2023年6月13日、BTSはデビュー10周年を迎えた。彼らがデビューした当時、どれだけの人が、この未来を予想できただろうか。中小規模の音楽事務所から放たれた東アジア出身の若い男性グループが、アジア圏のみならず世界で認められる日が来るなんて。しかも、BTSはひとつのブームを生み出した単なるときの人ではない。圧倒的なパフォーマンス、メンバーの思想や考えを注ぎこんだ楽曲、メッセージを表現すべく設けられるコンセプト、ARMY(BTSファンの呼称)との連携により、時代に新しい風を巻き起こした立役者である。
本稿では、BTSの功績や革新性をあらためて振り返るとともに、彼らの活動に共鳴するような、近年の日本のボーイズグループに見られる潮流についても触れていきたい。
(メイン画像:BTS / Getty Images)
社会的メッセージを強く打ち出すボーイズグループ
BTSがアーティスト側にもたらしたもっとも大きな影響は、「アイドルと呼ばれる職だからといって、つねに偶像でいなくていい」と、発信するコンテンツによって伝えたことではないだろうか。彼らはデビュー当時から、YouTubeやTwitter、ファンクラブの発信を通して、自身の野望や不安など他人に吐露するのが怖い弱さまで赤裸々に見せてきた。同時にその飾らないさまで共感を呼び、彼らに触れた人々を魅了してきた。それまでのアイドルの多くが限られた日だけ目の前に現れる偶像だとするなら、BTSは世代の声となり人前に立っている先導者であり代弁者。その思想や考えは楽曲にも反映され、彼らをかたちづくる要素のひとつにもなっている。
またBTSは、『グラミー賞』にノミネートされた“Dynamite”やARMYへのプレゼント曲である“2! 3!”のような、アイドルたるイメージに沿った作品もある一方で、メッセージ性の強い楽曲を主軸にしている。例えば“N.O”では七放世代(*1)を生きる苦悩を歌い、“Silver Spoon”では金銭的なレベルによる階級格差を問題視。通算4枚目のアルバム『LOVE YOURSELF 結 'Answer’』(2018年)では、「本当の愛は自分を愛することから始まる」と『LOVE YOURSELF』シリーズ一連の流れをもって提示した。グループ名「防弾少年団」に込められた、「10代・20代に向けられる社会的偏見や抑圧を防ぐ」というポリシーを曲げることなく、表現に昇華してきたのである。
近年は日本でも、社会問題を楽曲のテーマとして積極的に用いるボーイズグループも現れている。スターダストプロモーションに所属するONE N' ONLYは、その最たる例のひとつといってもいいだろう。自身の音楽性について「J-POPとK-POPのいいとこ取りって、僕らの強みだと思うんですよ」と語るだけではなく、メッセージ性の強いナンバーも保持している(*2)。自分という存在を枠にハメようとしてくる社会に対して苦言を呈す“Category”、SNSで起きている指殺人(*3)に一石を投じる“Shut Up! BREAKER”などは、いわゆる「アイドル」とは一線を画すイメージだ。ONE N' ONLYには、もちろんポップな楽曲もあるが、サウンドはヒップホップを基調としたものも多く、彼らを語るうえでBTSの存在は無視できないだろう。
社会問題に向き合っているという側面で語るなら、Sexy Zoneも見過ごせない存在だ。2020年以来、彼らは公式ライブグッズとしてステンレスストローやエコバッグ、カトラリーなどのエコアイテムをリリースし続けている。もともとは、普段から環境問題と向き合っているマリウス葉をきっかけにつくり始めたエコグッズだったが、彼がグループから去った後も意志は存続。言わずもがな、たくさんの「セクラバ(Sexy Zoneのファン呼称)」も日常的にライブグッズを使い、当たり前のように彼の意志を引き継いでいる。BTSの影響とは別のところで生まれた動きではあるものの、ファンに優しい影響を及ぼしていくSexy Zoneの活動は、もっと世間的に評価されてほしい行ないだ。
ローカライズからの解放。母国語で歌い、世界へ進出
東方神起やBIGBANGといった先駆者の実績があったとはいえ、BTSの大ブレイクが「英語の歌詞でなくても世界で評価される可能性がある」と世界に示した功績を忘れてはならない。2020年にリリースされた“Dynamite”こそ英歌詞で綴られた楽曲ではあるものの、BTSは韓国語を基調としたスタイルを崩さなかった(日本リリースの際は、日本語で歌唱することもある)。『BBMA』以降(*4)は「ワールドクラスで活動するアーティスト」ととらえられることも増え、「英語の歌をレコーディングするのか?」と質問される場面もあったが、リーダーのRMは「新しい市場に合わせてギアを切り替えるのではなく、韓国語でラップを続け、BTSだけができることをやりたい」と回答(*5) 。いいものは積極的に取り入れながらも韓国発ならではの良さも忘れず、「BTS POP」を成熟させていったのである。
一方、昨今の日本のボーイズグループも、「海外の良さを取り入れながらも日本だからできること」を模索し始めている。BMSG所属のBE:FIRSTが昨年リリースした1stアルバム『BE:1』は、その一例といってもいいだろう。日本を活動拠点とするプロデューサーが手掛けたトラックに乗る、日本語を基調とした歌詞。なかには、メンバーが作詞や作曲に関わったナンバーも収録されている。いずれの楽曲も日本語ならではの響きや音ハメにこだわっており、「日本発のBE:FIRSTだからできること」を探っている痕跡がある。
また、LAPONEエンタテインメントに所属するINIも「J-POPが受け入れられやすい環境のなかで、韓国で制作されたものをもっと日本人として昇華し発信していけるようにならないと」(木村柾哉)と自分たちの課題を語っており(*6)、「INI POP」を導きだすべく試行錯誤している空気を感じとることができる。
自分たちの音楽を追求しボーイズグループの可能性を押し広げた先陣は、もちろん日本にも存在している。RISINGPRODUCTIONに所属するDA PUMPやw-inds.は、その一例だ。
DA PUMPというと“U.S.A.”や“P.A.R.T.Y. 〜ユニバース・フェスティバル〜”などでヒットを出した「キャッチーなお兄さん」のイメージがあるかもしれないが、彼らの真髄は難しいことを難しく見せないところにある。スキルフルなことを軽やかにこなし「ダンスや歌は、限られた人のものではなく誰でも楽しめるもの」としてオーディエンスに届けていく。いわば、ダンスや歌と世間を繋ぐパイプのようなアーティストでもある。
一方でw-inds.は、日本のポップスを真剣に追求してきた表現者だ。メンバーの橘慶太は、2017年よりセルフプロデュースを本格化。作詞・作曲・編曲であれば自身で手掛けるアーティストは少なくないかもしれないが、彼の場合はトラックダウンやミックス作業まで自ら行なってしまう。「ポップスのトラックメイカーでもっといい人が国内に増えてほしいという想いはあるし、自分たちがそこを担っていきたい気持ちは強いですね 」とも語っており(*7)、国内の音楽シーンを盛り上げていこうという気概もある。
両者ともデビュー当時とはメンバー構成が変わっているものの、20年以上のキャリアを誇るプロフェッショナル。「アイドル性」というふわっとしたものが世間に重要視されていた時代のなかでも己のスキル研鑽を怠らず、いまでも現役で走り続けているのだ。
加速していく、楽曲とパフォーマンスクオリティーの進化
近頃は日本のボーイズグループも曲やパフォーマンスのレベルが高い。「HYBE LABELS JAPAN 初のグローバルグループ」として昨年デビューした&TEAMは、BTSに通じる製作陣で脇を固める。デビュー曲“Under the skin”の作詞には、BTS“Crystal Snow”を手掛けたSoma Genda(源田爽馬)にAdo“うっせぇわ”を制作したsyudou。作曲にはBTS“Awake”や“Butterfly”に携わったSlow Rabbit、LE SSERAFIMの“FEARLESS ”に携わったKyler Nikoなどが参加。アーティスト本人も『I-LAND』(「Big HitとCJ ENMによるオーディション番組)に出演した面々を筆頭にスキルが高く、一体感があり安定したパフォーマンスを展開している。
また、『第73回NHK紅白歌合戦』に出演したJO1も圧倒的なパフォーマンス力を誇るグループのひとつ。デビュー当時より一糸乱れぬシンクロダンスに注力しており、11人から繰り広げられる細部まで意識を張り巡らされたステージングは、見るものを圧倒することだろう。ちなみに『2022 MAMA AWARDS』で披露した“SuperCali”の作詞・作曲には、NCT 127“Kitchen Beat”に携わったRonnie Icon、MOMOLAND“Pinky Love”に携わったYOSKEなどが参加している。日本にも海外の潮流を取り入れながらクオリティの高い楽曲やパフォーマンスを展開するボーイズグループが確かに増え続けているので、いま以上に注目が集まってほしいものである。
ファンダムとともに成長する。新しいボーイズグループのかたち
BTSが大きな影響を与えたのは、何もアーティスト本人たちだけではない。彼らの活躍は、他の多くのアーティストのファンに希望を与えたことも間違いないだろう。なにせBTSが活動を始めた当初、HYBE(旧社名:Big Hit Entertainment)はメジャーな音楽制作会社からのバックアップはなく、資本力も潤沢とはいえない中小事務所だった。ビック3と呼ばれる大手芸能事務所のSM、YG、JYPはすでに時代を築いており、そんなシーンを切り開いていくのは無謀な賭けのようにさえ思えた。それでも、BTSはSNSをフル活用し、ARMYとともに光を目指して進み続け、21世紀のポップアイコンと呼ばれるまでになったのだ。
この未来は、ARMYの献身的な支えがあったからこそ成し遂げられたものである。2017年に『BBMA』でトップ・ソーシャル・アーティスト賞を受賞できたのは、グローバルファン投票で3億のオンライン投票を獲得できたからであり、その背景にはBTSに心を動かされ行動したARMY一人ひとりの想いがある。また、2018年9月にBTSが国連に招待されスピーチする機会を得たのも、2017年11月からユニセフの「#ENDviolence」イニシアチブを支援する「Love Myself」キャンペーンを開始し、プロモーションと寄付により影響力を示せたからこそ。ARMYの行動ひとつひとつが、BTSを新たなステージに連れて行く原動力となったのだ。
大好きなアーティストが大手の事務所に所属していなかったとしても、潤沢な資本力がなかったとしても、ファンが団結し行動に移していけば、たくさんの人に見つけてもらえる存在になる。現在のBTSの栄光、そしてARMYの頑張りは、これから大きな夢を掴むべく努力しているアーティストを応援する全ファンの光になるといえるだろう。
じつをいうと、大きなバックアップがない状態から地道な努力を重ね、ファンとともにスターダムを駆け上がっていったアーティストが日本にも存在している。2021年に“CITRUS”で『第64回 輝く!日本レコード大賞』優秀作品賞を受賞したDa-iCEだ。
いまでこそ、レーベルはavex trax、事務所はエイベックス・マネジメントと大きな後ろ盾を持ち、代々木第一体育館や大阪城ホールでのライブを成功させている彼らだが、もともとはレコード会社の一社員が生み出したダンス&ボーカルグループ。とはいっても、かつてのDa-iCEに潤沢な資本が注がれていたわけではなく、5人はコツコツとライブを積み重ねるなかで、少しずつ「6面(Da-iCEのファン呼称)」を増やしていった。その努力が実り、“CITRUS”や“スターマイン”のヒットを味方につけることができたのである。メンバーが絶え間ない努力を続け、一人ひとりのファンがそんなDa-iCEの未来を信じてきたから手にした「いま」といっても過言ではない。
苦しいときを越え、時代を代表するアイコンとなったBTS。濃密なときの先に数々の功績を打ち立ててきた彼らは、アーティストにとっても、アーティストを支えるファンにとっても見逃すことのできない光となった。これからの彼らがどんな光を放ち、日本のボーイズグループシーンにも影響を及ぼしていくのか。または、どんな共鳴を生み出していくのか。引き続き楽しみに見守っていきたい。
*1 恋愛、結婚、出産を放棄(抛棄)している若者世代を指す呼称「三放世代」から派生し、就職、マイホームの5つを諦めざるを得なくなる「五放世代」からさらに、人間関係、夢の7つを諦めざるを得ない世代のこと。
*2『ONE N’ ONLYインタビュー――アイドルでもアーティストでも戦えるグループに』参照(外部リンクを開く)
*3「指殺人」インターネット上での脅迫や誹謗中傷により精神的なダメージを与えて自殺に追いこむ社会問題。指で入力する文字で間接的に人を死に追いやっていることから、そう呼ばれるようになった。
*4『ビルボード・ミュージック・アワード』。BTSは2017年に「トップ・ソーシャル・アーティスト」部門を受賞して以来、6年連続で受賞する記録を作った。
*5エイドリアン・ ベズリー著、原田真裕美訳『BTS ICONS OF K-POP~史上最高の少年たちの物語』(青春出版社、2021年)参照
*6『INIが語る、世界を見据えた「覚醒」の背景、マインドの変化』参照(外部リンクを開く)
*7『新生w-inds.が20周年イヤーに放つ『20XX “We are”』。メンバー脱退、コロナ禍を経て初めて抱いた「伝えたいメッセージ」』参照(外部リンクを開く)