映像から語るヒップホップ文化 荏開津広×渡辺志保

映像から語るヒップホップ文化 荏開津広×渡辺志保

インタビュー・テキスト・編集
久野剛士(CINRA.NET編集部)
撮影:寺内暁

世界観を表現する、ミュージックビデオ

荏開津:映画やストリーミングの作品も重要ですが、ヒップホップにおいてはMVも大切ですよね。

渡辺:たしかにそうですね。私が考えるヒップホップカルチャーの魅力のひとつとして、ファッションからダンスまで、そのときの流行や風俗をすべて一緒にレプリゼントできる点があります。

ヒップホップ黎明期のMVもそうですが、KANGOL(カンゴール)のハットをみんなこう被っているのかとか、adidas(アディダス)のスニーカーをこう履いているのかとか、そういう発見がたくさんあったんですよ。それがどんどん加速していくのが特に、2000年代に入ってからかなと。

荏開津:量は2000年以降ですよね、やっぱりね。

渡辺:MVの量が増大しましたよね。1990年代の半ばから、たとえばハイプ・ウィリアムズ(P・ディディやミッシー・エリオットのMVなどを手掛ける映像監督)とか、ディレクター・X(アッシャーやドレイクのMVを手掛ける映像監督)といった、ヒップホップシーンで有名な映像監督、ミュージックビデオ監督が登場するんですよ。そうした流れと、あとはどんどん機材がよりコンパクトになったために、MVが大量に生まれていったと思います。

さらにそうした土壌が整うのと並行して、2005年くらいに「ワールドスター・ヒップホップ(Worldstarhiphop、通称WSHH)」というウェブサイトが立ち上がったんですよ。


ハイプ・ウィリアムズが監督した、ミッシー・エリオット“The Rain (Supa Dupa Fly)”MV


ディレクター・Xが監督した、アッシャー“U Got It Bad”MV

荏開津:はい、はい。

渡辺:今もすごく人気があるんですが、ヒップホップのMVや、巷のおもしろ動画を集めた、ヒップホップビデオ版の検索エンジンみたいなサイトで。そこにみんなアクセスして、面白いビデオが出ていないかチェックするんですね。その登場によって、MVを見られる体制が整ったのが2000年代ですね。iPhoneの登場も大きかったと思いますが。

渡辺志保

―そうした動きの中で、アイコンとなったアーティストなどもいたんですか?

渡辺:ソウルジャ・ボーイ(Soulja Boy)の大ヒットは、私は大きかったと思います。ソウルジャ・ボーイの“Crank That”(2007年)は、みんなでおそろいの「スーパーマンダンス」と呼ばれる振り付けを踊っているMVなんですけど、これが口コミでヒットになりました。彼はサングラスの黒い部分に修正ペンで自分の名前を書くとか、ファッションも奇抜だったんです。しかも、ミシシッピに住むティーンエイジャーがインディペンデントで作った楽曲とMVということで、それもまた大きな要因だったかと思います。


ソウルジャ・ボーイ“Crank That”MV

『This Is Soulja Boy』プレイリストを聴く(Spotifyを開く

―ハハハ。

渡辺:決まった振り付けをみんなで踊るのは、昔からあるカルチャーですけど、それをよりポップでキャッチーに、しかもインスタントにやったのがこの曲で、今のムーブメントにも繋がるひとつの起爆剤になったと思っています。ソウルジャ・ボーイのブレイクとWSHHの誕生以降、MVの量は本当に爆発的に増えたと思います。

荏開津:ラップは音楽で、それはもちろん事実だけど、その始まりからラップと他のアートと繋がっていることを「ヒップホップの四大要素」といいますよね。私の尊敬するラッパー / アーティストの故ラメルジー(Rammellzee)は、自分はブレイクダンスの技についてラップできたことが特別だったんだと語ってくれたことがあります。そうやってダンスとラップが繋がっているように、ラップは、街に逸脱してしまった絵画というかいわゆる「グラフィティ」にも繋がってるし、映像とも繋がっている。

その昔ニューヨークのポルノ映画館でカンフー映画が上映されてなかったら、ウータン・クラン(Wu-Tang Clan)の世界観はない。でもそれを偶然だとは思いません。マーケティングで差別されてそういう映画館に回された香港映画が、アフリカン・アメリカンの人たちの美学に影響を与えたのは、目の前にあった取るべきものを手に取って武器にしたということだと思います。

今ではビジュアルで曲の世界観を表現するものとして、MVの存在が大きくなったんでしょうね。ラップに関して、特にその影響は大きかったと思います。実は1990年代半ば以降ラップの成功や世界とMVは切り離せません。


RAMMELLZEE: It's Not Who But What | Documentary | Red Bull Music

ラメルジー『Cosmic Flush』を聴く(Spotifyを開く

渡辺:たしかにそうですね。

荏開津広

荏開津:そしてストリーミングの時代になって、改めてMVの重要性を感じています。ストリーミングの時代には、アルバムやシングルの従来のジャケットがサムネイルのアイコンになりましたが、その替わりにビジュアル面ではビデオのほうがそのアーティストや楽曲の世界観が色濃く伝わるので、MVがアートになっていますね。MVだけでなく、短時間で見られる映像がラップと今最も密接に繋がった視覚的表現になっているのでしょう。リリックビデオもいつのまにか一般的なものになりましたし、勝手にマッシュアップしてる人も今ではとても多いですし。良い悪いではなくそれもひとつのカルチャーとして盛り上がっている。

渡辺:そうですよね。アーティストも、今やInstagramのストーリーズやライブ機能を駆使して情報発信していますし、テキストではなく短い映像が最も親しみやすくユーザーにリーチしやすいメディアなんでしょうね。2020年からビルボードのアルバムチャートもYouTubeの再生回数を集計に入れることになったので、ますますMVの存在感が増していくんじゃないでしょうか。

学生などの若いリスナーと話しているとハッとすることがあるんですが、彼らにとっては、MVを主軸にして音楽を聴くのは普通のことなんですよね。YouTube上だけで音楽をディグることも珍しくないから、MVが存在しない曲は彼らにとって存在しないも同然というか。私にはそれが、カルチャーショックでもあるんですが、だからこそ今後ますます重要になっていくのは間違いなさそうですね。

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プロフィール

荏開津広(えがいつ ひろし)

執筆 / DJ / 京都精華大学、東京藝術大学非常勤講師、RealTokyoボードメンバー。東京生まれ。東京の黎明期のクラブ、P.PICASSO、MIX、YELLOWなどでDJを、以後主にストリート・カルチャーの領域で国内外にて活動。2010年以後はキュレーション・ワークも手がけ、2013年『SIDECORE 身体/媒体/グラフィティ』より、ポンピドゥー・センター発の実験映像祭オールピスト京都ディレクター、日本初のラップの展覧会『RAP MUSEUM』(市原湖畔美術館、2017年)にて企画協力、Port Bの『ワーグーナー・プロジェクト』(演出:高山明、音楽監修:荏開津広 2017年10月初演)は2019年にフランクフルト公演好評のうちに終了。翻訳書『サウンド・アート』(フィルムアート社、2010年)、『ヤーディ』(TWJ、2010年)。オンラインで日本のヒップホップの歴史『東京ブロンクスHIPHOP』連載中。

渡辺志保(わたなべ しほ)

音楽ライター。広島市出身。主にヒップホップ関連の文筆や歌詞対訳に携わる。これまでにケンドリック・ラマー、A$AP・ロッキー、ニッキー・ミナージュ、ジェイデン・スミスらへのインタヴュー経験も。共著に『ライムスター宇多丸の「ラップ史」入門」(NHK出版)などがある。block.fm「INSIDE OUT」などをはじめ、ラジオMCとしても活動中。

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