米津玄師、星野源、imase――mabanuaのプロデュースワークから振り返る2023年の音楽シーン

2012年に拠点を東京から群馬に移し、2019年にプライベートスタジオを設立したmabanua。ソロやOvallとしての活動の一方で、一時期はサポートミュージシャンとしても多岐にわたる活動をしていたが、コロナ禍を経て、近年はプロデュースワークにウェイトを置き、多数のアーティストの作品に関わっている。

米津玄師や星野源といったビッグネームをはじめ、“NIGHT DANCER”が世界でバズを起こしたimase、「RADAR:Early Noise」に選出されているchilldspot、RADWIMPSの楽曲への参加が話題となった十明など、若い世代の作品も数多く手がけるmabanuaは、現在では日本のトッププロデューサーの一人だと言っても決して過言ではない。

そこで今回は2023年のプロデュースワークを振り返ってもらうとともに、現代の音楽シーンについても語ってもらった。彼の言葉から見えてきたのは、録音環境の変化やマルチプレイヤーの増加を背景に、少人数での密度の濃い制作が可能になり、パーソナルなこだわりを反映させた個のクリエイティビティが時代をリードする、そんな刺激的な2023年のムードであった。

mabanuaが振り返る2023年。「一極集中」や「最大公約数」が過去のものとなり、パーソナルなこだわりが重視される時代に

―まずはmabanuaさんの視点で2023年の音楽シーンを振り返っていただけますか?

mabanua:この一年を振り返ると、いろんな現場で「いまなに聴いてるの?」っていう質問が飛び交ってた印象なんですよね。それで思ったのは、みんなこの一年を総括したときに思ってることが違うんだろうなって。

Spotifyが日本でも始まって、YouTubeもアルゴリズム的に進化して、おすすめとかプレイリストで聴くものの幅が広がってきた。そうやってリスナー個々、アーティスト個々がそれぞれを深めていくような時代が始まって、この一年でそれが定着して、だから逆に自分以外の人が何を聴いてるのか、より気になってくるんでしょうね。

mabanua:言い方を変えると、一極集中というか、一人のアーティストをみんなで崇め奉ったり、そういうことをしなくてもよくなったというか。いちいちチャートを気にして聴くものを探す人も昔よりは少なくなっただろうし、それよりはおすすめとか友達から教えてもらったものを大事に聴く人のほうが増えたと思うんですよね。自分の好きなものをより深く濃くしていく、そういうスタイルが定着した一年な感じがします。

―ストリーミング以前というかSNS以前というか、一昔前は年ごとにその年を象徴するアーティスト、曲、アルバムだったりがある程度みんな一致してあったけど、そこからより個の時代になってきて、今年はもうそれが定着したと。

mabanua:『紅白歌合戦』とかが人選で荒れたりしますけど、なにか指標をつくり出そうとすると、それに対して異論を投げかけてくる人が昔より増えてきたのは、多分そういう時代だからこそな感じがします。そういう状況に対して、「混乱してる」と言う人もいると思うんですけど、僕は「それのなにが悪いのかな?」っていう感じ。総括できないのがダメだとは僕は思わないので、むしろそういう状況を楽しむのがいいんじゃないかなと思いますね。

―「コロナ禍以降の変化」という意味では、2023年はどんな一年だったと感じていますか?

mabanua:自分はもう群馬に拠点を移して10年以上経ってるんですよね。だからさっきの「一極集中」っていうことで言うと、「まずは東京で活動することを考える」みたいな概念はもうあまりなくて。もちろん東京にはいまもパワーがありますけど、自分は10年くらい前にそういう概念を変えて、自分なりにやり始めてた部分もあるので、コロナ禍を経て、より確信を持てたというのが一番大きくて。

mabanua“So Real(feat. Nicholas Ryan Gant & Suede Jury)”を聴く(Spotifyを開く)。ミュージックビデオはmabanuaのプライベートスタジオで撮影されたもの

mabanua:ただ事務所のスタッフのサポートがなかったら乗り切れなかったところはすごくありました。コロナ禍で閉ざされた世界だったからこそ、自分に近い人たちとのチームワークが大事だったというか、それは決して閉鎖的という意味ではなくて……プレイリストの話と一緒ですね。自分の好きな、自分が信頼の置けるものをより強固にするという意味で、コロナ禍は大きな影響があったのかなっていう感じはしました。

プレイリスト「origami PLAYLISTS」を聴く(Spotifyを開く

mabanua:ちょっと話広がっちゃうんですけど、10年前とかの日本の音楽シーンって、最大公約数を狙うのが成功する秘訣というか、コンペとかもそういう考え方だったと思うんですよね。でもいまはよりパーソナルなこだわりが反映されているかが重要だと思うんです。だから、マルチプレイヤーの人が増えてきましたよね。鍵盤もギターも弾けて、歌えて、ミックスまでやっちゃうみたいなのって、僕がデビューした当時は珍しがられた記憶があるんですけど、そこは時代が変わってきたのを感じますね。

マルチプレイヤーの増加や録音環境の変化。「予算のかかった環境が必ずしも結果に繋がるとは限らない」

―ではmabanuaさんの2023年のプロデュースワークを振り返ると、まず米津玄師さんと星野源さんに関しては、共同編曲をして、演奏にも参加していらっしゃると思うんですけど、そういう関わり方が増えてきた?

mabanua:増えましたね。1対1とまでは言わないですけど、大勢でつくることは、自分が関わる現場では減ってるような感じです。必要であればミュージシャンを何人か呼ぶこともありますけど、少人数が増えたかもしれないですね。

源さんの場合はコロナ禍で本格的にDTMを始めて、自分で音をパソコンで触るようになったのが大きいと思います。実際言葉でカタカタ書くよりも、お互いセッションファイルでやりとりしたほうが早いっていうのはあって、1対10でそれをやるのは不可能だから、それこそ1対1というか、僕みたいなスタンスの人だとやりやすいのかなって。

mabanua:アレンジャーが演奏もやることでイメージが崩れないのもメリットですよね。ミュージシャンを呼んでハプニングを狙っておもしろくするやり方もあるんですけど、それほどの時間と予算も昔よりはないので、家でつくったものがそのまま採用されたほうが、ディレクターの人にとってもいいというか(笑)、全部差し替えとなると予算がかかっちゃうわけで。imaseくんの“ユートピア”も、ホーンとストリングスとピアノは生で録って、それ以外のベーシックは全部自分が家で録ったのをそのまま採用してます。

―米津さんの“LADY”は、米津さんとの共同アレンジですよね。

mabanua:そうですね。ピアノもデモを生かすか、生で弾いたのに差し替えるか、ギリギリまで迷ってたみたいで(音源ではWONKの江﨑文武が演奏)。だから最初から全部差し替える前提でつくってる人は、昔ほど多くない感じがしますね。

別件ですけど MELRAW に家で録ったSAXの素材を送ってもらったことがあって、普通に音がいいんですよ。大きなスタジオ、いいエンジニアで録っても、家で録ったやつのほうが質感がいいことが結構昔からあって。そういうとき自分は「デモのままでいいんじゃない?」って言っちゃいますね。予算のかかった環境が必ずしも結果につながるとは限らない、それをみんなわかってきたんじゃないかな。

米津玄師“LADY”でこだわった倦怠感を表現するためのグルーヴ

―米津さんの楽曲に参加するのは“ナンバーナイン”以来、結構ひさしぶりでしたけど、“LADY”のようなワンループの曲は米津さんとしてはわりと珍しいと思うから、それで「ひさしぶりにmabanuaさんと」ってなったのかなと想像しました。

米津玄師“LADY”を聴く(Spotifyを開く

mabanua:僕も全部憶測ですけど、グルーヴ感みたいなものが「mabanuaさんっぽいんじゃないか」みたいなところでオファーしてくれたのかな。「いっぱい楽器が演奏できる人、誰かいない?」という探し方ではないと思うんです。

みんなに共通して、「グルーヴ感みたいなものがmabanuaさんっぽいんじゃないか」というところでオファーをしてきてくれるのかなっていうのは、今年を振り返ってみても思いますね。実際ノリっていう部分でもっと追求できるところが日本の音楽にはあると思うので、そこに対していろいろ自分が提案をすることは、もっとできるのかなと思ってます。

―“LADY”だと「ノリ」という意味ではどんなやり取りがありましたか?

mabanua:ノリのバネの感じというか、それをどれぐらい出していくかみたいな、そういう調整はスタジオとかメールで結構やり取りをした感じですかね。楽器の音色とかハーモニーとか、そういうところで「もっとこうしてください」みたいなのはあんまりなくて、ノリを重視してつくっていく感じだったかもしれないです。

―米津さんがご自身のYouTubeで話してたのは、コーヒーのCMソングというのもあって、時間帯は朝10時ぐらいで、午前中の軽やかさもあるんだけど、ちょっと倦怠感もあるような、そんなイメージがあったみたいで。その感じをどうグルーヴで表すのか、そこのさじ加減が重要だったのかなと。

mabanua:たしかに。ただ明るい曲というよりは、その倦怠感みたいなのを持たせたい、そこをグルーヴの部分でちょっと沈めるというか、そういう手法だったのかも。自分もそんなにキラキラした楽曲はつくれないので、自然に気持ちいいところを狙えれば、玄師くんのやりたいポイントもできたりするのかなと思いながらつくってましたね。

米津玄師 - LADY Radio

ディレクターを間に挟まない星野源との制作。「針穴に糸を通すようなことを百個も千個も積み重ねてつくられてる」

―星野源さんの最近の楽曲はいい意味でグルーヴがすごく歪だなと思うことが多くて。すごく緻密につくり込まれてるんだけど、でもすごくラフな側面もあるというか、絶妙なバランスで成り立っているように感じます。

星野源“生命体”を聴く(Spotifyを開く

mabanua:何曲もご一緒させてもらって、源さんの「いいね」と思うポイントと、「これはちょっと違う」というポイントが、ようやくわかってきたかなと。やっぱり源さんはただ綺麗に仕上げるのではなく、あえてどこかしらに歪みが見え隠れする、そういう隠れた変態さ加減みたいなのが、その魅力としてつねにあると思うし。

これも全部憶測ですけど、やっぱり“恋”とか“SUN”とか、あのスタイルをそのまま続けていくより、アーティストみんなそうだとは思うんですけど、源さんも「どうやったら更新できるか」をつねに考えていると思うんです。そのうえでのいまのスタイルというか、『POP VIRUS』以降を源さんが楽しんでいる感じが、一緒に制作してると最近伝わってきますね。

mabanua:“創造”の頃は結構差し引きがあったんですけど、“生命体”とか“喜劇”とかは、積み木みたいな感じでうまくつくれたというか、もちろん苦悩しての積み上げですけど、でもすごくスムーズにいった感触があって。ただ源さんと一緒につくる感覚って、言葉ではちょっと語れないんですよ。「もっとここをこうしてください」とか、箇条書きで書いて終われるようなものじゃないんです。

パンを横に振るとか、EQで低音ちょっと上げておくとか、プラグインこれ挿したとか、そういうちょっとしたことだけで「いい感じですね」とか「ここは直させてもらいました」みたいな、その境目がわかれる。だから、文章のやり取りとしてはすごくシンプルなんですけど、実際にお互いがやってる作業は針穴に糸を通すようなことで、それを百個も千個も積み重ねてつくられてる感じなんです。

―そういう作業は誰とでもパッとできるわけじゃなくて、ある程度同じ人と繰り返しやっていく必要がある。近作でmabanuaさんと繰り返し制作をしているのはそういうことかもしれないですね。

mabanua:そうだったら嬉しいですね。あとディレクターが間に入ってこないのは大きいかもしれないです。若手のアーティストだとディレクターさんが入って、3者でつくってるようなところがあるんですけど、源さんは昔から自分でやるので、そういう意味でもほかにはいないというか。

一般的にほかからの目線がない分、人って不安になっていきやすいのかなとも思うんですけど、そこで僕みたいな人間が「いい感じですね」とか、一言素直に思ったことを言うだけでも、そういうつくり方をしている人にとっては良い効果を生むこともあると思っています。

―1人だとどうしても不安だと思うので、2人という最少人数ではあるけど、それでも客観視してくれる人の存在は大きくて、なおかつその人が信頼できる人であれば、その人の一言はすごく大きいでしょうからね。

mabanua:ミュージシャンをいっぱい集めて、大勢でつくってると、「どうかな?」って聞いたときに、「いい感じじゃないですか!」とかって、肯定の嵐になったりするけど、それだとありがちなものになりやすいというか。そこはやっぱり本当に信頼をおける人に、自分のチームのみんなに聞くことが大事で。

―そこにも近い人との密度をより上げていくことの重要性が表れていますね。

mabanua:そうですね。今年のワークスを振り返ると、そういう信頼関係みたいなものはすごく大事だった気がします。

「imaseくんは意思表示が天才的にうまい」。生楽器を重視した“ユートピア”のレコーディング

―一方では下の世代のプロデュースワークも多くて、既に名前が出てますけど、imaseくんは象徴的かなと思って。コロナ禍になってからDTMを始めたそうですけど、TikTok経由で楽曲が広く聴かれるようになるというのは、まさにいまを体現してる人だなと思います。

imase“ユートピア”を聴く(Spotifyを開く

mabanua:imaseくんはデモを聴いたときに、すごく意思を感じるんですよね。音だけ聴くとできてない部分があったり、弾けてない部分があったりするのかもしれないですけど、「たぶんこうしたいんだろうな」っていうのがわかることがプロデューサーの自分にとっては一番大事なんです。すごく完成されたデモを送ってくる人もいるんですけど、完成されてると「そのまま出せばいいんじゃない?」と思うし、「結局これをどうしたいの?」ってなるのが一番困るんですよ。

だから、自分のやりたいことがはっきりしてるという意味で、imaseくんは意思表示をするのが天才的にうまいんじゃないかな。上手に弾けるのも大事だけど、「こうしたいんです」っていう意思を音だけで伝えるのは才能なのかなと思うので、デモを聴いた瞬間にそこが伝わるっていうのが、imaseくんの一番の魅力ですかね。だから、彼が楽器を全部ちゃんと演奏できて、ミックスまでできちゃったら、外部プロデューサーとかいらないんじゃないかな。きっとそこまで行けると思うんですよね。

―“ユートピア”に関しては、弦や管を生で録ったというお話がありましたけど、imaseくんとはどんなやり取りがありましたか?

mabanua:『SAND LAND』の主題歌だったので、冒険を感じるサウンドというか、場面が転換していって、かつスクリーン映えする、サウンドトラック的な一面も持たせたいなって。“NIGHT DANCER”は打ち込み主体の、とてもタイトな曲ですけど、今回はそうじゃない感じにしてみたいっていうのは、メッセージとして感じてました。

そういう縦にも横にも奥にも広いサウンドをつくるには、生楽器をメインにしたほうがいいのかなっていう話をしたら、本人も「そのつもりでした」って。ストリングスとホーンは大人数いるような感じにしたいので、そこに手間をかける分、ほかは僕がやって、全体をまとめた感じです。

―YouTubeのレコーディング風景を見ると、生の弦にimaseくんが興奮していて、あの感じもいいですよね。

mabanua:いいですよね。「僕がロジックで弾いてるのはこういう音なんですね」みたいな、普通逆だと思うんですよ。バイオリンがあって、それをソフトで再現してるわけじゃないですか。でも彼は「おもしろいと思って弾いてた音の、もとがこれなんですね」ぐらいの感じで捉えてたから、あれは僕にはカルチャーショックでしたね(笑)。

“ユートピア”のレコ―ディング風景

「実験的」だったchilldspot“まどろみ”の制作。「スタジオで一緒につくってると、惰性で物事が進んじゃうときもある」

―若手のバンドではchilldspotのプロデュースをしていて、ちょっと前にボーカルの比喩根さんに取材をさせてもらったときに、“まどろみ”に関して、「リファレンス探しから一緒にして、デモをいくつかもらって、全部にメロをつけて、コンペっぽい感じでつくった」というのを話してもらってるんですけど、そういうやり方は珍しいですか?

※関連:chilldspot、DURDN、tonun鼎談。単発ヒットの時代に共有する想いや10年前のシーンへの憧れを語る(記事を開く

chilldspot“まどろみ”を聴く(Spotifyを開く

mabanua:あれだけデモをつくって、鼻歌を乗っけてもらってみたいなのは初めてだったかもしれないですね。1日スタジオを押さえて、1から一緒につくっていくのもありなんですけど、そうじゃないつくり方もできないかなって、ちょっと実験的な意味も込めてやったところがあって。

スタジオで一緒につくってると、惰性で物事が進んじゃうときもあると思うんです。「せっかく今日こんなに頑張ったんだから」みたいな。でもそうじゃなくて、1回断片でつくって、お互い自分の空間で精査しながら進めて、最初にその先が見えてれば、その後も上手く進むんじゃないかって、そういう手法をやってみた感じですかね。

―近年はジャズやソウルをベーシックにしたバンドがたくさん出てきたから、彼女たちを最初に知ったときもそのタイプかなと思ったんですけど、今年出た『ポートレイト』はインディーロック色も強かったり、おもしろいバランスになっていて、“まどろみ”もすごくいい曲だし、mabanuaさんとの相性も良かったんだろうなと思いました。

mabanua:もともとロックっぽいのもやるし、バンドサウンド寄りで、“ネオンを消して”で知った人がほかの曲を聴くと、びっくりするぐらい幅が広いですよね。だからその中間を埋めるような曲を自分がつくったらいいのかなと思って、テンポも速すぎず遅すぎず、でもchilldspotにいままでなかった楽曲を提案してみたのが今回の楽曲ですかね。

―リファレンスを一緒に探したそうですが、どんな名前が挙がってたんですか?

mabanua:あのとき出てたのは、チャーリー・プースの“Left and Right”かな。あとはサンタナの“The Game of Love”って曲があって、ミシェル・ブランチと一緒にやった、90年代に流行ったアメリカンポップスみたいなのをいまやったらどうなるのかなって。だから1つじゃないですよね。リファレンスが3つ4つあって、これをまとめて、chilldspotっぽいフィルターを通してなにができるかっていうのをやってますね。

ギターをサンプリングして配置した十明“僕だけが愛”。mabanuaが感じたCharaとの共通点とは?

―先日リリースされた十明の“僕だけが愛”はRADWIMPSの野田洋次郎さんとの共同アレンジで、アシッドフォークというか、アンビエントフォークというか、今日ここまで話したどの曲とも違う、すごく個性的な仕上がりでした。

十明“僕だけが愛”を聴く(Spotifyを開く

mabanua:あれはデモがギターと歌だけのもので、洋次郎くんは「まだなににも染まってない、何者でもない感じを出したい。既存のJ-POPにあるような感じにはしたくない」と言ってて。最初ギターを自分で弾いて、アカペラと合わせてつくったりもしたんですけど、それだと完成されちゃってて、無垢な感じがなかったんですよね。

それで十明さんが弾いてるギターをサンプリングして、それを配置するやり方にしたんです。後半にいくにつれて、僕が弾いたギターが混ざって、幅が広がって終わる。最初に鳴ってるギターは十明さんのギターを編集して、テンポに合わせたやつで、結構ぶつかってる音もあれば、コードが曖昧になって、不協和音っぽく聴こえるところもあるんですけど、それが無垢な感じとして表れてる。

mabanua:それはどんないいスタジオやいいプレイヤーを呼んでも再現できないものなので、音楽ってこういうところも大事にしないといけないよねって、ハッとさせられました。音数としてはシンプルなんですけど、絶妙な音色だったり、表現の仕方を細かく調整するので、すごく時間を要したプロジェクトでした。

―弾き語りの雰囲気が軸にはなってるけど、アンビエント的にいろんな音が入っていて、ミックスも凝ってるから、細かい調整があったんでしょうね。

mabanua:「この感じ、誰かっぽいな」と思って、洋次郎くんも同じようなことをチラッと言ってたんですけど、「これCharaさんだな」と思ったんですよね。普通の弾き語りだけじゃなくて、ノイズがバッと入ったり、変なところで反響してたり。

だからネオCharaさんみたいな感じというか(笑)、自分がやってたことが1周回ってまた帰ってきたみたいな感じもあって。源さんもCharaさんも、やっぱり普通じゃないところに魅力を感じてる人たちで、そういう人と仕事するのは楽しいですよね。

―mabanuaさんご自身もジャンルにこだわってるんじゃなくて、それが混ざってたり、独自の形で成り立ってるものがお好きな人だと思うし、その部分で相性がいい人たちとお仕事をされることが多いんでしょうね。

mabanua:そうですね。世の中的には「ブラックミュージックっぽいことをやってる人」という認識が強いかもしれないですけど、僕自身は結構いろんなスタイルの音楽を聴いてきたので。2023年のシーンの話に戻ると、昔ほどジャンルの区別がなくなってきたし、より人種とか国とか、そういったものの偏見がなくなってきたなって。

ジャンルの作法みたいなものよりも、いまは個のクリエイティビティのほうが優先されると思っていて。だから「黒人みたいなビート感」とか「海外みたいなサウンド」とか、そういう一括りの人種や国を挙げて音楽をつくる人がいなくなったのはすごく思いますね。

mabanuaが選ぶ2023年のベストアルバム。ポスト・マローン『AUSTIN』とVaundy『replica』

―mabanuaさんにとって印象に残った2023年のアルバムを洋邦それぞれ一作ずつ挙げていただきました。まず洋楽はポスト・マローンの『AUSTIN』。

Post Malone『AUSTIN』を聴く(Spotifyを開く

mabanua:世界的に見ても、ここ5~6年を象徴するアーティストで、やっぱりジャンル問わないよねっていう。トラップでラップやってたと思ったら、歌も上手いし、カントリーをやったり、Nirvanaのカバーをやったりもしてるじゃないですか。「トラックやオケを選ばない」っていうのは僕のなかでアーティストの魅力のひとつの指標なんです。

下が別のものにすげ変わっても、ケンドリック・ラマーがラップしたらもうケンドリックの作品になる。いまトラップのトラックでラップしてるアーティストが、トラップ以外のスタイルでなにかやってみてたときに、どれだけ通用する人がいるだろうかって考えると、決して多くないんじゃないかなと思って。そう考えたときに、ポスト・マローンはケンドリックとは別方向ですごいなって。

マスにも支持されるし、インディ目線で見てもやばいし、どこを見ても非がないのはすごいなって。マスに対してのピークのアルバムは、1つか2つ前のアルバムだったと思うんですけど……。

―『Hollywood’s Bleeding』ですかね。

mabanua:あれがマスに対するピークだとしたら、僕はいつもその後の作品が好きなんです。ケンドリックも『DAMN』が出て、あれもたしかにすごいんですけど、僕からしたら最新のアルバム(『Mr. Morale & The Big Steppers』)のほうが「ずっと聴いてたいな」っていう感じ。ポスト・マローンの今回のアルバムは、肩の力が抜けてるんだけど、エモーショナルな部分もあって、すごく魅力的でした。

―邦楽に関しては、Vaundyの『replica』を挙げていただきました。

Vaundy『replica』を聴く(Spotifyを開く

mabanua:僕日本のミュージシャンも結構チェックはするんですけど、考え方に共感して聴くところも多くて。Vaundyくんは“踊り子”が衝撃で、好きで聴いてたんですけど、某雑誌のインタビューで、アルバムについて喋ってる記事を読んで、歌詞とか音についての考え方にすごく共感して。「そうだよね。みんなそんなこと口にしてなかったけど、俺もそう思うし、そういう考えの人がもうちょっといてもいいと思ってた」って、それをVaundyくんが言ってくれたことで、ちょっと救われた感じになって。

―すごくわかる気がします。音楽をデザイン的に捉える視点、ジャンルに規定されない姿勢、『replica』というタイトルに象徴される、自分の音楽はある意味では過去のレプリカなんだけど、それは決して悪いことではなく、それをどう消化して、自分の音楽として提示するかの挑戦なんだっていう感覚は、mabanuaさんの考えとも通じるところがあるだろうなって。

mabanua:歌い方とかも楽曲ごとに違うんですよね。それを使い分けられるアーティストもなかなかいないし、歌が上手いだけでも駄目なんだよっていう、表現したいことがその人のなかで濃くあるかどうかだけだと僕は思ったりもしてるので、そういう考え方にも共感できたし、それが表れてるアルバムだなっていうのをすごく感じたんですよね。

そういった目線で言うと、方向性とか毛色は違うけど、ポスト・マローンとちょっと通じる部分があって。僕はやっぱりそういうのが好きなんだなって、再認識させてくれたアルバムでした。

「偏見を取っ払って誰にでも接することって、簡単そうで簡単じゃないけど、そこを取っ払って音楽をつくっていきたい」

―では最後に改めて、mabanuaさんにとって2023年はどんな一年でしたか?

mabanua:いろんな方面からオファーをいただけたのはやっぱり嬉しくて、特に若い人といろいろ仕事ができたことはよかったですね。いまって世代ごとの分断があると言われているじゃないですか。でも上の世代を「老害」みたいに一括りにするのはとても寂しいし、それぞれの世代にメリットとデメリットがあると思うんです。

未熟だからこそできるものが音楽でもあるし、経験がある人はそれゆえに頑固なところもあるかもしれないけど、経験を持ってなにかを教えてくれるところもある。ちょうど世代と世代に挟まれてるのが自分だと思うので、そういう意味ではいろんな世代とコミュニケートしていきたいなっていうのは、2023年の冒頭から思っていて。今年はより若い世代とコミュニケーションを取れたことが、自分のなかで大きな栄養素だった感じはしますね。

―最初の話に戻りますけど、「自分が見てることが正しい、それ以外は間違ってる」みたいに思っちゃうのって、エコーチェンバーじゃないですけど、周りに似たような人たちがいて、それが世界のすべてだと思っちゃうからこそですよね。でも幅広い世代と交流して、いろんな意見を普段から入れておくと、誰かを否定するような考え方は薄らいでいくと思うから、やっぱりいろんな世代と交流することはとても大事だなと思います。

mabanua:自分が好きな年上の人は、背中で語ってるような人なんですよね。若い世代にマウントをとってやろうっていうオーラの出し方をしてる人がときどきいますけど、「そんなことをしなくても、あなたの素晴らしさは十分わかってますので」って言いたくなるときもあるので、自分は背中で語るような大人でありたいというのがあるし、どんな世代に対してもフラットでいたいんです。

だから若い人と話すときもまずは敬語から始めるし、「最近どんなの聴いてるんですか?」っていう、冒頭で話したような質問も普通にするし。偏見を取っ払って誰にでも接することって、簡単そうで簡単じゃないけど、そこを取っ払って音楽をつくっていきたい。2023年はそれを自分なりにできたかなと思うので、そういうことをこれからもやっていきたいですね。

プレイリスト「mabanua Works」を聴く(Spotifyを開く

プロフィール
mabanua (まばぬあ)

ドラマー、プロデューサー、ビートメーカー、シンガー。関口シンゴ、Shingo Suzukiと共にバンド、Ovall(オーバル)としても活動。すべての楽器を自ら演奏し、それらの音をドラマーならではのビートセンスでサンプリング、ブラック・ミュージックのフィルターを通しながらもジャンルに捉われない音創りで音楽好きを虜にする。またプロデューサー、リミキサー、ドラマーとしてこれまでに数百曲以上のアレンジやプロデュース。そのほかCM楽曲や映画、ドラマ、アニメの劇伴なども数多く手掛ける。Toro y Moi、Chet Faker、Madlib、Thundercatなど海外アーティストとも多数共演。



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