サブスクリプションサービスの発展・普及によって、国内と国外の壁が薄れ、「楽曲を発表すること」=「世界に発信すること」になって早数年。日本人アーティストの楽曲が世界でどのように聴かれているのかについて、徐々にその詳細が明らかになり始めた。
まず最初に可視化されたのは日本が誇るアニメカルチャーの絶大な影響力で、Spotifyが毎年年末に発表する「海外で最も聴かれた国内アーティスト」のランキングは、アニメ関連の楽曲で埋め尽くされていた。日本のアニメ人気とそれに伴う音楽との関係性は、近年より密になっていると言ってもいいかもしれない。
そこから新たな胎動を感じさせたのが2022年で、象徴的なのはやはり藤井 風“死ぬのがいいわ”の世界的なヒット。アニメ絡みではなく、TikTokのUGC(ユーザー生成コンテンツ)投稿を背景に各国のバイラルチャートを駆け上がり、 国内アーティストで初めてSpotifyの月間リスナーが1000万人を突破したのはエポックメイキングな出来事だった。なおかつ、規模の大小は異なれど、こうした現象が他のアーティストも含めて同時多発的に起こり始めたことが、風向きの変化を強く感じさせた。
そして2023年。コロナの終息に伴って国内外の行き来がしやすくなり、再び日本人アーティストが海外でのライブを頻繁に行なうようになることで、さらなる変化が生まれることは間違いない。そこでKompassでは今年から「世界で聴かれている日本人アーティスト」の最新動向を、Spotify Japanの芦澤紀子のコメントとともに、継続的に紹介していく。
アジアを席巻中のRADWIMPSと『すずめの戸締まり』。日本のアニメ映画の世界的ヒットと音楽の関係性
2023年最初の3か月間でもっとも海外のバイラルチャートをにぎわせた日本人アーティストの一組がRADWIMPS。日本では昨年公開され、陣内一真とともに主題歌と劇伴を担当した映画『すずめの戸締まり』の関連楽曲が、今年3月以降にアジア各国のチャートで軒並みランクインを果たしている。
RADWIMPS・陣内一真『すずめの戸締まり』(2022年)を聴く(Spotifyを開く)
芦澤:もともと『すずめの戸締まり』はSpotifyとして立体的にパートナーシップを組ませていただいた作品です。ドライブ中に昭和の名曲が流れるシーンではSpotifyを車内で聴く設定になっていて、実際にSpotifyのアプリが劇中で描かれていたり、公開時は一緒にCMもつくらせていただきました。
日本公開は去年の11月でしたけど、海外での公開は今年3月からだったので、いま現在その反響がビビッドに表れている状態です。映画も海外で大反響を呼んでいますが、韓国では公開して約2週間後に主題歌の“すずめ”がバイラルチャートで2位になりましたし、もう1曲の主題歌である“カナタハルカ”だけでなく、国によっては劇中で流れる“ルージュの伝言”や“SWEET MEMORIES”なども上位に入って、韓国、インドネシア、ベトナムなどでは関連楽曲が複数バイラルチャート入りする現象が起きました。
プレイリスト『“Suzume” & Songs from Makoto Shinkai’s Movies』を聴く(Spotifyを開く)
新海監督作品は同じくRADWIMPSとタッグを組んでいる『君の名は。』や『天気の子』も世界的に話題となり、『すずめの戸締まり』も各国で大ヒットを記録。それに加えて、RADWIMPSは2014年以降に複数回アジアツアーを行ない、すでに現地にファンベースを持っているバンドであり、その相乗効果によって現在の状況が生まれていると考えられる。
また、“ルージュの伝言”に関しては、新海監督がストーリーのモチーフにしたという『魔女の宅急便』でも主題歌に使われていたり、『風立ちぬ』の主題歌として“ひこうき雲”が使われていたりと、やはり海外でも人気の高いジブリ作品の影響で、ユーミン(荒井由実)の存在が認知されていることもヒットの背景として大きいかもしれない。
アジア以外の国は4月12日以降の映画公開が予定され、ヨーロッパ、中近東、アフリカ、中南米といった国々に続いて、北米では4月14日から公開されるのだが、ちょうど時を同じくして4月16日からRADWIMPSの北米ツアーがスタート。4月29・30日にはニューヨークのタイムズスクエアでの公演も予定され、このタイミングでのさらなるチャートアクションが期待されるし、3月末時点で570万人の月間リスナー数がどこまで伸びるのかも気になるところだ。
芦澤:このところ日本のアニメ映画が相次いで海外でもヒットしていて、去年だと『ONE PIECE FILM RED』がそうですし、『THE FIRST SLAM DUNK』も海外公開は今年に入ってからで、主題歌になっている10-FEETの“第ゼロ感”も韓国をはじめとしたアジア諸国でヒットしました。こうしたアニメ映画絡みのバイラルヒットが同時多発的に起こっていると言えます。
10-FEET“第ゼロ感”を聴く(Spotifyを開く)
映画以外もアニメ関連の楽曲は軒並み好調で、『チェンソーマン』の主題歌として昨年10月に配信が開始された米津玄師の“KICK BACK”はまだリリースから半年ほどながら、すでに代表曲の“Lemon”や、アニメ『僕のヒーローアカデミア』の主題歌として海外人気の高い“ピースサイン”の累計再生数を超えていて、遠くない未来に2億回再生を突破する勢い。『チェンソーマン』は週替わりのエンディングテーマも軒並み1000万回再生を超えていて、その人気の高さを証明している。
プレイリスト『Chainsaw Man チェンソーマン』を聴く(Spotifyを開く)
また、やはり世界的に人気の高い『進撃の巨人 The Final Season Part 2』の主題歌“The Rumbling”が昨年大ヒットし、『進撃の巨人 The Final Season 完結編(前編)』の主題歌“UNDER THE TREE”を配信したばかりのSiMは、3月に海外マネジメントおよびエージェンシーとの契約を発表。『ONE PIECE FILM RED』で話題を呼んだAdoも昨年「Geffen Records」とのパートナーシップを発表しているように、アニメきっかけの世界進出は今後も続いていくだろう。
K-POPアーティストがこぞってダンス動画を投稿。新世代アーティストimaseのブレイクに見るUGC投稿の重要性
アニメ関連以外で2023年に入ってから海外のチャートをにぎわせているアーティストの代表が、コロナ禍に入ってから本格的に音楽制作を始めたという2000年生まれの新世代アーティストimaseだ。
TikTokへの投稿ですぐに人気となり、2021年12月に発表したメジャーデビュー曲“Have a nice day”ですでに日本のバイラルチャートでは1位を獲得していたが、昨年8月にリリースされた“NIGHT DANCER”がダンス動画投稿の広がりとともに各国のチャートをジワジワと上昇。月間リスナー数も右肩上がりで、3月末の時点で260万人を突破し、リスナーの比率も海外が7割超となっている。
imase“NIGHT DANCER”を聴く(Spotifyを開く)
芦澤:“NIGHT DANCER”が非常にバズっているのはK-POPのアーティストがこぞってダンス動画を投稿したことがきっかけで、それに引っ張られてバイラルしている状況です。Stray Kids、NCT、Kep1ler、TREASURE、ATEEZなど、いろんなアーティストがダンスチャレンジでこの曲を投稿していて、韓国ではバイラルで1位になっていますし、 フィリピンやシンガポールといった東南アジアから、メキシコのような中南米にも波及しています。
ティーンエイジャーにバズが広がる現象が起きたときは、ほぼほぼダンス投稿が絡んでるというのが現状だと思います。アニメ人気も変わらずありますけど、UGCの投稿がいまのヒットをつくる上で重要な指針になっているのは間違いありません。
imaseは韓国での人気の高まりを受け、4月13日にソウルで初のショーケースイベントを開催することが決定。一方、日本では3月30日に渋谷WWWで初ライブを開催し、その日に初の東名阪ツアーを10月に開催することを発表している。海外での盛り上がりを背景に、国内でもその存在感をさらに高めていくはずだ。
「首振りダンス」が話題の“オトナブルー”。新しい学校のリーダーズは88risingとともに世界を目指す
国内のバイラルチャートで現在大きな話題を呼んでいるのが新しい学校のリーダーズ“オトナブルー”。
新しい学校のリーダーズ“オトナブルー”を聴く(Spotifyを開く)
もともと2020年5月に発表されている楽曲だが、昨年後半のテレビパフォーマンスをきっかけに、主に20代以下の若いリスナーを中心にヒット。3月16日にはミュージックビデオが公開され、その人気を後押ししている。
芦澤:レトロな曲調、「首振りダンス」と呼ばれる特徴的な振り付け、さらにはセーラー服と、このカオスな組み合わせに中毒性があって、一度聴いたらクセになる。特にいまの若い世代にはこの昭和歌謡的なメロディーが新鮮だったのか、ダンス投稿が急増して、それを反映するかたちでバイラルチャートを上がっていきました。TikTokでの関連動画の再生数は4億回を突破しているそうで、Spotifyの再生数も今年に入ってずっと右肩上がりです。
“オトナブルー”は現状海外でのチャートインこそまだ限られた範囲だが、彼女たちの楽曲全体の海外リスナーの割合は7割を超えていて、確実に世界での支持を獲得しつつある。この背景としては、もともと彼女たちがアジアのアーティストを世界に発信するプラットフォーム=「88rising」と契約をしていて、以前から海外へとアプローチしていたことが大きい。
芦澤:アソビシステムがマネジメントですが、海外では「88rising」とレーベル契約していて、以前から海外にも活動の比重を置いているんです。「88rising」が主催する音楽フェス『Head In The Clouds』には過去2年出演していて、今年も5月のニューヨーク公演に出演します。この公演にはXGとITZYも出演するので、すごく注目を集めていますね。
“オトナブルー”同様にyonkeyがトラックを手掛けた新しい学校のリーダーズの世界デビュー曲“NAINAINAI”を聴く(Spotifyを開く)
現在“LEFT RIGHT”がグローバルのバイラルチャートにもランクインしている日本人のガールズグループXGも要注目の存在だが、活動の拠点は韓国にあり、K-POPの流れにあると言えるのに対し、新しい学校のリーダーズはまさに新しいJ-POP。歌謡曲風のメロディーと、以前“Timing”のカバーでバイラルヒットを飛ばしているKlang Rulerのyonkeyによるグローバル仕様のトラックという組み合わせは、藤井 風とYaffleのコンビで“死ぬのがいいわ”のヒットが生まれたこととのリンクも感じられる。
Klang Ruler“タイミング~Timing~”を聴く(Spotifyを開く)
芦澤:「88rising」は各国の面白いアーティストをフックアップするのが上手いですよね。去年YOASOBIをフックアップ(『Head In The Clouds』に出演)しているのも、YOASOBIを日本のポップカルチャーを体現する存在として見ているからこそだと思うんです。
新しい学校のリーダーズを早くからフックアップしてるのも、やはり彼女たちが日本ならではの側面を持っているからで、日本のカルチャーを世界に広げていこうとする姿勢に面白さを感じているのかなと思います。
2022年の『Head In The Clouds』がインドネシアとフィリピンで開催されたことも、「88rising」の確かな目利きを証明していると言える。
芦澤:ちょっと前まで日本のアーティストがチャートの上位に入るのは、台湾とか香港のように昔からJ-POPのカルチャーと親和性が高い国が多かったんですけど、最近はインドネシア、フィリピン、タイの成長が大きいですね。人口が多いのに加えて、若者が多くて、デジタルネイティブな人たちがストリーミングで音楽を聴き、ソーシャルとの親和性がすごく高い。なので、ダンス動画などバズがバイラルに波及しやすいというのがあると思います。
「RADAR:Early Noise 2023」の注目アーティスト・LANAに見るジャンルのクロスオーバーとレトロのアップデート
最後に、今年1月に発表された「RADAR:Early Noise 2023」の10組に選ばれたアーティストの中から、今後の 活躍が期待されるアーティストを紹介しよう。
グローバル視点で言えば、“Overdose”が大ヒットして現在もチャートをにぎわせている「なとり」、楽曲に対する好リアクションがアルゴリズムに反映され、オーガニックにリスナーの数が広がったDURDN、すでに海外でのライブ経験も豊富な春ねむりらも注目だが、独特の存在感と勢いを見せているというのがラッパー/シンガーのLANAだ。
芦澤:国内のマーケットを見たときに、「RADAR:Early Noise 2023」に選ばれたアーティストの中でいまもっとも伸び率が高いアーティストがLANAで、月間リスナーは130万人を超えています。
プロフィール的に目をひくのはLEXの妹ということですけど、もともとヒップホップを軸足とした客演で注目を集めたアーティストでありながら、もっといろんなジャンルとクロスオーバーできるポップな素質を持っていて、ラッパーとしてのクオリティーやポテンシャルはもちろん、歌がとにかく素晴らしいんですよね。
LANA“TURN IT UP feat. Candee & ZOT on the WAVE”を聴く(Spotifyを開く)
芦澤:ちょっとハスキーな声質で、19歳になったばかり とは思えないくらい大人びていて。小さいころからお母さんの影響で美空ひばりをお風呂で歌っていたそうで、こぶしをきかせたり、がなりも混ぜたりする。
その一方で、オリヴィア・ロドリゴが大好きだとも言っているように、ヒップホップに縛られず、いろんな音楽を聴いている。最近はヒップホップでもフックの部分が歌だったり、様々なジャンルをクロスオーバーさせることが世界的なトレンドになっている中、LANAの図抜けた表現力は絶対に生きてくるはずです。
昨年リリースの“PULL UP”はドレイクのアルバムで改めて注目されるようになったジャージークラブをいち早く取り入れていて、最新曲の“L7 Blues”はバイレファンキを取り入れていたり、ヒップホップとダンスミュージックがクロスオーバーするトレンドを体現していて、NewJeansのヒットパターンを連想させる部分もあると思います。
LANA“PULL UP”を聴く(Spotifyを開く)
LANA“L7 Blues”を聴く(Spotifyを開く)
芦澤:全部の曲が3分前後とコンパクトなのも特徴で、キャッチーなフックで聴かせる構成と3分前後の短い尺というのが、アテンションスパンの短いティーンに刺さりやすいのもあると思います。なとりも短いですしね。
なとり“フライデー・ナイト”を聴く(Spotifyを開く)
「アニメ映画」と「ダンス投稿」が大きな特徴としてありつつ、もちろん各アーティストによってヒットの背景はさまざま。ただ、歌謡曲的な雰囲気の“オトナブルー”、“ルージュの伝言”のリバイバルヒット、そして、演歌をも内包するLANAの歌唱に対する注目度の高まりを考えると、レトロだったり、ノスタルジーを感じさせるものをいかにアップデートして提示するのかが現在のヒットの鍵を握っていると言えるのかもしれない。
芦澤:ダンスミュージックをはじめとしたジャンル間のクロスオーバーと、レトロな雰囲気のものをどういまの世代に新鮮に見せるのかが重要なのかもしれないですね。NewJeansもそうで、VHSやガラケーを使ったり、ビジュアルの見せ方は非常に戦略的で、その時代を知らない人たちには新鮮でキラキラしたものに映る。そういった現象が同時多発的に起こっている気がします。