(メイン画像:Saucy Dog)
フェスの制限を経た2022年、バンドシーン再興を象徴する2曲
3年ぶりに全国各地にフェスの開催が戻ってきた2022年。いよいよ「20年代の邦ロックシーン」の様相が明らかになってきた感がある。
コロナ禍の2020年、そして2021年はライブを主戦場にしてきたバンドにとっては逆風の続いた2年間だった。ボカロシーン出身のクリエイターやTikTokでバズを起こした弾き語りのシンガーソングライターが次々とブレイクする一方で、フェスの中止・延期や大幅な規模縮小が相次ぎ、新人バンドがライブの現場で人気を広げる機会が失われてきた。
しかし、そんな約2年半で着実に力をつけて成長してきたバンドが、新たな時代を担う存在としてJ-POPのメインストリームに台頭を果たしている。6月10日に発表された「Billboard Japan 2022年上半期チャート」を見ると、そんな2022年の音楽シーンのトレンドの変化が見て取れる。
総合ソングチャート「JAPAN HOT 100」のトップ10は以下のような並びとなっている。
1位 残響散歌 / Aimer
2位 ベテルギウス / 優里
3位 一途 / King Gnu
4位 ドライフラワー / 優里
5位 なんでもないよ、 / マカロニえんぴつ
6位 逆夢 / King Gnu
7位 シンデレラボーイ / Saucy Dog
8位 水平線 / back number
9位 Butter / BTS
10位 Cry Baby / Official髭男dism
注目は5位となったマカロニえんぴつの“なんでもないよ、”と、7位となったSaucy Dogの“シンデレラボーイ”だ。『鬼滅の刃』や『呪術廻戦』などアニメの大型タイアップ曲が上位を占めるなか、どちらの楽曲もノンタイアップながらトップ10入りを果たしている。
2021年末頃からストリーミングチャートを駆け上がり、音楽番組への出演などを経てロングヒットとなったこの2曲。“なんでもないよ、”は6月29日公開の最新ストリーミングチャートでも9位となり32週連続トップ10圏内、“シンデレラボーイ”は同チャートで7位と22週連続トップ10圏内を記録しており、まだまだヒットは続きそうだ。
2つの楽曲のヒットは、バンドシーンが再び盛り上がりを見せJ-POPのど真ん中で存在感を示すようになってきた2022年を象徴する出来事となった。では、この現象はどのようにして生まれたのか? マカロニえんぴつは、そしてSaucy Dogは、ライブやフェスの現場に逆風が吹いた約2年半でいかにして支持を拡大してきたのか?
マカロニえんぴつ、一過性のバズで終わらせない実力と動員
まず、2022年に結成10周年を迎えたマカロニえんぴつ。数年前から「ネクストブレイク候補」といわれ続けてきた彼らにとって、いまの状況はようやく手にしたものといえるだろう。2020年11月にメジャーデビュー、2022年1月のアルバム『ハッピーエンドへの期待は』がメジャー1stアルバムとなった彼らだが、バンドを率いるはっとり(Vo / Gt)のソングライティングの才能やメンバー全員の高い演奏力はインディーズ時代より高い評価を集めてきた。
2020年4月にリリースされた前作アルバム『hope』も、女性目線で冷めゆく恋愛関係を描く“ブルーベリー・ナイツ”などの収録曲が長く聴かれ続け、Spotifyが発表した「2021年、国内で最も再生されたアルバム」で10位にランクインしている。
また、「全年齢対象ポップスロックバンド」を標榜する彼らは、メジャーデビュー以降、テレビアニメ『ドラゴンクエスト ダイの大冒険』のオープニング主題歌“生きるをする”や、『映画クレヨンしんちゃん 謎メキ!花の天カス学園』主題歌の“はしりがき”など、数多くのタイアップにも精力的に取り組んできた。
そうした状況に、TikTokでのバズが追い風となった。パートナーへの真っ直ぐな愛情を包容力のあるメロディーに乗せて歌い上げた“なんでもないよ、”の歌詞が共感を呼び、動画への使用に加えて多くの弾き語りカバーを生み、幅広いリスナーを獲得した。
2020年以降、ヒットの条件としてTikTokは欠かせないものとなっている。恋愛の切なさを綴る「エモい」歌詞が動画にフィーチャーされるもの、オリジナルの振りつけのダンス動画がブームを生むものなど、さまざまな流行がTikTokを起点に生まれ、それが楽曲のヒットに結びついている。
ただ、良くも悪くも、SNS発のバズは一過性のものである。特にTikTok内の流行は移り変わりが早い。それに比べて、ライブの現場で築き上げてきた実力と着実に増やしてきた動員は根強い基盤となる。ゆえに、そうした活動を経てきたアーティストには1曲だけの話題性には終わらないタフネスが備わっている。それが、いまの時代のバンドにとっての確固たるアドバンテージとなっている。
マカロニえんぴつにとっても、結果的には“なんでもないよ、”が起爆剤となったが、むしろ大きかったのはそれ以前からの活動の積み重ねとファンとの結びつきだった。
そして、もちろん、昨年末に『第63回 輝く!日本レコード大賞』で最優秀新人賞を受賞したこともバンドの勢いにつながったはずだ。テレビでこの曲が披露され、新聞などのマスメディアでも彼らの名前が取り上げられて、知名度は大きく広がった。
6月22日にはメジャー2ndEP『たましいの居場所』がリリースされた。シンプルでストレートな曲調の表題曲、包容力あるメロディに乗せて<ロックバンドは最高だ そんなの当然だ>と歌う“僕らは夢の中”など、今のロックシーンを牽引する存在となったバンドの自信も感じられる作品だ。
いまや、彼らにはアリーナクラスのロックバンドとしての「風格」が備わりつつあるといってもいいだろう。
Saucy Dog、TikTokから広がる歌詞への共感
Saucy Dogも、“シンデレラボーイ”のヒット以前から着実にライブの現場で支持を広げてきたバンドだ。
初の全国流通作品となる1stミニアルバム『カントリーロード』のリリースは2017年。石原慎也(Vo / Gt)の柔らかな歌声と情感あふれるスリーピースの曲調が評判を集め、代表曲となった同作収録の“いつか”のYouTubeでのMV再生回数は2019年9月時点で1,000万回を突破していた。キャリア初の日本武道館単独公演は2021年2月。当時は新型コロナウイルスによる緊急事態宣言下での開催だった。
失恋の後悔を綴った“コンタクトケース”(2ndミニアルバム『サラダデイズ』収録)、ピュアで甘い恋心を歌った“結”(4thミニアルバム『テイクミー』収録)などの真っ直ぐなラブソングを得意としてきたSaucy Dog。初めて女性目線で描いた楽曲が5thミニアルバム『レイジーサンデー』収録の“シンデレラボーイ”だった。
<散らかった部屋にはひとり またカラダ許してしまったな>と、生々しい情景喚起力を持った言葉で葛藤にまみれた関係を描くこの曲。やはりTikTokを経由して歌詞への共感が広まったことや、マンガ仕立てのアニメーションMVがリスナー層を広げる大きなきっかけとなった。
Saucy Dogは、7月6日に6thミニアルバム『サニーボトル』をリリースする。ライブバンドとして着実なキャリアを積み重ねてきた彼らの充実したクリエイティブを感じる作品だ。先行配信された収録曲“ああ、もう。”はすでにMVの再生回数800万回を突破(7月1日時点)、同じく“魔法にかけられて”は500万回(7月1日時点)、“優しさに溢れた世界で”は100万回を超え(7月1日時点)、1曲だけのバズに終わらない勢いを見せている。
彼らも2022年は全国各地の夏フェスへの出演が決まっている。さらなる躍進を果たすことは間違いなさそうだ。
マカロニえんぴつ、Saucy dogの人気を予言していた「PLAYLIST大賞」
「20年代の邦ロックシーン」における2つのバンドの人気を示す、興味深いデータがある。
2019年9月にスタートした日本最大級のInstagram音楽メディア「PLAYLIST-プレイリスト-」は、10代、20代の音楽好き中心のフォロワーを対象としたアンケートを行ない、その結果をランキング化。「PLAYLIST大賞2020」「PLAYLIST大賞2021」として発表している。
そのランキング上位を2年にわたって席巻してきたのが、マカロニえんぴつとSaucy Dogなのである。「PLAYLIST大賞2020」で、「2020年に一番聴かれた楽曲」として選ばれた上位5曲が以下。
1位 恋人ごっこ / マカロニえんぴつ
2位 ブルーベリー・ナイツ / マカロニえんぴつ
3位 結 / Saucy Dog
4位 猫 / DISH//
5位 ヤングアダルト / マカロニえんぴつ
同じく「PLAYLIST大賞2021」で、「2021年に一番聴かれた楽曲」として選ばれた上位5曲が以下となっている。
1位 なんでもないよ、 / マカロニえんぴつ
2位 シンデレラボーイ / Saucy Dog
3位 Rocketeer / INI
4位 黄色 / back number
5位 ドライフラワー / 優里
「好きなアーティストランキング」でも、2020年から2年連続でマカロニえんぴつが1位、Saucy Dogが2位となっている。
キャッチーなイラストとともに「好きな人に会いたくなる曲」などのテーマ設定でプレイリストを作成し紹介するInstagram投稿が特徴の「PLAYLIST-プレイリスト-」。プレスリリースによれば、約20万人のフォロワーは10代、20代の女性が中心で、なかでも特に邦ロックファンが多いという。
振り返ってみれば、コロナ禍でライブの開催がままならなかった2020年においても、インスタグラムを媒介に集まったZ世代の音楽好きのコミュニティーの間では、マカロニえんぴつが圧倒的な支持を集め、Saucy Dogがそれに次ぐ人気となっていたわけである。
その高い熱量が基盤となり、2021年にリリースされた“なんでもないよ、”と“シンデレラボーイ”に集まった支持が、ようやく2022年になって「Billboard Japan 2022年上半期チャート」に可視化されたかたちといっていいだろう。
ちなみに、2年間の「PLAYLIST大賞」の「好きなアーティストランキング」上位には、ほかにもback number、クリープハイプ、My Hair is Badといったバンドが並んでいる。どれも女性目線のラブソングを得意とする男性ボーカルのロックバンドだ。こうしたポイントも人気の由来になっているのかもしれない。
そういう意味では、2022年6月1日にアルバム『Memory』でメジャーデビューを果たした福岡発の3人組・マルシィや、今夏に日比谷野音・大阪城野音でのワンマンライブを開催することが決まっているthe shes goneも、次なるブレイク候補のバンドといえる。
バンドシーンにも新たな波が次々と生まれていきそうだ。