荏開津広×渡辺志保 ジェンダー観を巡り、変化するラップシーン

荏開津広×渡辺志保 ジェンダー観を巡り、変化するラップシーン

インタビュー・テキスト・編集
久野剛士(CINRA.NET編集部)
撮影:寺内暁

この10年でジェンダーの幅が広がった、ヒップホップシーン

―ミーガン以外で、注目されているアーティストはいますか?

荏開津:まずは、ヤング・M.Aに注目しています。ラップがすごくうまいんですね。そして、ヤング・M.Aはクィアと言うか、LGBTQと言えるジェンダーの人ですが、<私はKで始まるクイーン なぜならKingでもあるから>というパンチラインがあるように、リリック / 言葉で現状をねじ伏せていくところがかっこいいなと思います。ただ、最初の頃はそれほどピンとこなくて……。

ヤング・M.A『Red Flu』を聴く(Spotifyを開く

渡辺:大ヒットした“OOOUUU”のときですか。

荏開津:そう。でも何曲も聴くあいだに、実力に惹かれてしまいました。

渡辺:2020年の『Music To Be Murdered By』にヤング・M.Aを参加させていたエミネムが絶賛していて、また人気を持ち直した気がします。ヤング・M.Aは根っからのギャングスタ・ラッパーでもあるので、恐らく「クィアラップ」と括られることに関しては不本意なのではと思いますが、ヤング・M.Aが広くヒップホップのコミュニティーで受け入れられること自体が、大きな進歩だと思っています。今、ヤング・M.Aの後継者と勝手に私が思っているのが、テキサス出身のOMBブラッドバスです。

エミネム『Music To Be Murdered By』を聴く(Spotifyを開く

渡辺:OMBブラッドバスも身体が女性で、性愛の対象は女性なのですが、ヤング・M.Aと同じように「ブラッズ」というギャングの一員なんですよね。そして、その生活の様子をラップしていて、今、注目を集めつつあります。また、ソーシー・サンタナというラッパーは、オープンリー・ゲイでひげを生やしつつ、ゴージャスな格好でラップをしています。ブレイクしたきっかけは“Material Girl”というシングルで、シャネル愛を語る内容なんですよね。彼もまた、LGBTQのコミュニティーを大事にしているラッパーです。

もともと、ニューオーリンズのバウンスシーンを率いてきたビッグ・フリーダや、カルチャーや国境を越えて活躍するゼブラ・カッツといったクィア・ラッパーたちもいましたし、いうまでもなくフランク・オーシャンのカミングアウトやリル・ナズ・Xの歴史的ブレイクなどもあったわけで、今後、LGBTQのコミュニティーにおけるヒップホップ・カルチャーもどんどん多様性が増していくのかなと思っています。むしろ、クィアという冠がなくとも、従来のラッパーと変わらないスポットライトが当たる世の中になっていくのは間違いないのかなと思ってます。ヤング・M.Aの卓越したラップ・スキルを評するときに、彼女の性自認は関係ないですからね。

OMBブラッドバス『A Few Forevers 2』を聴く(Spotifyを開く

ソーシー・サンタナ『Pretty Little Gangsta』を聴く(Spotifyを開く

荏開津:私はこの対談シリーズを始めてから改めて感じたのですが、ラップが始まってから、ここ10年で一番変わったことは、シーンの中のジェンダーが広がったことだと思います。

昔だったら男性以外でメディアが取り上げたりレコード会社がプロモートしたりするラッパーは1人しかいなかった。現実として、今のラップの世界がいかに幅広くなったかっていうのを、もう1回、過去から聴き直すとはっきりします。

渡辺:確かに、そうですね。

荏開津:男性以外のラッパーの数が増えて、シーンの中のジェンダーが広がりを見せましたよね。あえて使いますが「女性ラッパー」、「フィメール」という言葉や、先ほど志保さんがおっしゃったように「クィアラップ」という言葉で、特別なジャンルとして当てはめるのも難しいくらい、それぞれのアーティストが自由にやっている雰囲気が、現実としてこれまでのあり方と随分違うと感じます。

渡辺:もちろん世の中の流れもあるからでしょうけど、この10年、20年でヒップホップシーンにおけるマッチョイズム、マスキュリニティーは激変したと思うんです。そのピークは2000年頃だと思っていて。裸に防弾チョッキを着た出で立ちで50セントが2000年代前半にデビューしたときは、「マッチョであることがいいことだ」という価値観がかなり強かったんですよね。

50セント『Get Rich Or Die Tryin'』(2003年)を聴く(Spotifyを開く

荏開津:体を鍛えてるのが、そのままMVになってましたもんね。それはそれで好きだったけど。

渡辺:懸垂しながら、ラップしてるみたいな(笑)。マッチョイズムこそがヒップホップだという価値観がかつてはありましたよね。それがそのまま、同性愛嫌悪に繋がっていた向きもあると思います。ただ、そうした流れが変わってきたなと最初に感じたのは、カニエ・ウェストがダボダボの服装ではなく、スキニージーンズをはき出して、メゾンブランドとも付き合いながら中性的なファッションを始めたくらいかな、と。最初、タイトなデニムをはいていることに対してかなりバッシングというか、イジられていたように思います。そのあと最も大きかったのは、ドレイクの出現だったと思います。

2007年くらいから、ミックステープで名を上げていったドレイクは、ギャングスターでもハスラーでもなく、子役出身の男の子なんですよね。高校生のときに学園ドラマでデビューしたカナダ出身の彼が、これまでのヒップホップの出自とは異なるところから現れ、かつ、リル・ウェインからのフックアップを受けて一気にヒップホップのファンを虜にした。それが大きな1つの転換点だと私は思っています。彼がラップする内容は好きな女の子のことやメランコリックなものも多かった。それ以降、「マッチョなのがかっこいい」という価値観が少しずつ変わっていってると思うんです。

ドレイク『So Far Gone』(2009年)を聴く(Spotifyを開く

渡辺:そして、それと同じぐらいにカニエの『808s & Heartbreak』も大きかったと思います。母親の死や、婚約者との別れがきっかけになった作品ですけど、私も当時はこんな「女々しい」アルバム、聴きたくないと思っていたんですよね。別れた相手が延々と失恋について歌っている……と思うと、なんだか許容できなかった。でも今は、そうは思いません。それは私自身、当時は「従来の男らしさイコール、ヒップホップ」だと思っていたからだと思います。それがこの10年~15年でガラッと変化して、その分、女性の活躍という点においても、そのためのスペースが増えたのだと感じます。

カニエ・ウェスト『808s & Heartbreak』(2008年)を聴く(Spotifyを開く

荏開津:50セントの体を鍛えるのをMVにするのとか、今改めて考えてみると、実はミーガン・ザ・スタリオンのやっていることと似ているとも思うんです。あの時代、男性が自身の身体をリプレゼントしていた。それはジェームス・ブラウン以前からあったけれど、彼が“It's A Man's Man's Man's World”などで強調したことだとも思います。この曲はマチズモということで批判する人がいるけど、単に批判するだけじゃ足りない曲だと思う。50セントはそれを21世紀初めに出してきたと言えるんじゃないでしょうか。

そして、それが現在はミーガンが“Body”という曲でやってるとしたらどうでしょう。ラップは、ラッパーの身体性をリプレゼントすることになぜか繋がる音楽ジャンルなのかもしれないですよね。なぜアフリカン・アメリカン男性が自身の身体を鍛えて音楽を通じてリプレゼントしたのか、それこそにもっと注意を払っていいのでは、と思います。

ジェームズ・ブラウン“It's A Man's Man's Man's World”を聴く(Spotifyを開く

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プロフィール

荏開津広(えがいつ ひろし)

執筆 / DJ / 京都精華大学、東京藝術大学非常勤講師、RealTokyoボードメンバー。東京生まれ。東京の黎明期のクラブ、P.PICASSO、MIX、YELLOWなどでDJを、以後主にストリート・カルチャーの領域で国内外にて活動。2010年以後はキュレーション・ワークも手がけ、2013年『SIDECORE 身体/媒体/グラフィティ』より、ポンピドゥー・センター発の実験映像祭オールピスト京都ディレクター、日本初のラップの展覧会『RAP MUSEUM』(市原湖畔美術館、2017年)にて企画協力、Port Bの『ワーグナー・プロジェクト』(演出:高山明、音楽監修:荏開津広 2017年10月初演)は2019年にフランクフルト公演好評のうちに終了。翻訳書『サウンド・アート』(フィルムアート社、2010年)、『ヤーディ』(TWJ、2010年)。オンラインで日本のヒップホップの歴史『東京ブロンクスHIPHOP』連載中。

渡辺志保(わたなべ しほ)

音楽ライター。広島市出身。主にヒップホップ関連の文筆や歌詞対訳に携わる。これまでにケンドリック・ラマー、エイサップ・ロッキー、ニッキー・ミナージュ、ジェイデン・スミスらへのインタビュー経験も。共著に『ライムスター宇多丸の「ラップ史」入門』(NHK出版)などがある。block.fm「INSIDE OUT」などをはじめ、ラジオMCとしても活動中。

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