Gacha Pop Now:「全てが破格」なYOASOBIと「画期的」なimase。2023年上半期を振り返る

5月9日、Spotifyが日本のポップミュージックを世界に届けることを目的としたグローバルプレイリスト「Gacha Pop」を公開した。シティポップ、ローファイヒップホップ、アニソン、近年の藤井風やYOASOBIなど、日本でのSpotifyローンチから5年以上が経過して、国内発の多様な楽曲が世界中で愛されている現状を踏まえ、「海外からの視点で日本のカルチャーを捉え直したときに新しい価値観が生まれる」という発想から生まれたのが「Gacha Pop」だ。

日本由来のカラフルなカプセルトイ(=ガチャガチャ)から着想を得て作られた造語である「Gacha Pop」は「音楽ジャンル」を意味するものではなく、雑多な日本のポップカルチャーをそのまま提示することによって、「J-POP」という言葉では括り切れない現代の日本の音楽シーンを再定義しようとする。長年揶揄されてきた「ガラパゴス」という言葉を逆手にとるかのように、その独自性と多様性こそが武器であると考えるのはとても発展的だと感じる。

『Gacha Pop Now』はこのプレイリスト「Gacha Pop」から見えてくる日本の音楽と世界との関係を、Spotify Japanの芦澤紀子と語り合う定期連載。今回は今年を代表するヒット曲となっているYOASOBIの“アイドル”とimaseの“NIGHT DANCER”の話を軸に、2023年の上半期を振り返った。

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プレイリスト「Gacha Pop」のローンチから2か月。リスナーデータから見る世界での日本の音楽の聴かれ方

―「Gacha Pop」がスタートしてから約2か月経っての反響や手応えについて、現時点(※)ではどう感じていますか?

芦澤:リスナーデータを見ると、現在は海外比率が8割以上なんですけど、ローンチした直後はもっと海外比率が高かったんです。TOP 5リージョンは、1位がアメリカ、2位が日本。以降は微妙な差なので日によって変動がありつつ、顔ぶれとしては東南アジアが多く、昨日の順位はインドネシア、台湾、メキシコ、次点がフィリピン。日本のポップカルチャー系やアニメ系のコンテンツ消費の上位国が大体こういった並びなので、順当な結果かと思います。

ほぼ海外向けのプレイリストだったので、最初の読みでは日本からのアクセスはあまりないかと見ていたんですけど、ここに来てSNSやウェブニュースの影響で日本の方にも興味を持っていただけている実感がありますね。

※取材日は6月28日。以下、データはすべて当時のもの

プレイリスト「Gacha Pop」を聴く(Spotifyを開く

芦澤:リスナーの年齢層は全体で見ると24歳以下が5〜6割で、若いリスナーがメインで聴いている印象があります。アメリカだと20代中心に聴かれているのですが、インドネシア、フィリピン、タイだと10代以下の若いリスナーのシェアが高い。なので、プレイリスト全体では、東南アジアの国が多いことにより「Z世代がメイン」といった見方ができるかと思います。

―アーティストごとにどこの国のどの世代に聴かれているのかは多少ばらつきがあるけど、日本の音楽が総体としてどう聴かれているのが、「Gacha Pop」のプレイリストのリスナー層を見れば何となくわかる、とも言えそうですね。

芦澤:そうですね。やっぱり日本のカルチャーに興味を持って聴いている世界の人たちは、アメリカ、東南アジア、メキシコあたりが中心で、比較的若めのリスナーが多いといった感じですかね。

「Gacha Pop」をフォローしてる人がほかにどのプレイリストをフォローしてるのかを見ると、まずやっぱり「Anime Now」や「Anime On Replay」が上位に来るんですけど、次いで「K-Pop ON!」や「Tokyo Super Hits」、さらにここ数年Spotifyですごく伸びてる「phonk」というヒップホップとトラップのサブジャンルのプレイリストなんですね。これはハイパーポップともまた違うんですけど、カードリフト系のゲーマーに人気で、そのプレイリストとの親和性も高かったりします。

プレイリスト「phonk」を聴く(Spotifyを開く

芦澤:あとは「shōnen」というアメリカのエディターがやっているアニメ系コンテンツのプレイリストや、「Top Gaming Tracks」「big on the internet」「Lo-Fi Beats」あたりともリスナーが被っていたりします。もともと「Gacha Pop」の要素としてイメージしていた「日本のカルチャーのガラパゴス的な多様性」ともリンクするような結果になっている印象があります。

―「Gacha Pop」のカバーアーティストはAdoから始まり、YOASOBI、ずっと真夜中でいいのに。と続いていて、日本のポップカルチャーの一側面をリプリゼントするかたちになっていますね。

Ado“いばら”を聴く(Spotifyを開く

ずっと真夜中でいいのに。『沈香学』(2023)を聴く(Spotifyを開く

芦澤:結果的に3アーティスト連続でイラストのカバーになっていますが、プレイリストのアイデンティティが定着して浸透するまでは、日本のポップカルチャーアイコンとして視認性の高いアーティストを意識的にカバーに起用したところがあります。

YOASOBIに関しては、もちろん実写の選択肢もあったんですけど、あえて初期からずっと使っているアイコンを使わせていただきました。最初のAdoは1か月展開したんですけど、それ以降は隔週で更新しているので、今後は実写のアーティストも含めて、より幅の広いアーティストを起用していくことになるんじゃないかと思います。

国内アーティストの楽曲として最速で1億回再生を達成、YOASOBIの“アイドル”は「全てにおいて破格」

―4月から6月の3か月ではYOASOBIの“アイドル”が国内はもちろん、海外でも圧倒的な数字を残していて、すでに今年を代表するヒット曲になっていますね。

芦澤:昨日あらためてデータを振り返ってみたんですけど、全てにおいて破格でした。日本のSpotifyが2016年秋にローンチして以降、こんなにハイペースでトップを独走してきた曲は本当になくて、4月12日配信開始で、4月14日にはもう日本のデイリーチャートで1位を獲っているんですよ。ロケットスタートにもほどがあるってぐらいのすごいハイペースなんですけど、そこからずっと1位を独走していて。

デイリーの再生数もすごくて、チャート集計上一番多かった日が5月14日で68万を超えていました。これは本当に見たことがない数字で、その後もずっと50万後半から60万前半をコンスタントに叩き出していて、国内アーティストの楽曲として最速で1億回再生を達成し、その後も引き続き数字を伸ばしています。

YOASOBI“アイドル”を聴く(Spotifyを開く

芦澤:どうしてここまですごいのかは、既にいろんなところで語られているのでSpotifyが分析することもあまりないかなとは思いつつ、アニメ『推しの子』との相乗だけでは語れない爆発力があったのが大きかったと見ています。『推しの子』の世界観を熟知して、リスペクトと愛情を持っているAyaseさんが戦略的につくった楽曲だったのかなと。

展開の早さとかめまぐるしい場面転換は、最近のK-POPでもよく見られる手法ではあると思うんですけど、サビの印象はボカロ的な「和もの」感、オタクカルチャー的な要素を意識的に入れてる印象もあって、日本のポップカルチャーを強く押し出しているように感じますね。

YOASOBI“アイドル”のミュージックビデオ

芦澤:あとはSNSの使い方や戦略もすごく長けていますよね。TikTokでいろんなバージョンを配信して、「踊ってみた」「歌ってみた」のようなUGCを誘発する設計は、過去、着うたの時代にいろんなバージョンを切り出して配信していたことを令和の時代にアップデートしたような感覚もあると思います。

しっかり英語バージョンも配信して、海外リスナーへの気配りも忘れなかったりとか、本当に丁寧に計画して、準備して、やれることは全部やる。そういう細かい戦略の積み重ねと、ここまでのYOASOBIの積み重ねと、アニメのポテンシャルと、いろんなことが相乗した結果、今までに例を見ないことが起きたのかなと感じています。

YOASOBI“Idol”を聴く(Spotifyを開く

―もともと“夜に駆ける”がリリース以降ずっと海外で聴かれる日本の楽曲の上位にいて、あの曲はアニメタイアップの曲ではなかったけど、MVでアニメが使われていたこともあり、やはりYOASOBI自体がある種のジャパンカルチャーを象徴する存在に既になっていて、それが爆発したという側面もきっとあるでしょうね。

芦澤:その通りだと思います。YOASOBIのこれまでの積み重ねがあって、状況的にも成熟して、そういうタイミングで本当に戦略的につくった楽曲が出たことによって、化学反応を起こしたという感じなのかなと。ikuraさんのパフォーマンスの素晴らしさ、レトロカルチャーへの憧れが滲んだフィジカルのデザインのエモさなど、本当にさまざまな要素が凝縮された結果だと思いますね。

―月間リスナー数も1000万人を突破したわけですが、聴かれている国や世代に関してはいかがですか?

芦澤:日本がトップリージョンには来ていて、次いでアメリカ、インドネシア、台湾、フィリピン、タイという『Gacha Pop』のプレイリストのリスナー層とほぼ一緒と言っていい状況で、アメリカと東南アジアが中心です。

ここまでのヒット曲になるとみんなが聴くようになるので、世代別の特徴は出にくいのですが、アメリカと台湾は20代が中心で、インドネシア、フィリピン、タイは10代を含むZ世代が半分以上なので、やはりユースカルチャーが支えている東南アジアと、もう少し上のミレニアル世代まで聴いてるアメリカと台湾、といった印象を受けます。

imase“NIGHT DANCER”に見るオーガニックなヒットとそれを後押しする自発的なアクションの重要性

―もう1曲、今年の上半期を代表するヒット曲になったのがimaseの“NIGHT DANCER”。さっき見たら月間リスナーが600万人を突破していて、未だ勢い衰えずという感じです。

imase“NIGHT DANCER”を聴く(Spotifyを開く

芦澤:本当にすごいですよね。日本の国内アーティストの月間リスナートップ5に入ってきました。藤井風、YOASOBI、米津玄師、RADWIMPS、imaseという状況です。

―Official髭男dismやVaundyよりも上ですもんね。この爆発的な聴かれ方に関しては、どのように見ていらっしゃいますか。

芦澤:もともとはStray KidsやNCT、TREASUREなど、いろんなK-POPのアーティストが続々とダンスチャレンジを投稿したという、オーガニックな流れが発端だとは思うんですけど、imaseのすごいところはそこにすかさず本人も含めて反応していったところで。

4月には韓国でショーケースを開催したり、imase本人がENHYPENやTOMORROW X TOGETHERのような人気アーティストと一緒にコラボ動画を投稿していたり。そこにさらなるオーガニックな動きとして、まさかのBTSのジョングクが歌うみたいなことも起きた。ジョングクに関しては、世界中で1000万人を超えるBTSファンが見ているような動画(「Weverse Live」での生配信)の中で、ほぼほぼフルサイズで歌ったので、またさらに注目度が加速しました。

さらに6月にはタイのバンコクでもショーケースを開催していて。そうやって何か現象が起きたときにそれをただ見ているのではなく、さらに広げるために自らアクションすることがこの状況につながっていると見ています。TeddyLoidのリミックスや、BIG Naghtyという韓国の人気ラッパーとのコラボ、韓国語バージョンを出したりもしていますしね。

imase『NIGHT DANCER』(2023)を聴く(Spotifyを開く

芦澤:国別の広がりでは、SNSのバズがバイラルに飛び火して聴かれていくという、これまで藤井風、なとりでも見られたようなことが“NIGHT DANCER”でも起きていて、すでに36の国と地域のバイラルチャートトップ100に入っています。

韓国の1位や台湾の2位を筆頭に、面白いところだとペルーでも3位だったりとか、南米も細かくランクインしていて。あと藤井風でも同様の傾向が見られたのですが、そこから中東にも波及して、エジプト、アラブ首長国連邦、サウジアラビア、カザフスタンといった国でも上位に入っています。まだヨーロッパには達してない印象なんですけど、ジワジワと広がっていますね。

―やはりオーガニックなヒットを生む楽曲自体の力と、それをさらに広げていくための戦略的な部分と、両方がポイントだということですよね。

芦澤:そうだと思います。「Gacha Pop」でも“NIGHT DANCER”のパフォーマンスはトップクラスによくて、リリースからはもう1年近く経っていますけど、すごく息の長いヒットになっています。日本国内では新曲の“Nagisa”が好調で、Spotify Japanのデイリーチャートの13位まで来ていたり、さらには8月に公開される鳥山明さんの漫画の映画化『SAND LAND』の主題歌“ユートピア”を書き下ろしていて、それもすごく期待ができると思います。

imase“Nagisa”を聴く(Spotifyを開く

imase“ユートピア”を聴く(Spotifyを開く

―“NIGHT DANCER”はこれまでの方程式だったアニメ絡みではなくヒットしたわけで、そこに今度はいよいよアニメも紐づくとなると、これは楽しみですよね。

芦澤:そうなんですよね。“Nagisa”もちょっと80年代シティポップを意識したような楽曲で、日本のカルチャーの中でも海外に人気のある要素をしっかり押さえていたと思うし、いよいよ今度はアニメとの関連性というところに来る。楽曲自体もmabanuaさんのプロデュースで、すごく期待が持てますね。

―mabanuaさんは米津玄師の曲にも関わっているし、キーパーソンですよね。

mabanuaが共同編曲で参加をした米津玄師“LADY”を聴く(Spotifyを開く

芦澤:あとはライブに関しても、今年『SUMMER SONIC』のSpotify RADAR: Early Noiseステージに出ていただくんですけど、このあいだ初めて拝見したライブも素晴らしかったです。ストリーミング、SNS発でまず楽曲が拡散したアーティストではありますけど、コロナも一段落して、ライブもフェスも盛んに行なわれる中で、リアルなパフォーマンスを見せることによって、また次の段階にステップアップするのかなと思います。

―imaseが海外でショーケースをやった以外にも、新しい学校のリーダーズが『Head In The Clouds』に出たり、RADWIMPSがワールドツアーを回っていたり、海外にライブをしに行く日本人アーティストが増えて、さらなる広がりもこれから出てくるでしょうね。

芦澤:藤井風のアジアツアーもキックオフして、初日の韓国からすごく盛り上がったというニュースを拝見しましたけど、今後は海外フェスやライブとの相乗もより期待できるのかなと思います。ここから先は本当に何があってもおかしくないというか、どんな化学反応が起きていくんだろうという期待しかないですね。

“アイドル”と“NIGHT DANCER”が体現した「いままでとこれから」。「Gacha Pop」でより多様な日本のポップカルチャーを世界へ

―imaseに関しては「韓国発のヒット」というのもポイントで、あいみょんがあらためて注目されたり、最近だとチョーキューメイがバイラルチャートで1位になったりと、日本の音楽が注目されているように感じますが、何か背景があるのでしょうか?

芦澤:あいみょんの“愛を伝えたいだとか”はちょっと前の楽曲ですけど、今年に入ってから韓国での再生回数が明らかに増加していて、国別のデータを見ると、日本に次いで韓国で再生されています。アメリカや東南アジアではなく、韓国が2位に来るのはすごく珍しいです。

あいみょん“愛を伝えたいだとか”を聴く(Spotifyを開く

芦澤:あいみょんはこれまで国内主体で聴かれるアーティストで、「Gacha Pop」的なわかりやすいかたちで海外から注目される要素はあまりなかったのかなと思うんですけど、ここにきて韓国のバズが起きたことで、すごく注目されていますね。imaseと似ていて、韓国のアーティストが踊ってみた動画を投稿したりして、楽曲が拡散されてる印象です。

―“NIGHT DANCER”のような象徴的なヒット曲が生まれたことによって、あらためて日本の音楽シーン自体への関心も高まっていて、あいみょん含め、ほかのアーティストへの関心も高まっているということかもしれないですね。

芦澤:かもしれないですね。チョーキューメイの“貴方の恋人になりたい”は6月12日に韓国のバイラルチャートで1位を獲得して、そこから2週間ぐらい連続して1位をキープしていました。やっぱり動画投稿サイト発でバイラルしていて、そこからアジアの各国にも広がっています。

チョーキューメイ“貴方の恋人になりたい”を聴く(Spotifyを開く

―タイ、ベトナム、台湾などでもバイラルチャートに入っていました。

芦澤:なので、今後ヒットの起点として、韓国発のバイラルヒットがより注目を集めていくのかなと思います。

―では最後に、YOASOBIとimaseのヒットを軸とした2023年上半期の動きを総括していただけますか?

芦澤:まず、imaseがここまでの結果を出したのはかなり画期的なことだと思っています。なとりの“Overdose”がアニメの曲でもないのにいきなりバズったときもすごく驚いたんですけど、アー写の代わりにイラストを使っていたり、もともとなとりはボカロカルチャーとかインターネットカルチャーとの親和性もすごくあったと思うんです。

imaseも「コロナ以降のDTMシンガーソングライター」というくくりで、なとりとも近いところがあると思うんですけど、これまでアニメっぽい色合いはほぼほぼなかった。それなのにここまで世界でバイラルするのは、藤井風は別として、今まで事例がなかったような気がします。

―藤井風にしても、きっかけはやっぱりアニメだったとも言われていますしね。だから言ってみれば、YOASOBIのヒットはこれまで積み上げてきたアニメを軸とする日本のカルチャーの一つの集大成みたいなかたちで、imaseのヒットはこれからの新しい可能性を提示した、という言い方もできるのかなと。

芦澤:YOASOBIの“アイドル”が今までの作曲手法だったりデータ分析だったり本当にいろんなことを掛け合わせて最大限化たものだとしたら、また全然違う扉を開けてくれたのがimaseの“NIGHT DANCER”。やはりこの二つが上半期の象徴的な事例なのかなと思います。

「Gacha Pop」はもともとカテゴライズやジャンルみたいなものに縛られずに、日本のポップカルチャーを広く世界に向けて紹介していきたいというコンセプトで立ち上げたプレイリストなので、今の多様な聴かれ方はすごく歓迎すべきことですし、プレイリストを通して海外により拡散し、紹介していけたら嬉しいなと思います。

―必ずしもメジャーなものだけじゃなくて、これから先はよりインディー的なものからの突き上げもあるかもしれないし、そこも含めて広く紹介していければ。

芦澤:チョーキューメイのヒットもいきなりでしたし、本当に次に何が出てくるのかわからない。まさにガチャをひねって何が出てくるか、というのと同じようなワクワク感がすごくありますね。



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