荏開津広×渡辺志保が語る、2020年の注目プロデューサー

荏開津広×渡辺志保が語る、2020年の注目プロデューサー

テキスト・編集
久野剛士(CINRA.NET編集部)
撮影:寺内暁

2020年注目のヒップホッププロデューサーをピック

左から:渡辺志保、荏開津広

―2020年の活躍を注目しているプロデューサーを教えてもらいますか?

渡辺:今年、勢いを伸ばすのはAXLビーツ(AXL BEATS)っていう、UKドリルのプロデューサーですね。

荏開津:ここしばらくの勢いがとうとうアメリカで大きな形になったUKドリルですよね。その話、したかったんです。

渡辺:2019年の夏くらいから、アメリカではUKドリルのサウンドが流行っていて。AXLビーツはその重要な担い手なんですよね。

昨年、ブルックリン出身のポップ・スモーク(Pop Smoke)というラッパーが“Welcome to the Party”をリリースしたら、すごく流行って。ドリルミュージックって、10年くらい前にシカゴで流行りはじめたんですけど、それがUKに飛び火したんですね。

注釈:2020年2月19日(現地時間)、ポップ・スモークは滞在先のロサンゼルスで射殺され、20歳の若さでこの世を去った。本取材は、1月下旬に実施されたもの。

―もともとは、チーフ・キーフ(Chief Keef)などによって広まった、不穏なビートが特徴のサブジャンルですね。

渡辺:そしてUKの流行だったグライムの音と合体して、独自の「UKドリル」シーンを作りました。ポップ・スモークが新しかったのは、アメリカのドリルではなく、UKドリルの音をわざわざ持ってきて、自分でラップしたという点。アメリカのヒップホップシーンって割と閉鎖的なので、国外のビートメイカーを起用することってかなり珍しいんです。

でも、ポップ・スモークはそれをやって自身のシグネイチャーサウンド、つまり「型」を新しく作り出したんですよね。実際、彼のヒットを皮切りに、Fivio Foreign、22Gz、Sheff Gという勢いのある若いラッパーたちが次々頭角を現し始めて、新しい「ニューヨークドリル」や「ブルックリンドリル」と呼ばれるシーンが生まれ、そこにAXLビーツのビートも使われているんです。

ポップ・スモーク“Welcome to the Party”を聴く(2019年 / Spotifyを開く

渡辺:しかも、2019年の12月25日にドレイクが出した久々の新曲もAXLビーツのビートを使っていたんですよ。ドレイクって、カルチャーバルチャー(バルチャーは「ハゲタカ」の意味)と呼ばれるぐらい、流行を貪欲に吸収するタイプなんですね。ときにその姿勢が叩かれることもあるんですけど。その彼が注目しているので、半年後には相当ビッグなムーブメントになっているのではないかと思います。


Drake“War”MV

荏開津:ヒップホップの歴史って、ニューヨークから始まって40年くらい経っているんですけど、その地域が広がっていくたびに新しいサウンドが生まれますよね。前回もリック・ルービンを例に話をしたこととも繋がるんですけど(参考記事:荏開津広×渡辺志保が振り返る、2019年ラップ界の注目トピック)、それまでのシーンとかコミュニティーに異質のものが入ってくることで、シーンが拡大するようになっています。音楽ファンにはカニエ・ウエストがインディーフォークのアーティストであるボン・イヴェールとかとコラボしたりしているのは分かりやすいかもしれませんが、例えば、2000年代以降でヒップホップやR&Bで一番大きな動きは、サウスの動きじゃないでしょうか。

1990年代から少しずつ動きがあって、Netflixのドキュメンタリー『アート・オブ・オーガナイズド・ノイズ』の主役であるプロデューサーチームのオーガナイズド・ノイズとかまで遡れますよね。クリス・ロックの出身地であるジョージアのタパハノックという本当に小さな町を個人的に知っているんですが、その町出身のアーティストが世界的に有名になったということ、逆にいえばあそこまでヒップホップやR&Bが届いていたということにものすごくびっくりしました。

一般的な話に戻すと、大体ビヨンセも南部出身ですし、2020年代のヒップホップの動きを大きく左右すると思われる才能、ミーガン・ジー・スタリオンもヒューストンのラップの土壌がなければ存在しないわけで……。いわゆる「バイブル・ベルト」と呼ばれるアメリカ合衆国でもクリスチャンの保守的なイメージの、南部の昔からあるコミュニティーに異質で新しいカルチャーであるヒップホップが入り込んだということだとも考えられますよね? 翻ってやっぱりUKのコミュニティーはアメリカとは違う。だからUKのプロデューサーとがっつりと組んでヒットが生まれたのは珍しいし新しいことだと思います。

渡辺:そうなんですよ。R&Bシーンやポップスのシーンとなるとまた違うんでしょうけど、特にヒップホップにおいては珍しい。数年前にスケプタ(Skepta)が初めて全米ツアーを行ったり、ほかにもストームジー(Stormzy)など評価の高いラッパーはすでにいたんです。でも、ビートメイカーにスポットが当たった例はなかなかありませんでした。

スケプタ『Konnichiwa』を聴く(2016年 / Spotifyを開く

―UKのプロデューサーが注目される時代になったということですね。ほかにも、注目のプロデューサーはいますか?

渡辺:個人的に注目している2人目のビートメイカーは「30ロック(30Roc)」ですね。

荏開津:おお。

渡辺:彼はマイク・ウィル・メイド・イット(Mike Will Made-It)って今や大御所級のプロデューサーが作ったイヤードラマーズというプロダクションに所属していて。彼が作ったロディ・リッチ(Roddy Ricch)の“The Box”という曲がとにかくヒットしているんですよ。

どれくらいのヒットかというと、ジャスティン・ビーバーの“Yummy”も、フューチャー×ドレイク“Life Is Good”も太刀打ちできなかったくらい、“The Box”はビルボードのシングルチャート首位を独走しています。彼のアルバム『Please Excuse Me for Being Antisocial』も1位をマークしているし、2020年に入って集計されたチャートは、とにかくロディ・リッチがシングル、アルバムともに強い、というイメージです。で、そのヒット曲“The Box”のビートを作ってるのが30ロック。

彼はこれまでもトラヴィス・スコットなど大物のプロデュースも手掛けてるんですけど、ビートが斬新っていうかキャッチーで、特に“The Box”はTik Tokでブレイクしたんです。

“The Box”が収録されたロディ・リッチ『Please Excuse Me for Being Antisocial』を聴く(2019年 / Spotifyを開く

―“The Box”は、どういうところが斬新だったんでしょう?

渡辺:イントロのつかみがキャッチーですよね。この「イ・ウ」って音あるじゃないですか。彼自身が動画で説明していたんですが、ロディ・リッチがビートを聞いたときに「イ・ウ」ってアドリブで自分から入れたらしいんですよ。30ロックも、「え? 『イ、ウ』ってなんなの」って思いながら。

―ハハハ。

渡辺:それをずっとループしたら、ハマったみたいなんですよ。それがTik Tokで使われて、人気が爆発したみたい。

そしてもう1組は、ウィージー(Wheezy)。彼は3年前からアトランタで活躍してすでに名前は知られているプロデューサーですね。フューチャーのお気に入りというか、秘蔵っ子で、ヤング・サグ(Young Thug)の楽曲なども手掛けています。

私はアトランタシーンやトラップのサウンドが好きなんですが、私が勝手に「第4トラップ世代」と呼んでいる音を作っているのがウィージーだと思っています。すでにたくさんミリオンヒットを持っているんですが、2020年はこれまで以上にヒットを生むんじゃないかなと。

ヤング・サグ“Hot”を聴く(2019年 / Spotifyを開く

渡辺:最後に、ビートの流行としてはリル・ウージー・ヴァート(Lil Uzi Vert)が昨年末にリリースした“Futsal Shuffle 2020”ってシングルがあるんですけど、もはや全然ヒップホップでもトラップでもなくて、どちらかというとベースミュージック的なサウンドなんですよ。これに合わせて、高速フットワークダンスをみんな一緒にやって、それが、まあバイラルヒットになっているんです。だから、今はもう流行の発信地って、本当にどこから来てるかわからないなって思いますね。

リル・ウージー・ヴァート“Futsal Shuffle 2020”を聴く(2019年 / Spotifyを開く

荏開津:ソーシャルメディアは、いうまでもなく新しいプラットフォームですが、それは新しい「ステージ」ということです。私がヒップホップに夢中になった頃は、アーティストが活躍できて新しいビジネスチャンスになるステージはストリート、クラブ、テレビやラジオ、そして大きなコンサート会場だけだったのですが、今はYouTubeやTik Tokという空間と、そこにいるオーディエンスに向けてのビートが作られているんだろうな、と思います。

先日、ドイツに行ったんですよ。ドイツのクラブでは白人の学生がみんなトラップでモッシュしていて。すごく盛り上がっていました。DJとも話をしたんですけど、オタク的にアメリカのヒップホップに詳しいんです。そういう、世界中が同じもので盛り上がる状況がすっかり当たり前になりました。ビルボードで17週間1位だったリル・ナズ・X(Lil Nas X)の“Old Town Road”のオリジナルのビートはリル・ナズが2018年に30ドル(約3000円)でオランダ在住の10代だったヤング・キオ(YoungKio)からビートが買えるサイト「BeatStars」で見つけて買ったものだといいます。もちろん、2人とも同世代で当時は無名。こうした傾向はしばらくは続くと思います。

Page 2
前へ 次へ

サービス情報

Spotify

・無料プラン
5000万を超える楽曲と30億以上のプレイリストすべてにアクセス・フル尺再生できます

・プレミアムプラン(月額¥980 / 学割プランは最大50%オフ)

プロフィール

荏開津広(えがいつ ひろし)

執筆 / DJ / 京都精華大学、東京藝術大学非常勤講師、RealTokyoボードメンバー。東京生まれ。東京の黎明期のクラブ、P.PICASSO、MIX、YELLOWなどでDJを、以後主にストリート・カルチャーの領域で国内外にて活動。2010年以後はキュレーション・ワークも手がけ、2013年『SIDECORE 身体/媒体/グラフィティ』より、ポンピドゥー・センター発の実験映像祭オールピスト京都ディレクター、日本初のラップの展覧会『RAP MUSEUM』(市原湖畔美術館、2017年)にて企画協力、Port Bの『ワーグーナー・プロジェクト』(演出:高山明、音楽監修:荏開津広 2017年10月初演)は2019年にフランクフルト公演好評のうちに終了。翻訳書『サウンド・アート』(フィルムアート社、2010年)、『ヤーディ』(TWJ、2010年)。オンラインで日本のヒップホップの歴史『東京ブロンクスHIPHOP』連載中。

渡辺志保(わたなべ しほ)

音楽ライター。広島市出身。主にヒップホップ関連の文筆や歌詞対訳に携わる。これまでにケンドリック・ラマー、A$AP・ロッキー、ニッキー・ミナージュ、ジェイデン・スミスらへのインタヴュー経験も。共著に『ライムスター宇多丸の「ラップ史」入門」(NHK出版)などがある。block.fm「INSIDE OUT」などをはじめ、ラジオMCとしても活動中。

Category カテゴリー

Latest Articles 最新の記事

What's "Kompass" ? コンパスとは

「Kompass」は、ネットメディア黎明期よりカルチャー情報を紹介してきたCINRA.NETと、音楽ストリーミングサービスの代表格Spotifyが共同で立ち上げた音楽ガイドマガジンです。ストリーミングサービスの登場によって、膨大な音楽ライブラリにアクセスできるようになった現代。音楽の大海原に漕ぎだす音楽ファンが、音楽を主体的に楽しみ、人生の1曲に出会うガイドになるようなメディアを目指し、リスニング体験を交えながら音楽の面白さを紹介しています。