シティポップの世界的ブームの背景 かれらの日本という国への目線

シティポップの世界的ブームの背景 かれらの日本という国への目線

2021/07/09
テキスト・編集
山元翔一(CINRA.NET編集部)
イラスト:アボット奥谷

なぜ、海外のシティポップリスナーには80年代的なものが好まれるのか?

柴崎:そういう浮ついた感覚を外側から相対化することができる後追い世代=国内外のミレ二アル世代以降の感覚と、80sサウンドの広範なリバイバルが共振したことによって、フューチャーファンクが支持を拡げ、次いで日本のシティポップ自体が発見された、と考えることもできるかも。

しかも日本の1980年代は安定成長期でテクノロジー大国になりつつあった他方、貿易摩擦を起こして世界でその経済力が脅威としても認識されていて。

各地域で1980年代の高度消費主義は、日本的な表象として、集団的記憶として刻み込まれてるんじゃないかと思うんですよね。社会学者のエズラ・ヴォーゲルが1979年に出した本のタイトルですが、『ジャパン・アズ・ナンバーワン』って言葉が喧伝されたくらいで。


“ライディーン”をひとつのきっかけに日本中のお茶の間を席巻し、海外のリスナーにも衝撃を与えたYellow Magic Orchestraの第二作『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』が発表されたのは1979年のこと(Spotifyを開く

柴崎:いま“プラスティック・ラブ”を聴くときに、そういう集団的記憶を刺激するであろう言葉=「プラスティック」が入っているのは相当大きかったんじゃないかなと思っていて。

好意的に解釈すれば、世界中が好況に沸いていた高度消費社会の楽観主義みたいなものが、ポジティブなものとして――いまは失われてしまっているからこそ逆説的に輝くポジティブさとして、蘇ってきたというべきか。ぼく自身もミレニアル世代に属しているので、その感覚は確かに理解できる。

松永:「ノスタルジー」というワードは海外の記事や発言を見ていてもかなりの頻度でありますよね。自分たちは体験していないけど豊かだったの時代に逃げ込みたいと思う、ある種のエスケーピズムというか。

あと、リスナーがエッジーな刺激を求めた結果というよりは、「すごく洗練された音楽を日本という国で見つけた、楽しい! 気持ちいい!」っていう聴き方をしてる人が多いと思うんですよね。

でも一方で、そこには技巧や技芸みたいな面での刺激あるんだろうなとは感じますし、それは「ヨットロック」(註4)の受容のされ方にも通じることだと思います。別に80s的サウンドでなくても「うまさ」は海外でウケる重要なファクターでもあるわけだし。

佐藤博『Awakening』(1982年)を聴く(Spotifyを開く

プレイリスト『Yacht Rock』を聴く(Spotifyを開く

柴崎:それはとてもわかります。ベッドルームミュージック的な心地よさだけじゃない、ミュージシャンの演奏技術やクラフトマンシップを見知らぬ曲で発見した驚きと新鮮さ、ということですよね。単にチルするためのBGMとして聴いている人もいるかもしれないけど、一方では決してそういう消費のされ方だけでもない。

松永:そうですね。そこは20年ぐらい前にぼくらがソフトロックとかボサノバに対して感じてたこととそんな離れてない気がします。

柴崎:たしかに。ソフトロックはいまや「松屋の朝のBGM」だけど、そもそもめちゃくちゃ緻密な音楽なわけで(笑)。でも、よくよく考えてみるとBGMって、聴取と情景の間にいらぬ摩擦が起きちゃいけないから、最もウェルメイドじゃなきゃいけないわけなんですよね。

だとすると、いま海外でシティポップを聴いてる人たちは、ムード音楽的に聴く一方で、「この人たち、めちゃくちゃ演奏 / 歌が上手い!」みたいな感覚も持っていてもおかしくはない。


Night Tempoが2020年4月22日に公開した、角松敏生“Love Junky”(2009年)のエディットバージョン

松永:「Light In The Attic」(註5)で今年出たジャパニーズコンピレーションの新作『Somewhere Between: Mutant Pop, Electronic Minimalism & Shadow Sounds Of Japan 1980–1988』には、またその先を探しはじめてるセンスも感じます。

シティポップとニューウェイブ、アンビエントの間、みたいな。シティポップのなかにもうちょっとエッジの立った感覚というか、ポストパンク的なものを入れていこうとしてる人たちもいる感じなのかなと最近は思ってます。

『Somewhere Between: Mutant Pop, Electronic Minimalism & Shadow Sounds Of Japan 1980–1988』(2021年)を聴く(Spotifyを開く

2020年、松原みき“真夜中のドア”が起こしたTikTokバズの意味するところ

松永:もしかして2020年がコロナの年じゃなかったら、いまの海外でのシティポップのブームも内向的な方向とダンスミュージック的な肉体性とか、グルーヴのほうに分かれたかもしれないなとは思ってるんですけど。

当山ひとみ『SEXY ROBOT』(1983年)を聴く(Spotifyを開く

角松敏生がプロデュースを手がけたJADOES『Free Drink』(1987年)を聴く(Spotifyを開く

柴崎:「現場」の音楽としてもっと盛り上がっていた可能性が。

松永:そうそう。これもまた時代の歯車の噛み合わせの妙っていうか、不思議な偶然ですよね。

柴崎:たしかに、クラブイベントとかフェスでシティポップによるダンス体験共有の可能性が剥奪されてしまったのは大きいですよね。

仮説でしかないですが、TikTokでのバズとか、Spotifyでのバイラルヒットが顕在化したきっかけとしては、この間コロナでリアルのパーティーできなかったことはあるかもしれない。

芦澤:TikTokのバズがバイラルに波及してストリーミングでヒットになってく流れが顕著になったのは、偶然かもしれないんですけどコロナの時期と世界的に一致していますね。

松永:ぶちアガっていく画が現実になる未来があったんだなぁと思いはしますね。

そもそもいまのシティポップブームの少し前には世界的なディスコブギーのブームもあったわけだし。イギリスの大きなフェスでDJが“真夜中のドア”をかけてぶちアガった動画がYouTubeにアップされてさらにバズるとか。でもステイホームで人が集まれない状況もあって、TikTokのほうが波及しやすいというか、より草の根的に広まっていったんだろうなとはすごく感じます。


Rainychによる“真夜中のドア~stay with me”のカバー動画が公開されたのは2020年10月29日のこと。松永が『Billboard JAPAN』に執筆した記事よると、このカバー動画をひとつのきっかけにして、SNSや各種ストリーミングサービスを通じて松原みきの原曲が発見されていったのだという(外部サイトを開く

松永:シティポップはライブ的な一回性とか共通体験みたいなものから離れたところで、海外で生き延びていく活路を2020年に改めて得てしまったんじゃないかって気もします。

柴崎:一方で、シティポップを現場で盛り上げてきたクラブカルチャーの側に立つと、こういう状況になって、現場でパーティーの場が持てないのはかなり惜しいですよね。

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プロフィール

松永良平(まつなが りょうへい)

1968年、熊本県生まれ。大学時代よりレコード店に勤務し、大学卒業後、友人たちと立ち上げた音楽雑誌『リズム&ペンシル』がきっかけで執筆活動を開始。現在もレコード店勤務のかたわら、雑誌 / ウェブを中心に記事執筆、インタビュー、ライナーノーツ執筆などを行う。

柴崎祐二(しばさき ゆうじ)

1983年埼玉県生まれ。音楽ディレクター、評論家。編共著に『オブスキュア・シティポップ・ディスクガイド』、連載に「MUSIC GOES ON 最新音楽生活考」(『レコード・コレクターズ』)などがある。2021年9月に編著を務めた『シティポップとは何か』(河出書房)の刊行を控えている。

芦澤紀子(あしざわ のりこ)

ソニーミュージックで洋楽・邦楽の制作やマーケティング、ソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)で「PlayStation Music」の立ち上げに関わった後、2018年にSpotify Japan入社。

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