『名探偵コナン 黒鉄の魚影』公開。劇伴・菅野祐悟に聞くコナンと音楽の面白い関係

今年の『コナン』がすごいことになっている。2023年4月14日に公開された劇場版『名探偵コナン 黒鉄の魚影(くろがねのサブマリン)』が、初日3日間でシリーズ歴代No.1の観客動員&興行収入を記録。これはシリーズ初の興収100億円も確実視される勢いだ。

そんな本作の劇伴を担当しているのは、前作『名探偵コナン ハロウィンの花嫁』に続き『コナン』2作目の参加となる菅野祐悟氏。これまで『踊る大捜査線 THE MOVIE3 ヤツらを解放せよ!』『昼顔~平日午後3時の恋人たち~』など数々の実写作品のみならず、『ジョジョの奇妙な冒険』『ガンダム Gのレコンギスタ』などのアニメ作品の劇伴も手掛けてきた同氏が、どのように『名探偵コナン』の音楽に向き合ったのか。そして劇伴というジャンルそのものが持つ魅力についてもうかがった。

灰原哀の「感情」が垣間見えた『名探偵コナン 黒鉄の魚影』。劇伴で意識したポイントとは

ー2作目の『コナン』参加となりますが、今作『黒鉄の魚影』の音楽制作はいかがでしたか?

菅野:今回は自分のなかの引き出しを自由に開けて、作品を創造することができたと思っています。そのうえで「新しい『名探偵コナン』の音楽」というものをつくっていきたいという気持ちが生まれたので、メインテーマはまた新しくアレンジし直したりしながらも、前作で印象的に使っていただいた『絶体絶命〜揺れる運命〜』や『地下シェルター』などの音楽は今回も引き続き取り入れるようにしました。

制作プロセスとしては前作とあまり変わりません。リクエストに応じてデモを提出し、監督や音響監督のイメージと違う部分があればそこを寄せていく流れですね。

ー灰原哀という、作中でも屈指の人気キャラクターにフォーカスした作品ですが、楽曲制作においてどのように意識されましたか?

菅野:灰原さんは人間としての根底に優しさがあって、いろんな人に気を遣って、他人のために動くキャラクターだと思うんです。これまで、その気持ちがあまり表に出てくることはなかったんですけど、今作ではついにそれが前面に出てきた。そういった灰原さんの感情的な部分をどう音楽で表現するのかは自分のなかでポイントとなっていました。彼女の気持ちが大きく動くシーンでは、ピアノをメインに使うことで表現したのですが、上手くいったんじゃないかと自分では思っています。

『Detective Conan 名探偵コナン』をspotifyで聴く

ー同時に『黒鉄の魚影』は、監視カメラ、顔認証、AIといった現代的なテクノロジーの光と闇を扱った作品であるという特徴もあります。その点は意識されましたか?

菅野:電子音を使って打ち込み感を出すなど、わかりやすく意識した部分は当然あります。ほかには感情的なところも意識しましたね。

ー感情?

菅野:「パシフィック・ブイ」の巨大さが持つ威圧感はもちろんですし、「監視システムそのものが人間社会を飲み込んでしまうかもしれない」という恐怖感ですね。それってぼくらがすでに実生活で感じてるものでもあると思うんですよ。自分の興味・関心や、発言に基づいた広告表示やレコメンドって当たり前じゃないですか。

そういう、気が付かないところでプライバシーが侵害されていたり、すべてがデータ化されてしまったりする怖さって、みんな持ってるじゃないですか。そこは音楽でも表現する必要があるなと思って制作に臨みました。切迫感を出すことを意識しましたね。

「コナンらしさ」を失わずに新しい音楽をつくる

ーそもそも菅野さんは『名探偵コナン』という作品について、どのようなイメージを持っていましたか?

菅野:「親子で観られるファミリー向け作品」であると同時に「熱狂的なファンが多い作品」という印象がありました。もともとはぼくらの世代が若い頃に漫画で読んだりアニメで観始めたりした作品でしたが、その世代が親になって子どもたちとも一緒に観るようになった作品です。そして、その一方で「ファミリー向けコンテンツ」の枠にとどまらないほどファンの熱量が非常に高い。それだけ多くの人の心を鷲づかみする、特別なものが宿った作品だと思っています。

ーそんな『名探偵コナン』への初参加となったのが前作『ハロウィンの花嫁』です。公開後の反響はいかがでしたか?

菅野:ファンの方たちが好意的に受け止めてくれた印象があって、すごくほっとしました。正直、めちゃくちゃビビってたんですよ。みんなに長く愛されている作品ですので「新しく参加した作曲家によって音楽が台無しにされた」と感じさせてしまったらすごく失礼だと思っていたので。

だから『ハロウィンの花嫁』の仕事は試験を受けるような感じというか、世の中に「菅野で大丈夫でしょうか?」とうかがうような気持ちがありました。だからこそ、制作陣の1人として認められた状態で楽曲づくりを始められたという点では「今作が自分にとっての初コナン」みたいな気持ちです。

ー約25年に渡り大野克夫さんが手がけてきた『名探偵コナン』の音楽については、どんな印象がありましたか?

菅野:なんと言っても、印象的なのはメインテーマですよね。日本で最も有名な曲の1つだと思いますし、誰もが聞いたことがあって、聞いた瞬間に『名探偵コナン』という作品のことを思い出す。そういうメロディーって本当にすごいと思います。

前作『前作ハロウィンの花嫁』であの曲をアレンジして思ったのは、どれだけいま風に打ち込みでアレンジをしたとしても、あの血肉が通ったメロディーはデジタルな印象にならないということでした。ぼくのアレンジではびくともしない力強さと歴史を感じましたね。

大野克夫『名探偵コナン メインテーマ 摩天楼ヴァージョン』をspotifyで聴く

『名探偵コナン』のメインテーマは作品に合わせてアレンジされている

菅野:だからこそ、やはりメインテーマの取り扱いには気を配りました。みなさんにとっての宝物ですから、元の曲の良さを損なってはいけない。そのためにはすごく丁寧な作業にならざるを得ないですよね。新作映画の音楽として新しさを感じてほしいけれども、元のメロディーが持っている喜びも損なわれてはいけない。そこの温度感の調整は、ほかの作品にはないポイントじゃないかと思います。もちろん、自分としてはそのなかで最大限攻めたものをつくっているつもりですが。

ー具体的にはどういったところを「攻めた」のでしょう?

菅野:メインテーマは世界的なトレンドも意識して音づくりをしています。ファンキーなベースラインやタイトな打ち込みのリズムで、ブラックミュージックの流れを感じさせるダンサブルな音づくりをしました。

ーメインテーマ以外のところで「コナンらしさ」や「コナンの歴史」を意識することはありましたか?

菅野:「コナンらしさ」にはいろんな解釈はあると思うんですけど、これまで長年にわたって『名探偵コナン』の仕事をされてきた音響監督の浦上靖之さんの解釈が1つの基準になっていると思っています。ですので、ぼくとしてはまず「この物語が本当に求めている音楽は何か?」を考え、そのうえで監督や浦上さんとやりとりを重ねてお二人が納得できるかたちに仕上げることを通して、『コナン』ファンの方たちに喜んでもらいたいと考えて作業をしてきました。

ー「浦上さんにOKをもらえれば、『コナン』の音楽になる」という、ある種のガイドになっているわけですね。

菅野:そうです。だから、浦上さんが音響監督として音楽を見てくれるのは、ぼくにとってすごく心強いんですよ。浦上さんとはメールのやり取りが基本なので、直接会話する機会は多くはないんですけど、この場をお借りして感謝の気持ちを述べたいです。

ー今作の仕事を終えてみて、菅野さんとしては『黒鉄の魚影』の劇伴はどういう仕上がりになったと思われていますか?

菅野:先日試写を観たんですけど、自分の音楽が上手くできていたかのチェックをするよりも、映画作品として非常におもしろく観ることができたんです。なので、自画自賛っぽくなっちゃって恥ずかしいんですけど「これは結構うまくいったんじゃないか」と、ホッとしました。

それと今作の仕事では大野先生と直接やりとりすることはなかったのですが、「キミがいれば」のバラードバージョンを中心に音楽を喜んでいただけたと人づてにうかがえました。それも嬉しかったですね。

Reiko『キミがいれば 十字路ヴァージョン』をspotifyで聴く

「音楽をつくることよりも、演出がメインの仕事」。菅野が語る劇伴作家の仕事の裏側

ー劇伴は音楽のなかでも特殊なジャンルだと思います。『コナン』に限らず、劇伴をつくるにあたって大事にしていることはありますか?

菅野:そもそも劇伴作家って、音楽をつくることよりも、音楽演出がメインの仕事だと思うんです。つまり、重要なのは「いい曲を書く」ことではなく「どんな曲を書くのか」。そういう意味では聴くための音楽をつくるミュージシャンとは別の職業であると言ってもいいぐらいに全然違う仕事をしているんですよ。もちろん曲によっては1人歩きしていって、映像作品とは別に単体でリスニングされることもありますけど、そうした劇伴ならではの特徴はつねに気をつけています。

ー同じ劇伴でも、実写とアニメとでは仕事の違いはありますか?

菅野:あります。アニメの仕事をしていると「難しい」と感じることが多いですね。実写の場合、ピクチャーロック(オフライン編集が完成した状態。整音、効果、音楽、VFXなどのステップに進むために、これ以降は基本的に画の尺を変更することはしない)があるんですよ。ぼくらは、そこから人の感情の機微などいろんなことを読み解くことができるんですけど、アニメの場合はそれがないから、コンテから読み解かなきゃいけない。ほとんどの場合、色もついていなくて、「これは何が描かれているんだろう……」という場合もあるんです(笑)。だからどうしてもつかみきれない場合もあって、そうなると監督さんの頭の中にある完成図を説明してもらうしかないんですよね。その擦り合わせ作業の工程は、実写よりもたくさん必要になってきちゃいますね。

『This Is 菅野祐悟』をspotifyで聴く

ー今回の『名探偵コナン』もそうですが、子ども向けとしての要素を持っている作品もあると思います。そういう子どもの観客が多い作品の場合、メロディーの比重を高めるなど音楽的に意識することはありますか?

菅野:ぼくは意識しないタイプです。というのも、ぼく自身が子どものときに映画を観て「よくわかんない」と思った感情を未だに引きずっていて、その経験が自分自身を形成している気がしてるんですよ。例えば『ニュー・シネマ・パラダイス』だって、あの音楽を聴いて「すごく綺麗なメロディーだな」と思ったけど、作品としてはよくわかっていなかった。けど、優れた作品って、視聴するときの自分の成長度合いや状況によって、感じ方が変わるじゃないですか。

ーそう思います。

菅野:もし、子どもに忖度した作品づくりをして、最初から作品から深みや厚みを取り払ってしまうと、それは大人になるまで心に残る作品にならないと思うんです。『名探偵コナン』だって、確かに子ども向けの作品という側面はあるけど内容はめちゃくちゃ難しいじゃないですか。

ー特に本作は登場人物は多いし、それぞれの思惑も全然違いますからね。大人でも整理するのが大変です。

菅野:そう。子どもに全然忖度してない。ぼくは『コナン』のそういうところが超好きなんですよ。

ー最後に、菅野さんが考える劇伴の魅力や楽しみ方があれば教えてください。

菅野:「劇伴はあらゆる音楽に出会うチャンスになる」ということですね。みんな自分の好きなミュージシャンや音楽ジャンルがあると思うんですけど、劇伴の場合ってそういう枠がないんですよ。その作品を観たり、映画館に行ったりすれば、自分の趣味嗜好関係なく目の前に突然聴いたこともない音楽が現れる。それって、なんでもアルゴリズムでレコメンドされて、自分で選んでいるようでじつは選ばされている現代において、すごく貴重な機会だと思うんです。だから、新しい音楽ジャンルや、そうした音楽を聴いたときに感じる新しい感情と出会う機会として劇伴を楽しんでもらえたら、ぼくとしても嬉しく思います。

公開情報
『名探偵コナン 黒鉄の魚影』
全国東宝系にて公開中
原作:青山剛昌『名探偵コナン』(小学館『少年サンデー』連載中)
監督:立川譲
脚本:櫻井武晴
音楽:菅野祐悟
プロフィール
菅野祐悟 (かんの・ゆうご)

1977年生まれ。東京音楽大学作曲科卒。ドラマ『ラストクリスマス』でドラマ劇伴デビュー。NHK大河ドラマ『軍師官兵衛』、連続テレビ小説『半分、青い。』の音楽を担当。映画、テレビドラマ、アニメーションを中心に、幅広いメディアで活躍中。【主な作品】映画『カイジ』『踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』、ドラマ『あなたがしてくれなくても』『罠の戦争』『ガリレオ』『昼顔』、アニメ『ジョジョの奇妙な冒険 ストーンオーシャン/黄金の風/ダイヤモンドは砕けない/スターダストクルセイダース』『ガンダム Gのレコンギスタ』『PSYCHO-PASS サイコパス』他多数



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