荏開津広×渡辺志保 ジェンダー観を巡り、変化するラップシーン

荏開津広×渡辺志保 ジェンダー観を巡り、変化するラップシーン

2021/01/29
インタビュー・テキスト・編集
久野剛士
撮影:寺内暁

ヒップホップ、ラップには「男らしさ」が重んじられてきた歴史が、現実としてある。しかし、そうした価値観に変化が少しずつ訪れている。今回のテーマは、ヘテロ男性以外のアーティストに焦点をあてた、現在のラップシーンについて。

世界の音楽シーンに精通するライター渡辺志保と、多彩なカルチャーに横断的な視点を向ける荏開津広の対談企画も今回でひと区切り。1年にわたるこの連載の締めくくりに、ラップ音楽が持つ、希望につながる話を語っていただいた。

2020年最大のヒット曲“WAP”現象

―まずは2020年の大ヒットソング“WAP”について伺います。この曲を聴いた最初の感想はいかがだったでしょう?

渡辺:“WAP”が大好きというのは大前提ですが、これほどコマーシャルヒットしたのは意外だったんですね。楽曲自体はキャッチーだし、シンプルなマイナー調のビートで中毒性はありますけど、それほど派手な曲ではないなというのが、率直な感想でした。あと、同じくらいセクシャルで過激とされる女性アーティストによる楽曲は、ここ10年、20年振り返っても、数多くあったので、“WAP”だけがここまで社会現象化したことについては、意外性も多くありました。

カーディ・B feat. ミーガン・ザ・スタリオン“WAP”を聴く(Spotifyを開く

渡辺:もちろん、MVの話題性や、カーディ・Bの持つカリスマ性、巨大なファンベースにプラスして、ミーガン・ザ・スタリオンの人気が高まっているタイミングという、複合的な要因が重なったのかもしれないですね。ただ、黒人女性ラッパー2人がここまでの快挙を成し遂げたことに、単純に勇気をもらえます。とにかく爽快ですからね。2020年は、世界中の皆さんが色々とストレスを感じる局面にぶつかったのではないかと思うのですが、その抑圧された雰囲気を一気に吹き飛ばす痛快さがありました。

荏開津:ミーガンは、登場したくらいから大好きなラッパーなので応援してましたが、たしかに志保さんがおっしゃったように、トラック自体は地味な印象がありました。ただ、ミーガンのアルバム『Good News』(2020年)を聴いていても感じるのは、リスナーも含めた世界の変化で、”WAP”はそこを狙った意図が露骨だと思いました。

ミーガン・ザ・スタリオン『Good News』を聴く(Spotifyを開く

荏開津:1990年代から、いわゆる「フィメールラッパー」たちによるセクシャルなリリックの曲はありました。ただ、『Good News』に収録されている“Body”って曲があって。

渡辺:“WAP”の続編みたいな内容ですよね。

荏開津:そうなんですよ。自分の肉体、ボディーを表現している曲なので、セクシャルな表現ではあるんですが、単純に「猥褻」というと見逃すことが出てくるでしょう。女性(この場合はミーガン)が主導権を握るんだということがセックスの面だろうがなんだろうがともかく繰り返されてる。

一方、カーディとの“WAP”についてアメリカの保守派は怒り狂っているらしいですが、カーディは最初から男性の性器のサイズなどを匂わせたラップかなと思っていたら、すぐに<クレジットカードみたいにお前の顔をスワイプしろ><それが入ってるときは骨盤運動してるから>ときて、「やっぱりそうか!」というヒドい(?)リリックが続きます。

MVは、彼女たちがいかに「ジューシーなのか」ということを強調したり、「液体」が豪邸の外に溢れてきたりという、猥雑な曲に相応しい挑発的な映像から始まります。自分はカーディとミーガンそれぞれのリリックの向いている方向も違うと思いますが、この「挑発」を経て、未来にはそれだけの時代は少しづつ終わっていくのかな、と。以前、リゾについて話をしたときも、女性の身体をリプレゼントすることの大切さも語りましたよね(参考:荏開津広×渡辺志保が振り返る、2019年ラップ界の注目トピック)。

荏開津広(えがいつ ひろし)<br>執筆 / DJ / 京都精華大学、東京藝術大学非常勤講師。Port B『ワーグナープロジェクト』音楽監督。東京生まれ。東京の黎明期のクラブ、P.PICASSO、MIX、YELLOWなどでDJを、以後主にストリート・カルチャーの領域で国内外にて活動。
荏開津広(えがいつ ひろし)
執筆 / DJ / 京都精華大学、東京藝術大学非常勤講師。Port B『ワーグナープロジェクト』音楽監督。東京生まれ。東京の黎明期のクラブ、P.PICASSO、MIX、YELLOWなどでDJを、以後主にストリート・カルチャーの領域で国内外にて活動。

渡辺:私もその点はよく考えていました。かつてのリル・キムなども同じようなアティテュードだったと思いますが、カーディ・Bは元ストリッパーですし、自身の身体がいかに武器になるかをよく理解していますよね。なにより、自分の身体や自分のセクシーさを自分でコントロールできるという、客体化されていない女性の身体を表現していると思います。男性の注意を引きたいから、セクシーな格好するとか、性的な尺度で自分の身体をジャッジさせるのではなくて、自分に主導権があることが大事なのだと思いました。

―MVに対して子どもに見せるには猥褻過ぎるといった批判もあったけれど、ということですよね。

渡辺:たしかに猥褻ではあると思うし、子どもの前で見られない。ただ、日本では女性の体って、男性から見て、その女性と寝たいと思うかという尺度が根強いし、なかなかその価値観から脱却するのが困難な状況だと思うんです。ミーガンやカーディが、「自身のセクシーさを自分でコントロールする」といったメッセージを発信していることに共感します。なにより、“WAP”で爽快なのは、常に女性が上位なんですよね。

荏開津:そうですよね。

渡辺:リリックで描かれるセックスの体位もそうですし、男性とのリレーションシップのあり方もすべて女性が決めている。<私は掃除も料理もしない それでも私には結婚指輪がついてる>ってラインでヴァースが締まるんです。

普段、結婚する条件として女性には家事の能力が求められるような環境にウンザリしている女性も多いと思います。そうした価値観をあそこまで大っぴらに、自信たっぷりに歌ってくれるミーガンとカーディは、すごく心強いし、頼もしいなって思いますね。

渡辺志保(わたなべ しほ)<br>音楽ライター。広島市出身。主にヒップホップ関連の文筆や歌詞対訳に携わる。これまでにケンドリック・ラマー、A$AP・ロッキー、ニッキー・ミナージュ、ジェイデン・スミスらへのインタヴュー経験も。共著に『ライムスター宇多丸の「ラップ史」入門」(NHK出版)などがある。block.fm「INSIDE OUT」などをはじめ、ラジオMCとしても活動中。
渡辺志保(わたなべ しほ)
音楽ライター。広島市出身。主にヒップホップ関連の文筆や歌詞対訳に携わる。これまでにケンドリック・ラマー、A$AP・ロッキー、ニッキー・ミナージュ、ジェイデン・スミスらへのインタヴュー経験も。共著に『ライムスター宇多丸の「ラップ史」入門」(NHK出版)などがある。block.fm「INSIDE OUT」などをはじめ、ラジオMCとしても活動中。

荏開津:そういう意味でも、「猥褻か」という物議を巻き起こす意図が背後にあって、入念なマーケティングチームによるミーティングがあったのかと思わせるほどですが、実際にはカーディ・Bがただ書いただけという気もする(笑)。彼女がストリッパーとして働いていた経験がいかに役立ったかと過去、何回もインタビューで語っていますが、決まった長時間のシフトに沿ってどれだけ自分の肉体を巧みに露出するか、それでシフトが終わるときに持ち帰るチップの額が決まるわけで、“WAP”もそれと同じといえばそうでしょう。

日本でも世界でも同じような環境で数えきれないほどの女性が働いてる。職業に貴賎はないですよね? カーディは28歳で夫のオフセット(Migosのメンバー)にランボルギーニをサプライズギフトで贈るほど、お金を稼いでいます。「猥雑はいけない」という主張自体はもちろんその通りですが、あまりに当然すぎてそれだけでは話にもにならない。子どもに見せてはいけないのは当然として、識者と言われてるような人たちはその先を考えるべきではないでしょうか。もしかしたら飛躍しすぎかもしれませんが、「猥雑だ」と批判するだけでは、話術や身体の魅力を使う職種の人はランボルギーニは欲しがってはいけないと言ってるみたいです。ランボルギーニみたいな贅沢は、生まれついての富裕層の人だけにしか許されないのか? って思います。

渡辺:職業に貴賎はない、というのは大前提だと思いますし、特に女性が職業によって貶められたり弱い立場に置かれたりすることはあってはなりません。

―たしかに「猥雑だ」と批判されても、それ以上に大切なものが“WAP”などの曲からは受け取れますよね。

荏開津:ここ数年は本当にフィメールラッパーが大活躍しました。こうした大活躍が「フィメールラッパー」という言葉自体をなくしていくでしょう。僕はミーガンが好きなのは、ミーガンはイージー・E(ラップグループN.W.Aのメンバー)の大ヒット曲"Boyz-n-the-Hood"をサンプリングして“Girls In The Hood”を出したけれど、イージー・Eの原曲では彼が口論したガールフレンドをひっぱたくんです。1987年の曲なのでその是非はまた別としても、今で言う「DV」の描写がフッドの光景としてメディアで伝播していった。その曲を2020年にリサイクルしてフッドの女性=ミーガン自身を賛美する曲を出すのは、往年のラップ馬鹿からすればまるでデビュー当時のロクサーヌ・シャンテであって、素晴らしいとしか言えないです。

渡辺:たしかに、ミーガンは母親も地元ヒューストンで有名なラッパーだったんですよね。その影響も受けているのか、すごくオーセンティックなラップスタイルだと思います。

荏開津:色々なスタイルを試しているけど、逆に、こんなオーセンティックなものがなぜこれほど人気が出たのか不思議なくらい。

渡辺:そうですよね。最初にブレイクしたのも『Tina Snow』(2018年)というミックステープがきっかけで、まさにヒューストンのピンプ・Cのスタイルを自分にチャネリングした作風でしたし、そういったところが全方位に愛される理由なのかなと思いますね。あと、ミーガンはヒューストンに病院を建てて雇用を生み出したいという動機で大学に入学した人でもある。そうした意味でも、これまでの女性ラッパーにおけるステレオタイプを打ち破った存在だと思います。

荏開津:母親がどういう教育をミーガンにしたかまでは知らないんだけど、古典的なラッパーが出世して、地元に貢献する姿勢とつながってますよね。

渡辺:そうですよね。ビヨンセと“Savage Remix”を出したときには、楽曲の売り上げをCOVID-19のケアをしている地元の非営利団体に寄付していましたし。

ミーガン・ザ・スタリオン“Savage Remix(feat. Beyoncé)”を聴く(Spotifyを開く

荏開津:たとえばニプシー・ハッスルやジェイ・Zも会社を作って、フッドに貢献していますよね。ジェイ・Zの会社の1つはアパレルですが、2000年代始めには、どう考えてもアパレル会社に普通の手続きを経て入社したと考えにくい人たちがいっぱいオフィスにいたという話を聞いたことがあります。5時になるとオフィスの方から匂いがしてきたとか……。今やアメリカのある程度大きなアパレルやデザインの会社でも当たり前の光景でしょうが、色々先取りしていたとも言える(笑)。でもフッドへの貢献で、それが、ミーガンまでつながってくると、これはラッパーのマインドとして相当強いものなんだと思いました。

渡辺:アトランタの21サヴェージも、地元の子どもたちを助けるチャリティー活動などが広く知られています。地元への貢献を継続的に行っているラッパーに関しては、1人ずつ名前を挙げるのが難しいくらい。それほど、ヒップホップカルチャーと地元へのチャリティーや富の還元ということは、普遍的な行動として根付いていると思いますね。

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プロフィール

荏開津広(えがいつ ひろし)

執筆 / DJ / 京都精華大学、東京藝術大学非常勤講師、RealTokyoボードメンバー。東京生まれ。東京の黎明期のクラブ、P.PICASSO、MIX、YELLOWなどでDJを、以後主にストリート・カルチャーの領域で国内外にて活動。2010年以後はキュレーション・ワークも手がけ、2013年『SIDECORE 身体/媒体/グラフィティ』より、ポンピドゥー・センター発の実験映像祭オールピスト京都ディレクター、日本初のラップの展覧会『RAP MUSEUM』(市原湖畔美術館、2017年)にて企画協力、Port Bの『ワーグナー・プロジェクト』(演出:高山明、音楽監修:荏開津広 2017年10月初演)は2019年にフランクフルト公演好評のうちに終了。翻訳書『サウンド・アート』(フィルムアート社、2010年)、『ヤーディ』(TWJ、2010年)。オンラインで日本のヒップホップの歴史『東京ブロンクスHIPHOP』連載中。

渡辺志保(わたなべ しほ)

音楽ライター。広島市出身。主にヒップホップ関連の文筆や歌詞対訳に携わる。これまでにケンドリック・ラマー、エイサップ・ロッキー、ニッキー・ミナージュ、ジェイデン・スミスらへのインタビュー経験も。共著に『ライムスター宇多丸の「ラップ史」入門』(NHK出版)などがある。block.fm「INSIDE OUT」などをはじめ、ラジオMCとしても活動中。

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