今年ソロデビュー20周年を迎え、9月にソロベストアルバム『20』をリリースしたばかりの吉井和哉。2016年に再集結したTHE YELLOW MONKEYがいまもなおグラマラスかつエネルギーに溢れているのは、吉井がソロ活動を充実させてきたことと大いに関連している。長年バンドと吉井を追ってきたライター真貝友香が、象徴的な楽曲紹介とともに、ソロのキャリアについて振り返る。
THE YELLOW MONKEY解散〜再集結を経てを経て、吉井和哉は「完全なるソロシンガー」へ
吉井和哉がYOSHII LOVINSON名義でソロ第1弾シングル“TALI”をリリースしたのは2003年10月1日。THE YELLOW MONKEYが活動休止中のことだった。
<寝そべったり からかったり 嘘言ったり またがったり>と踏み続ける韻は、吉井元来の遊び心が活かされているが、内省的な歌詞と物悲しいメロディー、映画『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』(2001年、監督はジョン・キャメロン・ミッチェル)のなかで流れる楽曲“The Origin of Love(愛の起源)”のようなミュージックビデオとすべてが面食らうほどダークだった。
YOSHII LOVINSON“TALI”を聴く(Spotifyを開く)
マイルス・デイヴィスの『In Person Friday and Saturday Nights at the Blackhawk, Complete』(1961年)とビル・エヴァンスの『Bill Evans at Town Hall』(1966年)に由来している1stアルバム『at the BLACK HOLE』(2004年)は、ドラム以外の楽器を吉井がプレイし、ほぼ全曲を宅録した意欲作。実験的だがTHE YELLOW MONKEYが体現していたロックとは確実に距離を置いたものだった。
バンドのフロントマンではなく一人のアーティストとして、それこそデイヴィスやエヴァンスのような孤高の存在となることを思い描いていたのかもしれない。
YOSHII LOVINSON『at the BLACK HOLE』を聴く
翌年2004年7月7日、THE YELLOW MONKEYは解散を発表。2001年1月に東京ドームで「THE YELLOW MONKEYは永久に不滅です」と叫んでから約3年後、吉井は完全なるソロシンガーとなった。
吉井ソロの世界を彩る凄腕プレイヤーたち。Nine Inch NailsやQueens of the Stone Ageなどに携わるプレイヤーも
続く2ndアルバム『WHITE ROOM』(2005年)には、THE YELLOW MONKEYのギタリスト菊地英昭“EMMA”を迎えるほか、数々の海外ミュージシャンがレコーディングに参加している。リードシングル“CALL ME”も、神と対話するような内向きの心象を歌っているが、EMMAのエモーショナルなギターがその世界を外に広げてくれている。
YOSHII LOVINSON“CALL ME”を聴く(Spotifyで開く)
なお、EMMAは吉井のソロツアーでもサポートメンバーに加わっており、『TOUR 2006 ~MY FOOLISH HEART~』の最終公演(2006年2月28日大阪城ホール)にて、「カバー曲をやります」とTHE YELLOW MONKEYの“バラ色の日々”を演奏。それまでソロライブで封じられていたバンド名義のナンバーが解禁されたことはファンを熱狂に包むだけでなく、ソロ活動の自由度を増すトリガーにもなった。
THE YELLOW MONKEY“バラ色の日々”を聴く
THE YELLOW MONKEYがデヴィッド・ボウイやQueen、Led ZeppelinからRadioheadにいたるまで、時代ごとのUKロックの影響を強く反映してきたのに対し、吉井ソロの多くはアメリカでレコーディングしていることもあってか、オルタナティブロックやブルースなどUSテイストがより濃厚だ。
“CALIFORNIAN RIDER”“フロリダ”など、直球のタイトル曲もあるが、USロックシーンを支える実力派アーティストの貢献についても触れておきたい。
Nine Inch Nailsやスティングなどのサポートを手がけ、現在Foo Fightersのライブドラマ―を務めるジョシュ・フリーズは『at the BLACK HOLE』から長きに渡って制作に加わり、Queens of the Stone Ageのギタリスト、トロイ・ヴァン・リューウェン、元Jane’s Addictionのベーシスト、クリス・チェイニーなどパワフルな面々も骨太なグルーヴの源である。
YOSHII LOVINSON“SWEET CANDY RAIN - 2023 Master”を聴く
THE YELLOW MONKEYがライブバンドとして評価されてきたのと同様に、吉井がソロでも高いライブパフォーマンスを誇っているのは、インテンシブで熱量の高いミュージシャンとともに切磋琢磨してきたからだろう。
ライブのアレンジ力をとみに感じるのは“恋の花”だ。『39108』ではアコースティックギターのシンプルな弾き語りだが、『TOUR 2009 宇宙一周旅行』では後半に怒涛のようにテンポアップ。ギターのディレイが響き渡り、まさに「静から動へ」のダイナミズムを体感できる。
ライブでは歌詞も大幅に変更され、特に<あなたと見ていた景色の色や 音も匂いもわたしの明日>から<あなたは心の角を削って 余った破片で私を刺した>への変遷は吉井の作家性と手腕が遺憾なく発揮されている(もっともライブバージョンの歌詞は、『39108』収録前からあったもので、むしろこちらをオリジナル版と呼ぶべきだろうか)。
吉井和哉『TOUR 2009 宇宙一周旅行』より“恋の花”を聴く(アルバムバージョンを聴く)
アートワーク、ファッションから見た、ロックシンガー吉井和哉の変遷
1st及び2ndと、それ以降のアルバムにおけるスタンスの違いはアートワークにも見られる。
1stと2ndはいずれも吉井が一人佇むジャケットで、ソロ作品としてより印象づけられるのに対して、名義を吉井和哉に戻した3枚目のアルバム『39108』(2006年)はレインボー地に馬のイラストと趣向が異なる(吉井は1966年生まれの午年である)。10,800セット(※)で限定生産されたプレミアム盤はリスの絵柄が随分ファンシーで、ここにも吉井のお茶目さが見え隠れしている。
※アルバム『39108』のタイトルは、当時の吉井の年齢「39」と煩悩の数「108」をかけ合わせたもの。そのためプレミアム盤の限定生産数も、煩悩の数にちなんだものとなった
吉井和哉『39108』を聴く
6枚目『The Apples』(2011年)と続くミニアルバム『After The Apples』(同年)のアートワークを提供した漫画家 / イラストレーターの寺田亨はTHE YELLOW MONKEYのインディーズ時代のアルバム『Bunched Birth』(1991年)のジャケットを描き下ろし、吉井の個人サイトのデザインも務める旧知の仲。
ソロ活動が長くなるにつれ、アートワークに柔らかさ、あるいはユニークさが増していったことは、より柔軟なアイデアをもって制作に臨んでいたことのあらわれだろう。
吉井和哉『The Apples』を聴く
またファッションも、ロックシンガーとしての吉井和哉を語る際には重要なトピックである。
吉井のアイコンであるスキニーデニム、タキシードジャケットやライダースジャケット、ギターモチーフのネックレスなどをはじめ、その佇まいにはエディ・スリマン期のDIOR HOMMEが大きく影響を与えている。
エディ・スリマンは2000年から2007年までDIOR HOMMEでディレクターを務め、スキニーデニムをメンズファッションの世界的トレンドに広めた革命児で、Beckやアレックス・ターナー(Arctic Monkeys)などミュージシャンからも支持を受ける存在。
THE YELLOW MONKEYは2016年の再集結以降、吉井はステージ衣装にGUCCIやALEXANDER McQUEEN、GIVENCHY、Saint Laurentなどハイブランドを積極的に取り入れているが、ゴールドやラメ、ツイードといった豪奢で艶やかなスタイルがバンド仕様だとすれば、ソロではよりミニマルでストイックなスタイリングを定番としている。
2021年に行なわれた吉井和哉の日本武道館公演のライブ映像
転機となった東日本大震災。「愛と平和」で逆境に抗う
東日本大震災は以降の方向性を大きく動かす契機となった。『The Apples』の先行シングル“LOVE & PEACE”は2011年2月リリースだが、歌い出しの<プリーズ もうこれ以上/悪い出来事が君と僕とに起きないように>が、未来を予見していたかのような残酷さにも満ちている。
愛や平和という普遍的なテーマを、青臭くなく、イノセントかつ説得力あるものに昇華した点で、この曲は吉井和哉の最高傑作だと筆者は考えている。
吉井和哉“LOVE & PEACE”(Spotifyで開く)
同じく『The Apples』の収録曲“FLOWER”はOasisの“Don’t Look Back In Anger”を彷彿させるも、楽曲終わりのアレンジは「C-G-C-G-C-G-C」というコード進行も含め、THE YELLOW MONKEYの“SO YOUNG”を思わせるところがある。偶然かもしれないが、ソロのスタイルを追求し続けてきた吉井がバンドの活動休止から10年を迎えた春にこういったアレンジをソロ曲に施したのは、その後水面下で動き出すバンド再集結の動きと無関係ではなかったのではないかとも考えさせられる。
震災以降、吉井はソロでも、THE YELLOW MONKEYでもツアーの終盤に東北公演を行なうことが多い。“FLOWER”は新型コロナウイルス感染拡大の影響により開催が中止された2021年のロックフェス『ARABAKI ROCK FEST.20th×21』に出演予定だったアーティストが登場した生配信番組『THINK of MICHINOKU』でも歌唱しており、あらゆる逆境を乗り越えようとするプロテストソングのような強さを秘めている。
吉井和哉“FLOWER”を聴く
昭和歌謡のカバーなどで見せつけた「ボーカリストとしての熟練」
ボーカリストとしての熟練を語るうえで欠かせないのはカバー曲の数々だ。
昭和歌謡、ポップスを中心に構成した2枚のカバーアルバム『ヨシー・ファンクJr. 〜此レガ原点!!〜』(2014年)『ヨジー・カズボーン〜裏切リノ街〜』(2015年)もリリースしているが、2013年にソロ10周年プレミアムライブでお披露目された“夢は夜ひらく”は、歴代のカバー曲のなかでも珠玉。藤圭子版“圭子の夢は夜ひらく”でお馴染み、往年のヒット曲をホーンセクションやストリングスを従えてアレンジしている。
藤圭子の独特のやさぐれ感はそのままに、伸びやかで艶のある歌声は昭和にタイムスリップしたような錯覚に陥る。
吉井和哉“夢は夜ひらく -Live”を聴く
美輪明宏の“ヨイトマケの唄”を継承するような“母いすゞ”(『After The Apple』収録)、フラメンコギタリストの沖仁が参加した“血潮”(2013年のベストアルバム『18』に新曲として収録)などノスタルジックな曲調は吉井がキャリアを通じて得意とする作風だ。
吉井和哉“母いすゞ”を聴く(Spotifyで開く)
吉井和哉“血潮”を聴く(Spotifyで開く)
ソロ活動20周を迎えて吉井和哉がたどり着いた境地
タンバリンを叩くパフォーマンスが白眉の“点描のしくみ”(2013年)やマンチェスターサウンド寄りの“(Everybody is)Like a Starlight”(2015年)など、ダンサブルなロックチューンもライブの定番曲に加わって活動の勢いがさらに増した頃、2016年1月THE YELLOW MONKEYは再始動を発表。
吉井和哉“(Everybody is)Like a Starlight”(Spotifyで開く)
15年のブランクを経ても、バンドのパフォーマンスに一切の衰えがなく、よりグラマラスに、新たな黄金期へ突入したのは、吉井がソロ活動で培った圧倒的なボーカルの賜物にほかならない。メンバーが個々の活動に邁進してきたことも無論、然りだ。
バンドと並行してソロ活動を継続する吉井はコロナ禍で危機に立たされたライブハウスでアコースティックライブを行なうほか、2021年には自身のレーベル「UTANOVA MUSiC」を設立。
レーベル初のシングル“みらいのうた”は先行き不透明な現在にリンクするようにしなやか。それは「丸くなった」という意味ではない、外連味もユーモアもシリアスさもすべて内包する優しさとタフネスを20年の歳月は物語っているのだ。
吉井和哉“みらいのうた”(Spotifyで開く)
『#1 吉井和哉:ArtistCHRONICLE』を聴く
- リリース情報
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吉井和哉
『20』初回限定盤(CD+Blu-ray)
2023年9月13日(水)リリース
価格:8,250円(税込)
AZZS-142
[CD]
1. みらいのうた
2. ○か×
3. (Everybody is)Like a Starlight
4. 超絶☆ダイナミック!
5. WEEKENDER
6. シュレッダー
7. ヘヴンリー
8. ウォンテッド(指名手配)
9. MUSIC
10. VS
11. SWEET CANDY RAIN / YOSHII LOVINSON
12. JUST A LITTLE DAY / YOSHII LOVINSON
13. 雨雲
14. Island
15. クリア
[Blu-ray]
『2021.12.28 日本武道館(THE SILENT VISION TOUR 2021)』
1. ○か×
2. 無音dB
3. Biri
4. フロリダ
5. 欲望
6. 黄金バッド
7. SIDE BY SIDE
8. RAINBOW
9. クランベリー
10. シュレッダー
11. ロックンロールのメソッド
12. MUSIC
13. 点描のしくみ
14. Hattrick'n
15. PHOENIX
16. ビルマニア
17. WINNER
18. WEEKENDER
19. FINAL COUNTDOWN
20. みらいのうた吉井和哉
『20』通常盤(CD)
2023年9月13日(水)リリース
価格:2,750円(税込)
AZCS-1120吉井和哉
『20』アナログ盤(2LP)
2023年10月11日(水)リリース
価格:6,600(円(税込)
AZNT-80
[SIDE A]
1. みらいのうた
2. ○か×
3. (Everybody is)Like a Starlight
4. 超絶☆ダイナミック!
[SIDE B]
1. WEEKENDER
2. シュレッダー
3. ヘヴンリー
4. ウォンテッド(指名手配)
[SIDE C]
1. MUSIC
2. VS
3. SWEET CANDY RAIN / YOSHII LOVINSON
4. JUST A LITTLE DAY / YOSHII LOVINSON
[SIDE D]
1. 雨雲
2. Island
3. クリア
- プロフィール
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- 吉井和哉 (よしい かずや)
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吉井和哉(よしい かずや) 1986年、URGH POLICEにベーシストとして加入。1989年12⽉から現メンバーのラインナップでTHE YELLOW MONKEYを始動。2003年10月に「YOSHII LOVINSON」名義にてシングル『TALI』でソロデビュー、2006年1月から「吉井和哉」名義で活動を開始し、多くの海外ミュージシャンやエンジニアとの制作活動を行う。ソロとしては7枚のオリジナルフルアルバムをリリース。日本語の憂いに重きを置いたリリック、黄金期の歌謡曲にも通じるメロディライン、骨格の太いバンドサウンドなどを融合させた、独自の艶やかな世界観を形成している。2016年、THE YELLOW MONKEY再集結後もソロ活動を行ない、2020年7月よりアコースティックライブ『UTANOVA』を敢行。2021年8⽉に⾃⾝の新レーベル「UTANOVA MUSiC」を設立。2023年にはソロデビュー20周年を迎えた。