テレビアニメ『呪術廻戦』の待望の第二期が7月6日からスタートした。その制作を担うアニメスタジオMAPPAは、ここ数年、「MAPPA SHOWCASE」や「MAPPA STAGE」といったイベントの開催、ライツ事業の強化、配給事業などアニメ制作にとどまらない活動を展開している。その活動には、アニメ業界の構造的な問題を解決する糸口や、作品を世界に届けるヒントがあるように思う。今回は、そんなMAPPAの近年の活動と今後について、代表取締役・大塚学氏と取締役 / 企画部部長・木村誠氏にお話をうかがった。
アニメを作るだけのビジネスから脱却を目指す
―「MAPPA SHOWCASE」や「MAPPA STAGE」を開催するなど、アニメ制作にとどまらない展開をされています。アニメ制作会社が自らこうしたことを手がける狙いはどういったところにありますか。
大塚:一番大きな理由は、アニメを制作するだけではビジネスとして成り立たないからです。アニメ制作だけで運営をしていくことに限界を感じて、2018年頃から催事やライツ事業にも力を入れていこうという方針を立てました。以来、ライツ事業部において多様なチャレンジをしています。
―作品をつくるだけの経営に限界を感じたということですが、このところ、国内のアニメスタジオ運営の難しさが言及されています。
大塚:例えば弊社が制作した『ユーリ!!! on ICE』は大ヒットと言える結果となりましたが、その結果から比べるとスタジオに入ってくるお金は微々たるものだったんです。この構造を受け入れ続けてきたスタジオにも責任があると思い、自分たちでやれることを増やさなくてはと思うようになりました。ヒット作はコントロールして生み出せるものではないので、限られたチャンスをしっかり活かさないと企業として成長することはできません。
そういう状況から脱却するためには、他事業への出資、環境や人材育成などへの投資が必要となりました。それに加えて、ビジネススキームを考える必要があります。そういった領域の仕事をずっとやってきた木村が加わり、同時期に海外の配信プラットフォームが日本アニメに進出してきて、大きくチャンスが広がりました。
―出資といえば、『チェンソーマン』がMAPPAの100%出資で話題になりましたが、じつはその次のシーズンに放送された『とんでもスキルで異世界放浪メシ(以下とんでもスキル)』も100%出資でしたよね。
大塚:そうなんです。『チェンソーマン』を100%出資でやりますという話がすごい勢いで独り歩きしてしまったので、『とんでもスキル』では、こちらからは言わないようにしていました。お客さんにはどこが出資とか関係ないですし、100%出資していないほかの作品だって同じように大切ですからね。『とんでもスキル』には、100%出資が成立するだけの原作力があったのでやらせていただいたという感じです。
イベント×SNSで、海外ファンとつながる機会を
―『とんでもスキル』は実在の商品を登場させる「プロダクトプレイスメント」を展開しています。ライツ事業部としては大変だったのではないですか。
木村:そうですね。担当者がすごく頑張ってくれて。現実世界から商品を取り寄せるという設定があったので、本物の商品が使えると面白いねと話し合っていたんです。実際に作品に登場した商品の売上にもつながったみたいで、やってよかったと思いました。
―『とんでもスキル』ではリアリティのある料理シーンも話題ですが、専門の撮影会社が制作協力されているんですよね。
木村:料理撮影を専門としている会社に協力していただきました。その映像を作画で参照しているんですが、MAPPAチャンネルに比較動画をアップしたら、トラウトサーモンの作り方の動画だけなぜか1000万以上の再生回数になっています。
大塚:なんでこれだけこんなに伸びているのか、分析してもよくわからなかったんですよね。
木村:謎の展開でしたね。アメリカからのアクセスが多かったのですが、もしかしたらちょうどWBCで盛り上がっていた時期だったので大谷選手との対決が盛り上がったトラウト選手つながりじゃないかと…。
大塚:それが唯一の仮説ですね(笑)。
―MAPPAは海外のアニメファンにも広く定着していますが、作品を世界に届けるためにどんな工夫をされているのでしょうか。
大塚:YouTubeやTwitterなど各種SNSツールを使うのは、一般のエンタメ企業とそんなに変わらないと思います。
木村:アニメスタジオがYouTubeで戦略的に発信することはちょっと前まで少なかったですよね。MAPPAは10周年のタイミングで「MAPPA STAGE」とYouTubeチャンネルの立ち上げを絡めたんです。そこで「MAPPA STAGE」を生配信することで、海外のお客さんからもコメントをたくさんもらえるようになり、登録者数も1万人くらいだったのが、一気に30万人くらいにまで増えました。そのあと、『呪術廻戦』など人気アニメを主体的に発信していくことで登録者は増え続け、現在は130万人程になっています。
アニメプレイリストが生み出す作品間の相乗効果とは?
―SNSのほかにも『じゅじゅとーく』などPodcastの音声メディアも展開されていますが、これらは戦略的にどういった位置づけになりますか。
木村:『じゅじゅとーく』は、製作委員会が企画したものになるので、我々が直接的につくったものではないのですが、音声メディアは声優トーク番組など昔から需要があるので、いまホットなプラットフォームにコンテンツを提供していくのはニーズとしてあり続けると思います。
―Spotifyでは「This is MAPPA」というプレイリストをお持ちですね。
木村:Spotifyさんからご提案があってつくりました。昨年、『チェンソーマン』で米津玄師さんとご一緒したときは、音楽とともに作品やMAPPAが世界中に広がったという実感がありました。
プレイリストがあると作品間の相乗効果が期待できます。新曲が出て話題になり、それがプレイリストに入っていれば過去の曲も一緒に聴かれるようになるわけです。
―プレイリストとしてまとまっていることで、ほかの作品へのタッチポイントとして機能しているのですね。
木村:そうですね。ほかにもアーティスト軸でもそういうことは起こります。例えば、米津さんは新作ゲームタイトルの曲を手がけておられますが、新曲と一緒に“KICK BACK”も聴かれるし、それがスタジオ軸でもっと起こると面白いと思うんです。
―音楽展開では、『チェンソーマン』で毎話別のエンディング曲を用いたことが話題になりました。これもプレイリスト的な聴かれ方を意識していたのですか。
木村:そうですね。米津さんの曲を好きな人が別のアーティストの曲を聴いたり、そういう相乗効果があるんじゃないかと、レコード会社さんと相談してご理解いただいたかたちです。実際に結構効果があったと思います。
―いま、日本の音楽もアニメと一緒にグローバル展開が進んでいると思います。アニメと一緒に曲を売っていくというのは、業界的にもホットなポイントなんでしょうか。
木村:製作委員会とレコード会社との関係ですと、レコード会社は番組提供料を払いアニメとタイアップするのが、ある時期には新人プロモーションとして有効だったんです。今は放送だけじゃなく、世界配信があるので、より広く普及させられるようになってきていますから、レコード会社との関係も変化していくと思います。
―最近は、アニメの主題歌のMVをそのアニメの制作会社がつくパターンもありますし、アニメ作品とタイアップしていなくてもアニメのMVを作るケースが増えていますね。
木村:そうですね。弊社関連のコントレールという会社でYOASOBIさんの“セブンティーン”という曲のMV制作を手がけました。レコード会社の皆さんに、アニメスタジオと組んでMVをつくることが効果的だと思っていただけているのかもしれないですね。
肌で感じたフランスとアメリカのアニメ需要の違い
―MAPPAは手がける作品の多さが特徴と言えると思いますが、作品選びの基準はあるのですか。
大塚:ビジネス的には、各作品にいろいろな目的意識があるので一概には言えません。ですが、クリエイターが熱意を持ってやりたい、表現したいと思うそのエネルギーを大事にしたいと考えています。例えば、『少年ジャンプ』の作品をやりたいと思って『呪術廻戦』を手がけたり、オリジナル作品に挑戦してみようとか。ただ、「この原作、売れてるみたいだからやろう」という、誰かがなんとなくやっちゃうような動機で作品を決めることはしません。
―近年のMAPPAのヒット作にはダークファンタジー的な作品が多くなっていますから、「MAPPAといえばダークファンタジー」と思う人が増えているかもしれません。
大塚:それも偶然なんですが、『呪術廻戦』や『進撃の巨人』、さかのぼると『神撃のバハムート』など、少しシリアスで暗い画作りの作品が多いので、そこを期待して発注いただくことも多いのはたしかです。だからこそ危機感もありまして、今年の「MAPPA STAGE」で扱った作品が『チェンソーマン』『呪術廻戦』『ヴィンランド・サガ SEASON 2』『地獄楽』と方向性が似てるんですよね。そのなかで『とんでもスキル』が異彩を放ってました(笑)。
もちろん、各クリエイターが一生懸命つくってくれたものはすべて大切な作品ですが、作品づくりにおいて良い部分は継続して、見直したほうがいいところは見直さないといけないと思っています。もしかしたら、無意識に幅が狭まっているかもしれない、そういう感覚は抱いています。
―これまでさまざまなことを自社で展開しておられますが、今後挑戦したいことはありますか。
大塚:やりたいことは山のようにあります。大きいもので言うとグローバルにビジネス展開できる力をつけていくのが課題です。アニメを見てくれている人をしっかり意識する、どんな人が見ていて、どんなふうに楽しんでいるのか、そういう反応をもっと明確にしたうえで会社としてしっかりアプローチしていくことが必要だと思っています。
―そのための具体的なプランはすでにお持ちですか。例えば海外に支社を作るとか?
大塚:それも可能性の一つでしょうし、グローバルに働ける人材を確保することも必要です。あとは、より大きな市場でこれから作品をつくっていくのなら内製を強化する必要もあります。生産性向上とは、いっぱいつくればいいというものじゃなく、品質の確保と安定性が大事です。それらを高めていかなければいけないですね。
木村:すでに配信によって世界同時に楽しんでいただけていますので、今後は「MAPPA SHOWCASE」や「MAPPA STAGE」のようにオフラインで体験できるようなイベントなどを海外でもやっていきたいです。それができれば、海外の方の反応をよりたくさんもらえて実感も持てるようになります。
―海外のアニメエキスポなどのイベントによく参加されていますよね。こうした場に出席することは、やはり数字を見ているだけのときと得るものは違いますか。
大塚:全然違いますね。体感もなくその国の視聴データだけ見て何かを決めることはできないし、「この作品のこういうところで盛り上がるのか」みたいな体験を積み重ねて更新していくことが重要だと考えています。グローバルに届けることと、1人ずつの反応を体感すること、やはり両方大事です。やっぱり人間は目の前の人の感情が一番理解しやすいですから。しかも、エンターテイメントへの人々の感覚はすぐに更新されていくので、機会があれば参加させていただくようにしています。
―国内でも10年前は、アニメは閉じた産業というイメージもまだあったと思いますが、大分状況が変わりました。
大塚:そうですね。これはいろいろなところで言っていることなんですけど、アニメが開かれたというより、時代がこちらに寄ってきたという感覚のほうが強いです。だからといって、深夜放送からゴールデンに移動させて上手くいくかというと、違う気もします。あの時間帯に観る人が増えたんだろうなと。もちろん配信で観られるのも大きいと思いますし、深夜放送といっても最近はちょっとずつ早まっていますね。
木村:放送時間帯はビジネスの構造にかなり影響されます。昔、ゴールデンタイムにアニメが放送できていたのは子どもの数が多かったからです。それが少子化などさまざまな要因があって、ビデオグラムを売る方向に業界全体がシフトして深夜アニメが定着しました。いまは配信によって、サブカルチャーからメインカルチャーへと立ち位置がもしかしたら変化してきているかもしれない、だったらあまり深い時間帯じゃなくでもいけるのでは、という考え方が出てきているんだと思います。
テレビ東京さんとご一緒させていただいたときは、放送時間もかなり画期的な枠を用意いただけました。各局がその流れに追随しているので、トレンドとしてはこれから放送時間が浅くなっていくかもしれません。
今年は映画配給にも挑戦、オリジナルアニメの重要性とは
―新たなチャレンジでいえば、今年は初のオリジナル映画『アリスとテレスのまぼろし工場』の公開が控えていますが、本作では配給にワーナーブラザーズと一緒にMAPPAがクレジットされています。これはワーナーさんと共同配給するということですよね。
大塚:そうです。
―アニメ制作会社が自社で映画配給まで行なうのは、これもまた珍しいと思います。
大塚:でも先行例はあって、100%出資などもMAPPAが新しい挑戦をしたと盛り上げていただくのは嬉しいですが、実際には先にやっている方たちはいて、そうした先人の実績があってのことです。今回は、オリジナル作品を世に出すということでどうやるべきかを考えた結果、共同配給となりました。
木村:ぼくらはいわゆる配給宣伝という立ち位置で、劇場営業などはワーナーさんが担当してくださいます。『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』で、東宝さんとアニプレックスさんがこの分担でやっていて、ぼくらもやってみようとワーナーさんと相談しているところです。
―アニメの宣伝は、アニメをよく知る会社がやったほうが上手くいくということはあるでしょうか?
大塚:必ずしもそうではないです。ぼくらが足りない経験値はたくさんあるので。東宝さんの本気は『呪術廻戦』で目の当たりにしましたし、いろいろな会社と組んで成功している経験もたくさんしてきました。
木村:100%出資で権利運用や商品開発を経験できたんですけど、いまは色々な経験値をためる時期でもあるので、映画配給も新しいチャレンジとしてやろうということです。グッズ制作などもMAPPAが1社で開発しているわけでなく、たくさんの会社に協力していただいていますが、配給宣伝についても優秀な宣伝会社さんとご一緒させてもらっています。
―オリジナル作品をつくって売っていくのはいま、大変だと思います。MAPPAは今後も有名原作ものだけでなくオリジナル作品をつくることを大事にされていくのですか。
大塚:そうですね。原作もの、特にマンガは新しいものが生まれていくスピードが速いなか、アニメのオリジナルはつくるのに時間がかかります。これはアニメの特性なのでしょうがないと思うんですよね。でも、物語を生み出していくことの重要性とそれを世の中に残していけるようなビジネスをやることが、エンターテインメントの会社として大切だと思っていますから、MAPPAはオリジナルをこれからもつくっていくつもりです。
- プロフィール
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- 大塚学 (おおつかまなぶ)
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株式会社MAPPA代表取締役社長。アニメ制作会社STUDIO4℃を経て,2011年のMAPPA設立に参加。2016年から代表取締役社長に就任。2019年にグループ会社として株式会社コントレールを 設立し,代表取締役を兼務。アニメーションプロデューサーとしても活躍し,『BANANA FISH』,『ユー リ!!! on ICE』,『残響のテロル』,「坂道のアポロン』など多数の人気作品の制作を指揮している。
- プロフィール
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- 木村誠 (きむらまこと)
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株式会社MAPPA取締役・企画部部長。フジテレビのアニメ枠「ノイタミナ」のプロデューサーとして『ギルティクラウン』『四月は君の嘘』『残響のテロル』などを担当。2018年にMAPPA入社。現在は、『チェンソーマン』『アリスとテレスのまぼろし工場』の製作プロデューサー。また新規事業・企画営業なども担当。