TK from 凛として時雨が語る、B'z稲葉浩志との共作「この瞬間を一生覚えておく」

TK from 凛として時雨がB'zの稲葉浩志をゲストボーカルに迎えたシングル『As long as I love / Scratch (with 稲葉浩志)』を発表した。TKにとってB'zは「音楽活動をするうえで自らの血肉となったアーティスト」であり、念願叶ってのコラボレーション。稲葉が国内のロックミュージシャンの楽曲に参加することはレアケースだが、“As long as I love”では歌詞もTKと共作するなど、真摯に制作に向き合ったことが伝わってくる。

そこで今回KompassではTKへの単独インタビューを実施。驚きのコラボレーションが実現した経緯から、「一生の宝物になった」という稲葉との濃密な楽曲制作・レコーディングまでを、じっくりと語ってもらった。

「ダメ元」だった最初のオファー。驚きのコラボレーションはどんな経緯で実現した?

―まずは今回のコラボレーションが実現した経緯を教えてください。

TK:もともとは去年リリースした『egomaniac feedback』で他のアーティストとのコラボレーションを考えたときに、自分が普段聴いてるとか、「この人の声素敵だな」と思うアーティストだけでなく、自分の音楽的なDNAに深く根づいてる人にオファーをしてみようと思ったことがきっかけです。その相手が稲葉さんだったんです。

TK from 凛として時雨のベストアルバム『egomaniac feedback』を聴く(Spotifyを開く)。ディスク2にはCharaやSalyu、suis(ヨルシカ)、miletといったさまざまなアーティストとのコラボ曲が収録されている

TK:タイミング的に、ちょうど稲葉さんとMr.Childrenの桜井(和寿)さんの対談がYouTubeで公開されたころでした。対談はボーカリストとしてもいちファンとしてもすごく面白かったし、桜井さんはときどきああいったメディアにも出ている印象があるんですけど、稲葉さんはあまりその印象がなかったので、ちょっと意外でもあって。

稲葉浩志のオフィシャルサイト「en-zine」のスペシャルコンテンツとして公開された、稲葉とMr.Children桜井和寿の対談

TK:さらに、そのころ松本さんがLiSAさんに曲を書いていたり、B'zのサブスク解禁もあったり、コロナ禍ということもあって、いままでにない動きを精力的にしているように見えたんです。もしからしたらこのタイミングなら楽曲を聴いてもらえるかもしれないと思い、ダメ元でオファーをさせていただきました。その後一度実際に会ってお話しして、「一度制作を一緒にやってみましょう」ということになりました。

TK from 凛として時雨
凛として時雨のフロントマンでボーカル&ギター。全作曲、作詞、エンジニアを担当し、鋭く独創的な視点で自らの音楽を表現している。2012年にリリースした“abnormalize”は、アニメ『PSYCHO-PASS サイコパス』主題歌としても話題に。ソロプロジェクト「TK from 凛として時雨」では、ピアノ、ヴァイオリンを入れたバンドスタイルから、単身でのアコースティックまで幅広い表現の形態をとっている。2021年11月にSpotify日本上陸5周年の節目に発表された各種ランキングのなかで、2014年にリリースされアニメ『東京喰種 トーキョーグール』のオープニングテーマとなった“unravel”が「海外でもっとも再生された日本の楽曲ランキング」で1位を獲得し、累計2億回再生を突破。2019年には、アニメーション映画『スパイダーマン:スパイダーバース』の日本語吹替版の主題歌に起用されるなど、海外からの高い評価も獲得している。2021年、ソロプロジェクト始動から10年を記念してベストアルバム『egomaniac feedback』をリリース。milet、斎藤宏介(UNISON SQUARE GARDEN / XIIX)とのコラボ楽曲が話題を呼んだ。日本において絶大な人気を誇るアイドルSMAPへの楽曲提供や、Aimer、安藤裕子などアーティストへの楽曲提供も行ない、幅広く活躍している。

―稲葉さんと桜井さんの対談はぼくもよく覚えていて、特に稲葉さんが最後に「もっとミュージシャンとして広がりたい」とおっしゃっていたのが記憶に残っています。実際その後にMr.ChildrenとGLAYを招いてのライブイベント『B'z presents UNITE #01』がありましたし、さらには今回のTKさんとのコラボレーションと、本当に新しいチャレンジが続いている印象です。

TK:これまで稲葉さんが他の人がつくった曲を歌うことはほとんどなかったと思いますし、もしB'zの長いツアーがあったりしたら、もちろん実現していなかったはずで。ぼくが球を投げたタイミングと、向こうにちょうど余白があったタイミングとが、たまたま重なったんだと思うんですけどね。

―いろんなタイミングが合致したからこそ、現実のものになったと。

TK:やっぱり稲葉さんはギターに耳がフォーカスする人だと思うんです。それは松本さんと一緒にやってるからっていうのももちろんあるし、スティーヴィー・サラスとも一緒にやったり、ソロでやるときもDURANくんがいたり、普通のギタリストじゃない人を選ぶ印象があって(笑)。

INABA / SALAS『Maximum Huavo』を聴く(Spotifyを開く

TK:なので、今回に関しても「なんかちょっと変なギター弾くな」とぼくの音楽に引っかかってくれた部分もあるのかなって(笑)。

もちろん、稲葉さんはなんでもいいからコラボをやりたいと思っていたわけではないと思うんです。いまぼくがやってる音楽のスタイルは全然違うんですけど(笑)、もともとB'zを熱心に聴いていたぼくがつくる楽曲に対して、なにかを感じ取ってくれたのかもしれません。そこから本格的にコラボがスタートしたような印象でした。

「どれだけプレイが激しくても、ポップに聴こえるものが好き」。現在も楽曲制作に生きている高校生のころの体験

―リリースのアナウンスがあったときに、TKさんは「自分の部屋に籠りながら、無我夢中で弾いていたB'z」というコメントを出されていますが、これはいつごろのことなのでしょうか?

TK:楽器を触り始める前に、最初にB'zを聴いたのは小学生のころで、楽曲で言うと、“ALONE”とか“もう一度キスしたかった”のころ。

―アルバムで言うと『IN THE LIFE』ですね。

B'z『IN THE LIFE』を聴く(Spotifyを開く

TK:そうですね。父親がテープに録音してくれたのを聴いてたんですけど、ものすごく好きだったんですよ。ちょっと暗めというか、刹那的な楽曲も多かった印象で、開けた感じというよりも、少し陰のあるポップさみたいなものが、自分的に引っかかったんだと思うんです。

その後、高校生のときにギターを始めて、LUNA SEAやGLAYも聴くようになったなかで、あらためてB'zを「ギター」という視点で聴くようになって。そのころは“Calling”や“Brotherhood”を発表していた、“ultra soul”よりも少し前の時期で、B'zがよりソリッドなバンドサウンドを鳴らしていたタイミングだったと思うんです。

B'z『Brotherhood』を聴く(Spotifyを開く

―B'zは生のバンドサウンドを重視する時期と、打ち込みを多めに入れる時期とが交互にあって、『Brotherhood』の時期は特にバンドサウンド重視でしたね。当時は松本さんのギターのどんな部分に惹かれたのでしょうか?

TK:やっぱり松本さんのギターは音色がものすごく特徴的ですよね。高校生だと「どれだけ速いか」という尺度でギターを語りがちで、クリス・インペリテリとかイングヴェイ(・マルムスティーン)が速いとかそういう話題ばっかりのころで(笑)。

でも松本さんのギターはパッと聴いて、「この音、松本さんだな」というのがわかるのが一番の魅力だし、あのメロディーセンスは誰にも真似できない——こういう分析的な話は、いまだからできることではありますが。ただ、SUGIZOさんとかも含め、「パッと聴いて、すぐにその人だってわかる」みたいな人を学生時代から結果的に追いかけていたなと思います。

松本孝弘『Bluesman』を聴く(Spotifyを開く

―松本さんのギターはもちろん高度なテクニックがベーシックにあったうえで、やはり独自のトーンが魅力で、だからこそ世界的にも評価を獲得しているわけですもんね。

TK:当時はまだバンドもやっていなかったので、とにかくギターがかっこいい音楽を聴いて、自分でも弾いてみるっていう感じで。新譜が出るときには、「どうか弾けないソロが来ませんように」と思ったりとか(笑)。そういうギターキッズ的な気持ちは強かったので、凛として時雨で曲をつくるときも、ギターの要素は自然と意識していますね。

これまでの活動を通じていろんな経験をしてきましたけど、やっぱりギターを始めたての高校生のころの記憶はものすごく焼きついていて、まっさらな気持ちで曲をつくろうと思っても、あのころの気持ちがつねに添えられているような、そんな感じがあります。

―じゃあ、当時は松本さんのような、ハードロック的な速弾きもしていたんですか?

TK:いや、コピーしようとはしたんですけど、速弾きは全然できなくて(笑)。

―TKさんのギターもテクニカルですけど、ハードロック的な速弾きとは違いますもんね。

TK:ぼくの居場所はここじゃないなって(笑)。ただ、松本さんはもちろん、LUNA SEAのSUGIZOさんやINORANさん、L'Arc~en~CielのKenさんとか、自分が好きな人は全員ポップに聴こえたんですよね。

どれだけプレイが激しくても、歪んでいてもポップに聴こえるものが好きだったので、その感覚はいまもギターに対して一番重要視している部分です。ぼくのギターは難しく見えることもあるとは思うんですけど、「テクニックがすごい」というよりは、とにかく自分にしか弾けないフレーズを追い求めた結果としていまがあって。その背景には、高校生のころの経験があると思いますね。

TKと稲葉の楽曲制作の裏側。ゲストボーカルだけでなく、曲の構成にもアイデアをくれる予想外の展開に

―今回“As long as I love”と“Scratch”が両A面シングルとしてリリースされたわけですが、実際の曲づくりはどのように進んでいったのでしょうか?

TK from 凛として時雨“Scratch (with 稲葉浩志)”Trailer

TK:最初は“Scratch”のデモをお送りしました。基本的にはぼくが自由に進めつつ、要所要所で「ここのキーどうですか?」みたいなことを確認して、そうすると稲葉さんが3パターンくらい考えて送ってくれたりとか、そういうやりとりがものすごく速かったんです。そこで時間がかかると鮮度が落ちて、結果的にできるものがちぐはぐになってしまうこともあるんですけど、バンドメンバーくらいのスピード感で非常にスムーズでした。

TK from 凛として時雨“Scratch (with 稲葉浩志)”を聴く(Spotifyを開く

―TKさんが稲葉さんとコラボするにあたって、最初にイメージしたのが“Scratch”のようなバラードだったのでしょうか?

TK:いえ、そういうわけでもなく、最初に4曲くらいつくって気に入ったものを送ろうと思い、それが結果的に“Scratch”の原型になったデモでした。

ただ、最初は「凛として時雨やB'zの音楽との対比をつくりたい」という気持ちが多少あったかもしれないです。ギターでジャンジャン鳴らしちゃうと、「凛として時雨やB'zと比べてどうか」という見られ方になってしまうかなと、頭でっかちに考えていた部分もありましたね。

でもそこから“Scratch”の制作を進めていくなかで、「稲葉さんとTKの組み合わせなら、激しいのも聴きたかった」と思う人もいるだろうなと思いはじめました。何より自分自身が聴きたいのが一番ですが(笑)。そこで、「激しいのだとしたら、なにかイメージありますか?」って、稲葉さんに聞いたりもして。

そうしたら、「こんな感じでギターのイントロから始まって、そこにユニゾンで歌が乗っかる感じはどうですか?」というアイデアをもらったので、“As long as I love”はギターと歌のユニゾンっぽい感じでスタートしてるんです。

TK from 凛として時雨“As long as I love”を聴く(Spotifyを開く

―アレンジ面にも稲葉さんのアイデアが入っているんですね。

TK:しかも、「歌を入れてみてください」って、カラオケ音源を送ったら、稲葉さんのほうでエンジニアさんと構成を組み替えて提案として送り返してくれて。「こんなことまでしてくれるんだ」ってびっくりしつつ、稲葉さんが求めている部分をそこから汲み取って、それを採用させてもらったりもしました。

でも、そういったアイデアを提案してくれるときも全然押しつけがましいわけじゃなく、よりよいものにするための意見交換をフラットにさせていただけて。ゲストボーカルが構成にアイデアをくれることってあんまりないですけど、一緒に制作してる気持ちになってくれたんだろうなと思いました。

―稲葉さんが「お話をいただいたときはTKと一緒にどんなものをつくれるか自分でも予想がつかず、とにかくお互いに納得できる面白いものができたなら発表しましょうという前提でスタートしたプロジェクトでした」とコメントしているように、やるからにはただ乗っかるだけではなく、コラボレーションの意識を持っていたんでしょうね。

TK:そうですね。ぼくに合わせてくれた部分もあったと思うんですけど、その温度感が本当にちょうどいいというか、つねに熱い想いとともに余裕があって、「こういう大人になりたい」と思いました(笑)。あれほどのキャリアがある方にもかかわらず謙虚な姿勢で、本当に「北嶋(TKの本名)という人間と稲葉さんという人間がゼロからただ音楽をつくっている」というだけの、ナチュラルなストーリーがそこにあったんです。

これが本来の自然な制作のあり方だと思うんですけど、なかなかそうはいかないことも多いなか、本当にお互いゼロからキャッチボールをして、つくりたいものをつくれた感じがしました。

TKが稲葉に感じたボーカリストとしての凄味。「深みをまとっているのに、超一線級の抜け方をしてくる」

―実際に一緒にレコーディングをしてみて、ボーカリストとしての稲葉さんをどのように感じましたか?

TK:間近で聴いて、真空管をまとったモンスターみたいな声だなって(笑)。もちろん、年齢を重ねるなかで、「声が変わってきた」というのは稲葉さんご本人がおっしゃっていて、特にああいう地声を張り上げるタイプは変化が見えやすいから、どこかでガクンと出なくなることもあると思うんです。

でも稲葉さんの場合は、声質がちょっと変わってきたとしても、昔にはなかった魅力がプラスで乗っていて。「深み」をまとっているのに、超一線級の抜け方をしてくる。やっぱりその変化のしかたもものすごいなと思いましたね。

稲葉浩志

―隣に並ぶことで、自分のボーカルに対して思うことも当然あったかと思います。

TK:ぼくの歌い方もかなりリスキーだとは思うんです。声帯がもともと強いので、風邪をひかなければ喉を壊すこと自体はあんまりないんですけど、とはいえこの歌い方だとどこかで壁が来ると思うし、つねに壁を感じてはいて。『egomaniac feedback』でUNISON SQUARE GARDENの斎藤(宏介)くんやmiletさん、阿部芙蓉美さんとレコーディングをしたときもそうだったんですけど、目の前で歌っているのを聴いて、自分に足りないものを明確に痛感する、その連続なんです。

でも稲葉さんがあのスタイルでずっと続けていて、それを間近で見ることができたのは、ものすごく刺激になりました。まだまだ進化できるんだなって。ジャンルは全然違うけど、イチローさんとか一流のアスリートにも通じる精神的な強さやストイックさも感じて、まだまだ自分がなにかのせいにしてはいけないなと。

―たしかに、稲葉さんのボーカルにはアスリート的な感動もありますよね。ちなみに、キーに関してはどんなやりとりがありましたか?

TK:最初につくったデモから下げたりといろいろ試したのですが、メロディーをアレンジして元のキーに落ち着きました。なので、ぼくの音楽を普段から聴いてくれてる人は、“Scratch”はちょっと低いと感じたと思うんですけど、コラボレーションの相手にキーを合わせたときに、そこで自分の質感を残せるか、いままで見せられていない魅力を出せるかというのもチャレンジでした。

逆に稲葉さんにとっては、“As long as I love”みたいな裏声は普段そんなに使わないと思うし、やっぱり普段のレンジとは違ったと思います。でもそれで自分のスタイルを崩すことなく、稲葉さんのテイストで成立させていたので、そこは本当にすさまじい対応力を目の当たりにしました。

TK from 凛として時雨“As long as I love”MV

「もっといいやり方があるかもとつねに考えている」。楽曲の高みを求め続ける2人の共通認識

―ギターに関しては、どんなやりとりがありましたか?

TK:“Scratch”にギターソロがあって、結構グイグイ弾いてるので、「稲葉さんの声にギターソロを絡ませるなんて、松本さんをイメージしてると思われたら困るな」と思って(笑)、最初はあくまで仮だったんですけど、稲葉さんがそのソロを気に入ってくれて。そこからもうちょっとブラッシュアップして、いまの形になりました。

―あのギターソロのパートには稲葉さんのフェイクも乗っていて、めちゃめちゃかっこいいですよね。

TK:「フェイクをお願いします」って直接言うのもどうかなと思いつつ……あそこはそのままお願いしました(笑)。稲葉さんは、やっぱりスタジオ内で求められているものを掴みとるスピードが速かったですね。「一回考えてみます」と持ち帰ってしまうタイプの方も多いと思うんですけど。

稲葉さんの、その場でパッと対応する反射神経は、長く第一線で活動されているからこそだなと感じました。それでいて、すべてがいままでに開けたことのある引き出しではなくて、新しいものを吸収したうえでアウトプットしてくれてる感じがしたんです。

レコーディングでは、「自分の声が楽曲に合ってるかどうか」はすごく気にされていました。「合ってないな」と思ったら、何回もやり直したり。つねに「どうしたら楽曲がよりよくなるか」をぼくと同じくらい考えてくれて。

同じ目線に合わせて、「もっといいやり方があるかも」とつねに考えてくれたからこそ、「どこがいまいち」という共通認識が生まれやすかったんです。共通認識ができると、前に進めやすい状態になれる。なんとなく「いいですね」とノリで進むわけではなくて、すべてのやりとりに魂が宿っている。稲葉さんとの作業はその点、ものすごくやりやすかったですね。

どちらの曲の歌詞にも「傷跡」という言葉があるのはなぜ?

―歌詞は“Scratch”がTKさんで、“As long as I love”が稲葉さんとTKさんの共作となっていますが、どのように進めていったのでしょうか?

TK:まず“Scratch”をぼくが書いて、“As long as I love”に取り掛かるときに、「稲葉さんに歌詞を書いてもらうことってありですか?」という話を、たしかマネージャーにもいわずに直接聞いたと思います。そうしたら快諾してくださって。

そこからホントに速いスピードで稲葉さんが歌詞を入れて歌ったデモが届いて。あんまり歌詞の意味を聞くのは好きじゃないんですけど、一緒につくるからには認識の違いがないように、「ここにこういう意味でつけ足してもいいですか?」などと聞きながら、アレンジしていきました。

大方できたらあとは実際に録りながら、その場でも変えていって、どんどん変化していく様も面白かったです。意味も大事にしながら、歌った質感によっても言葉やメロディーを変えていったのは、まるで生き物を相手にしているようでした。

―どちらの曲にも「傷跡」という言葉が出てくるのは、最初に“Scratch”ができて、それを受けて“As long as I love”を書いているからですか?

TK:“Scratch”のデモは最初、タイトルがないまま送っていて。稲葉さんが歌を入れて返してくれたときに、仮タイトルが“Scratch”になってたんです。それは向こうのエンジニアさんが「デモ」とか「お試し」みたいな意味合いでつけていたみたいなんですけどね。

でも、そのタイトルはいいなと思いました。それで、“Scratch”はもともとカードゲーム『マジック:ザ・ギャザリング』のアニメーショントレイラーで使われることが決まっていたので、そのストーリーと「傷跡」という言葉を結びつけて歌詞を書いたんです。

そうしたら、稲葉さんももう一曲を“Scratch”というタイトルで書いていて、2曲とも“Scratch”になっちゃって(笑)。そこから稲葉さんが少し書き直してくれて、“As long as I love”になったんですけど、「傷跡」という歌詞はそのまま残って。結果的に、同じ言葉をもとに別軸から書いたような形になったんです。

「レコーディングをしている最中から、この瞬間を一生覚えておかないといけないと思っていました」

―“Scratch”の歌い出しは<いつかこの指も いつかこの声も>で、これはやはり稲葉さんとのコラボレーションを意識して書かれているわけですよね?

TK:そうですね。冒頭は最初からイメージとしてあったのですが、やっぱり『マジック:ザ・ギャザリング』の存在も大きかったです。映像の尺が3分半あるんですが、アニメの主題歌で90秒の映像がつくことはあっても、3分半のアニメーションがつくことはなかなかない。それに、映像のストーリーもしっかりしていたから、だったら歌い出しやサビなどの重要な部分はストーリーに寄り添おうと決めました。

トレーディングカードゲーム「マジック:ザ・ギャザリング」『神河:輝ける世界』日本発アニメーショントレーラー。映像を担当したのは、凛として時雨のMVも担当しているmaxilla

TK:でもそのなかにぼくと稲葉さんらしさを入れたくて、「いつかは消えてしまうけど、傷跡が永遠に残るように、ぼくたちは音楽家として、永遠に残るものを紡いでいける」というテーマを重ねて書いたんです。

―“As long as I love”の<忘れられない日々 忘れたくない光 精一杯この瞬間に喰らいついて>という歌詞も同じテーマを歌っているように感じます。

TK:同時に近い質感で書いたようなところはあると思います。かねてから稲葉さんの歌詞は「人間」や「愛」というものが浮き彫りになる言葉が素敵だなと思っているのですが、今回もそこがむき出しになっていると思いました。弱い部分も書きながら「それでも前を向いていかなきゃしょうがない」というニュアンスが根っこにあるというか。そこに自分のテイストも加えて、弱い部分はもっと弱く、強い部分はもっと強くしたりすることで、面白い歌詞になったと思います。

―最初に「B'zの曲から刹那的な部分を感じた」というお話もありましたけど、今回の歌詞からもそれは感じられるし、もう少し言えば「満たされなさ」みたいな部分がお二人の共通点のようにも感じて。辿り着きたいミュージシャンとしての理想はあるけど、そこにはなかなか届かない。でもそれこそが音楽に向き合い続ける原動力になっている。その感覚がお二人は似ているような気がしたんです。

TK:稲葉さんって、歌詞のなかに熱量だったり剥き出しの感情がすごいあるじゃないですか? でも普段接しているなかでは、ものすごく冷静な方で。コメントとしていただいた言葉(「TKは非常に耳が良く、頭も柔らかく、アイデアも豊富で、何より楽しい会話のできるミュージシャンです」)にもすごく感動したんですけど、あんなふうに思ってくれていたなんてぼくは全然気づいていませんでした。脳内の熱量が、言葉にしたときに、言霊のように出てくる人なんだろうなって。

さっき言ってもらった「満たされなさ」みたいなものって、ぼくはよく口にしていますけど、稲葉さんはそういうことを口にしている印象はないし、ライブのMCもそういう感じではないと思います。でも歌詞のなかにはどこか刹那的な稲葉さんがいて、秘めた熱さがすごく表れている。本当に魅力的な音楽家だなって、一緒に制作をさせていただいてあらためて思いました。

―TKさんのキャリアのなかで、今回のコラボレーションにはどんな意味があったと思いますか?

TK:なかなかこんな機会はないですし、レコーディングをしている最中から、この瞬間を一生覚えておかないといけないと思っていました。音楽への扉を開けてくれた音楽が、いまこうやってひとつになって新たな扉を開けようとしている——これは他のどんな感情にも代えられません。稲葉さんと一緒に楽曲をつくっている感覚は、今後一生自分が音楽をつくるうえで宝物になるし、何度も思い返すだろうなって。それくらい、自分にとってかけがえのない時間でしたし、楽曲だけでなく、すごく大切なものを得られたような気持ちになりました。

―消えない傷跡が残りましたか?

TK:永遠に遺る傷跡ですね。

リリース情報
TK from 凛として時雨
『As long as I love / Scratch (with 稲葉浩志)』

2022年3月16日(水)発売
価格:1,430円(税込)
AICL-4218

プロフィール
TK from 凛として時雨

凛として時雨のフロントマンでボーカル&ギター。全作曲、作詞、エンジニアを担当し、鋭く独創的な視点で自らの音楽を表現している。

2012年にリリースした“abnormalize”は、アニメ『PSYCHO-PASS サイコパス』主題歌としても話題に。ソロプロジェクト「TK from 凛として時雨」では、ピアノ、ヴァイオリンを入れたバンドスタイルから、単身でのアコースティックまで幅広い表現の形態をとっている。

2021年11月にSpotify日本上陸5周年の節目に発表された各種ランキングのなかで、2014年にリリースされアニメ『東京喰種 トーキョーグール』のオープニングテーマとなった“unravel”が「海外でもっとも再生された日本の楽曲ランキング」で1位を獲得し、累計2億回再生を突破。2019年には、アニメーション映画『スパイダーマン:スパイダーバース』の日本語吹替版の主題歌に起用されるなど、海外からの高い評価も獲得している。

2021年、ソロプロジェクト始動から10年を記念してベストアルバム『egomaniac feedback』をリリース。milet、斎藤宏介(UNISON SQUARE GARDEN / XIIX)とのコラボ楽曲が話題を呼んだ。日本において絶大な人気を誇るアイドルSMAPへの楽曲提供や、Aimer、安藤裕子などアーティストへの楽曲提供も行ない、幅広く活躍している。



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「Kompass」は、ネットメディア黎明期よりカルチャー情報を紹介してきたCINRA.NETと、音楽ストリーミングサービスの代表格Spotifyが共同で立ち上げた音楽ガイドマガジンです。ストリーミングサービスの登場によって、膨大な音楽ライブラリにアクセスできるようになった現代。音楽の大海原に漕ぎだす音楽ファンが、音楽を主体的に楽しみ、人生の1曲に出会うガイドになるようなメディアを目指し、リスニング体験を交えながら音楽の面白さを紹介しています。

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