「私以外私じゃないの」の精神で、やりたいことをやる。音楽家・川谷絵音の仕事を紐解く
いま現在、川谷絵音ほど多作でワーカホリックな作家は他にいないと言ってもいいかもしれない。indigo la End(以下、インディゴ)とゲスの極み乙女。(以下、ゲス乙女)の活動を軸としつつ、DADARAYの楽曲をすべて手掛け、ジェニーハイとichikoroにもメンバーとして参加。ソロプロジェクト「美的計画」もスタートさせ、最近ではスピードワゴンの井戸田潤によるハンバーグ師匠の楽曲を手掛けたかと思えば、坂本真綾のアルバムにも参加と、そのふれ幅の広さも含め、尽きないクリエイティビティには改めて恐れ入る。
ただ、彼は決して「職業作家」ではなく、楽曲提供の際も「相手(人にしろ、作品にしろ)の良さを引き出す」というよりも、「私以外私じゃないの」の精神で、「やりたいことをやる」というスタンスを貫き、そこで起こる化学反応を楽しんでいるようにも見える。このスタンスに加えて、「チーム川谷」とも言うべき、優れたミュージシャンが彼の周りに存在することによって、驚異的なペースで楽曲を量産できるのだと言えよう。
「川谷絵音Works」プレイリスト
川谷絵音を「ポップス」と「オルタナティブ」の二軸から解き明かす
川谷の作風を簡潔に言葉で表すなら、それは「ポップス」と「オルタナティブ」の二軸だと言えよう。
「ポップス」に関しては、インディゴのバンド名の由来であり、先日放送された『関ジャム 完全燃SHOW』(テレビ朝日系)でも愛情を熱く語っていたスピッツや、近年国外でも再評価著しい山下達郎などが代表的な影響源となっている。もともとオリコンのランキングを逐一チェックするチャートマニアだったというだけあって、根幹にあるのはやはり「J-POP」だ。
そして、彼が以前インタビューで語ってくれた中でよく覚えているのが、子供の頃に『速報!歌の大辞テン』(1996年から2005年まで放送されたテレビ番組。今週のヒット曲と、過去の同時期のヒット曲を交互に紹介するのが特徴)をよく見ていて、最初は「新しい曲だけでいいのに」と思っていたのが、気づけば昔のヒット曲にもハマっていたというエピソード。彼の作る歌詞やメロディーにどこか歌謡曲的な雰囲気があるのは、こうしたリスナーとしての体験が背景にあり、それが世代を問わず多くの人を惹きつける要因になっている。
一方、「オルタナティブ」の影響源に関しては、ロックバンドにハマるきっかけになったというゆらゆら帝国を筆頭に、川谷作品の多くでエンジニアを務めている美濃隆章が所属するtoe、インディゴの主催イベントで共演しているTHE NOVEMBERSやPeople In The Boxなどが代表的。ここで重要なのは、芸術表現やカウンター精神の発露としての「オルタナティブ」にはシンパシーを覚えつつ、決して「アンダーグラウンド」をよしとしてはいないということ。
どんなエッジーなアレンジの楽曲であっても、ポップなメロディーの力でそれを「オーバーグラウンド」に転換することこそが、彼の信条なのである。その意味で言えば、まさにスピッツというバンドはその先駆者であり、アウトプットの形こそ違えども、「ポップス」と「オルタナティブ」を軸にしているという点において、やはり川谷の指標はスピッツだと言っていいのではないだろうか。
海外のトレンドに目配せをすることで、つねにアップデートされ続ける楽曲
「ポップス」と「オルタナティブ」を軸にしながら、一音楽ファンとしての感覚で、つねに海外のトレンドにも目配せをしているからこそ、彼の楽曲はアップデートを保っていられる。なおかつ、それが「寄せる」とか「取り入れる」といった小手先のやり方ではないこともポイントだ。
例えば、ゲス乙女のライブでの定番曲である“キラーボール”という曲。
ゲスの極み乙女。“キラーボール”を聴く(Spotifyを開く)
この曲の存在によって、ゲス乙女も一時期は「4つ打ちロック / フェスロック」という括りに入れられたりもしていたが、この曲のモチーフとなっていたのは北アイルランド出身のTwo Door Cinema Clubで、一世代上のサカナクションが当時の海外のエレクトロを日本語のポップスとして鳴らそうとした感覚に近いと言える。「フェスで盛り上がる」を理由に、4つ打ちを取り入れたバンドが一時期のブームを経て、勢いを失って行った中にあって、ゲス乙女が今もフェスのメインステージに立ち続けている背景には、明確な目線の違いがある。
Two Door Cinema Club“”What You Know”を聴く(Spotifyを開く)
そして、2010年代における海外のトレンドといえば、それはやはりヒップホップ、R&B、ファンク、ジャズといった広義の「ブラックミュージック」であり、それが日本における「シティポップ」のブームとも紐づくわけだが、ゲス乙女というバンドはそもそも結成当初から「プログレヒップホップ」を名乗り、ジャズの要素も多分に含んだバンドであった。名称自体はある種のジョークだったと思われるが、2010年代におけるジャンルの融解をリスナーとしての肌感で理解していたのは重要なことだ。
リズムの構築や声ネタの使い方などに「トラップ以降」を感じさせる折衷的なトラックメイクを基調としたゲス乙女の“ドグマン”をはじめ、近年の川谷ワークスにビートミュージック的な楽曲が少しずつ増えているのも、こうした背景を考えれば自然なこと。
ゲスの極み乙女“ドグマン”を聴く(Spotifyを開く)
一時期までは、国内における「フェスロック」の流れと、「シティポップ」以降の流れには断絶があったように思うが、そのミッシングリンクとなったのが、ゲス乙女やインディゴだったと言ってもいいのでは。TikTokに端を発する、AOR的な“夏夜のマジック”の再評価にしても、川谷の楽曲のポップスとしての強度を証明すると同時に、こうした文脈でも捉えることができるはずだ。
Indigo la End“夏夜のマジック”を聴く(Spotifyを開く)
ichikoro、美的計画、SMAPなど、川谷のフックアップする / される力
川谷の「フックアップする力 / される力」についても言及しておきたい。SNSの時代となり、「個人」としての音楽家がクローズアップされ、ジャンルや知名度の差を越えて才能のあるもの同士が繋がり、コラボレーションをするようになったのは近年の世界的な傾向であり、川谷もまたそんな時代を体現する作家であると言える。
象徴的なのは、ギタリストのichikaをいち早くピックアップし、インストバンドichikoroを結成したこと。instagramやYouTubeへの動画投稿を特徴とする「SNSギタリスト」を代表する一人として、国外にも多数のフォロワーを抱えるichikaは、現状の日本の音楽シーンではオルタナティブな存在でありつつ、「次代のギターヒーロー」ともいえ、すでに海外の著名なアーティストとコラボレーションをし、先日は「(The Whoの)ピート・タウンゼントがファンだよってメッセージをくれた」というichika自身のツイートも話題に。ichikoroの存在は、今後その重要性をさらに増していくはずだ。
また、曲ごとに異なるボーカルを迎えるというソロプロジェクト「美的計画」の第一弾“KISSのたびギュッとグッと”では、川谷がTwitterで突如開催した弾き語り企画で選ばれた、世間的にはほぼ無名のシンガーソングライター「にしな」を抜擢。こうしたフットワークの軽さも、作家としての魅力に繋がっていると言える。
美的計画“KISSのたびギュッとグッと”を聴く(Spotifyを開く)
一方、川谷自身がフックアップされる機会も多く、SMAPにアルバム『Mr.S』収録の“アマノジャク”と“好きよ”、シングル“愛が止まるまでは”を提供しているのに始まり、ジェニーハイにしても、お笑いサイドからのジャンルの垣根を越えたフックアップとも言える(そもそも、川谷が一時期芸人を志すほどのお笑い好きというのもあり)。
ジェニーハイ“シャミナミ”を聴く(Spotifyを開く)
最近では、声優・結城萌子の“さよなら私の青春”で川谷の詞曲を菅野よう子が編曲し、坂本真綾のニューアルバム『今日だけの音楽』には“細やかに蓋をして”を提供。こうしたフックアップにしても、やはり「やりたいことをやる」というスタンスで、作家としての色を強固にしてきたからこそ起こるのだ。
結城萌子“さよなら私の青春”を聴く(Spotifyを開く)
中間、ノンジャンル、曖昧さ。一面的な言葉では表せない川谷の音楽
最後に、川谷の楽曲に通底する感覚を言葉にするならば、それは「中間」ではないかと思う。「ポップス」と「オルタナティブ」の中間というのもそうだし、ノンジャンル的な感性もそう。「曖昧さ」と言ってもいいかもしれないが、そこにこそ真のオリジナリティーが宿るという感覚は、彼の作品に共通しているように思う。
また、川谷は作品のタイトルをつける際、特別な理由は設けず、感覚的に決めると語っているが、ゲス乙女が本格的に世に出たタイミングのアルバムである『両成敗』(2016年)というタイトルは、SNSによって白と黒の二項対立が進み、大小様々な規模の分断が進んだ世相を見事に射抜くものでもあった。続く『達磨林檎』(2017年)にしても、「同じものでも、見方によって達磨にも林檎にも見える」という感覚は非常に現代的で、川谷がフェイバリットに挙げるRadioheadが前年にリリースした『A Moon Shaped Pool』とも感覚をシェアするタイトルだったように思う。
ゲス乙女の音楽性にしても、川谷は「泣きながら踊る感じ」と説明していて、一面的な言葉では表せないが、とにかく感情が溢れ出てしまう感覚にこそ本質があるという視点は、彼の音楽においてとても重要なものだ。そして、その感情はつねに何かしらの切なさや悲しさを伴うものであり、それを「ブルー」と表現するのではなく、中間色の「インディゴ」として表現することが、川谷絵音という作家の魅力なのではないかと思う。
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