる際、あとから完成したテキストが入れるスペースに、当座入れておくダミーテキストのこと。このlorem ipsumがあることで、ページ全体のレイアウトや書体やタイポグラフィーをイメージすることができる。つまり、SpotifyのLoremも、例えひとつひとつの楽曲の詳細はわからなくても、それらをプレイリストに組み込むことで、初めて見えてくる全体像や方向性のようなものがあるということなのだろう。

『W Magazine』のデジタル版で、同じエディターは「決めるのは私たちではなく、コミュニティーなり、アーティストなり、リスナーなりが、方向性を私たちに語りかけてくるというようなことなのです」と語っている(*4)。

世界中のコミュニティーのアーティストを集約したプレイリストの存在

hyperpopやLoremは、プレイリストがコミュニティーを形成し、ジャンルを育てあげてゆく形態をとっている。それに対して、世界中に点在する既存のコミュニティーをつなぐべく立ち上げられたプレイリストもある。

Beast Meets Westとしてスタートし、2017年にリブランドされたJasmineは、点在するアジア系のアーティストたちの楽曲を一か所に集約することで、その豊かさを示す、ユニークな音楽体験の場をつくり上げている。このプレイリストでは「ジャンル」が意識されていないものの、「アジア系としてのアイデンティティー」の一点だけは、つねに明確だ。Jasmineと名づけたのも、アジア原産で、アジア各地で生育しているのが、ジャスミンだからだという。

プレイリスト「Jasmine」を聴く

地域ごとに、いくつかこうしたプレイリストは存在する。UKおよびアイルランド地域では、例えば、Who We Beがある。

また、特定の地域を対象に、そのうえでジャンルに特化したプレイリストも人気を集めている。なかでもそのトップクラスに位置しているのがAltarだ。2019年5月に、フォー・テットが2週間連続ホストを務めてスタートしたこのプレイリスト。UKおよびアイルランド地域の、オルタナティブなエレクトロニックダンスミュージックに照準をあわせ、これから来そうな新たなサウンドを体験したいリスナーに向けている。2020年9月にはアルバム『ENERGY』のリリースにあわせ、Disclosureの2人とその友人が、12日間にわたり、このプレイリストのキュレートを行なったこともある。

プレイリスト「Altar」を聴く

「Altar JP」「Back To Back」日本発の新プレイリストが始動

そして、2022年5月20日、このAltarの方向性や精神を受け継ぐかたちで、これまで日本のクラブミュージックの旬を届けていたTokyo Club Beatが、Altar JPとしてリスタート。その記念すべき最初のカバーを飾ったのは、寺田創一。

このプレイリストの1曲目に置かれた彼の最新曲“Diving Into Minds”は、アムステルダムに生まれ育ち、日本にもルーツを持つMasaloとのコラボ。くしくも、ここに日本を軸にした国内外のオルタナティブダンスミュージックのクリエイター相互の連携が集約されている。そして、Altar、Altar JPへと展開していったのは、プレイリストを通じてのダンスコミュニティーの連携そして存在感や活力の維持が、パンデミック下においては特に大切なことだと考えたからだろう。

プレイリスト「Altar JP」を聴く

Spotifyは、Altar JPに加え、5月27日からは、Back To Backというプレイリストも始動している。ここでは、いま注目のDJやクラブ、プロモーターが月替わりでキュレーターを務め、コミュニティーをプレイリストでつないでいくスタイルをとっており、初回はCYKが担当している。

プレイリスト「Back To Back」を聴く

これまで、Spotifyは、コミュニティーの力を信頼したプレイリストを送り出してきた。2022年5月のタイミングで、Altar JP、そして、Back To Backという2つのプレイリストを始動したのは、ポストパンデミックにおけるダンスコミュニティーの一層の活性化を見据えてのことかもしれない。



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