細田守映画を「音楽」から観る。『サマーウォーズ』『未来のミライ』など、音楽はどのように使われた?

『未来のミライ』や『おおかみこどもの雨と雪』『竜とそばかすの姫』など、これまで一貫して音楽にこだわって作品をつくり続け、いまや日本を代表するアニメーション映画監督のひとりと位置づけられる細田守と、その制作会社「スタジオ地図」。

スタジオ地図および細田守監督の劇場6作品から珠玉の名曲をフルオーケストラが奏でた一夜限りのコンサートが『スタジオ地図 Music Journey Vol.1 - シネマティックオーケストラ2022』として7月26日に音源リリースされる。

高木正勝をはじめ、松本晃彦や岩崎太整など気鋭の音楽家をサウンドトラックに起用してきた細田作品にとって、音楽はどのような存在なのか。本稿では、細田作品における音楽のあり方を振り返る。

(メイン画像:©2012『おおかみこどもの雨と雪』製作委員会)

雄大な自然に囲まれた田舎が舞台となる細田守作品。その景色に欠かせない音楽を紐解く

『サマーウォーズ』(2009年)や『おおかみこどもの雨と雪』(2012年)『竜とそばかすの姫』(2021年)など、これまで細田守が描いてきた作品は、雄大な自然に囲まれた田舎が舞台となっていることが多い。緑豊かな場所で営まれる静かな日常、静謐な空気を描く細田作品に欠かせない存在となっているのが、高木正勝をはじめ、松本晃彦や岩崎太整など気鋭の音楽家による楽曲だ。

青木孝充とのSILICOMでの作品をはじめ、12歳から親しんでいるというピアノを用いたオリジナル音源も数多く発表している高木正勝。最近ではNHK連続テレビ小説『おかえりモネ』(2021年)のドラマ音楽でも知られる彼が音楽を担当した『おおかみこどもの雨と雪』では、主人公・花が2人のこどもを妊娠、出産するシーンでピアノとストリングスが中心となったバラード“そらつつみ”が流れ、田舎での暮らしの背景では“オヨステ・アイナ”“たねめみ”といった楽曲が流れる。

高木正勝『おおかみこどもの雨と雪 オリジナル・サウンドトラック』を聴く(Spotifyを開く

そのどれもが、アコースティックな楽器が用いられた穏やかな楽曲だ。その音像は、自然に囲まれた、ゆったりとした生活や、そこで営まれる温かい近所づきあい、伸び伸びと駆け回り成長するこどもたちの生活をそのまま音に落とし込んでいるようである。

親子3人で雪山を駆け回り、満面の笑みで倒れこむシーンに流れる“きときと - 四本足の踊り”はCMソングとしてもよく知られる楽曲だが、さまざまな楽器が奏でる流麗なフレーズの数々とピアノの旋律、主題に向けて盛り上がりを見せていく様子は、楽曲が流れる場面の弾けるような感情の昂りを感じさせる。

高木正勝“きときと‐四本足の踊り(Live at めぐろパーシモンホール, 東京, 2015)”を聴く(Spotifyを開く

『未来のミライ』(2018年)でも、温かさのある音色が日常の風景を彩る。主人公である男の子・くんちゃんと生まれたばかりの妹が初めて対面するシーンでは、初めて見る赤子に対してくんちゃんが抱く戸惑いを表したような幻想的な楽曲“Petal”が流れ、家庭の朝のあわただしいシーンでの“New Style”は、ウッドベースの温かな音色とアップテンポな旋律が、新たな命が加わった高揚と家庭のせわしなさを両立して描いている。

そのほかにも、『未来のミライ』ではくんちゃんの心情や家庭の雰囲気をそのまま音にしたような、ぬくもりのある音楽が数多く使用されている。

高木正勝『未来のミライ(オリジナル・サウンドトラック)』を聴く(Spotifyを開く

日常の風景を描く際に限らず、細田作品にはピアノやオーケストラによる音楽が多く採用されている。そのどれもが、観ている者の感情を煽るような演出としての音楽ではなく、描かれた風景や人々の感情をそのまま落とし込むような、素朴で静謐な楽曲だ。

松本晃彦(※)が音楽を手がけた『サマーウォーズ』も例外ではない。『サマーウォーズ』にて、主人公・小磯健二が最後の暗号を解くシーンで流れる“The Summer Wars”は、映画を観たことがなくとも耳にしたことがある人が多い楽曲だろう。壮大なオーケストラ編成での演奏でありながら、奥ゆかしくも爽やかな旋律が穏やかな田舎の風景という背景にマッチしている。

※:吉川晃司をはじめ、サザンオールスターズ、CHAGE and ASKA、織田裕二、中森明菜、福山雅治などのアーティストに楽曲を提供したほか、『踊る大捜査線』シリーズ(1997年〜)の音楽を担当したことでも知られる作曲家、編曲家

松本晃彦『サマーウォーズ(オリジナル・サウンドトラック)』を聴く(Spotifyを開く

吉田潔(※)が音楽を手がけた『時をかける少女』(2006年)では“アリア(ゴールドベルグ変奏曲より)”や“第一変奏曲(ゴールドベルグ変奏曲より)”といったクラシックの楽曲(いずれもバッハ作曲)を用いながら、ピアノの旋律を中心に静かな空気が描かれている。

閉ざされた踏切に自転車で突っ込んでいく緊張感のあるシーンで流れる“からくり時計~タイムリープ”は、弦楽器の演奏を用いた楽曲。短調のメロディが不安感を呼び起こすものの、シンプルな弦楽器の旋律は過度にスリリングなものではない。

※ゆず、原田知世など数多くのアーティストのレコーディングに参加しているほか、NHKスペシャル『新シルクロード』の音楽や、山本寛斎プロデュースによる愛知万博オープニングイベント『とぶぞっ!いのちの祭』の音楽監督を担当、ラジオのテーマ曲やCM曲なども多数手がける作曲家。

吉田潔『劇場版アニメーション・時をかける少女(オリジナル・サウンドトラック)』を聴く(Spotifyを開く

複数の音楽家を起用し、舞台の景色やキャラクターの心情を多方面より炙り出した『竜とそばかすの姫』

細田作品と音楽の関係性について語るうえで欠かせないのが『竜とそばかすの姫』の存在だ。

本作は、ミュージシャンの中村佳穂を主人公すず/ベルの声優に迎えた作品である。幼少期に母を亡くして以来、歌うことができなくなったすずが、仮想世界<U>に「As(アズ)」と呼ばれる自分の分身・ベルとして参加し、シンガーとして覚醒、成長していく物語だ。

『竜とそばかすの姫』Belle MVメドレー

合唱隊や吹奏楽部のキャラクターも重要人物となっていることもあってか、作中に音楽が散りばめられている本作には岩崎太整(※1)、スウェーデン人作曲家のルドウィグ・フォシェル(※2)、坂東祐大(※3)など、多数の気鋭の音楽家が携わった。

中村佳穂=Belleが歌う主題歌“U”を手がけたmillennium paradeを含め、本作において異なる作曲家たちによる多様なアプローチを試みたのはなぜか。そこには細かに描かれた、すずの暮らす田舎と仮想空間<U>という対になる舞台、人気シンガーのベル、心を閉ざした竜、そしてベルをライバル視するペギースーなどといったさまざまな登場人物に対して、舞台の景色やキャラクターの繊細な心情を音楽によって多方面より炙り出そうとする意図があったのかもしれない。

※1 アニメ『血界戦線』シリーズ(2015年)やNetflix『全裸監督』シリーズ(2019年〜)、Netflix『First Love 初恋』の音楽を手がけた作曲家、劇伴作家

※2 スウェーデン出身の作曲家。ゲームクリエーター小島秀夫氏の長年のコラボレーターで『Metal Gear』シリーズや『DEATH STRANDING』を手掛け、英国アカデミー賞 BAFTAゲーム部門作曲賞ノミネートされるなど幅広く活躍するサウンドアーティスト。

※3 米津玄師“月を見ていた”や“地球儀”などの共編曲、宇多田ヒカル“Beautiful World (Da Capo Version)”の弦編曲を手がけ、坂元裕二のオリジナル脚本ドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』(2021年、カンテレ)の音楽を手がけた作曲家

『竜とそばかすの姫(オリジナル・サウンドトラック)』を聴く(Spotifyを開く

「ものすごく一生懸命、その対象を突きつめて観察して、描写する」(細田守)

細田作品からは音楽以外の「音」へのこだわりも感じ取ることができる。登場人物のやりとりだけを静かに聴かせるシーンや、言葉でも音楽でもなく、登場人物の息切れだけを聴かせる箇所などがそれにあたる。音を増やし派手にすることで注目させるのではなく、音を取捨選択することで印象的に聴かせ、登場人物の等身大を描き出すという特徴は、細田作品の音楽についても、音楽以外の音の使い方についてもいえることだろう。

このような細田作品の特徴は、細田が度々口にしている現実感へのこだわりとも一致する。

『おおかみこどもの雨と雪』の公式サイトに掲載されているインタビューにて、細田は主人公の花役を宮崎あおいに選んだ理由について以下のように語っている。

「映画のなかで、僕らと一緒に出産、子育てを経験してくれる人がいいって思ったんです。そんなことを考えているときにあおいさんの顔が浮かんだ。あおいさんとはアフレコの前に『役割でお母さんを演じるのはやめよう』と話し合いました」(*1)

さらに、『未来のミライ』のインタビューでも、「一般的なアニメーションでは、子どもが出てくるときの親って、役割としての親しか出てこないとか、子どもの成長を肯定するために、あえてアンチテーゼとして描く、ということがよくありますよね。そうではなく、子どものリアリティーの世界のなかで、ちゃんと親のリアリティーも描きたい」と述べている(*2)。これらの発言からは、決まりきった家族のかたちや親という役割を描くのではなく、登場人物一人ひとりのリアルな姿を描こうとしているこだわりがうかがえる。

細田は同インタビューにて、こうも語っている。

「僕は観客に対して、より現実感を浮かび上がらせる手法のひとつとしてアニメーションがあると思います。(中略)アニメーションというのは、ものすごく一生懸命、その対象を突きつめて観察して、描写することによって、写真で見る以上の現実を浮かび上がらせることができるものなんです」(*2)

このような、細田が抱くキャラクターや作品に対する現実感へのこだわりは、作中で流れる音楽にも通じているように思える。物語の演出として音楽を付与し、観ている者の感情を増幅させるのではなく、そこで描かれている人間の感情や風景に地続きの音楽を合わせることで、登場人物やその土地をより等身大に、繊細に描く。

細田作品にとって音楽は、「ものすごく一生懸命、その対象を突きつめて観察して、描写する」ことの一部なのではないだろうか。

Spotify公式プレイリスト『This Is スタジオ地図 - Studio Chizu -』を聴く(Spotifyを開く

*1:『おおかみこどもの雨と雪』公式サイトより(外部サイトを開く

*2:CINRA「細田守が語る、映画『未来のミライ』で描きたかった現代の家族像」より(記事を開く

INFORMATION
『スタジオ地図 Music Journey Vol.1 - シネマティックオーケストラ2022』
2023年7月26日(水)リリース
価格:3,520円(税込)

[DISC 1]
1. 祝祭
2. 三千世界の迷い子
3. 充たされた子ども
4. 胸の剣
5. ほしぼしのはら
6. きときと - 四本足の踊り
7. 雨上がりの家
8. おかあさんの唄
9. 仮想都市OZ 〜
10. KING KAZMA
11. 栄の活躍〜
12. ドイツの男の子のシーン〜 1億5千万の奇跡
13. The Summer Wars

[DISC 2]
1. ミライのテーマ
2. Trans Train
3. Marginalia Song
4. Of Angels
5. 夏空
6. スケッチ
7. 少女の不安
8. からくり時計〜タイムリープ〜
9. 変わらないもの
10. U
11. 歌よ
12. 竜の城
13. 心のそばに
14. 素顔
15. はなればなれの君へ (reprise)
16. Overture of the Summer Wars
17. ガーネット


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