Eveが2年ぶりとなるメジャーからの3rdアルバム『廻人』を発表した。テレビアニメ『呪術廻戦』のオープニング主題歌“廻廻奇譚”が国内外で大きな反響を呼び、Spotifyが昨年末に発表したランキングでは、「2021年に海外で最も聴かれた日本の楽曲」の1位になるなど、飛躍の1年を経て、その真価を発揮する作品だといえるだろう。
本稿ではSpotifyのプレイリストシリーズ「Liner Voice+」で行われたEveによる全曲解説インタビューを基に、『廻人』という作品をじっくりと紐解く。若年層から圧倒的な支持を集めるネットカルチャーの新たなアイコンが、コロナ禍の2年をどのように過ごし、このアルバムにどんな想いを込めたのかに迫った。
「ずっとグルグル廻っているような感覚。アルバムを出すことでそこから抜け出して、前に進んでいきたい」
“廻廻奇譚”のヒットを受けて、いよいよオーバーグラウンドのど真ん中に躍り出た感のあるEve。2020年の2月にリリースされた前作『Smile』からの2年の歩みが凝縮された『廻人』は、その真価を確かに証明する作品だ。
しかし、『Smile』の発売タイミングからちょうどコロナ禍が広がり、5月に予定されていたリリースライブを開催することもできず、サブスクを通じてリスナーを増やしながらも、この期間はEveにとって「実感」を欠いた2年間となってしまった。
Eve「Liner Voice+」を聴く(Spotifyを開く)
Eve:この2年で世の中がガラッと変わって、こういう状況でなければこのアルバムのかたちも変わってたと思う。『廻人』はいまの自分の気分と世の中の気分が合致したようなアルバムになったと思います。
出口が見えないまま、ずっとグルグルグルグル廻っているような、そういう感覚ですね。抜け出せないまま、ずっとモヤモヤした気持ちを抱えて過ごしているような。
「廻」という字はキーになっています。ループしているような気分が自分のなかにはあったけど、このアルバムを出すことによってそこから抜け出して、いままでの日常には戻れないとしても新しいかたちで前に進んでいきたい。そういう期待も込めた今回のリリースなんです。
“廻廻奇譚”でぼくのことを知った人からすると、ぼくは「“廻廻奇譚”の人」だと思うし、そういう意味でもタイトルは『廻人』以外なかったですね。
「世の中ではすごく残酷な事件が起きて、いろんな人が心を壊して、加害者になったり被害者になったりしている」
イントロ的な位置づけのタイトルトラック“廻人”から“廻廻奇譚”へと至るオープニングで始まるアルバム前半は、Eveの音楽欲のさらなる高まりを感じさせる。なかでも、ファットなベースを特徴とするディープなダンスナンバー“夜は仄か”は特筆すべき一曲だ。
本作はほとんどの曲にタイアップがついていたり、映像作品とのコラボレーションだったりするが、“夜は仄か”はそうではないからこそ、現在のEveのモードを素直に反映した一曲だといえる。
Eve“夜は仄か”を聴く(Spotifyを開く)
Eve:“夜は仄か”は好き勝手につくったというか。いままでのEveがやってこなかったかたちで、いまの自分の気分を曲にしたいと思ったんです。
この曲をつくったときもまだ目の前にはずっともやがかかっていて、先が見えない状況だったけど、そんななかでも一日一日を正しく生きるために、自分はどうあるべきかを考えていて。結局自分が好き勝手につくるといつも自問自答ばかりしてるんですけど、でもそれでいいと思っています。
会いたい人に会えなかったり、遊びに出かけられなかったりする一方、世の中ではすごく残酷な事件が起きて、いろんな人が心を壊して、加害者になったり被害者になったりしてる。そういういままで見たことないような世の中になって、コロナ禍でそれをより感じるようになったなか、みんなどこかで寂しさを抱えながら生きていて、愛されたい思いが少しずつ積もってる。“夜は仄か”をつくったときは、そんなことを考えていました。
ガットギターを軸に据え、空間音響的なアプローチが光る“遊生夢死”(「ゆうせいぼうし」と読む)に続いて、アルバム前半のハイライトはシャープなカッティングが刻まれるディスコ / ファンク調の“暴徒”。
Eve“遊生夢死”を聴く(Spotifyを開く)Eve“暴徒”を聴く(Spotifyを開く)
ここまでの曲の歌詞には現状に対するもがきが強く表れていて、同じところをグルグル回るような不安感が確かに感じられるが、“暴徒”では<この旗は折れずにいる 本当はただずっと 認めてほしくって>とその想いが切実さを増している。
Eve:映画『Adam by Eve: A Live in Animation』の劇中歌としてつくらせてもらったんですけど、一緒に制作させていただいたスタジオカラーの吉崎響さんから最初の企画書を見せていただいたときに、女子高生が釘バットみたいなものを持っていて、怒りの感情が滲み出ていたんです。
自分のなかに「喜怒哀楽」の「怒」は少ないんですけど、この感情をそのまま曲にすれば、きっとスタジオカラーと一緒にやるにふさわしい音楽になると思いました。
毎日上手くいかなかったり、自分のことを理解してもらえないやるせなさが、だんだん怒りに変換されていくって、そういう感覚は自分もわかるんです。でもじゃあ、そのなかで自分はどうしたいのか、悔いのないように生きるにはどうすればいいのか。
ぼくというフィルターを通すと、結局そういうことを自分に問いかけてるんですよね。なので、「怒り」という感情が基になってはいるけど、すごく冷静な曲になったと思います。
「“群青讃歌”という爽やかなタイトルと曲調ですけど、言いたかったのは『現実にはきれいごとだけじゃない世界が広がっている』ということ」
アルバム中盤には比較的ポップな印象の曲が並ぶ。ヨルシカのsuisが参加した“平行線”に続いて、メイクアップブランドのKATEによる「欲コレクション」のインスパイアソングとして制作された“YOKU”は、ドリームポップ風の曲調が新鮮だ。
Eve“平行線”を聴く(Spotifyを開く)Eve“YOKU”を聴く(Spotifyを開く)
Eve:現実逃避じゃないけど、「いつもの自分じゃない自分になる」みたいな、それこそKATEのメイクで自分を変えるような、そういう感覚から書いていきました。自分の欲に正しく生きる気持ちはすごく大事だと思うんですよね。それって勉強とは違って、人それぞれに正解があると思うので、自分なりの正解を見つけてほしいなって。
“YOKU”は14曲中7曲目で、ちょうど真ん中なんですけど、ぼくの曲はどういうかたちであれ、一曲一曲いつも全力なので……疲れるなって(笑)。なので、肩の力を抜いて、リラックスして聴けるような、そういう音楽をつくりたいと思っていて、この曲を書けてよかったです。
アニメ映画『ジョゼと虎と魚たち』の主題歌と挿入歌であり、ともにストリングスを配した“蒼のワルツ”と“心海”はEveが内包している確かな大衆性を感じさせる。一方でより強い印象を残すのは、リズムゲーム『プロジェクトセカイ カラフルステージ! feat. 初音ミク』のアニバーサリーソング“群青讃歌”だ。
2月にこの曲を含むアルバム『Eve Vocaloid 01』を発表しているように、Eveとボカロはもともと接点が強いが、この曲ではアルバムのなかでも随一のポップなメロディーに乗せて、痛みや不安の先にある未来を力強く歌い上げる。
Eve“群青讃歌”を聴く(Spotifyを開く)
Eve:『プロジェクトセカイ』はぼくも遊んでましたし、よく知っていたので、オファーがあってびっくりしました。前にボカロの曲を出してはいるんですけど、しばらくやっていなかったですしね。でもすごく嬉しかったし、ずっと身近な存在だったミクさんにまた歌ってもらえるきっかけをつくってくれたことには感謝しかないです。
『プロジェクトセカイ』は少年少女たちの群像劇みたいな感じで、それぞれがそれぞれの想いを抱えながら、音楽を通じてつながっていく。そういう10代の子たちがこれから社会に出て、夢を追いかけるなかで、きれいごとだけじゃない、いろんな現実を見る瞬間がきっとあると思っていて。
“群青讃歌”という爽やかなタイトルと曲調ですけど、言いたかったのは「現実にはきれいごとだけじゃない世界が広がっている」ということで、「それでもみんなで手を取り合おう」という曲になりました。
アルバムの実質的なラストナンバー“退屈を再演しないで”は「意志表明の曲」
“平行線”へのアンサーソングでもある“言の葉”、昨年末に「Spotifyまとめ」のテレビCM曲としてオンエアされ、さまざまな「アイ(愛、哀、藍)」で2021年を総括した“藍才”に続くのが、本作の最重要曲と言っても過言ではない“退屈を再演しないで”。
“暴徒”にも通じるディスコ / ファンク由来のきらびやかなダンスナンバーで、Eveは<明日まだ僕が前を向けるのなら 大丈夫 勝算はないが 問題はないさ 突き進もう>と宣言してみせる。
Eve:“退屈を再演しないで”は実質アルバムの一番最後の曲だと思っています。ずっと出口のない道をグルグルグルグル、ループしているような、そんな日常生活のなかで、退屈な日々をこれ以上再演することがないように、次のステップに向かっていかなきゃいけない。そういう意志表明みたいな曲になりました。
この曲に関してはあまりしゃべることがないというか。歌詞に書いてることがすべてだし、どちらかというと、このあとの自分がどうしたいかとか、なにになるのかとか、そういうところを見ててほしいなって。
曲調にもいまの自分の気分がすごく反映されていて、気を張りすぎず、でもゆったりしたミドルの曲でもなく、心地いい、ずっと聴いていたいような、そういう曲になったと思います。しかも、ボーカルチョップのような遊びもあって、そのバランスがとても気に入っているので、アルバムのなかで一番好きな曲ですね。
ラストにはスマートフォンゲーム『呪術廻戦 ファントムパレード』の主題歌で、初期作に近いざらついた質感のギターロック“アヴァン”が置かれ、<廻って 廻って>と歌うこの曲から、またオープニングの“廻人”~“廻廻奇譚”へと戻っていくループ構造になっている。しかし、“退屈を再演しないで”について語られているように、Eveはすでにここにはいない。
Eve“アヴァン”を聴く(Spotifyを開く)
“蒼のワルツ”“心海”“群青讃歌”“藍才”と、「青」にまつわる曲名が並び、アートワークの色もやはり青がベースになっている『廻人』は、Eveが過ごしたブルーな季節のドキュメントでもある。しかし、そんなブルーを撃ち抜いて、心地いいグルーヴに乗って、この先にはきっとまだ見ぬ景色が待っているに違いない。4月からはEveにとって過去最大規模となる全国ツアー『Eve Live Tour 2022 廻人』が開催される予定だ。
Eve:このアルバムは自分も気づかされることが多いアルバムになりました。誰かと一緒につくる、作品に対してつくる、そういうものを今回たくさん経験させていただいて、でも最終的には自分のフィルターを通して生まれた音楽なので、どれも紛れもなく自分の曲だと思います。
ただ、これまでとは違うつくり方をしたことで、やっぱり『Smile』とはまったく別のアルバムになったと思いますし、個性的な顔をした曲がひとつのアルバムに揃って、こういう作品ができたことに喜びを感じています。
コロナという本当に想定外の時期が長く続いて、ライブもできなかった『Smile』から『廻人』の間は、どこかずっとモヤモヤした気持ちが続いてたんですけど、そんななかでも曲をつくり続けることができたのは、いろんなタイアップや作品のおかげです。今度はこのアルバムを出して、ライブをすることで、そこからまた次の「今度はこういう曲をつくりたい」みたいな気持ちが生まれてくるのかなって、いまはそう思っています。
- リリース情報
-
- Eve
『廻人』通常盤 -
2022年3月16日(水)発売
価格:3,300円(税込)
TFCC-86830
- Eve
- プロフィール
-
- Eve
-
2枚の自主制作アルバムを経て、2016年に全国流通盤『OFFICIAL NUMBER』をリリース。2017年12月13日発売のインディーズアルバム『文化』は初の全自作曲のみで制作され、収録曲“ドラマツルギー”は1億回再生を突破。YouTube 登録者数は373万人を上回る。2018、2019年のワンマンライブは12,000人を動員した『winter tour 2019-2020 胡乱な食卓』を含め全公演即完。2019年2月6日リリース『おとぎ』、2020年2月12日リリース『Smile』はオリコンアルバムチャート2位を獲得した。2020年12月23日リリースの『廻廻奇譚 / 蒼のワルツ』はオリコンデイリーランキング1位を獲得し、収録曲“廻廻奇譚”はストリーミング・MVともに2億回再生を突破した。