シティポップの世界的ブームの背景 かれらの日本という国への目線

シティポップの世界的ブームの背景 かれらの日本という国への目線

2021/07/09
テキスト・編集
山元翔一(CINRA.NET編集部)
イラスト:アボット奥谷

長らく国内の消費だけで成立していた日本の音楽市場に、シティポップがもたらした変化

柴崎:日本の音楽が海外にフラットな視点で受け入れられること――主に業界内でこれまで疑問視されていたことを覆したのは、まりやさん含めてシティポップ系音源だったんだろうなと思うんですよね。

2010年代後半にかけて、レコード会社も「海外に出せるものは出していったほうがいいんじゃないか?」というふうに意識がかなり変わった印象があって、“プラスティック・ラブ”の「公式化」への流れは業界の変化の象徴って感じもします。

芦澤:たしかに。当初はストリーミング配信するにしても日本だけで出すことも多かったですし、それがいまやなるべく世界のユーザーに聴いてもらおうという考えが主流になっている。おっしゃるように、レーベルやアーティストの考え方が変わっていったきっかけともいえると思います。

プレイリスト『City Pop ‘80s』を聴く(Spotifyを開く

柴崎:日本の音楽産業は国内で自活できるマーケット状況が長いこと続いていたから、現場の人たちも、法務部とか管理系の人たちも日本のポップスの海外へのライセンスアウトとか流通とか、最初は頭になかったと思うんです。これは2000年代にぼく自身がメジャーレーベルのスタッフだった頃の実感でもあるんですけど……(苦笑)。

「まさか、いまみたいなブームになるとは思ってなかった」ってのはレコード会社の人からもよく聞く話なんです。そういった背景を持ちながら、いまシティポップが世界規模で聴かれる状況になったのは、第一にはそれほど魅力的な音楽だからということでもあるわけですよね。

芦澤:そのとおりだと思います。日本以外のマーケットに流通することを見込んで制作されていない鎖国のような状態があったと思いますし、仮にすごくレアなアナログ盤がロンドンのレコードショップに行き着いても幅広く流通することはないですしね。

そういう意味でシティポップ系の音源は「知る人ぞ知る宝が埋もれていた」という状況だったんだと想像します。海外のリスナーは新しく「発見」したというような感覚を持っていますし、若いリスナーに受け入れられていることも、ノスタルジーではなくいまの時代の音楽として新鮮に響いているという証拠なのかなと。

2010年代初頭、国内外で起こったシティポップ再評価。日本では70年代的なものが、海外では80年代的なものが注目されていた

松永:シティポップに対する海外での評価軸はぼくらにとっても発見だったんですよね。2010年前後くらいにシティポップってワードがあらためて持ち出されるようになったときは(註2)、いまとはちょっと違う感覚だったんですよ。もう少し1970年代的なものに寄ってたというか。

プレイリスト『City Pop ‘70s』を聴く(Spotifyを開く

cero“わたしのすがた”(2012年)には<シティポップが鳴らすこの空虚、 / フィクションの在り方を変えてもいいだろ?>という歌詞がある(Spotifyを開く

松永:そのときは「はっぴいえんど、ティン・パン・アレー、シュガー・ベイブ(註3)的なものに端を発して~」みたいにシティポップについて説明していて、いまでもそれは、はじまりとしては有効だとは思ってるんですけど、ワールドワイドでみんなが享受してる感覚はもっと1980年代的なものですよね。

はっぴいえんど『風街ろまん』(1971年)を聴く(Spotifyを開く

ティン・パン・アレー『キャラメル・ママ』(1975年)を聴く(Spotifyを開く

松永:ぼくらからすると、竹内まりやさんのアルバム『VARIETY』から“プラスティック・ラブ”一曲だけ切り離して聴く感覚がすごく刺激的だったんですよ。

なぜなら“プラスティック・ラブ”は『VARIETY』のなかでも、長年のファンからは「アルバム全体からは結構浮いている」と言われていた時期が長かったから(笑)。

柴崎:それまでの作品からするとサウンドも歌詞もかなり異端的なものですよね。

松永:そうそう(笑)。シングルカットされてはいたし、当時12インチも出ていたけど彼女の代表曲とはずっと思われてなかった。それが、近年の海外のリスナーの感覚が持ち込まれたことでゲームチェンジしたというか、楽曲としてネット上でひとり歩きしてしまう状況がもたらされた影響は大きいと思ってます。


2019年、リリースから35年越しに公開された竹内まりや“プラスティック・ラブ”のミュージックビデオ。監督は林響太朗

柴崎:日本国内で連綿と受け継がれているシティポップ観と海外ユーザーの考える理想的なシティポップは、相当な乖離があると思うんです。もちろん潮流ごとに重なっている部分はあると思いますが。

芦澤:そうですね。

柴崎:1990年代半ば以降、特に2000年前後以降の、「ポスト渋谷系」的な世代の作家のあいだでは、シュガー・ベイブ、ティン・パン・アレー、いわばはっぴいえんど一派みたいな1970年代のアーティスト / 作品が「真正」なものとして崇められていた。

その当時の感覚からすると、1980年代のものは、そのあとにバブル景気の狂騒が控えてるのもあって、高度消費社会的で浮ついた、どちらかというと「フェイク」くらいに受け止めていたはずなんですよね。

松永:たしかにその感覚はあったと思います。

Page 2
前へ 次へ

プロフィール

松永良平(まつなが りょうへい)

1968年、熊本県生まれ。大学時代よりレコード店に勤務し、大学卒業後、友人たちと立ち上げた音楽雑誌『リズム&ペンシル』がきっかけで執筆活動を開始。現在もレコード店勤務のかたわら、雑誌 / ウェブを中心に記事執筆、インタビュー、ライナーノーツ執筆などを行う。

柴崎祐二(しばさき ゆうじ)

1983年埼玉県生まれ。音楽ディレクター、評論家。編共著に『オブスキュア・シティポップ・ディスクガイド』、連載に「MUSIC GOES ON 最新音楽生活考」(『レコード・コレクターズ』)などがある。2021年9月に編著を務めた『シティポップとは何か』(河出書房)の刊行を控えている。

芦澤紀子(あしざわ のりこ)

ソニーミュージックで洋楽・邦楽の制作やマーケティング、ソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)で「PlayStation Music」の立ち上げに関わった後、2018年にSpotify Japan入社。

感想をお聞かせください

新たな発見や感動を得ることはできましたか?

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
回答を選択してください

ご協力ありがとうございました。

Category カテゴリー

What's "Kompass" ? コンパスとは

「Kompass」は、ネットメディア黎明期よりカルチャー情報を紹介してきたCINRA.NETと、音楽ストリーミングサービスの代表格Spotifyが共同で立ち上げた音楽ガイドマガジンです。ストリーミングサービスの登場によって、膨大な音楽ライブラリにアクセスできるようになった現代。音楽の大海原に漕ぎだす音楽ファンが、音楽を主体的に楽しみ、人生の1曲に出会うガイドになるようなメディアを目指し、リスニング体験を交えながら音楽の面白さを紹介しています。