海外アーティストやメディアがこぞってラブコールを送る、中田ヤスタカの音世界
「不思議なんですけど、洋楽で誰が好きかって話をするとき、歌手じゃなくて、トラックメイカーやプロデューサーの名前も結構出てくるじゃないですか?」
「『あの歌手が歌ってる』じゃなくて、『あの人が作った』っていう聴かれ方の割合が、もうちょっと増えてもいいんじゃないかと思うんです」
「中田ヤスタカが、世界の音楽シーンから見た邦楽の今後を語る」より(*1)
アメリカ最大級の野外音楽フェス『コーチェラフェスティバル』が、2022年のラインナップを発表。そこにきゃりーぱみゅぱみゅの名があり大きな話題となっている。思えば2019年の同フェスには、Perfumeが日本人女性アーティストとして初めて出演を果たし、米『ローリングストーン』誌が選ぶベストアクト16組にも選出されていた。彼女たちは今年、スペインのバルセロナにて開催される『プリマヴェーラサウンド』への出演も決まっている。
いまさら言うまでもなく、この2組が歌うすべての楽曲をプロデュースし、作詞作曲はもちろんアレンジそしてミックスまで手がけているのは中田ヤスタカである。言い換えれば彼の楽曲が、「世界に認められた」ということの証だろう。実際、中田の楽曲についてはこれまで数多くの海外ミュージシャンやメディアが称賛の声を上げ、その影響を公言してきた。
例えば、The 1975らが所属するレーベル「Dirty Hit」よりデビューを果たしたNo Romeは、アジアの有料音楽テレビネットワーク『Channel V』でPerfumeの存在を知り、そこから中田の音楽を掘るようになったという(*2)。一方、Grimesことクリア・バウチャーは、自身の4枚目のアルバム『Art Angels』(2015年)におけるサウンド面や、「甲高い歌声」について「きゃりーぱみゅぱみゅがインスピレーションになっている曲もある」と認めていた(*3)。
ほかにも、Madeonやポーター・ロビンソン、ソフィ(昨年1月に逝去)といったアーティストが、「強くインスパイアされたアーティスト」として中田の名を挙げている。昨今のシティポップブームや、ヴェイパーウェーブ / フューチャーファンクシーンにおけるJ-POP再評価とはまた別の文脈で注目を集め、地道にファンベースを築き上げてきた中田ヤスタカ。なぜ彼の生み出す音楽は、海外アーティストをそこまで魅了するのだろうか。
Grimes“Kill V. Maim”を聴く(Spotifyを開く)
「日本独特のコード進行やメロディーを知ったのは、ナカタの音楽があってこそでした。彼のメロディー、コード進行、サウンドすべてが素晴らしいですし、音楽家だけでなくプロデューサーとしてもすごいと思います」
「中田ヤスタカからの影響について語るポーター・ロビンソン」より
音楽プロデューサーの中田ヤスタカが音楽活動を本格的にスタートしたのは1997年、ボーカルのこしじまとしことともに結成したユニットcapsuleからである。2001年11月21日に小文字の「capsule」名義でリリースされた1stアルバム『ハイカラ・ガール』は、オーガニックな楽器を用いたバンドアンサンブルにオリエンタルなメロディーを乗せた、近年のCAPSULEとはかなり趣の異なる内容だった。
ただ、この「和」な響きはのちにプロデュースを手がけるきゃりーぱみゅぱみゅやPerfumeの楽曲にも引き継がれており、例えばめまぐるしく転調するボサノバ風の“真夜中の電話”や、テクノアレンジのインスト曲“サムライロジック”など、いま聴き直してみると「ヤスタカ節」はすでにこの時点で芽生えているのがわかる。
capsule“真夜中の電話”を聴く(Spotifyを開く)
CAPSULEでの「実験」の成果を、Perfume・きゃりーなどのプロデュースで「ポップス」として発表
2003年にリリースされた2ndアルバム『CUTIE CINEMA REPLAY』と、続く『phony phonic』(同年)では一転ピチカート・ファイヴや初期Cornelius、FPM(Fantastic Plastic Machine)辺りを彷彿とさせる、いわゆるポスト渋谷系的なサウンドに。Perfumeと中田が出会ったのもこの頃で、それを機に「ぱふゅ〜む」から「Perfume」名義にした彼女たちは、初の中田プロデュース作“スウィートドーナッツ”(2003年)をリリースしている。
のちにきゃりーぱみゅぱみゅがカバーした“do do pi do”を含む、CAPSULEの通算6枚目『L.D.K. Lounge Designers Killer』(2005年)を経て『FRUITS CLiPPER』(2006年)のサウンドが、中田のイメージを決定づけたといっていいだろう。特に後者はDaft PunkやJustice辺りを彷彿とさせる、歪んだシンセによる強烈なシンコペーションリフと4つ打ちのキック、それらとコントラストをなす甘いエフェクトボイス&メロディーが特徴だ。
ちなみに『FRUITS CLiPPER』収録の“Jelly”もきゃりーは取り上げているが、そのアレンジがPerfumeの“Seventh Heaven”(2007年)あたりを彷彿とさせるのは、自身のブランディングを兼ねた中田らしい遊び心だ。
きゃりーぱみゅぱみゅ“Jelly”を聴く(Spotifyを開く)Perfume“Seventh Heaven”を聴く(Spotifyを開く)
2007年の『Sugarless GiRL』と『FLASH BACK』、そして2008年の『MORE! MORE! MORE!』では、それまでのエレクトロ路線をさらに推し進めている。
この時期は、例えばMEGの『BEAM』(2007年)や、Perfumeの『GAME』(2008年)、『⊿』(2009年)を手がけるなど、中田のプロデュースワークも多忙を極めていた。おそらく中田にとって、自分のやりたいことをやりたいように試せる「実験の場」がCAPSULEであり、そこでの成果を「ポップス」として発表する場が、Perfumeをはじめとするプロデュースワークなのだろう。実際それらを聴き比べてみると、フレーズや音色、コード進行、メロディーラインなどさまざまな要素が響き合っていることに気づく。
「ナカタのプロデュースするサウンドはパッと聞けばわかります。いつも使うサウンドがあったり、ミックスのテクニックがあったり。例えばナカタのドラムやピアノは一発でわかりますし、モチーフで使うメロディーも一貫性があるように思います」
「中田ヤスタカからの影響について語るポーター・ロビンソン」より
『WORLD OF FANTASY』(2011年)そして『STEREO WORXXX』(2012年)では、こしじまの歌うメロディーはさらに抽象度が上がっている。例えば後者収録の“Transparent”はかなり風変わりなコード進行で、「歌があるからこそ、なんとなく最後まで聴かせる。そういう意味で、こしじまさんの役割はデカい」と中田が当時のインタビュー(『bounce』342号)で述べているくらい、掴みどころのない楽曲に仕上がっている。それを「ポップス」として落とし込んでみせたのが、Perfumeの“スパイス”(2011年)だ。
capsule“Transparent”を聴く(Spotifyを開く)
ちなみに、きゃりーぱみゅぱみゅが“PONPONPON”(2011年)でデビューしたのもこの時期。2012年は“CANDY CANDY”や“つけまつける”“ファッションモンスター”といったヒットシングルを立て続けにリリース。トイピアノを始めとするオモチャの楽器をエレクトロサウンドに融合し、きゃりーのイメージを決定づけた。
「おもちゃのカズーやチューバを使い、子供のような外見とハロウィンらしい衣装で表現される陽気な純真さだけでなく、それに付随するある種のグロテスクさも強調されている。ジェリービーンズを一度に全部食べてしまうようなきゃりーのルックスとサウンドは、甘すぎてちょっと気持ち悪い」
『The Fader』きゃりーぱみゅぱみゅインタビュー 前文より(*4)
いびつなくらい純度を高めた唯一無二の作家性。ヤスタカの到達したサウンドスケープとは?
レーベルをunBORDEに移籍し、「CAPSULEの曲しかつくらない期間」を設けて全曲を同時進行で完成させた『CAPS LOCK』(2013年)から、ユニット名も大文字の「CAPSULE」に変更。アンビエントミュージック的なアプローチの曲もあれば、スティーヴ・ライヒにも通じるようなミニマルミュージック然とした曲もあり、われわれを驚かせた。
続く『WAVE RUNNER』(2015年)では、EDMに真正面から取り組みつつも、家でじっくり聴き込むことにも耐えうるような、ディティールにこだわり抜いた音像に。また、この頃から中田のトレードマークでもあるボーカルチョップも多用するようになった。
ボーカルチョップを多用したCAPSULE“SHIFT”を聴く(Spotifyを開く)
こうしたCAPSULEでの「実験」を経て辿り着いたのは、Perfumeの“TOKYO GIRL”(2017年)や“If You Wanna”(同年)、きゃりーぱみゅぱみゅの“もんだいガール”(2015年)、“原宿いやほい”(2018年)などに代表される、EDMのフォーマットにオリエンタルなメロディーを落とし込む作風だ。2000年代半ばに確立したエレクトロクラッシュ路線とはまた一味違うこのスタイルが、ポーター・ロビンソンやNo Romeの楽曲にも大きなインスピレーションを与えている。
ポーター・ロビンソン“Something Comforting”を聴く(Spotifyを開く)
2018年、満を持してリリースされた本人名義の1stアルバム『Digital Native』には、ソロアーティストとしては日本人初となる『ウルトラミュージックフェスティバル』世界公式アンセム“Love don't lie (feat. ROSII)”(2017年)や、チャーリー・XCXとのコラボが話題となった“Crazy Crazy”(同年)が収録されている。
「カメレオンのような順応性を持ち、日本のアイドルをモデルにしたキャンディカラーを持つチャーリー・XCXは、中田の現在のミューズ、きゃりーと交わるには最適なポップスターといえるかもしれない。“Crazy Crazy”では、チャーリーの声を大きく加工し、きゃりーの漫画のような高音ボーカルと対照的に、彼女の声を十分に生かしている」
「全体的なプロダクションは、中田のいつものハードでスタッタリングなビートとビジーなシグナルシンセを思い起こさせるが、この曲のコーラスは、ユーロダンスの軽快さとオールドスクールのピュアポップ、そしてヴィンテージバービーのCMの中間のような渾身のシンガロングである」
Pitchfork “Crazy Crazy”レビューより
洗練されたコード進行とメロディーを軸に、自身のアンテナに引っかかった音楽的要素をその都度取り込みながら、独自のスタイルを築き上げてきた中田ヤスタカ。そのオリジナリティーを自身のライフワークともいえるCAPSULEはもちろん、Perfumeやきゃりーぱみゅぱみゅといった外部アーティストの楽曲にも反映させ、しかも全作品をトータルプロデュースするかたちで純度を高めていく彼は、発注を受けたコライトチームがクライアントの意向に合わせて曲をつくっていくのが主流の現代シーンにおいて、極めて特異な存在だ。
例えばPerfumeのライブを観に行くと、彼女たちは自らを「媒介」に中田の音楽を、MIKIKOの振りつけとライゾマティックスの演出を、世界に向け発信する意識でステージをつくっているのがわかる。
「コライトされた曲って自分が聴きたい音楽ではないんですよ。海外のヒットチャートを聴いてると、完成度が高くて、音楽版のハリウッド映画みたいな感じっていうか。いろんな人が相談しあって作っているから、とにかく隙がない」
「僕がやりたい音楽はそういうのじゃなくて。曲を作るもともとの原動力って、もっと温度が高いはずなんですよね」
「複数の作曲家が一体感を持って混ざって、一曲に昇華してるのはすごいと思うけど、でもその分温度は下がっちゃって、すっごい美味しいお弁当みたいだなって(笑)。僕は出来たてっていうか、興奮状態のままやってる感じ」
「中田ヤスタカが、世界の音楽シーンから見た邦楽の今後を語る」より(*1)
いびつなくらい純度を高めた唯一無二の作家性を、自らの作品に惜しみなく注ぎ込む中田ヤスタカ。その楽曲が、Perfumeやきゃりーぱみゅぱみゅらを媒介にこれからも世界中に拡散されていくことだろう。
*1 中田ヤスタカが、世界の音楽シーンから見た邦楽の今後を語る
*2 The 1975が惚れ込んだ22歳、ノー・ロームが語る「憧れの日本」と「アジア人の挑戦」
*3 出自はノイズ、その仲間への嫌がらせとしてポップを作り始めた──会心の一作『アート・エンジェルズ』への道程
*4 『The Fader』きゃりーぱみゅぱみゅインタビュー
*5 Pitchfork “Crazy Crazy”レビュー
※記事掲載時、本文に一部誤りがありました。訂正してお詫びいたします。(2022/02/10)
- プロフィール
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- 中田ヤスタカ (なかた やすたか)
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2001年にCAPSULEとしてデビュー。ソロアーティストとしては、日本人で初めて手がけた『ウルトラミュージックフェスティバル』世界公式アンセム(2017)の“Love don't lie(feat.ROSII)”、Zedd“Stay”のリミックス、チャーリー・XCXとのコラボが話題となった楽曲“Crazy Crazy”、国内においては映画『何者』(2016)の主題歌“NANIMONO(feat.米津玄師)”などを発表している。音楽プロデューサーとしてはPerfume、きゃりーぱみゅぱみゅなど数々のアーティストを世に送り出してきた。また、国際的なセレモニーへの楽曲提供などパブリックな作品の他、『LIAR GAME』シリーズのサウンドトラックなど、数々の映画の楽曲制作にも携わり、ハリウッド映画『スター・トレック イントゥ・ダークネス』では監督のJ・J・エイブラムスと共同プロデュースによる劇中曲も手がけた。2018年、“White Cube”などが収録されたソロアルバム『Digital Native』をリリース。iTunes総合チャート、エレクトロニックチャート、ともに1位を記録した。時代をナナメに切り取る独自のセンスによって、ゲーム、ファッション、映画まで、その活動は多岐に渡る。
- 黒田隆憲 (くろだ たかのり)
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1990年代後半にロックバンドCOKEBERRYでメジャーデビュー。その後、フリーランスのライター&エディターに転身。世界で唯一のマイ・ブラッディ・ヴァレンタイン公認カメラマンとして、世界各地で撮影を行なう。2018年にはポール・マッカートニーの日本独占インタビューを務めた。著書に『マイ・ブラッディ・ヴァレンタインこそはすべて』『メロディがひらめくとき』(ともにDU BOOKS)、共著に『シューゲイザー・ディスク・ガイド revised edition』(シンコーミュージック)、『ビートルズの遺伝子ディスク・ガイド』(DU BOOKS)、『マッカートニー・ミュージック ~ポール。音楽。そのすべて。』(音楽出版社)など。