秋葉原MOGRAでアニソンとEDMで踊った。tofubeatsや米津玄師、“紅蓮の弓矢”に震えた嘉島唯の2013年

1976年から2019年までの「その年」の音楽シーンを象徴する名曲を収録した、Spotifyによるプレイリストシリーズ『スローバックTHURSDAY』が、今年6月より公開。全100曲で構成される各プレイリストには、当時の世相や流行、楽曲やアーティストにまつわるエピソードなどを解説した音声コンテンツも収録。音楽を楽しみながら、それぞれの年を追体験できるユニークな内容だ。

そんな『スローバックTHURSDAY』と連動した連載コラム。第2回は、いまから10年前の「2013年」にライターの嘉島唯が焦点を当てる。未曾有の被害をもたらした東日本大震災から2年。この年どんな音楽がシーンを賑わせていたのか、書き手の個人的なリスニング体験から「時代の空気」を浮かび上がらせていく。

プレイリスト『スローバックTHURSDAY』の一覧

震災による「分断」と、『あまちゃん』が示した「希望」の予感

「震災でぼくたちはばらばらになってしまった」

2011年に批評家・作家の東浩紀が綴った『思想地図β』の巻頭言のタイトルだ。これは東日本大震災直後の雰囲気を端的に表している言葉として、当時の自分に深く響いたのを覚えている。

未曾有の災害は親の代から信じられてきた「みんな同じだから連帯できる」という一億総中流的な感覚が幻想であることを明らかにしてしまったというのだ。「つながり」とか「絆」なんていうけれど、本当はみんなばらばらで、これから先もずっとばらばら。2010年代はこんなふうに絶望感たっぷりに幕が開けた。

2013年、私は新卒入社した会社では適応障害になり、休職を経てバレンタインデーの日をもって退職。ウェブメディアの編集部でアルバイトを始めたばかりで、昼になると道玄坂上のローソンに入り浸っては、Twitterに厭世感たっぷりの投稿をしていた。

このローソンは、イートインスペースがある割に空いているし、アルバイト先から近い。オフィスからは交通量の多い国道246号線を渡らなくてはいけなかったため、職場の人が来たがらない点も非社交的な自分にとって好都合だった。当時の店内ラジオでは、ClariSの“コネクト”がよく流れていた。震災直後に流行った『まどか☆マギカ』の劇場版アニメの公開が控えていたからだろう。

正社員として働く大学の同期たちはひたすら眩しくて、会う気にはなれなかった。金なし、彼氏なし、コミュ力なしの自分を慰めてくれるのはTwitterぐらいだったのだ。

ClariS“コネクト”を聴く

そんな2013年のタイムラインには、「じぇじぇじぇ( ' jjjj ' )/」という単語が飛び交っていた。岩手県の方言だという「じぇじぇじぇ」は、宮藤官九郎が脚本を手がけるNHK朝の連続テレビ小説『あまちゃん』で多用され、流行語にまでなった。

2013年の4月から始まった『あまちゃん』は、のん(能年玲奈)演じる主人公・天野アキが東北地方と東京を行き来しながらアイドルとして活躍する姿を描いた群像劇だ。復興に向けて歩みを進めるなかで始まった『あまちゃん』が帯びる熱気は凄まじかった。

大友良英が手がけるオープニングテーマも印象的だった。スカをベースにしつつ、お祭りで使われるチャンチキが軽快なリズムを刻むテーマソングは、気分を盛り上げるのにぴったりだ。朝ドラのオープニングでインスト楽曲が流れるのは新鮮だったし、個人的には「大友良英=ノイズミュージック」のイメージだったこともあり「アングラと朝ドラがこんなかたちで結びつくのか……!」と驚いたのを覚えている。そして何より、多くの人にとってトラウマになっているはずの青い海へ走り出すアキの姿は希望に満ち満ちていた。

物語では、小泉今日子が歌う『潮騒のメモリー』も象徴的に使われ、お茶の間を盛り立てた。小泉今日子は、主人公・アキの母親で元アイドルという役どころで、『潮騒のメモリー』は、彼女のヒット曲であり「懐メロ」という設定だ。1980年代の香りが残ったアイドルソングは親世代から子どもまでを虜にし、カラオケでもよく歌われた。

朝ドラという超弩級のメジャーコンテンツで盛り上がるタイムラインは「親がSNSにやってきた」ようだった。震災をきっかけに一躍インフラ化したSNSは、インターネットの世界に新しい住民を呼び寄せたのだろう。

天野春子(小泉今日子)“潮騒のメモリー”を聴く

『恋チュン踊ってみた』動画が破った「リア充 / 非リア」という二項対立の壁

あまちゃん旋風が巻き起こるなか、もうひとつ大きな社会現象があった。Spotifyの公式プレイリスト『スローバックTHURSDAY: 2013年のヒット曲』の1曲目にラインナップされているAKB48の“恋するフォーチュンクッキー”だ。

Spotify公式プレイリスト『スローバックTHURSDAY: 2013年のヒット曲』を聴く

ディスコ調で耳馴染みのいいメロディーが光るこの楽曲は、AKB48総選挙で1位を獲得した指原莉乃が満を辞してセンターを務めたものだ。それまでのAKBといえば、前田敦子や大島優子といった華やかなメンバーが抜擢されることが多かったが、バラエティ番組などで人気を集める「さしこ」が画面の中央に立ったことは新しい時代を予感させた。

さらに、彼女は前年にスキャンダルによって降格され、総選挙当時はAKBからHKTに移籍したばかりのタイミング。そんなアイドルが<未来はそんなに悪くないよ><人生捨てたもんじゃないよね>と歌うメッセージは説得力しかない。“恋チュン”での逆転劇は、沈みきった空気を変える力があった。

パレードのような“恋チュン”のMVは、YouTubeで爆発的に再生され、社会現象をさらにヒートアップさせていた。初心者でも踊れる振りつけは「踊ってみた」のハードルを下げ、さまざまな会社や学校の一般人が踊る「恋チュン動画」がSNSを賑わした。

AKB48“恋するフォーチュンクッキー”を聴く(Spotifyで開く

最初に「恋チュン動画」で話題になったのは、某アパレルブランドの社員が踊っていたものだったと思う。この動画を見たとき、あまりの華々しさに私のPCの画面にはピシッとヒビが入った気がした。自分のような日陰者がじっとりと生息する湿度高めなインターネットの世界に、カラリとした陽の光が入ったように思えたからだ。

株式会社ドワンゴ顧問を務める川上量生は、当時までのインターネットカルチャーのキーワードを「リア充」「炎上」「コピー」「嫌儲」と分析していた。インターネットは、リアル世界で上手くいかない「非リア」な人たちが住む新大陸であり、そこから独特な文化が生まれたということらしい。2010年代以前は、インターネット世界とリアル世界には大きな壁があり、だからこそネット発の何かがメジャーになることがほとんどなかった。

でも、「恋チュン動画」のブームは、いつの間にか二項対立をすること自体が古くなっていて「リアルもネットも分けなくて良くない?」という人が大勢いることを明らかにしたように見えた。ああ、壁が壊されたんだな。私は「恋チュン動画」を見ると、なぜかベルリンの壁崩壊の映像を思い出す。

『ニコニコ超会議』で超合唱するLinked Horizon“紅蓮の弓矢”。「ばらばら」を前提とした連帯

壁のなかで暮らす主人公たちが壁の外に住む巨人と戦う『進撃の巨人』のアニメも2013年4月から放送が開始された。オープニングに起用されたLinked Horizonによる“紅蓮の弓矢”は、金管楽器が鳴り響くオーケストラ楽曲にドイツ語から始まる。アニソンとは思えない高カロリーな楽曲にのる<家畜の安寧><虚偽の繁栄>といった攻めきった歌詞は、社会の洗礼に打ちのめされた私の厨二心を呼び覚ました。

Linked Horizon“紅蓮の弓矢”を聴く

自分にとって初めてのイベント取材となった『ニコニコ超会議2』で“紅蓮の弓矢”の超合唱を目の前にしたときは鳥肌が立った。幕張メッセが張り裂けんばかりに響き渡るユーザーたちの合唱は、まぎれもなく連帯そのものだったからだ。

当時のニコニコ動画では、れるりり“脳漿炸裂ガール”(※)や、みきとPのボカロ曲“いーあるふぁんくらぶ”が流行っていて、これらの楽曲を大手を振って合唱できるイベントは「私が夢見た場所」のように感じられた。いつも1人で画面に向き合ってきたけれど、同じような人はこんなにもたくさんいたのだ。みんな、ここにいたんだね……。私はひっそりと感極まっていた。

※れるりりが「当社比P」名義で2012年10月にニコニコ動画に投稿。2013年に「れるりり」名義で配信限定リリースされ、2015年にEP『厨病激発ボーイ』に収録された

れるりり“脳漿炸裂ガール”を聴く
みきとP“いーあるふぁんくらぶ”を聴く

特に好きだったのは、後ろから這いより隊Gの“恋は渾沌の隷也”の、<\(・ω・\)SAN値!(/・ω・)/ピンチ!\(・ω・\)SAN値!(/・ω・)/ピンチ!>というかけ合いだ。「SAN値(正気度を表すネットスラング)」が削られがちだった自分にぴったりだったからだ。

後ろから這いより隊G“恋は渾沌の隷也”を聴く

そういえば、2012年のニコニコ超会議には当時一斉を風靡していたきゃりーぱみゅぱみゅも出演していた。彼女はもともとニコニコ動画でレギュラー番組を持っており、私もスタジオ観覧に行ったことがある。2013年時点できゃりーはワールドツアーに出るほど大スターになり“にんじゃりばんばん”は街中で耳にするようになっていたが、その前夜にはニコ生やアメブロがあった。ネットメディアを使いこなす彼女は、当時の「次世代」を体現しているようだったし、震災後の社会を明るくした1人だった。

きゃりーぱみゅぱみゅ“にんじゃりばんばん”を聴く(Spotifyで開く

こんな風にニコニコ動画を取り巻く「さまざまな文化とクラスタが刺激しあい溶け合う」雰囲気は「ばらばら」を前提とした連帯を感じさせたし、「普通」からはみ出してしまった自分を受け止めてくれるようだった。

デスクトップ上で生み出されたボカロやEDMのアンセムたち

この手のカルチャーは社会人になると同時に忙しさから離れていってしまう人も多かったものの、私はどっぷり浸かっていた。というのも、休職してからというもの、週末になれば秋葉原にあるアニソンクラブMOGRAへ1人で足を運んで爆音に身を委ねてテキーラを飲みまくるという、パリピなのかオタクなのかよくわからない行動を繰り返していたからだ。クラブに行って何をするのか。Twitterをしつつ、知らない曲があったらShazamで検索するのである。MOGRAはフリーWi-Fiが飛んでいる点も好きだった。ここでアニソンやボカロ、当時流行り始めていたEDMで踊り狂っていた。

アニメ『キルラキル』主題歌の藍井エイル“シリウス”、『刀語』主題歌のsupercell“拍手喝采歌合”は鉄板だったし、アニソンのほかに海外勢のDJたちがつくる楽曲をごちゃ混ぜにして聴くのが好きだった。レッドブルとウォッカを混ぜたような、人工的な匂いとBPM高めの音楽でなんとか精神をつなぎとめていたのだろう。

藍井エイル“シリウス”を聴く
supercell“拍手喝采歌合”を聴く

日本でボカロが流行るのと同時期に世界を席巻していった「Electric Dance Music」というジャンルは、Skrillexが2012年に『グラミー賞』で三冠を獲るなど、音楽シーンで確実に定着していた。ビルボードに「Dance/Electronic Songs」というカテゴリーができたのも2013年だ。

Aviciiの“Wake me up”、Zeddの“Hourglass”(2012年)、Martin Garrixの“Animals”はクラブでよく流れては会場を盛り上げていた。EDMはPCでつくられることが多く、1人の狂熱がフロアを沸かせ、合唱を誘う部分もボカロと似ているように感じていた。

Avicii“Wake me up”を聴く
Martin Garrix“Animals”を聴く

ネットレーベル出身のtofubeats、ボカロP出身の米津玄師がインターネットの枠を超えてチャートを席巻

自分がよく行くイベントで異彩を放っていたのがtofubeatsだった。学生の頃からネットレーベルで注目を集めていた彼は、既にアンセム化していた“水星”が収録されたアルバム『Lost Decade』でiTunes Storeの総合チャートで1位を記録した。私のタイムラインはこの快挙に祭り状態になり、この年にメジャーデビューした。

tofubeatsのアルバム『Lost Decade』を聴く

いま思えば<iPod iPhoneからデータの束 いつもかかえてれば>という“水星”の歌詞は2010年代前半の音楽鑑賞状況をよく表している。当時はSpotifyもApple Musicもなく、音楽データをハードに「ダウンロード」していた。そしてそのダウンロード曲の面々が、自分が持つ、なけなしの文化的アイデンティティを保ってくれていたのだ。

tofubeatsはトラックメイカーとしてだけではなく、作詞家としても好きだった。2013年にリリースした“教えて検索 feat.の子”は「苦労は買ってでもしろと言うけれど、やりたいことをやりたいの」という内容で、社会人人生に挫折してしまった自分に刺さりに刺さった。

tofubeats“教えて検索 feat.の子”を聴く

もうひとり、2013年にシングル“サンタマリア”でメジャーデビューしたのが米津玄師だ。2010年頃からボカロP「ハチ」として“パンダヒーロー”や“マトリョシカ”など殿堂入り常連だった彼が米津玄師であることに、私はなかなか理解が追いつかなかった。退廃性が減っていて人工甘味料っぽくないのだ。劣等感でふてくされていた自分の気分にぴったりだった「ハチ」が、先に大人になってしまったようなそんな気さえした。

この年にバンドサウンドで公開された“ドーナツホール”を聴いてようやく「ハチはやっぱり米津玄師なのか」と腑に落ちたぐらいだ。このときが初めてボカロPに身体性を感じたように思う。翌年にリリースされた“アイネクライネ”が東京メトロのキャンペーンに採用されたときは、いよいよネット発のスターが誕生する気がした。

米津玄師“サンタマリア”を聴く
ハチ(米津玄師)“ドーナツホール”を聴く

EDMを牽引したDJたちやネットレーベル発のアーティストは同世代が多い。多くがバブルが崩壊した1990年前後に生まれ、日本では「ゆとり教育」が施された世代だ。

私たち「ゆとり世代」は、大人たちからすると「空気を読まない」とか「根気がない」などと散々バカにされていた。「ゆとりなんです〜」と言えば、仕事でミスしたとしても許してもらえるような空気もあり、一概に批判する気にもなれないものの、軽く見られている側面はあったと思う。そんな同世代のスターがインターネットの枠をこえてメジャーに駆け上っていく様は痛快だった。自分の世代がついにメジャーになりつつあることを証明してくれたような気がしたからだ。

「ぼくたちはばらばらになってしまった」。たしかに2011年は残酷な現実に打ちのめされた。でも、ばらばらだとわかっていながらも人は連帯できる。アングラもメジャーもリア充も非リアも関係なく入り乱れ、だからこそ爆発的な熱気を生み出せる。2013年、インターネットを純粋に出自としたアーティストが同時多発的に「地上」へと出現したのは偶然ではないはずだ。

「ばらばら」は生きやすい。そうでなければ、多様性という言葉はこれだけ流通しなかったはずだ。



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