長谷川白紙の楽曲を解剖 「リズム」「響き」「声」の3点から分析

長谷川白紙『エアにに』は、これまでの総決算にして、今後の飛躍に一層の期待がかかる快作

長谷川白紙がフルレングスとしては1作目となる『エアにに』を11月13日にリリースした。才能あふれる若手シンガーソングライターたちが次々と注目を集める現在、もっとも待望されていた作品のひとつだ。

長谷川白紙『エアにに』を聴く(Spotifyを開く

長谷川白紙の音楽を言葉で要約してしまうのはちょっと難しい。現代音楽、ジャズ、テクノ、ブレイクコアをDAWに放り込んでミックスしたようなトラックに溶け込む、なめらかなボーカル。さらには、ポリリズムや変拍子を随所に援用し、ポップミュージックでは耳慣れないようなコードやメロディーの動きをためらいなく響かせる。というと、いかにもハイブロウな印象を受けるかもしれない。しかし、そうしたリズムや響きの魅力の沼へとリスナーを引き込むポップなフックをそこかしこにちりばめるバランス感覚が抜群に冴えている。これが長谷川白紙が注目を集めてきた所以だろう。

Maltine RecordsからのEP『アイフォーン・シックス・プラス』(2017年)、初の全国流通盤となったミニアルバム『草木萌動』(2018年)を経た『エアにに』は、これまでで最も躍動感に富み、キャッチーなフレーズにも事欠かない快作となった。

長谷川白紙『草木萌動』を聴く(Spotifyを開く

『エアにに』には、新曲だけでなく、『アイフォーン・シックス・プラス』収録の“砂漠で”新録や、姫乃たまへ提供した“いつくしい日々”のセルフカバーも収められているから、ある意味「これまでの長谷川白紙」の総決算、とも言える。一方で、新曲はいずれも「これからの長谷川白紙」への期待をかきたてる変化を見せている。

本稿では、「リズム」「響き」「声」という3つのキーワードを設定し、『エアにに』の魅力に迫ってみようと思う。

『エアにに』の「リズム」ーー楽曲の姿かたちを自在に変化させるリズムの妙

先行配信もされた“あなただけ”は、ホーンが奏でる軽快なフレーズに導かれながらスウィングする、躍動感あふれるリード曲だ。キャッチーなメロディーは多分にシンコペーションを含んで、これでもかと裏拍を強調する。

長谷川白紙“あなただけ”を聴く(Spotifyを開く

もちろん単にシンコペートするだけであれば長谷川白紙のこれまでの楽曲にだっていくらでも例があるだろう。けれども、パーカッシブにスタッカートで刻まれるこのリズムの跳ね方には、如実に変化が感じられる。“あなただけ”のみならず、“風邪山羊”や“山が見える”でもシンコペーションが作りだす躍動感を存分に味わえる。特に“風邪山羊”は長谷川白紙の楽曲のなかでもファンク指数が図抜けて高いと思う。

長谷川白紙“風邪山羊”を聴く(Spotifyを開く

その変化は、前作に収録された“毒”や『エアにに』でその路線を引き継ぐと言える“o(__*)”と比べるとよくわかる。手数が多く刻みが多いカオティックな高速ブレイクビーツに対して、ボーカルのメロディーはもっとゆるやかに流れるように感じられる。

長谷川白紙“o(__*)”を聴く(Spotifyを開く

長谷川白紙“毒”を聴く(Spotifyを開く

個人的に、カオスのなかに浮遊するようなボーカル、というコントラストが長谷川白紙の魅力のひとつだと思っていた。それゆえに『エアにに』で聴ける、弾むように軽快なリズムはすごく新鮮に感じられたのだ。

とはいえ、単に「スウィングしていていいね」、あるいは「グルーヴィーだね」というにとどまらず、リズムのアクセントが表と裏を行き来した果てに、表と裏という対が溶け合ってしまうような瞬間に至るのが面白い。リズムを操り、楽曲の姿かたちを自在に変化させる長谷川白紙の持ち味がここにつながっている。

長谷川白紙“山が見える”を聴く(Spotifyを開く

シンコペーション以外でリズムから見て面白いのは、石若駿をドラムに迎えたポリリズム満載の“蕊のパーティ”や、ガバキック(ディストーションがかけられたキック音のこと)がカオティックなグルーヴのなかにガイドを刻み込んでいく“悪魔”の展開も面白い。

長谷川白紙“蕊のパーティ”を聴く(Spotifyを開く

『エアにに』の「響き」――ひと言では言明できない、感覚や感情が刺激される音遣い

長谷川白紙の音楽にはよく、ポップミュージックでは耳慣れないようなコードやメロディーの動きが登場する。親しみやすさは薄いかもしれないが、そうしたコードやメロディーが楽曲のなかに鳴らされたときに生まれる響きには、はっとするような魅力がある。たとえば、あれだけキャッチーな“あなただけ”のなか、間奏空けのブリッジにあたるパートでアクセントごとに鳴らされる、ちょっと不協和に感じられるピアノ。瞬間ごとに、多幸感のなかへ陰影が挟み込まれるさまの味わい深さがある。

長谷川白紙“あなただけ”を聴く(Spotifyを開く

“悪魔”や“いつくしい日々”といった長尺の楽曲には、そうした響きの魅力が満ちている。

“悪魔”では、冒頭から鳴らされる、金属質の冷たく硬い、しかしきらびやかな質感を備えた1音1音が、ころころと転がるように上下するメロディーのなかで互いにぶつかりあいながら響く。さらにピアノ、コーラス、ボーカル、アーメンブレイク(ヒップホップなどでサンプリングされる定番のドラムパターン)、ガバキックなどが徐々に重ねられ、楽曲は響きの飽和状態に至る。乱反射する光がホコリさえも輝かせるように、楽曲のなかに収められたあらゆる要素が魅力的な響きとして耳に入ってくるのは、特筆すべきところだろう。

長谷川白紙“悪魔”を聴く(Spotifyを開く

“いつくしい日々”はもともと姫乃たまに提供された楽曲で、歌詞は共作。前述したようにセルフカバーだ。この曲は、AメロからBメロまで浮遊感の強いコード進行とメロディーで構成され、サビに入ると一気に重力がはっきりと感じられるようになる。こうした対比的なパートが代わる代わる、ときには互いに重なりながら重力と無重力を行き来し、気だるさと夢心地がずっと入り混じったような酩酊感のある響きが楽曲を貫く。

長谷川白紙“いつくしい日々”を聴く(Spotifyを開く

歌詞とあわせるとなおよくわかるが、ずるずる酔っ払い続ける心地よさと気持ち悪さをこんなふうに表現されると、見事すぎてちょっと怖い(ちなみにこの曲、2019年発表の『パノラマ街道まっしぐら』に収められた姫乃たまによる歌唱も素晴らしい。アルバム自体素晴らしいので必聴です)。

姫乃たま“いつくしい日々”を聴く(Spotifyを開く

どちらの楽曲が持つ響きも、楽しい、悲しい、美しい、汚い、といった感情や感覚のあわいを刺激する。それゆえ、ふだん味わわないような(あるいは味わっていたとしてもそれ意識されないような)感情に包まれる面白さがある。

『エアにに』の「声」――長谷川白紙が開花させた、ボーカリストとしての素質

ここまではどちらかというと楽曲の構造の話に寄っていたが、一番の聴きどころは、長谷川白紙の声の魅力がいかんなく発揮されている点だ。

めちゃくちゃ素朴なことを言うと、ボーカルのニュアンスや味わい深さがぐんぐん強まっている。たとえば“砂漠で”の『アイフォーン・シックス・プラス』版と『エアにに』版を比較するとわかる。アレンジは基本的に変わっていないものの、前者のボーカルは後者に比べてやや低いトーンの、少し張ったような声になっている。

並べて聴くと明らかに違うので、ミックスし直しただけではなく、ボーカルを再録音したのではないかと思う。『エアにに』版の、力が抜けてちょっとウィスパーにも寄っている発声はよりチャーミングな印象を与える。

長谷川白紙“砂漠で”(『エアにに』版)を聴く(Spotifyを開く)(『アイフォーン・シックス・プラス』版はこちらより

そうした声の魅力がダイレクトに味わえるのが、アルバムの最後を飾る“ニュートラル”だ。シンプルなピアノの弾き語りから始まりつつも、旋律や和声に特徴的な響きをところどころに交えていく構成が耳を惹きつける。

長谷川白紙“ニュートラル”を聴く(Spotifyを開く

長谷川白紙は、さきがけてリリースされたパソコン音楽クラブの2ndアルバム『Night Flow』(2019年)の“hikari”にもボーカリストとして参加していたが、そこで聴くことができるボーカルも素晴らしかった。さらに『エアにに』で改めてその魅力が確認できたのは素直にうれしい。

パソコン音楽クラブ“hikari feat.長谷川白紙”を聴く(Spotifyを開く

アルバムを通じてアイデアにもキャッチーさにも欠かすことのない本作は、長谷川白紙を知るには最良の一枚だろう。あくまで本稿で取り上げたのは魅力のいち側面に過ぎない(たとえば歌詞についてはほとんど書いていない)ので、ぜひ実際に聴いてみてほしい。

長谷川白紙『エアにに』を聴く(Spotifyを開く

リリース情報
長谷川白紙
『エアにに』

2019年11月13日(水)発売
価格:2,300円(税抜)
MMCD20032

1. あなただけ
2. o(__*)
3. 怖いところ
4. 砂漠で
5. 風邪山羊
6. 蕊のパーティ
7. 悪魔
8. いつくしい日々
9. 山が見える
10. ニュートラル

プロフィール
長谷川白紙
長谷川白紙 (はせがわ はくし)

20歳音楽家。2016年頃よりSoundCloudなどで作品を公開し、2017年11月、Maltine RecordsよりフリーEP作品『アイフォーン・シックス・プラス』をインターネット上で発表。2018年12月、10代最後に初CD作品『草木萌動』をリリース。知的好奇心に深く作用するエクスペリメンタルな音楽性ながら、ポップミュージックの肉感にも直結した衝撃的なそのサウンドは、各所で絶賛され、新たな時代の幕開けをも感じさせるものとなった。2019年11月13日、1stフルアルバム『エアにに』をリリースした。



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