Yaffleはジャンルの破壊者か?サブスク以降の感覚で語る「200年前のポップス」としてのクラシック音楽

小袋成彬とともに「TOKA」(旧 Tokyo Recordings)を設立し、藤井 風やiri、adieuなどの楽曲をプロデュースするYaffleは、日本のポップミュージックシーンで今もっとも注目を集めるプロデューサー / トラックメイカーの一人だ。

そんな彼がクラシック音楽の名門レーベル「ドイツ・グラモフォン」からリリースしたニューアルバム『After the chaos』は、アイスランドの首都レイキャビクのスタジオに⻑期滞在し、アイスランドを拠点に活動する注目アーティストたちとコラボレーションしながらつくりあげた、ポストクラシカル的な作品である。

高校時代にはファゴットを演奏し、国立音楽大学では⻤才・川島素晴に前衛音楽の作曲を学んだというYaffle。そんな彼が、大学で学び影響を受けてきた「クラシック」と向き合い、アコースティックな楽器や古典的な編成から生まれる「新しさ」をテーマに再構築した本作は、今なおウクライナで続いているロシアの武力侵攻や、完全には収束しきっていないコロナ禍で「カオス」と化したこの世界に、一筋の希望の光を提示しているかのようだ。

「ぼくらは結局、90パーセントくらいは無意識の影響下にあると思う」と、本インタビューで語ってくれたYaffle。その無意識を「よりよい状態」に持っていくため、アイスランド行きは必須だったという。3月3日より配信された、Spotifyの公式プレイリスト『The Classical Takeover』のキュレーションも担当している彼に、ここでの楽曲セレクトや、アルバムの制作秘話などじっくりと語ってもらった。

Yaffleがポップスを手がけるプロデューサー視点で語るクラシック入門

─Yaffleさんの音楽性にとってクラシック音楽はかなり重要な位置を占めているそうですね。

Yaffle:うーん、でもぼくはいつもクラシックに対しては「アウトサイダー」の気持ちなんですよ。「クラシック畑の人」という意識は全然ないし、音大を受験するときに初めてルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンのピアノソナタか何かを頑張ってやったけど(笑)、入試が迫るまでは何もやっていなかったんです。バイエルもすぐに辞めちゃいましたし。

もちろん音大には、クラシックで純粋培養されたような学生たちがめちゃくちゃいたけど、ぼく自身はあくまでもクラシック音楽のなかの「好きな要素」を切り取り自分なりに解釈したり、それを作品に取り入れたりしている感じなんですよね。

─では、クラシックミュージックの原点というと?

Yaffle:最初の頃は「クラシックの定番」というか、みんなが「感動する!」と言っているもの……たとえばヨハン・ゼバスティアン・バッハやフランツ・ヨーゼフ・ハイドン、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト、ベートーヴェン、ロベルト・シューマンなど「ドイツもの」が全然ピンとこなくて。

それよりもエドワード・エルガーのような、いわゆる「傍流」のほうが好きだったんです。モーリス・ラヴェルの“亡き王女のためのパヴァーヌ”みたいな、チャラい音楽が好きなんですよね(笑)。おそらく保守本流の人が、「素晴らしい」と絶賛する楽曲は、聴きはじめの頃はいまいちよくわからなかった。

モーリス・ラヴェルの“亡き王女のためのパヴァーヌ”を聴く

─指揮者や演奏家によっても印象が変わりますし。

Yaffle:そうそう。いわゆる「古典」を、ヘルベルト・フォン・カラヤンみたいな解釈でやられるのは結構苦手なんですよ。ヌメーッとした感じがするというか。

個人的にはゲオルク・ショルティという指揮者がすごく好きですね。シカゴ交響楽団の音楽監督を長く務めていた人なのですが、音をパンパンに張るんです。管楽器も思いっきり鳴らすし、マイキングもものすごく近い。

たとえばドイツのオケ(オーケストラ)がフォルテッシモを80パーセントのパワーで吹くとしたら、アメリカのオケってマッチョだから(笑)、120パーセントくらいに聞こえるパワーで吹くんですよ。

─面白いですね。

Yaffle:そのショルティには有名なグスタフ・マーラーの録音があって、それはクライマックスで音量が一瞬ふわっと落ちるんです。セッション録音なので、おそらくリミッターが引っかかったんでしょうね。そのくらいバカでかい音で演奏していて最高なんです。「音がデカいからいい」なんて、クラシックの世界だと言いにくいですけどね(笑)。でも、EDMみたいなものだと思えば、そういう好みがあってもいいじゃないですか。

しかもドイツのヌメっとしたアンサンブルより、アメリカのマッチョなアンサンブルの方が、対位法などが見えやすくて好きなんです。それって真っ当なクラシックの入門書などには載っていない、決して褒められた勧め方でも聴き方でもないとは思いますしね。

─クラシックに馴染みがなくハードルの高さを感じてしまう人には、そういう聴き方も一つの選択肢としてあっていいですよね。

Yaffle:クラシックって、音楽を時系列に並べていまの視点から見ているから「クラシック=古典」と呼ばれていますが、「200年前のポップス」という言い方もできるわけじゃないですか。その影響を受けて、いまの西洋音楽はつくられているわけですからね。

いい曲もあれば、悪い曲もあるのだって、ヒップホップやジャズと同じ。「クラシックを聴こう」と身構えるからよくないんです。だって「よし、いまからポップスを聴こう」と思って藤井 風を聴いたりはしないわけじゃないですか(笑)。

Yaffle:もし「クラシック」と呼ばれているジャンルの楽曲を聴いてハマらなかったとしても、その曲が自分の趣向に合わなかったというだけ。すべての「クラシック」にハマらないとは限らない。「第九」を聴いてハマらなくても、それはベートーヴェンの、その曲が好みじゃなかっただけの話ですから。

─「ポストクラシカル」と呼ばれるジャンルも「クラシック」の本流からするとかなり異端なジャンルですよね。

Yaffle:めちゃくちゃ異端ですよ。ポストクラシカルとは、感覚的には一般の人が認知している「クラシック」の要素を用いて、一般的な意味での「現代的」な構造でつくりあげた音楽のことだとぼくは定義しています。

ここ100年くらい、いわゆる前衛の人たちは、先人である「クラシック作曲家」がつくりだした楽曲と同じ響きになることを避けるため、一般の人たちが認知している「クラシック」の要素をできる限り排除してきました。たとえば、バイオリンやピアノといった昔からある楽器を使わなかったり、使うにしてもいままでのようなテクスチャーではなかったり。

とはいえ、そういう前衛的な表現もすでにやり尽くされて焼け野原みたいになっているんですよね(笑)。そんななか、まったく逆の発想で登場したのがポストクラシカルなのかなと。

「アイスランドの土壌と、ぼく自身に染みついている『醤油くささ』みたいなものが混じり合ったとき、一体どんなものができるのか」

─クラシックに対して「醒めた視点」というか、俯瞰した考え方を持っているからこそポストクラシカルのような音楽が生まれるのでしょうね。ヨハン・ヨハンソンももともとはパンクやハードコアのバンドマンだったし、そういう意味では異端な存在でした(※)。

Yaffle:そういう意味ではクラシックど真ん中にいて、ポストクラシカルをやっているのはマックス・リヒターくらいじゃないですか。ある意味ではアンチアカデミズム的な姿勢も感じる。もっと言えば、クラシックの楽器を用いたベッドルームミュージックだと個人的には思っていて。何より、「ポストクラシカル」って名前がいい(笑)。

「クラシックのレガシーを用いて再構築した音楽」という意味では、アントニオ・ヴィヴァルディの“春”をリコンポーズしたリヒターの“Spring”はまさにその典型です。昔の骨董品を引っ張り出してきて、そのもっとも「骨董品らしい」部分を用いてモダンな美術や道具をつくるような感覚……ポストクラシカルというジャンルそのものが、「リコンポーズ」(再作曲)的ですし。

※参照:小倉悠加×神前暁が語る、映画界でポストクラシカルが示す存在感(記事を開く

マックス・リヒター『Recomposed by Max Richter: Vivaldi – The Four Seasons』を聴く

─過去の素材やジャンクなものを組み合わせ、新しい音楽を生み出すという意味ではヒップホップ的でもありますよね。

Yaffle:たしかにそうですね。サンプリングの手法と広義では同じというか。ちなみにローファイヒップホップとポストクラシカルは、ぼくのなかでは音楽的にかなり近いと思っています。

─今作『After the chaos』をつくるとき、Yaffleさん自身は「ポストクラシカルな作品にしよう」という意識はありましたか?

Yaffle:どうだっただろう(笑)。最初にマニフェストを決めて、それに沿うようにはしましたけどね。「ドイツ・グラモフォン」からのリリースも決まっていたし、テクスチャーの部分は統一感を出した方がいいだろうと。

たとえば、できるだけビートレスにしたり、弦楽器や管楽器を使ってみたり。そういう「縛り」を設けつつ、つくっている最中はそこにあまり固執せず進めていく。極東に住む自分がつくる意味とか、「ポストクラシカルなアルバムをつくろう!」とかあんまり強く思いすぎちゃうとダメなんですよ。「パンクアルバムをつくろう」と思ってパンクな手法を用いる人の音楽は、パンクじゃないでしょう?(笑)

Yaffle『After the chaos』を聴く

─たしかに。『After the chaos』というタイトルも、こういうサウンドになっていくうえでの重要な「指針」になりましたか?

Yaffle:ある種のお題目があって、それを音で表現していくという意味ではそうですね。でないと統一感が出ないと思った。歌も入ってくるし、しかも同じ人が歌っているわけでもないので、トーン&マナーを守るうえでもバックストーリーはしっかり決めておかなければ、と。

─レコーディング場所としてアイスランドを選んだのは?

Yaffle:ポストクラシカルというシーンの中心地に行ってみたかったのと同時に、東京を離れたかったという気持ちもありました。アイスランドって、すでにアポカリプス感があるんですよ(笑)。

─たしかに。ぼくも2017年の末にアイスランドを訪れたことがあるのですが、どこを見渡しても荒凉とした絶景だらけで圧倒された記憶があります。

Yaffle:そういうところに身を置いて、じっくりと制作に取り組みたかった。前もってアイデアを仕込んでおくとかそういうことも一切せずに、アイスランドの土壌と、ぼく自身に染みついている日本人らしさ……ある種の「醤油くささ」みたいなものが混じり合ったとき、一体どんなものができるのかを確かめてみたかったんです。

─やはり日本でつくっているときとは、出てくるものも違いましたか?

Yaffle:ぼくらは結局、90パーセントくらいは無意識の影響下にあると思うんですよ。頑張って意識的な部分をコントロールしようしても、そこはせいぜい10パーセントくらいでしかなくて。大事なのは、自分がコントロールできないその90パーセントの部分をどうやっていい状態に持っていくか? なんですよね。

今回は環境を変えることで、自分の無意識の領域をデザインしてみようと思った。同時に意識下では、今言ったように自分のなかにある「日本的」というか、ナショナリズムみたいなものを出さないように心がけたわけです。ナショナリズムを脱臭して脱臭して、それでも出てくるものこそが「絶対に変えられないオリジナリティー」だと思うので。

─アイスランドは初めて訪れたのですか?

Yaffle:初めてでした。6月、7月くらいに行ったのですが、東京が灼熱地獄だったので、逃げ出すような感じでアイスランドへ向かいましたね。2〜3週間ほど滞在し、首都レイキャビックにあるヴァルゲイル・シグルズソン(※)の持つレコーディングスタジオ(Greenhouse Studios)に缶詰でした(笑)。

※ラース・フォン・トリアー監督作『ダンサー・イン・ザ・ダーク』のサウンドトラックのエンジニア / プログラマー。トム・ヨークとビョークのデュエット作“I've Seen It All”は『アカデミー歌曲賞』にノミネートされた

ヴァルゲイル・シグルズソンがエンジニアを務めたビョークとトム・ヨークによるデュエット曲“I’ve Seen It”を聴く

Yaffle:さっきも話したように、マニュフェストという大きい枠は決まっていたので、そこにピースをはめ込んでいくようなつくり方。そこはあまり意識的には考えなかったですね。「こういうふうにつくろう」というのではなく、土壌と気候に連れて行ってもらうみたいな。アイスランドに限らず、創作環境を変えれば確実にそれは作品に影響を与える。そこは確信がありました。

─東京とアイスランドでは制作方法に違いなどありましたか?

Yaffle:まず、資本の入り方が全然違います。東京だとマネージャーやレコード会社のディレクターなどスタッフもたくさんいるし、良くも悪くも「しっかり」しちゃうんですよね。そういう意味では、アイスランドはすごくアマチュアっぽかった。ミュージシャンたちはみんな、スタジオに思い思いにやってきて、まず雑談をしてから作業に入る、みたいな。

─ビョークやSigur Rosのような世界的なアーティストが、あんな小さな街にひしめいていながらアマチュアリズムもちゃんと残っているのはとても不思議です。

Yaffle:だからこそ、外に出て行くしかないんでしょうね。国内のマーケットだけでは賄いきれないというか。アイスランドのスタジオミュージシャンが、イギリスなどで契約を交わすケースもたくさんあるみたいだし。

それに、「インターナショナルスターとローカルスターは違う」という話もよく聞きます。ビョークの評価も、アイスランド国内と国外では微妙に違うみたいですし(※)。いずれにせよアイスランド人のミュージシャンシップは、ロサンゼルス的なプロフェッショナリズムとは対照的なところも面白かったです。

※参照:ビョークは、アイスランド国民にとっての国民的歌手ではなかった(記事を開く

「モダンなビートミュージックをつくるような感覚で、音響のパレットに置かれたクラシックの要素を散りばめていく」

─アイスランドだけでなく、東京のスタジオでもレコーディングを行なったんですよね?

Yaffle:そうです。東京、アイスランド、東京と移動しながらレコーディングをしました。なんだかんだ言って東京はクラシックのリソース、人的資源がアイスランドと比べてものすごく潤沢なんですよ。演奏技術でいえば、日本の演奏家のほうが段違いで上だと思いますし。それはある意味、日本人として生まれたアドバンテージですから、ちゃんと活かしたほうがいいだろうなと。

たとえば、アイスランドのカルテットとレコーディングするときは音響に沿ったアプローチをしたし、東京に戻って例えばバイオリニストの石上真由子さんを迎えたときは、あえて古典的な要素も散りばめたりして。そういうことができるのは、東京に住んでいる強みかもしれないですよね。

─Spotifyにて3月3日より配信された『The Classical Takeover』は、Yaffleさんキュレートによる「クラシカルミュージック選集」といえるものでした。クラシックをこれまでとは違った角度から楽しむための、ガイド的な楽しみ方もできますよね。さらに言えば『After the chaos』との親和性も感じますが、これはどのように選曲していったのですか?

Yaffle:こだわったことといえば、自分の好きな曲を恥ずかしがらずシンプルに並べるということですかね。恥ずかしくない選曲も、やろうと思えばできますから。本棚と一緒ですよ、人に見られてもいい本棚には哲学書を置くけど、人には見せたくない寝室の本棚には『少年ジャンプ』がある、みたいな。

─あははは、なるほど。

Yaffle:マスターピース的なクラシックの名曲もあれば、世間的にはそんなに評価の高くない曲もあって。ただ、「こういう感情になりたかったら別にクラシックでなくても、ヒップホップやロックでもいいかな……」と思うような楽曲は外し、特異的な何かを持っている楽曲を選んでいます。「この曲でしか味わえない感覚」っていう。それも結構、サブスク以降の考え方だなと思っていて。

Yaffleがキュレートしたプレイリスト『The Classical Takeover』を聴く

─というと?

Yaffle:たとえば、ある「村」があって、そのなかだけで幅を持たせるのではなく、そこら中に広がっている無数の「村」をどんどんまたぎながら、そこにしかないユニークな要素をかき集めていくという感じ。その村のなかではマンネリ化していても、外側の人から見るとヘンだったりユニークだったりするものってたくさんあって。

最初に話したように、自分は「アウトサイダー」としてクラシックを聴きはじめたので、「これは別のジャンルでもいいかな」と思う楽曲にもたくさん出会うんです。そういうものではなく、「このジャンルでしかつくれないよな」と思うものに惹かれるんですよ。

─たしかに、芥川也寸志や伊福部昭のような戦後間もない頃に活躍した日本の音楽家から、久石譲やハンス・ジマー、ジョン・ウィリアムズといった、「ポピュラーミュージック」の領域でも活動している現代の作曲家まで並んでいるのが本当に面白いなと。

Yaffle:そこは分断せず地続きにとらえたほうが、きっと今後はハッピーになれると思ったんです(笑)。村のなかにいると、「これはクラシックなのか?」「これをジャズと言っていいのか?」みたいな話になっていくじゃないですか、どうしても。成熟しちゃうとそういう話になり、そこで活性化されなければ文化としては終わっていくんですよ。フュージョンに対するジャズ側の批判とか、EDMに対するアンダーグラウンドハウス勢からの是非論とかもそう(笑)。

そういう「コンサバティブなハレーション」を乗り越える力を「ジャンルの破壊者」が発揮すれば、少しは風通しも良くなる可能性もありますが、そこに流動性がなくなってくるとどんどんコンサバティブな方向に持っていかれてしまうと思うんですよね。

─Yaffleさんは、ジャンルの破壊者であろうとしているのでしょうか。

Yaffle:どうなんでしょう(笑)。ぼくは、クラシックをある意味「音響のパレット」程度の認識でいるのがいいのかもしれない。モダンなビートミュージックをつくるような感覚で、音響のパレットに置かれたクラシックの要素を散りばめていく。古典的なテクスチャーから持ってきたものでつくる、みたいな。『After the chaos』はそういう感覚でつくったので、クラシックに対する気負いも全然なくて。

このプレイリストも「クラシックを聴く」ということよりも、「いい曲を、ある程度の縛りのなかで見つけていく」ということにこだわって作成しました。

古典ってある意味「時代のフィルター」を通過したものだけが残っていて、ぼくが好きなポップミュージックとも「デザイン性」においてちゃんとつながっているから、こうやって並べてみると「いま」が感じられる。そういう意味で、このプレイリストと『After the chaos』にも少なからず連続性を感じてもらえるのではないかなと。とにかく、どちらも肩肘張らずに聴いてもらえたら嬉しいですね。

Spotify公式プレイリスト『Yaffle Works』を聴く
リリース情報
Yaffle
『After the chaos』


発売日:2023年2月17日
商品番号:UCCG-1898
価格:3,300円(税込)

1. Stay in the light ft. RAKEL
2. as a human
3. Alone ft. CeaseTone
4. From Me To You
5. Storm ft. KARÍTAS
6. Brown rain
7. Mercy through the Clouds  
8. Empty Room ft. Benny Sings (rework)
9. You don’t have to feel more pain
10. Stay in the light ft. RAKEL (reprise)
プロフィール
Yaffle (やっふる)

TOKAのプロデューサーとして、藤井 風やiri、SIRUP、小袋成彬、Salyu、eill、adieuなどの楽曲をプロデュース。 2020年9月、欧州各地のアーティスト計8名をゲストに迎えた1stアルバム『Lost, Never Gone』をリリース。国内外で高い注目を集める。2021年10月に発売されたポケモン25周年を記念したコンピレーションアルバムには唯一の日本人アーティストとして参加。映画音楽の制作も担当しており、『ナラタージュ』(2017年)、『響-HIBIKI-』(2018年)、『キャラクター』(2021年)などの作品のほか、サウンドトラックを手がけた『映画 えんとつ町のプペル』2020年)では「アニメーション界のアカデミー賞」と呼ばれる『第49回アニー賞』で最優秀音楽賞にノミネート。



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「Kompass」は、ネットメディア黎明期よりカルチャー情報を紹介してきたCINRA.NETと、音楽ストリーミングサービスの代表格Spotifyが共同で立ち上げた音楽ガイドマガジンです。ストリーミングサービスの登場によって、膨大な音楽ライブラリにアクセスできるようになった現代。音楽の大海原に漕ぎだす音楽ファンが、音楽を主体的に楽しみ、人生の1曲に出会うガイドになるようなメディアを目指し、リスニング体験を交えながら音楽の面白さを紹介しています。

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