ヒップホップの誕生から50年というセレブレーションイヤーとなった2023年。人気プレイリスト「RapCaviar」がSpotifyで最も再生されたヒップホップアルバム50枚を発表した。
今回は、その発表を受けてヒップホップをこよなく愛する2人が対談。音楽ライターの渡辺志保と、YouTubeチャンネルを運営するShama Stationに、ストリーミング時代のヒップホップについて語ってもらった。
ストリーミング再生数が示す、今の生活に根付いたヒップホップ人気作
―人気のプレイリストの「RapCaviar」が、Spotify上で最もストリーミングされた作品トップ50を今夏に発表しました。この結果を見て、どうお感じになりましたか。
Shama:パッと見の感想としては「やっぱりEMINEM強すぎるだろ」ということでした。
最近もDr.DreのレーベルAftermathと、EMINEMのShady Records、Interscope Recordsの3者で、フィリピン系アメリカ人の新人Ez Milと契約して話題になりました。特に話題になったのが、その作品に参加したEMINEMが大御所のMelle Melをディスったこと。
多分、新人のデビューに対する話題提供の意図もあったんでしょうけど、Ez Milが霞むぐらいのインパクトがあるディスでした。それが大きく話題になっているのを見ると、どの時代においてもEMINEMは影響力が変わらないんだなと感じました。
―渡辺さんはこのトップ50を見ていかがでしたか?
渡辺:私は「世代がまるっきり変わったな」と感じました。これまでメディアやリスナーがつくってきたヒップホップの名盤ランキングには、共通してランクインしていたような定番の作品がいくつもあります。
でもこの50作にはそうした定番の作品がかなり少ない。例えばPublic EnemyとかJAY-Zといった、既存の評論家が選ぶヒップホップの名盤は少なくて、最近の若者が生活の中で聴いていたアルバムで構成されているんだなというのが第一印象でした。
もちろんそれも当然の話です。なぜならSpotifyは2006年代前半にスウェーデンで立ち上がって、アメリカに本格上陸したのが2011年、日本に来たのも2016年なので、21世紀に入ってからのリスナーの体験が如実に反映されているのだろうと思います。
驚いたのは、トップ10の中に亡くなったラッパーが3組も入っていること。XXXTentacionとJuice Wrld、Pop Smokeですが、おそらく亡くなったというニュースを聞いてもともとのファンが再生するだけでなく、ニュースが報じられて「知らなかったけど聴いてみよう」と再生したリスナーもいるのかなと感じます。
Shama:Pop Smokeの『Shoot For The Stars Aim For The Moon』は2020年の作品で、すでに7位まで食い込んでいるのはすごいですね。これはPop Smokeの登場がいかに衝撃だったかを反映していると感じました。
2010年代中頃からトラップやサウンドクラウドラッパーたちが大きな盛り上がりを見せ、南部など他のエリアからスターが排出されている一方で、ニューヨークからはなかなか大スターが生まれなかったように感じます。スターが枯渇する中でPop Smokeは1990年代のNasに近いぐらい、ニューヨークのラップシーンで期待されていたんだろうと思います。
渡辺:JAY-ZやNasのアルバムが1枚も入っていない代わりに、ニューヨークの作品としてはPop SmokeやA Boogie wit da Hoodieのアルバムが入っていますよね。私のような昭和生まれのリスナーがイメージする「ニューヨークのヒップホップ」と、ストリーミング時代のユーザーが感じているニューヨークのヒップホップは全然、別物なのだなと感じます。
ヒップホップの「新しい古典」としての2Pac
―そういう中で2Pac、Dr.Dreの名盤がランクインしており、ウエストコースト作品の強さが目立ちますね。
渡辺:ですよね。1990年代のアルバムは2枚しかない中で、リスナーとして意外だったのはその2枚が46位の2Pac『All Eyez On Me』(1996年)と25位のDr.Dre『2001』(1999年)という、ウエストコースト作品だったことです。『All Eyez On Me』は2枚組だから単純に再生回数が多くなる、という要因もあるのかもしれないですが。そもそも、「2Pacはどの世代にも人気がある最高のラッパー」という事実も踏まえてもなお、若い世代がなぜ2Pacを聴くのか、ぜひ私より若いShamaさんの見解をうかがいたいです。
Shama:もちろん彼らの作品が素晴らしいのは言うまでもありませんが、他にもいくつか理由はあるかもしれませんね。ソーシャルプレッシャー(社会的抑圧)もその理由の1つだと思います。サウンドクラウドラップ世代のアーティストがインタビューでよく言うのですが、マンブルラップやサウンドクラウドラップのアーティストは往年のヒップホップファンから叩かれながらシーンに参入してきているんですよね。
だからちゃんと歴史を勉強しておかないと認められないみたいな雰囲気があるのかもしれません。「2Pacくらいは聴いておかなきゃいけない」という圧があるのかもしれない。
渡辺:そこでNasとかビギー(The Notorious B.I.G.)じゃなくて、2Pacのこの作品というのが興味深いです。若い世代のバランスや偏りが読み取れるリストなのでしょうね。
Shama:今の若い世代にも、2Pacの曲はサウンドとして聴きやすいのかもしれませんね。あとPolo Gも2Pacをサンプリングしていますし、サンプリングのソースとして発見する人も多い可能性はあります。
再生回数に影響を及ぼすセンセーショナルさの功罪
―Shamaさんの言うように、若い世代ではないのにEMINEMの強さも異様ですね。
Shama:やっぱり「風化しない世界観を持っている」という点が魅力なんでしょうね。「ディスらせたらこの人が一番だ」と思わせてくれる世界観を持っていますから。
リストに入っている他のアーティストを見ても、XXXTentacionもエモラップやサウンドクラウドラップ時代において、一見対極するような反骨的なアグレッシブさと内省的でエモーショナルな感情の双方をフルに発揮して、独自の世界観をつくり出しました。Drakeもそうですが、曲に統一性があって自身の確立した世界観を提示できているアーティストは強いなと思いますね。
渡辺:XXXTentacionの『?』(2018年)が1位を取っているのが象徴的ですよね。ストリーミング時代に評価された作品なのだと、妙に納得しました。
Shamaさんが言ってくれたようにXXXTentacionはもともとサウンドクラウドラップ時代を切り開いたアーティストでもあるし、その悲劇的な亡くなり方もセンセーショナルでしたし。時事性が強く反映されるのがストリーミングの特徴だとも思いました。
ー時事性はたしかに反映されやすいでしょうね。
Shama:時事性といえば、DaBabyが47位でランクインしているのは逆に意外でした。もちろんスターではありますが、1年ぐらいキャンセルされていて、アメリカのDJのあいだでも曲をプレイしづらい雰囲気があったそうなので。
―DaBabyは2021年7月、ヒップホップの大規模なフェス『Rolling Loud』で同性愛者嫌悪、HIV/エイズ差別発言をして多くの批判を集めましたね。
渡辺:時事的な問題と再生回数の関連性はストリーミング時代だからこそ考えられるべきですね。例えばR.Kellyが逮捕されて収監されることに決まったとき、Spotifyの公式プレイリストからR.Kellyの楽曲が削除されるという動きがあったんです。
そうした時事性による再生数の変化は、アーティストにとってポジティブに働くこともあれば、ネガティブに働くこともあるだろうと思います。DaBabyの場合もそうかもしれないのですが、キャンセルされたことで話題性が高くなり、逆に再生数が上がる可能性もあるわけで。
Shama:今の話を聞いて、ニューヨークドリルのことを思い浮かべました。近年、ニューヨークドリルのシーンが活況を呈していますが、ドリルミュージックのラッパーが関わる暴力事件が起きていたんですね。
ニューヨーク市長のエリック・アダムスさんはドリルミュージックの制作自体を規制する意向はないとした一方で、ソーシャルメディア上で銃や暴力を誇示する投稿は規制してほしい意向を示していました。自分はそのときに、他にもラッパーたちのセンセーショナルな話題を抑止しようとする動きが出てくるのではないかと考えていました。
渡辺:例えネガティブなニュースであっても、センセーショナルなニュースになればなるほど「ちょっと聞いてみよう」と再生の動機に働きかけますからね。ストリーミングのチャートにどう影響を与えてしまうのか、というのは現代ならではのトピックだと感じます。
ストリーミング時代の申し子・Drakeのインパクト
渡辺:Shamaさんも先ほどおっしゃってましたが、Drakeの強さも押さえておきたいです。この結果は、これまでのDrakeが活動の中で思い描いてきたものが現れていると思うので。
第2位に入っている『Scorpion』(2018年)はストリーミングの再生回数を意識して2枚組にしたということも当時、盛んに言われていました。
Shama:Drakeは『Scorpion』のほか、『Views』(2016年)『More Life』(2017年)と、トップ10に3枚も入っていますね!
―50位まで含めると、Drakeは8枚がランクインしています。
Shama:普段のリスニングもいけるし、クラブヒットも多いし、届くリスナーの範囲が本当に広いのだと思います。積極的にアフリカのアーティストとコラボレーションしたりもしているし。
渡辺: 『More Life』(2017年)はリリース当時から「プレイリストアルバム」と自分でも公言していて、ストリーミングサービスを意識してかなり作品づくりしていましたよね。“In My Feelings”をリリースした時はダンスチャレンジ企画も盛んに行なっていましたし、Drakeはストリーミング時代をどうサバイブするか、チーム一丸となって考え抜いてきたんだと思います。
世界でシェア1位になった2017年。ヒップホップに何が起きたか
―このランキングでは比較的2017、2018年の作品が多いと思います。この2年ほどのあいだ、ヒップホップに勢いがあったような印象はありましたか?
Shama:じつは自分がUSのヒップホップにハマったのが2017年ごろなんです。FutureやMigosにハマって、似た系統のアトランタのアーティストが入ったプレイリストを探していきました。
当時、サウンドクラウドラップやマンブルラップのニューカマーたちが台頭していて。そのため2017年のXXL Freshman Classによるフリースタイルは、往年のヒップホップファンから批判が多かったんです。
―2017年XXL Freshman ClassにはPlayboi Carti、XXXTentacion、A Boogie Wit Da Hoodieらが選ばれていました。
Shama:そうなんです。そしてそれが「自分の好きなラッパーが批判を受けている」という危機意識を生んで「頑張って彼らを応援しよう」とファン側を団結させる雰囲気をつくっていったと感じます。だから当時、自分も含めてファン側のテンションはかなり高かった印象があります。
渡辺:私は長年、聴いてきたからShamaさんと少し視点が異なりますが、2017年は「ヒップホップ/R&Bがアメリカで最も消費されたジャンルになった」と発表された年だったんです。
それで2017年のリリース作品を見ると、Kendrick Lamar『DAMN.』とかDrake『More Life』、Cardi.Bの“Bodak Yellow”、Migos“Bad And Boujee”などがヒットしています。Shamaさんもアトランタのアーティストから入ったと言っていますが、“Bad And Boujee”を聴いて「こんな音楽があるんだ!」って衝撃を受ける人も多かったのかもしれません。
まさに、トラップ新時代の幕開けというか。あと、2017年にショート動画サービスの「Vine」が終了して、2018年から「TikTok」がグローバルのサービスを開始した。そうしたSNSをめぐる状況も、大きく作用しているのかなと思いました。
―渡辺さんのおっしゃるように、ヒップホップは2017年にシェア1位になります。そこから5年後の2023年は、ヒップホップの誕生50周年という記念すべき年でした。今年はヒップホップも面白い動きも多かったように思いましたが、いかがでしたか?
Shama:新人アーティストの発掘や優れたアーティストのサポートをより積極的に行なって、新しい時代をつくろうとしている組織が今年に入って明確になりつつあると感じました。Apple Musicの元幹部だったラリー・ジャクソンはメディア・テクノロジー会社である「ガンマ」を立ち上げ、Snoop Doggが新しくオーナーとなったDeath Row Recordsと提携しました。
そこはTikTok主体のプロモーションをしており、Sexyy Redが人気になるきっかけにもなったようです。またTravis Scottの新アルバム『UTOPIA』にちなんだ映画『Circus Maximus』のプロモーションも手伝っていたりと、ガンマを中心に新しいプロモーションのかたちがますます活発になっていくと感じます。
渡辺:私は女性のラッパーや、ヒップホップを語ってきた女性たちなどにスポットを当てた『Ladies First: ヒップホップ界の女性たち』というNetflixのドキュメンタリー番組からかなり元気をもらいましたね。
Missy Elliottが再評価されるなど、50周年だからこそ、これまであまり語られてこなかった女性たちに注目しようという姿勢を感じました。あと、今年の夏に実際にニューヨークを訪れて現地の50周年バイブスを肌で感じることができたのも大きかったかな。
―作品として注目されたものはありましたか?
Shama:Kendrick LamarとBaby Keemによる“The Hillbillies”です。この楽曲は、ニューヨークのSurf Gangというコレクティブを率いる若手であるEvilgianeがプロデューサーとして起用されています。KendrickとBaby Keemというビッグネームが遊び心でつくったような曲で、新しいサウンドに挑戦しているこの若手プロデューサーを起用するのはちゃんとした意図があるものだと思いました。MVにはTyler, the Creatorもカメオ出演していますね。
これからが注目のEvilgianeは、A$AP Mobとも深い関わりを持つプロデューサーICYTWATとも似ているPhonkというジャンルから派生したようなサウンドが特徴です。今年の『Rolling Loudマイアミ』にてA$AP RockyがICTYTWATプロデュースの新曲を初披露していたところを見ると、ICYTWATはA$AP ROCKYの新しいアルバムにプロデューサーとして確実に入ると思います。
つまりこのラインのプロデューサーたちは、今後シーンを盛り上げるであろう新しいサウンドをすでに匂わせている。しかも「わかる人にだけわかる」という匂わせ方をしている点も、新曲をディグっている1リスナーとしてはワクワクしました。
北米を超えてワールドワイドに。ヒップホップ50歳の姿
―渡辺さんの今年、印象的だった楽曲はありますか?
渡辺:今年はPinkPantheressとIce Spiceによるコラボレーション曲“Boy's a Liar Pt. 2”の大ヒットが印象的でした。トラックも近年トレンドのジャージークラブで、2023年を代表する1曲だと思います。
この曲はアメリカ出身のIce Spiceとイギリス出身のPinkPantheressのコラボ曲なのですが、アメリカとイギリスの女性ヒップホップアーティスト同士がコラボするなんてかなり珍しいことなんですね。ヒップホップがグローバル化している証となる1曲でもあると思いました。
―今は北米のアーティストが他のエリアのアーティストとコラボする動きも活発ですね。イギリス以外にも、さまざまな地域でヒップホップの影響を受けたアーティストが登場しています。
Shama:そうですね。特に南アフリカの勢いなどは注目しています。ナイジェリアのアーティストであるBurna Boyは、今年7月にNYにある約4万2,000人キャパのCiti Fieldでライブを行ないました。アフリカ出身のアーティストとして初めてアメリカのスタジアムを完売させた史上初のアーティストとなり、歴史をつくりました。
Burna Boyはナイジェリアやイギリスで発展したアフロビーツに、ヒップホップやR&B、レゲエなど他ジャンルをブレンドした「アフロフュージョン」という彼独自のジャンルを発起し、盛り上げています。南アフリカを中心に大きなトレンドとなっているアフロビーツは今、ヒップホップもそうして来たように、さまざまなジャンルとの掛け合わせでさらに大きな音楽へと発展していっているようです。
Shama:例えば他にもDrakeは今年21 Savageとの「It's All a Blurツアー」にて、Kabza De Smallをエグゼクティブプロデューサーの1人として起用し一緒にツアーを回っています。南アフリカ出身のKabza De Smallは、近年アマピアノのトレンドにおける重要人物の1人。ツアー限定で二人はDrakeの大ヒット曲”Controlla”やRihannaとのコラボ曲”Work"のアマピアノRemixなどをパフォーマンスしています。そうした動きを見ていると、ヒップホップとアフリカ音楽の融合は今後も活発になるように思います。
―アメリカのヒップホップに影響を受けたサウンドが、アメリカのヒップホップに影響を及ぼす。そんな循環が生まれ、ヒップホップは次のステップに入ったような印象さえあります。
渡辺:たしかにさまざまな地域・国にヒップホップが広がるのはもちろんポジティブなことだと思います。Shamaさんが挙げてくださったような、南アフリカの音楽とヒップホップがコラボレーションするなど、ジャンルとしての進歩も感じますね。
一方で私は、やっぱりあくまでヒップホップというのは、アフリカ系アメリカ人がつくり出したカルチャーであるということを忘れてはいけないとも思うんです。今の煌びやかなステージの裏側には、長い時間を掛けて築かれてきたバックグラウンドがあるんですよね。それは少し前に、ヒップホップ50周年のセレブレーションイベントを見て歴史の深さを目の当たりにしたことも大きいかもしれません。
例えば日本で、ヒップホップの影響を受けたポップソングを聴いて「ヒップホップを知りました」という方が増えるのはとてもいいことだと思うんです。ただ、ヒップホップの上辺だけを搾取するようなところで止まってほしくはない。つくり手の方々や、作品・情報を届ける人たちにはそこまで考えてほしいなと思うし、私も、できる限り、ヒップホップにはカルチャーとしての歴史があるんだよとしっかり届けたいと感じました。
―たしかに広がりが生まれたからこそ、カルチャーの根本を伝えるのはより重要になっていきそうですね。お二人ともありがとうございました。
- プロフィール
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- 渡辺志保 (わたなべ しほ)
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音楽ライター。広島市出身。主にヒップホップ関連の文筆や歌詞対訳に携わる。これまでにケンドリック・ラマー、エイサップ・ロッキー、ニッキー・ミナージュらへのインタビュー経験もあり、年間100本ほどのインタビューを担当する。共著に『ライムスター宇多丸の「ラップ史」入門』(NHK出版)など。block.fm「INSIDE OUT」などをはじめラジオMCとしても活躍するほか、ヒップホップ関連のイベント司会やPRなどにも携わる。
- Shama Station
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YouTubeで「Shama Station」としてUS HIPHOPの週刊ニュースを配信中。US HIPHOPの最新トレンドを追いかけるチャンネルとして、ヒップホップファンから支持を集める。