
荏開津広×渡辺志保が振り返る、2019年ラップ界の注目トピック
- インタビュー・テキスト・編集
- 久野剛士(CINRA.NET編集部)
- 撮影:豊島望
ついに、世界は2020年代に突入。2010年代最後の年となった2019年も、トップアーティストの新譜やニュースターの誕生など、ラップミュージックは話題に事欠かないシーンを形成していた。
世界の音楽シーンに精通するライター渡辺志保と、多彩なカルチャーに横断的な視点を向ける荏開津広による対談の第2回。今回は、2019年に話題となったトピックを振り返るとともに、最後には日本のヒップホップビジネスにまつわる問題点にも言及する。これからの10年を、ここから始めよう。
リル・ナズ・Xが象徴する、「思いがけない特大ヒット」の可能性を感じさせた1年
―今回は、2019年を振り返ってもらいたいと思います。どんなことが印象に残っていますか?
渡辺:斬新な年だったと思います。マスな目線でいうと、2019年にアメリカで一番売れたシングルって、リル・ナズ・X(Lil Nas X)の“Old Town Road”になりますよね。
荏開津:そうですね。
リル・ナズ・X “Old Town Road”を聴く(Spotifyを開く)
渡辺:単純にアメリカ最大のヒットシングルがラップとカントリーを掛け合わせた楽曲というのが面白い。リル・ナズ・X自身は、とてもシンプルな思考回路としてTikTokのヒットを狙ったのかもしれないですけど、予想以上の大ヒットになったと思います。
かつ、彼もまた同性愛者であるんですよね。それを人気絶頂のときにカミングアウトをするっていう、それもまたひとつ注目するポイントだったなと思います。
あと、私は個人的にリゾ(Lizzo)のヒットもすごく今年っぽかったなと。型破りで、インディペンデントな精神を持った女性アーティストがここまで大きな成功を収めるということは、今までにそれほどなかったことかな、と。
荏開津:うん。この10年でそれまでは考えられなかったことがラップ、ヒップホップの世界に起きてきたと思うんですね。アメリカのポピュラー音楽のメインストリームがラップになっただけでなく、2019年は黒人でゲイのアーティスト、さらにSNSを駆使していた人物がいきなりその年の一番売れた音楽を作るという。
渡辺:たとえばケンドリック・ラマーが今年一番アルバムを売ったとか、ドレイクが今年一番売れたシングルを出しましたっていうのはある程度、予想がつくんですけど、2019年の始めにはまだまだ名前が知られていなかった若いラッパーが、もし一発屋になってしまったとしても、これほどのヒットシングルを生むとは全く予想してなかったです。
荏開津:しかもさっき志保さんがいったけど、カントリーの要素が入った曲なんですよね。
渡辺:そう。個人的には、ヒップホップとカントリーってやっぱり水と油のようなイメージもあったんですよ。短絡的なイメージであることを承知の上でいうと、民主党的な支持基盤があると思われている音楽ジャンルと、保守的な共和党支持基盤のある音楽と思われているジャンル。それが組み合わさってヒットするというストーリーも私は面白いなと思っていて。最初はその、“Old Town Road”がリリースされたときに、ビルボードのチャートに、カントリーとヒップホップ、両方に分類されてたんですよね。

渡辺志保(わたなべ しほ)
音楽ライター。広島市出身。主にヒップホップ関連の文筆や歌詞対訳に携わる。これまでにケンドリック・ラマー、エイサップ・ロッキー、ニッキー・ミナージュ、ジェイデン・スミスらへのインタビュー経験も。共著に『ライムスター宇多丸の「ラップ史」入門」(NHK出版)などがある。block.fm「INSIDE OUT」などをはじめ、ラジオMCとしても活動中。
荏開津:ですよね。
渡辺:でも、「これはカントリーミュージックとしては認められん」と議論を呼んで。対して「いやいや、ラップだけどこの音はカントリーだし、歌ってる内容もカウボーイ風で、れっきとしたカントリーミュージックだろ」という声もあった意見が真っ二つになっている最中に、なんとマイリー・サイラスの父親であるベテランカントリーシンガーのビリー・レイ・サイラスがリミックスに参加して、一気に双方のファンが驚いたんです。
荏開津:2013年の『MTV Video Music Awards』でマイリー・サイラスはそれまで「黒人の上品でないダンス」という見方があったトゥワークをやって当時騒ぎになりました。私は1990年代後半にはアメリカの普通の高校生の女の子でもふざけてやっていたのを知っていますが、実際その頃はアフロ・アメリカンの女子だけだったと思います。マイリー・サイラスはそれを大きなステージの上でパフォーマンスした白人の最初のアーティストではないでしょうか? しかもそのことを彼女は「私が子どもの頃に大人の男たちに無理やり着せられていた服や派手なメイクの方が性愛化された気分だった」と語り、自分のパンセクシャリティについて語りました。ビリー・レイ・サイラスは彼女の父親であることは偶然でしょうか。そして、それまでタブーだったような事柄も一旦マーケットになるとアメリカのレコード会社はガンと推す傾向がある。
リル・ナズ・X feat. ビリー・レイ・サイラス“Old Town Road”MV

荏開津広(えがいつ ひろし)
執筆 / DJ / 京都精華大学、東京藝術大学非常勤講師、RealTokyoボードメンバー。東京生まれ。東京の黎明期のクラブ、P.PICASSO、MIX、YELLOWなどでDJを、以後主にストリート・カルチャーの領域で国内外にて活動。
渡辺:推しますね。まあ、トゥワークは今や一般的なダンスのムーブとして認知されている向きもあると思いますが。でも、一度追い風が吹くと、その勢いが本当にすごい。そして、2019年の「思いがけない特大ヒット」というところだと、リル・ナズ・Xが本当に象徴的だし、そのほかにもブルーフェイス(Blueface)や、ダベイビー(DaBaby)など、彼らのヒットの仕方もどんどん予想できないところに来ていると感じました。
荏開津:それは、特に2019年ですよね。
渡辺:はい。もちろん、2018年までにも、同じようにネットの口コミを利用したヒットはあったんですけど、その勢いが、特に2019年に顕著になったと思います。
ブルーフェイス“Thotiana”を聴く(Spotifyを開く)
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プロフィール
- 荏開津広(えがいつ ひろし)
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執筆 / DJ / 京都精華大学、東京藝術大学非常勤講師、RealTokyoボードメンバー。東京生まれ。東京の黎明期のクラブ、P.PICASSO、MIX、YELLOWなどでDJを、以後主にストリート・カルチャーの領域で国内外にて活動。2010年以後はキュレーション・ワークも手がけ、2013年『SIDECORE 身体/媒体/グラフィティ』より、ポンピドゥー・センター発の実験映像祭オールピスト京都ディレクター、日本初のラップの展覧会『RAP MUSEUM』(市原湖畔美術館、2017年)にて企画協力、神奈川県立劇場で行われたPort Bの『ワーグーナー・プロジェクト』(演出:高山明、音楽監督荏開津広 2017年10月初演)は2019年にヨーロッパ公演を予定。翻訳書『サウンド・アート』(フィルムアート社、2010年)、『ヤーディ』(TWJ、2010年)。オンラインで日本のヒップホップの歴史『東京ブロンクスHIPHOP』連載中。
- 渡辺志保(わたなべ しほ)
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音楽ライター。広島市出身。主にヒップホップ関連の文筆や歌詞対訳に携わる。これまでにケンドリック・ラマー、A$AP・ロッキー、ニッキー・ミナージュ、ジェイデン・スミスらへのインタヴュー経験も。共著に『ライムスター宇多丸の「ラップ史」入門」(NHK出版)などがある。block.fm「INSIDE OUT」などをはじめ、ラジオMCとしても活動中。