宇多丸が時代に添いながら『アトロク』で示す、ダメさの肯定

毎週月曜日から金曜日まで、夕方6時から3時間、TBSラジオで放送されている『アフター6ジャンクション』、通称『アトロク』。「聴くカルチャー・プログラム」と銘打たれている『アトロク』だが、Beastie Boys、10代前半の少女マンガ家、ASMR、日本のクイズカルチャー、中国の最新ファッションシーン、時代劇に登場するヒーロー……と、さまざまなジャンルに精通したゲストによって愛を持って発信される特集テーマを並べただけでも、番組内で取り上げられているカルチャーの幅広さが伝わるはずだ。

自身もゲームや銃といった偏愛する対象を持ち、映画に関しては『ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル』(通称『タマフル』)時代から評論コーナーが看板コンテンツにもなっているメインパーソナリティーの宇多丸は、日々訪れるゲストたちが伝えようとする熱気を、どのように受け止めているのだろうか。

この春配信が始まったSpotifyのオリジナルPodcast番組「TBSラジオ・アトロク放課後podcast」についての話題を皮切りに、そんな『アトロク』がどのように作られているのか、ラジオや映画評への思いとともに、同席した橋本吉史プロデューサーと番組さながらに時折掛け合いを行いながら、宇多丸が話してくれた。

クリエイティブって、整っていないところから生まれてくるものですから。(宇多丸)

―4月からSpotifyオリジナルのPodcast番組「TBSラジオ・アトロク放課後podcast」の配信が始まりました。宇多丸さんが考えるPodcastならではの魅力ってどんな部分でしょうか?

宇多丸:放送という公共性の高い場と違って、選択的に聴けるものだから、Podcastではより突っ込んだことや、より個人的なことをいえると思っています。たとえば、映画についてネタバレ前提のトークが可能とかね。それに、語弊があるかもしれないけど、とれ高やクオリティーを気にしすぎないで話ができるんですよね。ためになる話をする気もなく、だらだら話すことでしか生まれないグルーヴってあると思っていて。

―番組内で「駄話」と呼ばれているタイプのトークですね。

宇多丸:最近、『アトロク』スタッフチームのZoomのプロフィール画像が突然小梅太夫さんに変わっていて、「犯人は一体誰なんだ」というただの内輪の事件について2週にわたって「放課後podcast」で話したんです(笑)。僕はこういうネタがすごく好きなんだけど、放送の限られた時間の中だと、整理して効率よく情報を出さなきゃいけないから、扱うのは難しくて。でも、時間を気にせず話す中で意図せずに生まれてくる、整理されていないけど面白いことってあって。そういうものが後々特集の企画につながったりもするんです。クリエイティブって、整っていないところから生まれてくるものですから。

小梅太夫事件について話す「放課後podcast」第11回を聴く(Spotifyを開く

宇多丸:そういう意味でも、『タマフル』(『ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル』)時代に「放課後podcast」や、放送後に飲みながら話していたときのノリに近い感覚で雑談できる自由時間がひさびさにできたのはいいことですね。「放課後podcast」は放送が終わったあとに録っているから、夜遅い時間帯ということもあって、放送とはテンションも全然違います。違う番組を2つやっているのに等しいですね。毎日ラジオをやっているのに、ちょっと大変なんですけどとは思いつつ(笑)、楽しい大変さです。

―放送される時間帯の要素が大きいと思いますが、『アトロク』になって以降、より多くの人に番組が開かれた感じがしていたのですが、「放課後podcast」は『タマフル』の部室的な感覚がありますよね。

宇多丸:『アトロク』はパートナーが5人いるし、大きなコーナーが1度の放送の中で3つもあるとなると、風通しをよくしないとやっていられない部分があります。ただ『タマフル』の部室感を楽しんでいたリスナーさんもいると思うし、僕自身もそういう部分はあるから、Podcastもあるのはいいですよね。『アトロク』に部室的な要素がなくてさみしいと思っている人は、Podcastを聴いてもらえれば、無限に益体もない話をしていますから。

ただ正直、クオリティーは超面白いときと時間の無駄としかいいようがないときがあるので、あまりにも無駄だと思ったときは飛ばしていただければ(笑)。『タマフル』みたいに僕がコントロールする範囲が大きいよさもあるけど、いろんな人が関わって交通している感じは『アトロク』ならではだと思います。

―パートナーの方発信の企画もありますね。

宇多丸:最近だと熊崎(風斗)くんが韓国ドラマにはまって「韓国ドラマ特集」をやったりしましたけど、本当はもっとあってもいいと思います。

「月曜OP:今日は韓国ドラマ祭り!!」を聴く(Spotifyを開く

橋本:林美雄さんや松宮一彦さんのように、アナウンサーがカルチャーを語る文化が昔のTBSラジオにはあったんですよ。だから本来そういうことをやれる遺伝子があるし、もう1回そういう時代が来たら面白いなと思っています。

宇多丸:アナウンサーってよくも悪くもでしゃばらないように訓練されていて、この番組ではそういう枷はいらないって本人たちもわかっているんだけど、並みいるプレゼンターたちが次々に来ると、ハードルの高さを感じるのもわかるんです。「放課後podcast」は、『タマフル』から『アトロク』に至るまで放送で出す前の企画を実験する場になっているから、そういう意味でもPodcastがあることはいいかもしれない。いまや超鉄板企画である「文房具特集」だって、最初は俺ら自身もいまいち面白さがわかってなかったから、Podcastで試したんですよ。あるコーナーや特集がどんな風に面白くなるかって、やってみないとわからないところもあるから。

「放課後podcast」第10回を聴く(Spotifyを開く

―書籍化されたコーナー「低み」もタイトルだけ聞くとどのように転がっていくのかわからない企画ですよね。

宇多丸:「低み」は俺も最初はなんだかよくわかっていない中で始まって。でも、俺が「なんなのこの企画?」っていいながら始めるのも、1つのやり方なんですよね。

橋本:タイトルだけ聞いて「はあ?」ってなって、宇多丸さんが困りながら相手の話を飲み込んでいくと、最終的に普遍的なところに落ちるっていうのはよくやるパターンですね。宇多丸さんって困りながら話を聞くのがうまいんですよ。「困るよこんなことされたら!」っていいながら、嫌々な体で付き合っていくという芸が得意。『水曜どうでしょう』の大泉洋さん的なポジションだなと思っています。

宇多丸:ポスト大泉洋を狙いますから。

橋本:そのポジションを狙うのは、年代やキャリア的にどうなのかっていう問題がありますけどね(笑)。

いいなと思ったときに、自分なりにそのよさを因数分解したり、構造を取り出して納得したいんです。(宇多丸)

―そうですね(笑)。本放送とPodcastの棲み分けもですが、「フューチャー&パスト」のように1週間の放送を振り返るコーナーがあったり、『アトロク』はいまの時代におけるラジオの聴かれ方や届け方についてすごく意識的であるという印象を持っています。

宇多丸:この場にいるから気まずいですけど、それはプロデューサーの橋本吉史が常にそういうことを考えているからでしょうね。あと僕がやっていることは幸運にも、ネット的なシーンと比較的食い合わせがいいんだと思います。ラジオをリアルタイムで聴いている方もたくさんいてくださると思うけど、たとえば映画評が広く知られていったのはイリーガルにアップされているものも含めて、ネット上で拡散された影響が明らかに大きくて。

―映画評に関しては、書き起こし職人のみやーんさんのブログを見ていた方も多いと思うのですが、公式で書き起こしをされるようになったときは驚きました(みやーん|TBSラジオFM90.5+AM954~何かが始まる音がする~)。

宇多丸:リアルタイムで生放送を聴くからこそ面白みのあることや、「放課後podcast」的な駄話は書き起こしと食い合わせが悪いと思うんだけど、映画評はリアルタイムのラジオ話芸でもありつつ、「情報」という側面もあるから相性がよかったんですよね。

以前は自分がつけている映画評のためのノートを見て、前に発言した内容を調べていたんだけど、書き起こしがアーカイブされていくわけだから、単純に俺自身にとって便利でもある(笑)。放送中の発言で間違っていた部分を訂正したり、情報を追加したりする機会をいただいているという意味でも僕にとって最高で、ないと困ります。あとから映画評をチェックされる方には、音声で聴くより書き起こしを見てほしいくらいです。

ムービーウォッチメン:「ヒックとドラゴン 聖地への冒険」を聴く(Spotifyを開く

―『アトロク』には本当に多方面のジャンルのゲストの方が登場されますが、さまざまなゲストの方のお話を受け止めるうえで宇多丸さんが心掛けられていることはありますか。

宇多丸:相手の方が話していることをすべて理解できるかどうかは別として、なるべく誠実に受け止めて理解しようとしたいし、誰に対してもフラットなキャッチャーでいたいと思っています。内容によっては決してこちらが詳しいジャンルでもなかったりしますし、初対面のゲストも多いから、どうやって向き合ったらいいかわからないこともあります。最近はリモート放送だから、面と向かってすらいないですし。

聞き手としてのプロの方に比べたら、それはそれは不器用だと思います。生身の人間同士の会話だから、思い通りに進むわけでもないし、ほとんどレースみたいなものですよ。ピットクルーがいて、僕はドライバーに近い立場で、生放送をわーっと走っていく中で「あれ? ちょっと煙出てるんだけど!?︎」みたいなときには、チーム総出でなんとかしていく。ずっと聴いてる人は、「あっ、いまこすったな宇多丸」とか「スピンしたけどなんとか戻そうとしている」とか気づいているんじゃないですかね(笑)。

それに、2年間『アトロク』をやって痛感しましたけど、俺は本当にものを知らないんです。恥ずかしい。でも、ゲストの話を聞くうえで大事なのは知識じゃないんだと思います。逆に、わかった気になっているからこそ、アウトプットに落ち度がある場合もなくはないですし。とはいえ、ほかの番組じゃなくて僕の番組に来ていただいているのだから、僕というフィルターを通してゲストの方のお話をリスナーのみなさんに理解いただくことに誠実さをつぎ込むことしかできないと思っています。俺はタモさんじゃないんだと開き直って。

「カルチャートーク:スーパーササダンゴマシンさん(リモートプロレス)」を聴く(Spotifyを開く

―『アトロク』にいらしたゲストの中で、宇多丸さんがとくに印象的だったのは、どの方のお話ですか?

宇多丸:たとえば「格ゲー自宅諜報員」の白水さん。格ゲーってまったく俺のフィールドじゃないから、なにも知識がないんだけど、白水さんの話を伺っていると感動します。白水さんは話し手としていわゆるプロっぽい喋り方をする人ではないんだけど、だからこそ、白水さんという人のチャームや、届けようとしていることの熱さが伝わってくる。でも白水さんに限らず、この番組になってからお会いした方々は、どなたのお話も毎回本当に感心するばかりです。

―『アトロク』に登場するゲストの方は毎回「伝えたい」という熱量の高い方ばかりですよね。映画評がまさにそうですが、宇多丸さんご自身も心が動いた対象を伝えようとすることへの思いを強くお持ちのように感じます。

宇多丸:それはまさにおっしゃる通りです。小学生の頃から『スター・ウォーズ』(日本では1978年公開)を観た翌日、友達に熱く語っていましたし、ヒップホップだって、ヒップホップのすごさがあまり日本に伝わっていない中で伝えていこうという思いがあった。なにかに対していいなと思ったときに、自分なりにそのよさを因数分解したり、構造を取り出して納得したいという欲が強いんです。たとえば先日ゲストにお越しいただいた藤津亮太さんが、「見落とされがちだけど重要なアニメ作品」というテーマで『巨人の星』の話をしていたんですけど、それからずっと『巨人の星』の物語構造や作者である梶原一騎という作家について考え続けちゃっているわけですよ。

『巨人の星』について話をされていた「カルチャートーク:藤津亮太」を聴く(Spotifyを開く

息苦しい状況の中でも、適度に力を抜いて雑でいたり、正気を保つためのバランスを取る方法を伝えたい。

―『スター・ウォーズ』を熱く語っていた小学生の頃から、『巨人の星』の構造について考えている現在まで、ずっとそうした楽しみ方をしてこられたんですね。

宇多丸:映画評なんて面倒臭くてしょうがないですよ。休みの週があると「やったー!」っていってますし。ただ、番組内で評した作品とそうじゃない作品では、あとから振り返ったときに、理解度や覚えていることの量が段違いなんですよね。どれだけいい映画でも、映画評で扱っていないと体験として薄い。映画評でけなしている映画って、一見突き放しているように感じるかもしれないんだけど、「この描写おかしくね?」っていいながら観ていることも含め、映画を味わい尽くしているんだと思うんです。自分がなぜ面白いとかつまらないとか思ったのかを探っていくと、そこには必ず理由があるし、その理由がわかる方がやっぱり面白いんですよね。

「ムービーウォッチメン:エイス・グレード 世界で一番クールな私へ」を聴く(Spotifyを開く

―1つでもそうやって味わい尽くせる分野に出会えると、そこから自分なりのものの見方というのが形作られていきますよね。

宇多丸:「なんでもかんでも自分のフィールドに引きずり込みやがって」っていう我田引水的な面もあると思うけど、知識がなかったり、理解し難いジャンルも、自分に置き換えて考えることができるようになりますよね。

たとえばBL的なリテラシーがある人は、本来だったらそう見なされていないところにも関係性を読み取って楽しめるわけで。僕もBL的な読み解き方を教わったことで、ずっと批判的だった森田芳光版の『椿三十郎』(2007年)にも、元の作品(黒澤明監督版)にはない味わいがあるんだと思えるようになりましたし。(高野)政所くんが最近提唱している「ストリートテクニック」もまさにそれですね。1つ視点を入れるというだけで、あとは無ですから(笑)。

―そうしたいい意味で、ある種偏った視点を『アトロク』は肯定していますね。

宇多丸:もっととんでもない偏りを入れていきたいですけどね。

―今回はこうした状況なのでリモートで取材をさせていただいたわけですが、最後に、宇多丸さんがいまラジオを通じてどんなことを伝えたいと思っているのかをお聞きしたいです。

宇多丸:番組やパーソナリティーによってやるべきことは違うと思いますけど、僕は「コロナ期モードから戻るのが正直めんどい」みたいな、決して褒められたものではないかもしれないちょっとしたダメさや、なにか問題と向き合うときに、はっきりした意見をいえなくて、もごもご口ごもってしまうような感覚や態度を否定せずにいたいと思っていて。そもそもカルチャーって、正しさだけを提示するものではないと思うんです。ダメさや醜さも含め、人間的な面すべてを包括するのがカルチャーだから、カルチャーを伝える番組として、正しいことだけをいおうとしたくはないんです。

もちろんいまはこういう状況だから、社会の中で気をつけなければいけないことは伝えているし、現政権のやり方に対して「さすがにこれはないだろ」って思ったときはいっています。でも基本的にこの番組では、「ちょっと酒でも飲みましょうよ」とか「いったん馬鹿な映画でも観ようよ」って、息苦しい状況の中でも、適度に力を抜いて雑でいたり、正しさだけじゃない幅や、正気を保つためのバランスを取る方法を伝えたいと、思っているんです。

橋本:談志師匠は「落語は人間の業の肯定」だといっていましたけど、僕はラジオも人間の業の肯定だと思うんですよ。

宇多丸:とはいえ、ダメを肯定するっていうのは、なんでもかんでもいっていいっていうこととは違う。やっぱり世の中とリンクして、時代によってアップデートを重ねていったうえで、ダメさを肯定していくことが大切なんだと思います。

「放課後podcast」第1回を聴く(Spotifyを開く

番組、または放課後Podcastで紹介された楽曲をまとめた「アフター6ジャンクション」プレイリストを聴く(Spotifyを開く

番組情報
『TBSラジオ・アトロク放課後podcast』(Podcast)
TBS『アフター6ジャンクション』(Podcast)
プロフィール
宇多丸
宇多丸 (うたまる)

1969(昭和44)年東京生れ。ラッパー、ラジオ・パーソナリティ。1989(平成元)年、大学在学中にヒップホップ・グループ「ライムスター」を結成。日本ヒップホップの黎明期よりシーンを牽引し第一線での活動を続ける。また、ラジオ・パーソナリティとしても注目され、2009年にはギャラクシー賞「DJパーソナリティ賞」を受賞。番組内コーナーの映画批評コーナーが人気を呼ぶ。

橋本吉史 (はしもと よしふみ)

1979年生まれ。富山県出身。一橋大学商学部経営学科卒業。2004年、新卒で株式会社TBSラジオ&コミュニケーションズに入社し、制作センターに配属。ADおよびディレクターとして『ストリーム』『伊集院光 日曜日の秘密基地』『荒川強啓 デイ・キャッチ!』『小島慶子キラ☆キラ』を担当。2007年より『ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル』(通称:タマフル)を立ち上げる。現在、『アフター6ジャンクション』プロデューサーを務める。



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