数多くの人気アニメに出演し、歌手としても第一線で活躍する声優の花澤香菜が、ポニーキャニオンへの移籍第一弾となるアルバム『blossom』をリリースする。
プロデュースを務めるのは、デビュー時より花澤の音世界をともにつくり上げてきたROUND TABLEの北川勝利。洗練されたコード進行やポップでキャッチーなメロディーは健在ながら、今作ではきらびやかなシンセサイザーや強靭なビートを前面にフィーチャーし、北川の楽曲に多大なる影響を受けたポーター・ロビンソンやMadeonにも通じるフューチャーファンクなサウンドスケープを展開するなど、花澤香菜を新境地へと導いた作品に仕上がっている。
なお本作には、これまで彼女に楽曲を提供してきた沖井礼二(元Cymbals / 現TWEEDEES)も引き続き名を連ねている。「ポスト渋谷系~シティポップ」などと評されたROUND TABLE、Cymbalsを経て、その類稀なる音楽性をアニソンに持ち込み独自の世界を確立した2人。ここ数年の世界的なシティポップブームや、アニソン人気について、どのような思いを抱いているのだろうか。現場目線で語り合ってもらった。
中国で大人気の花澤香菜。他のアニソンヒットとは一線を画すその現象とは?
―北川さんは、花澤香菜さんが2013年にソロデビューしたときからプロデューサーとして関わっていて、今回ポニーキャニオン移籍第一弾としてリリースされる最新アルバム『blossom』は、前々作『Opportunity』(2017年)以来の参加となりますね。
北川:はい。前回のアルバム『ココベース』(2019年)のときは、ソニーのレーベル内のAniplexからSACRA MUSICへの移籍に伴いチームが変わって一旦外れたのですが、そのあと香菜ちゃんが中国に呼ばれることが多くなって。そのライブに関するサウンドプロデュースみたいなかたちで復帰することになったんです。沖井くんと一緒に中国でライブをやったこともあったね。
沖井:2019年の終わりくらいだったかな、広州での『アリババフェス』に出演したのですが、いわゆるヘッドライナーに近い位置で。
北川:他にも中国の旧正月に、日本からは渡辺直美さんや、英米からもテイラー・スウィフトなどの大物アーティストを呼んで開催するような大型フェスがあって、そこにも呼ばれたり、国営放送にもゲスト出演したりしてさらに認知度が増して、テレビ番組などにも引っ張りだこになっていったんです。もともとは“恋愛サーキュレーション”(アニメ『化物語』10話のオープニングに使用された曲)がTikTokで広まったことや、『化物語』自体の人気がタイミングよく重なったことがきっかけだったのかなと思っています。
“恋愛サーキュレーション”を聴く(Spotifyを開く)
―とはいえ、例えばTK from 凛として時雨の“unravel”(『東京喰種 トーキョーグール』オープニングテーマ)や、LiSAの“紅蓮華”(『鬼滅の刃』オープニングテーマ)、KANA-BOONの“シルエット”(『NARUTO -ナルト- 疾風伝』』オープニングテーマ)などが海外で大ヒットしたのとは、花澤さんの場合はまた少し違う気がしますね。
沖井:いま、挙がった曲たちはアニメがまずヒットして、その主題歌として人気が上がっているケースが多いと思うのですが、おっしゃるように花澤さんのヒットの仕方はそれとは違う気がします。中国でのライブの反応など見ていると、声優さんとして人気があるというよりはシンガーとして受け入れられているのかなとは思った。日本でいう「外タレ」扱いだよね(笑)。
北川:見た目も声もすごく可愛いですしね。あと、香菜ちゃんの名前が中国では「シャンツァイ」、パクチーやコリアンダーを意味する言葉なんですよ(笑)。そういうのも中国人にとってはキャッチーなのかなと思います。
―例えばシティポップや渋谷系っぽいものがインドネシアやシンガポール、タイなどで再評価されていたり、ヴェイパーウェイヴやフューチャーファンクなどに取り入れられたりしているのとも関係していると思いますか?(関連記事:2021年、シティポップの海外受容の実態 Spotifyのデータで見る)
沖井:うーん、そこは正直よくわからない。ここ2年はコロナ禍のステイホームでみんなが家から出られなくなり、さまざまなエンタメが足踏みしている状態の中、インターネットを見る機会が増えたわけじゃないですか。いまはもうジャンルやシーンが寸断されて、それぞれのコンテンツがワールドワイドにつながりやすくなっているから、例えばシティポップや渋谷系などいままで見つけられなかったコンテンツに出会って「自分はこういうのが好きだったんだ!」みたいにハマっていく人が増えている気がするんですよね。
―例えば今作『blossom』を聴くと、“ユメノキオク”を筆頭にフューチャーファンクやEDMっぽいアレンジが全体的に増えていますよね。そういった北川さんの作風の変化も、いま話したようなアジアでのシティポップ再評価を意識したものかと思ったんですよ。
北川:そうですね。今回、新たなチャレンジとして「打ち込みサウンドを主体にしよう」という気持ちはありました。いままでの花澤香菜はソフトロック的というか、生バンドやストリングス、ホーンなどで構成されたウェルメイドな楽曲を歌う人というイメージが強かったと思うんですよ。もちろん、その流れを完全に変えるつもりはなかったんですけど、何となく肌触りとしてK-POP的な、ピカピカしたサウンドと並べて聴いても耳劣りしないものにしたかったんです。
それともう一つ、今回は楽曲の尺をできるだけ短くしようと思いましたね。作家陣にオファーする際「ピカピカした打ち込みサウンドにしたいです」というリクエストとともに、「尺は3分台、もし3分を切れたら最高です。4分は超えないでください」とお願いしました。4分を超えたデモをつくってきた人には、「真ん中のサビはバッサリ切って」とか「Bメロが長いのでもっと詰めてください」って。
ヴェイパーウェイヴやフィーチャーポップと「共鳴」した花澤香菜の最新アルバム
―沖井さんが手掛けた“Miss You”も、これまでの花澤さん提供曲に比べると、今回は沖井節が控えめな印象でした。
沖井:そこは特に意識していなかったかな。そもそもぼく自身が「沖井節」とはどんなものかよくわかってないので(笑)。
花澤香菜の“Miss You”を聴く(Spotifyを開く)
北川:いや、言っておくけど沖井くんが書く曲は全部「沖井節」だよ?(笑) ただ、おっしゃるように「今回の曲はあまり沖井さんを感じさせないですね」と他の人も指摘していました。それを聞いた香菜ちゃんは、「いや、でも歌ったら沖井さん(の曲)ですよ?」って言ってましたけど。
沖井:あははは。そこは自分でも気づかないうちに出てしまう「らしさ」ってやつかもしれないですね。「沖井節」が控えめなのは、シンセベースを使っているせいもあるかもしれない。生演奏の要素を今回、意識的に排除してつくったところがあったから。でも、それでもやっぱり人の体温が感じられるほうがいいよねという話になって、途中でギターとピアノを入れたりして。
北川:そうそう。ふと思いついて沖井くんに「ギターの『チャカチャーン!』というフレーズだけ録って送ってくれない?」とメールして。
沖井:ミックスダウンの当日にね(笑)。
北川:2時間後にミックスダウンするから、スタジオに来る前に自宅で弾いたものを持ってくるか、ギターを持ってスタジオに来てもらってその場で弾いてもらうか、どちらかお願いしたいんだけどって。そうしたらすぐ、2、3通りのギターフレーズを自宅で弾いてくれて。「こんな感じ?」って送ってきてくれたのが「まさにそれです!」と。
沖井:やり取りが大体30分くらいだったよね。あれは気持ち良かった(笑)。
―ちなみに今作を「打ち込みのキラキラしたサウンドにしよう」と思ったのは、どんなきっかけだったのですか?
北川:以前、Madeonのライブを観に行ったとき、彼が映像とパッケージになったライブセットを一人でやっていて感銘を受けたんです。音色も新しいし気持ちいいし、打ち込みサウンドでバキバキに上げてくるけど、どこか切ない響きがある。それを聴いたときに「これだ!」と思ったんです。
Madeonの“Shelter”を聴く(Spotifyを開く)
北川:ちょうど同じ頃、ポーター・ロビンソンがROUND TABLEの“Let Me Be With You”をDJセットに組み込んでくれていることを知って、そういうふうにつながっていくことにワクワクして。それで今回のアルバムでは、その周辺のサウンドをかなり意識しました。“ユメノキオク”はまさにそういう楽曲ですね。(関連記事:中田ヤスタカはなぜ世界を魅了する? Perfume・きゃりーの海外人気を支える作家性を紐解く)
花澤香菜“ユメノキオク”を聴く(Spotifyを開く)
―ポーター・ロビンソンが昨年開催したオンラインイベント『Secret Sky 2021』で、ROUND TABLEの“Let Me Be With You”をスピンしたのはTwitterでも当時ざわついていましたよね。それこそ北川さんも沖井さんも、Madeonやポーター・ロビンソンがやっているようなことを10年以上前からずっとやってきたわけで、ある意味では草分け的な存在といっても過言ではない。
ROUND TABLE“Let Me Be With You”を聴く(Spotifyを開く)
沖井:それまでのアニソンって、そのちょっと前までLantis(株式会社バンダイナムコアーツのレコードレーベル)が大きな潮流をつくっていたと思うんですよ。いわゆるメタルやハードロック畑だった人たちが中心にいたから、そのイメージがすごく強かったし、そこにさらに新たな流れをつくった北川の功績はめちゃくちゃでかいと思うんです。
Lantis以前のアニソンは、従前からの歌謡曲やいわゆるサウンドトラック的な流れがあったんだけど、そこに電子音とヘビメタル風のギターリフを加えたLantis独特の世界観が入ってきて、いまも脈々と続いているじゃないですか。それが日本のアニソンのオリジナリティーを形成していることに関しても、個人的にはもっとちゃんと語られるべきだと思っています。
―─『ランティス祭り』の常連、影山ヒロノブさんの“CHA-LA HEAD-CHA-LA”などはその代表ともいえる曲ですよね。
沖井:まさに。1980年代のハードロックヘビメタの系譜がいまだにここまで色濃く引き継がれているのは、おそらく世界中探してもいまは日本の一部のアニソンだけだと思いますね。
影山ヒロノブ“CHA-LA HEAD-CHA-LA(ドラゴンボールZ)- LIVE”を聴く(Spotifyを開く)
―言われてみれば、“紅蓮華”などにもハードロックの要素が多分に入っていますよね。Lantisの世界観とは違いますが。
沖井:そう。そういう系譜とは異なるオルタナティブなものとして北川が提示した音楽が、いまのアニソンの裾野の広がり方に貢献したのは間違いない。でなければこのインタビューも成立していないと思いますしね(笑)。
LiSA“紅蓮華”を聴く(Spotifyを開く)
インターネットは「視覚」の媒体。「アニメやゲームの音楽がいち早く広まるのはうなずける」(沖井)
―北川さんや、沖井さんのような音楽性がアニソン界で受け入れられたのはなぜだと思いますか?
沖井:アニメというのは、いわゆるロックやポップスとは全然違う島にあったわけじゃないですか。その「価値観の壁」が、一体どうやって取り壊されていったんだろうなとよく思うんですよ。
昔mixiが流行ったときに、プラットフォーム上にいろんなコミュニティーが存在していたじゃないですか。そこにあった「The Whoコミュ」とか「The Kinksコミュ」とかと同時に、「『伝説巨神イデオン』コミュ」みたいなものにもぼくは入っていたんです(笑)。
きっと人間には、過去にものすごく好きだったのにいまは忘れているものがいろいろあって、インターネットはそういう記憶を掘り起こされる場所なんですよね。そのことに最初に気づいたのがmixiだった気がします。
沖井:で、デジタルネイティブ世代はそういう「価値観の壁」すら最初からないんですよね。その子たちももう大きくなっているし、大人たちもだいぶデジタルに順応するようになってきて。そうすると、若い頃にロック好きだったライターや音楽家がアイドルやアニメに回帰していくのも、インターネットの影響なんじゃないかなと思うんです。「価値観の壁」が壊されたことによって、「好きな音楽はロックです」なんてカッコつけなくても「いいものはいいじゃん」と言える世の中になってきて。
しかもインターネットは、視覚的な情報がとても大事なメディアじゃないですか。YouTubeで音楽を聴く人が増えたことで、MVのない音楽はものすごく不利になりましたよね。そんななか、アニメやゲームはもともと視覚的な要素が必須ですから、普通のポップスやロックはそれに比べてコンテンツとしての力は弱い。そうなってくると、アニメやゲームで使われている音楽がいち早く人々の記憶と結びついて広まっていくのは当然なんですよね。
―そういった現象が世界的な規模で起きているんでしょうね。ポーター・ロビンソンが以前のインタビューで「日本のゲームのサウンドトラックからもインスパイアされる」と言っていましたし(*1)、No Romeは「Perfumeは、『チャンネルV』というアジアのMTVみたいなテレビチャンネルで知った」と話しています(*2)。
北川:子供の頃からそういう情報を浴びているので、日本のゲームやアニメ、音楽に対する先入観もほとんどないんでしょうね。
沖井:ぼくはディズニープラスに登録していて、海外のテレビアニメ作品などもたまに観るんですけど、作画のタッチは日本のものと違うのに、カット割りなどで明らかにジャパニーズアニメへのオマージュを感じるものがすごく多いんですよ。
よく「日本の文化はガラパゴスだ」といわれますが、じつはそんなことはない。J-POPにしてもジャパニーズアニメにしても、ちゃんと受け入れられ影響も与えているんだろうなと思っていますね。それがどの程度アメリカで市民権を得ているのか、まだまだニッチな存在なのか、その辺りの空気感はわかりませんが。ただ、YouTubeやネットの影響力の大きさを考えると、かなり一般レベルまで浸透しているんじゃないかなと。
「曲の背景を知らずに消費されるパターンが増えているのは、もどかしくもある」(北川)
北川:ただ一方で、好きなものを好きなところだけしか取らない傾向が人々の間でどんどん強くなっていることに対し、個人的には若干モヤモヤしたものを感じています。
例えばある音楽を、「TikTokで使われているから」という理由でその曲だけ好きになって、そこで終了というか。歌っているアーティストや、収録されているアルバムのことすら知らずに消費されて終わるパターンがすごく増えているじゃないですか。そこがちょっともどかしく感じるときは正直あるし、今後どうなっていくのかが心配というか、どう伝えていったらいいのかは考えていますね。
―そういう文脈から切り離した聴き方ができるようになったからこそ、海外でも日本の音楽が聴かれるようになったり、昔の曲が急にバズったりしてきた側面もあるし、そこは表裏一体なのでしょうけどね。文脈から切り離されたものしか聴かれなくなってしまうのだとしたら、「じゃあもう評論は不要なの?」とも思ってしまう。
北川:そうなんですよ。例えば今作に入っている“Don’t Know Why”という曲は、The Weekndが“Blinding Lights”でやっていたのと同様、元ネタはa-haの“Take On Me”なんですよ(笑)。そんなのはもう何周も回った遊びというか、元ネタ探しも「込み」でこの曲を楽しんでいて。「よし、The Weekndがそうくるなら俺は“Take On Me”をこんなふうに料理してやる!」みたいなモチベーションで“Don’t Know Why”もつくっているんですけど、感想など読むと「なんか昭和っぽい」「懐かしい」みたいな声が多くて。
―文脈を汲み取ってもらえず、その曲単体で聴いたときの印象のみが語られてしまうと。
北川:もちろん、そういう聴き方を否定する気はまったくないんですが……沖井くん、どうしたらいいと思う?
沖井:(笑)。もちろんスルーされちゃうよりは、「これ、出汁はカツオを使っているんですね」みたいな感じで気づいてもらえたほうが嬉しいけどね。
北川:ただ「美味しい」だけでも全然いいし、そこが一番大事ではあるのだけど。
沖井:例えばエルヴィス・プレスリーが登場したとき、あるいはThe Beatlesが登場したときに若い人たちが飛びついた。そのとき彼らは理屈や文脈を考えて飛びついたわけではないと思うんですよ。後になってから「エルヴィスにはこういう黒人音楽的な躍動感が流れていて」とか、「The Beatlesにはさらにキャロル・キング的な要素が加わり」みたいな検証がなされるけど、当時やっている本人ですらそこまで意識していたかどうかはわからない。
北川:確かにそうだね。
沖井:であれば、まずは若い人たちが飛びついて熱くなっているのを、ぼくら大人は邪魔しないようにする以外ないのかなと思う(笑)。そこからまた別の新しいものが生まれるかもしれないし、時間が経てば「そこで何が起きていたか?」という検証は必ずなされるはずなんです。「似たような曲がたくさんあるのに、なぜこの曲だけTikTokでバズったのか?」みたいなことも、後でいくらでも分析されるのではないでしょうか。
(*1)『Interviews: エレクトロミュージック界のスター ポーター・ロビンソン』
(*2)『The 1975が惚れ込んだ22歳、ノー・ロームが語る「憧れの日本」と「アジア人の挑戦」』
2022/2/27 公開時、一部誤記がありました。訂正してお詫びいたします。
- 番組情報
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- Music+Talk番組『アーティストが語る! Anime Music Deep Talk』
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Spotifyのジャンル「アニメ」「マンガとサブカルチャー」でもリスナーに高い人気を誇ってきたアニメやメディアミックス作品の数々。それらの作品になくてはならないオープニング・エンディング曲、劇伴を手掛けるコンポーザーが、作曲の極意、アニメ作品との関連や思い入れ、自身の音楽との関わりなどを語るMusic+Talk番組。
第2回には、花澤香菜と北川勝利が登場。ニューアルバム『blossom』について語ります。
- リリース情報
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- 花澤香菜
『blossom』初回限定盤(CD+Blu-ray) -
2022年2月23日(水)発売
価格:4,950円(税込)
PCCG-02121
- 花澤香菜