『グラミー賞』や『アカデミー賞』といった世界的なアワード、音楽フェスのラインナップから映画制作の現場に至るまで、さまざまな場面でジェンダーバランスの問題が取り沙汰されることは珍しくなくなった。2023年現在、芸術・文化の領域における男性中心的な状況の見直しを図るべく、各所で声があがっている。
では、国内の音楽シーンに目を向けてみるとどうか。たとえば、「ガールズバンド」という言葉ひとつとってみても、そこに男性中心的な構造が透けて見えるわけだが、実際に活動するミュージシャンたちはどのように感じているか。
そこで今回、それぞれ国内の音楽シーンで独自のスタンスを築いている中嶋イッキュウと弓木英梨乃の対談を実施。年齢も音楽家としての活動歴も近く、数々のバンドやプロジェクトを経験してきた二人に、その道のりを振り返りながら、それぞれのターニングポイントやこれからの人生目標など語り合ってもらった。
初対面の中嶋と弓木。「頼まれると断れない」性格のため仕事はすべて受け、気づけば独自の立ち位置に
─お二人は今日が初対面だそうですが、お互いにどんな印象をお持ちでしたか?
中嶋:私は以前、Instagramでたまたま出てきた弓木さんの投稿を拝見させていただいて、「めちゃくちゃ楽しそうにギターを弾く方だな」と思って勝手にフォローさせていただいてました(笑)。
弓木:え、本当ですか? ありがとうございます!
中嶋:そこからYouTubeなどもちょいちょい見させていただいたり、曲も聴かせていただいたりしていました。とにかくギタリストとしての佇まい、生きざまがカッコよすぎる方だなと思っています。
弓木:私もイッキュウさんのことはもちろん存じ上げていましたし、いろいろなところでいろいろな活動をされている方だなと思っていました。tricotの曲を初めて意識して聴いたのは、ギターのキダさん(キダ モティフォ)と一緒に番組で共演をさせてもらったときでしたね。
─中嶋さんは現在、tricotとジェニーハイ、SUSU(好芻)、さらに自身がプロデュースするアパレルブランドといくつものバンドやプロジェクトを同時並行的に展開していますよね。どんな経緯でそうなったのですか?
中嶋:断れない性格だからですね(笑)。tricotだけは自分の意思ではじめたのですが、ジェニーハイにしてもSUSUにしても、まず企画があって「お願いします」「あ、やります」的な感じではじまりました。ブランドも「やってみたら」「絶対やったほうがいいよ」とか言われて真に受けているだけなんです。
─(笑)。それにしてもすごい仕事量ですよね。
中嶋:(川谷)絵音さんに比べたら大したことないです(笑)。かけ持ちしてバンドやっている人はほかにもたくさんいると思いますよ。細美(武士)さんとか。まさか自分もそうなるとは思っていなかったですけど。
─弓木さんも、いまのスタンスにたどり着くまで試行錯誤がありましたよね。
弓木:私は19歳でシンガーソングライターとしてデビューしたのですが、全然売れなくて「どうしようかな」と20歳くらいの頃に思っていて。
当時それほど音楽に対してのこだわりもなかったし、「違う人生もありかな」と思って、海外へ行く準備もしていたんですけど、そうこうしているうちにサポートのオファーとかKIRINJIへの加入のお話などがいろいろと舞い込んできて。私もイッキュウさんと同じで断れない性格なので、頼まれた仕事はすべて受けて、気がついたら30歳になっていたという感じなんです。
KIRINJI“killer tune kills me feat. YonYon”を聴く(Spotifyを開く)
マレーシア留学から帰国したばかりの弓木が中嶋と語り合う、海外で音楽活動をする喜び
─2019年にお母さまの母国である韓国で1年留学し、2021年にはマレーシアの音楽大学へ留学したのはどんな経緯だったんですか?
弓木:いまお話ししたように、サポートやバンドなどいろいろやっているうちに「うわー!」ってなってしまって(笑)。自分でも何が好きで、何がやりたいのかわからなくなった状態を一旦リセットしなければと。そう思っていた時期とコロナ禍がちょうど重なったのもあり、以前からずっとしてみたかった海外留学を選びました。
マレーシアから帰国したのが今年3月なんですけど、みんな私がまだマレーシアにいると思っているみたいなので、この記事を通して「帰国しました」ということをお伝えしたいです(笑)。
中嶋:「弓木が帰ってきた!」という見出しにしましょう(笑)。
─海外生活はどうでしたか?
弓木:音大の授業はコロナ禍でほとんどオンラインでしたが、ずっと音楽の仕事をしてきたのに一度も音楽の勉強をしたことがなかったのがコンプレックスだったので、すごくいい機会になりました。
─中嶋さんも、tricotのツアーで海外へ行く機会がすごく多いと思うのですが、そもそものきっかけは?
中嶋:それも断れなかったからです(笑)。当時のマネージャーが「tricotを海外へ連れて行きたい」という意志が強くあった方で、かなり早い段階から台湾での初ライブを経験させてくれました。ただ、私自身は海外にまったく興味がなかったので、本当はイヤだったんですけど。
弓木:え、そうだったんですか?(笑)
中嶋:だって遠いし言葉も通じひんし、移動も長いし。なんか、ライブ中だけ楽しかったですね(笑)。でも、コロナ禍で強制的に行けなくなって、去年は4年ぶりに海外ツアーがあったんですけど、そこで初めて「行きたい!」と思いました。
─海外ツアーでの手応えはどのように感じているのでしょうか。
中嶋:最初に行ったときは、こんな遠い国の人たちが自分たちの曲を知っていて、日本語で歌ってくれたりギターフレーズを口ずさんでくれたり、日本語を勉強してファンレターを書いてくれたりするのは、国が違うからこそより感動するところはありました。いつ行っても「会えたー!」って歓迎してくれるのも、音楽をやっていて本当によかったと思う瞬間です。音楽がなかったら知り合わなかった人たちなので、それは何よりの喜びでした。
─弓木さんは、海外でライブを行ったり地元のミュージシャンと交流があったりはしたのですか?
弓木:マレーシアでは、3月に国際交流基金の主催で現地のミュージシャンとコラボをする機会がありました。私もイッキュウさんのお話を聞いていて、まったく同じ気持ちでしたね。言葉がめちゃくちゃ通じるわけではないのに、音楽でコミュニケーションをとって一緒にリハーサルを重ねて音楽をつくり上げていく過程にものすごく感動しました。
現地の人たちといろいろ話してみると、ミュージシャンとしての考え方や生き方が、似ているところもたくさんあって。すごく面白かったし、「こういう経験をもっとしたいな」と思いました。
ともに20代を駆け抜け、30代になった中嶋&弓木が語る「いまが正念場」
─中嶋さんと弓木さんは、キャリアもほぼ10年と非常に近いですが、男性優位の傾向が強い音楽業界のなかで、女性アーティストとしての活動は大変だったことはありましたか?
中嶋:私はむしろ、得していると感じることの方が多かったです。若い女の子がやっているだけでまったく同じことしててもすごいことしてるように見えますからね。
ねごと、赤い公園、きのこ帝国(※)……と、自分たちの世代くらいからちょっとずつ女性主体で活躍しているバンドも増えてきてたし、もちろんSCANDALとかキャリア的に大先輩バンドもいて、まったく不便はなかったです。
※編集部注:ねごとは2019年に、赤い公園は2021年に解散、きのこ帝国は2019年に活動停止を発表している
中嶋:ただ、とある先輩女性バンドが、インタビューか何かで「女性(バンド)って大変だよね」みたいなことを言っていた記憶があるので、もしかしたら私たちよりちょっと前の世代では差別的なことがあったのかもしれない。
あとは、ジャンルとか、そのアーティストの年齢とか、知名度、容姿によっても扱われ方が違うというか、「若くて可愛くて売れてる」とアイドル扱いされたり嫉妬されたりして嫌な思いをすることもあるのかな、と思いました。
自分自身のことで言えば、これまで得してきた「若い女の子がやっている」という状況を失った分、フラットに実力だけで評価されるようになってきたときが正念場やなと思っていますね。技術も新鮮味もなくずっと同じ曲をやり続け、だんだん年齢を重ねて会場も小さくなっていき、ファンも一緒に歳を取って……みたいにはなりたくないですね。架空の誰かをディスっているみたいになっちゃいましたけど(笑)。
弓木:私も20代の頃は「若い」とか「女性だから」とかで得ることもできた仕事がたくさんあったと思うんですけど、これからは実力でいろんな仕事をやり続けたいという気持ちです。ほんと、そういうことをいままでまったく考えてこなかったんですけど、最近少しずつ考えるようになってきました。
─おっしゃるように、女性のアーティストは男性に比べてエイジズムやルッキズムに晒されやすいですよね。だからこそ最近は、フェスでもジェンダーバランスに配慮したり、Spotifyが「EQUAL」などのコンテンツ発信をしたり、女性クリエーターに対する支援を企業ぐるみで取り組むなど、社会全体の問題意識も変化しているように思います。
結婚、出産、音楽活動。二人が思い描く、30代以降の生き方は?
─このところ「クオーターライフクライシス」という言葉をよく見かけます。人生を100年と考えたとき、その4分の1に差しかかる20代後半から30代半ばの頃が、人生や自身のあり方について思い悩む時期だと言われていて。
中嶋:そうなんですね。クオーターライフクライシス、初めて聞きました。
弓木:私も。
─女性の場合は妊娠や出産、仕事の転機などともちょうど重なる時期にクオーターライフクライシスが訪れやすいとされているのですが、お二人は30代を迎えて今後の生き方、仕事との向き合い方など思うところはありますか?
中嶋:私は今年で34歳になるんですけど、婚活をめっちゃしてるんですよ。心のなかだけですけど(笑)。
弓木:へー!
中嶋:というのも私、結婚願望もなければ子どもを持ちたいと思ったこともないし、いまもそういう気持ちが正直どこにもないんです。ただ、このままいくと一生独りを楽しんでしまう姿が簡単に想像できるので、口だけでも「結婚したいんですよね」って言っておかなきゃと。
中嶋:もちろん、独身生活を楽しんでいる人のことは「いいな」「かっこいいな」と思う。でも、家庭を持ったり、誰かと生きていくなかで生まれる表現もある気がしていて。
それに、好きなことだけしていくというのもアーティストとしてなんか普通すぎるというか、自分らしすぎて面白くないなと思うんですよね。結婚して子どもを持ってみるという、自分のなかにないものを体験してみたい。留学みたいな感じですかね(笑)。
いや、もちろん結婚や出産を軽んじているわけじゃないんですよ。めちゃくちゃ大変なことだと思うからこそ経験したい。けど、音楽をやめたくもないなという複雑な気持ちでいまはいますね。
弓木:なんか私、恐縮なんですけどイッキュウさんとめっちゃ話が合うかもしれない……。
中嶋:ほんとですか?(笑)
弓木:もう、ほぼ同じことを私も考えています。結婚したいとも子どもが欲しいとも思ったことが一度もなくて。人生でいろんなことを経験したいともつねに思っているから、留学もすごく勇気が必要だったけど経験してみたし、結婚も出産も「絶対にしない」と決めつけているわけでもなくて、そういう素敵な流れがもしあれば、人生のなかで経験してもいいかなとは思っているんです。
中嶋:そういう年齢でもありますよね。出産に関しては生物的なリミットも厳然としてありますし。産むのも大変やけど、育てるのも精神的にも体力的にもタフやないと大変だと思うので。そこを先に乗り越えて次にいきたいという気持ちもあります。
弓木:でもイッキュウさん、婚活する必要ありますか? めちゃくちゃモテそうですけど……。
中嶋:そうでしょう!? 私もそう思ってました。あははは。てか、モテたくてバンドはじめたんですけどね。口だけでも「婚活」と言っててわかったことですが、もちろんいろんな考え方があるとはいえ、いまだに女性に対して「ちゃんと家のことをしてほしい」と少なからず思っている男性が多いんですよね。私それ、全部欠けてる。家事も苦手だし、海外ツアーに出るとなるとゴッソリ家を空けることになる。結婚したい相手ではないんやろうなと思います。
─結婚したら女性は家庭に入り、家事などをするものというジェンダーステレオタイプ的な考えはまだまだありますよね。
中嶋:私は、結婚してもお互いが頑張って、高め合っていきたいという気持ちがあるんですよね。だからどちらかが家のことをやるというのはちょっと違うかなと思う。それだったらハウスキーパーにお願いすればいいわけですし。
弓木:もし、相手のことをめちゃくちゃ愛しちゃったらどうしますか? そしたら働いてても働いてなくてもどんな人でもいい?
中嶋:どうだろう。自分自身がそんなふうにめちゃくちゃ誰かを愛しちゃったことがないので、想像がつかないです……悲しくなってきましたね。
弓木:ああ! すみません!
中嶋:あははは。でもたしかに、今後そういうこともあるかもしれないですね。未経験なので。愛しちゃったら仕事してなくても何もできない人でもいいかもしれんし。まだ愛を知らないのかもしれません。いま気づきました(笑)。ちなみに弓木さんは、愛しすぎちゃったことはあるんですか?
弓木:それが、1週間くらいうわーって愛して、すぐ醒めちゃうんです。
中嶋:みじか!(笑) 愛ってそんなもんなんですか?
一同:(笑)
- イベント情報
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『爆祭Vol.15~イッキュウ爆誕祭~Vol.19でやれよな~』
2023年5月27日(土)
会場:大阪府 GORILLA HALL OSAKA
出演:
tricot
ジェニーハイ
『日比谷音楽祭』
2023年6月3日(土)〜4日(日)
会場:東京都 日比谷公園
- プロフィール
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- 中嶋イッキュウ (なかじま いっきゅう)
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滋賀県生まれ。2010年にバンドtricotを結成、国内外問わず多くのファンから支持され続けている。2016年、自身のブランドSUSU by Ikkyu Nakajimaを立ち上げ、並行して同名義での楽曲制作をはじめる。2017年、レギュラーを務めていた番組『BAZOOKA!!!』の企画により小籔千豊、くっきー!らと共にバンド、ジェニーハイを結成し、ボーカルを担当。国内の大型フェスやテレビ出演を果たす。
- 弓木英梨乃 (ゆみき えりの)
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2009年、シンガーソングライターとしてデビュー。2013年、KIRINJIに加入。ギター、ボーカル、バイオリンを担当。また、さまざまなアーティストのライブサポートやレコーディング、楽曲提供、アレンジも行なう。2019年、期間限定のソロプロジェクト、弓木トイとしてアルバム『おもちゃになりたいのさ』をリリース。2021年よりNHK Eテレで放送中のアニメ『チキップダンサーズ』のオープニングテーマ、ナレーションを担当中。2021年、クアラルンプールの音楽大学へ留学。帰国後も幅広い活動を通してギターの可能性を探究し続けている。