スピッツに宿る「引き裂かれ」と「捻じれ」の感覚。『ひみつスタジオ』を本人の音声解説をもとに紐解く

今年5月、スピッツが17作目のオリジナルアルバム『ひみつスタジオ』をリリースした。前作『見っけ』が2019年に発売されて以降、約3年半ぶりのアルバム。つまり同作は、コロナ禍以降、スピッツにとって初のアルバムということになる。

人と集まることや声を出すこと、時には家の外に出ることさえままならなかったパンデミックの期間は、バンドの活動にとってさまざまな制限があったことだろう。しかし、そうした期間に制作されたにも関わらず、今回のアルバムから響いてくるのは瑞々しさや力強さ、聴く人を優しく鼓舞してくれるようなサウンドだ。

この記事では、Spotifyの企画「Liner Voice+」内で行なわれたスピッツの4人によるアルバム全曲解説での発言を引用しながら、『ひみつスタジオ』のサウンドや歌詞の魅力に迫っていく。

スピッツ『ひみつスタジオ』Liner Voice+を聴く

4人で演奏できるのが嬉しい。コロナ禍でも絶やさなかったエナジー

『ひみつスタジオ』というタイトルは、スピッツというバンドの定義そのものと言っていいだろう。

スピッツはこれまで、希求/絶望、陶酔/虚無、非凡/平凡、現在/非現在といった、さまざまな対極要素を1曲のなかに詰め込むことで、「引き裂かれ」を強く意識させる音楽を生み出してきた。例えば<バスの揺れ方>という平凡なものと<人生の意味>という非凡なものが<バスの揺れ方で人生の意味が解った日曜日>と組み合わせられる“運命の人”の歌い出しや、跳ねるようなリズムやメロディーの上に喪失や死を思わせる言葉がのせられる“青い車”といった楽曲がその一例として挙げられるだろう。

今回のアルバム名『ひみつスタジオ』も、「スタジオ」という閉ざされた場所でつくられた「ひみつ」の音が大勢に伝わることの不思議を表した「引き裂かれ」の表現であると言えるのではないだろうか。この感覚は、感染病流行の閉ざされた時代における制作だったからこそ、より強調される。ボーカルの草野マサムネはタイトルについて下記のように語った。

草野:(コロナ禍は)ライヴもできなくて、リリースも目処がたたなくて、「(周囲から見たら)スピッツ、何やってんだろう?」という状況が続いていました。ちょこちょこ、密にならないような状況でのライヴはあったのですが、数は少なかったですからね。(中略)そうした状況を象徴する言葉としての「ひみつスタジオ」なんです。

さらに、本作のなかでもっとも早くに録音された楽曲の一つだという“跳べ”について、ベースの田村明浩、ギターの三輪テツヤはこう振り返る。

田村:アルバム用にというわけではなく、バンドで(音を)合わせたら楽しいんじゃないか、っていう、それだけでやったレコーディングだった。

三輪:(久々に4人で演奏したことが)それはそれは嬉しくて、半笑いでやってた。この演奏はこのときしかできないと思う。

スピッツ“跳べ”を聴く

とにかく演奏したくて仕方ない、という前のめりなエナジーが、“跳べ”からはたしかに聴こえてくる。外側に溢れそうな熱量を、「ひみつ」の親密な距離感で届けるところに、『ひみつスタジオ』の魅力はある。そして「私」的でありながらも「公」的にも広く好かれるこの強度こそが、「誰にも触れない」特別な位置へとスピッツを導いたといえる。

劇場版『きのう、何食べた?』など、タイアップ曲でも変わらない「歌づくり」の姿勢

本作には、計4曲のタイアップ曲が含まれている。そのうちの一曲、劇場版『きのう、何食べた?』(2021年)の主題歌として制作された“大好物”について草野はこう語った。

草野:「自由に何でもつくってください」と言われると、意外と難しいじゃないですか。それよりも「これに合う感じで」と言われたほうがやりやすいタイプではありますね。そっけない言い方をすると、クライアントのご要望にお応えするみたいな……(笑)。

映画『きのう、何食べた?』予告編
スピッツ“大好物”ミュージックビデオ

この明け透けとも思える告白にも関わらず、“大好物”はじつにスピッツらしい一曲に聞こえる。それは、このバンドが与えられたテーマを全うしつつ、「ポピュラーミュージックは聴き手が存在してこそ成立する表現だ」ということを十分に理解しているからではないだろうか。報道番組『news23』(TBS)のエンディング曲として使用された“紫の夜を越えて”においても、この姿勢は共通している。

スピッツ“紫の夜を越えて”を聴く

「社会情勢や政治のよくないニュースのあとに流れても大丈夫な、タフな曲にしたかった」という草野の意向を、スピッツが4人ならではの演奏と音像で形にしていく過程がこの曲からは確かめられる。三輪テツヤがジャズマスターで弾く冒頭のアルペジオは、手のフォームの変わるところでも音が途切れることなく、まろやかな流れが持続する。その「継続の意思」こそが、ニュースを観る人々、つくる人々にも響いていくのではないだろうか。

なお、スピッツデビュー30周年の記念日にリリースされた同楽曲のギターの響きは、レスポールを多用していたいままでの三輪のサウンドとは少し異なる趣を有している。つまり聴き手はこの曲から、長年の活動を経てもなお音に対するこだわりを絶やさない、スピッツ自身の「継続の意思」も垣間見ることができるのだ。

『8823』と並ぶスピッツ史上最高の成果を生んだ「音」へのこだわり

音へのこだわりに関して、“美しい鰭”におけるドラムサウンドについても言及しておきたい。劇場版『名探偵コナン劇場版 黒鉄の魚影(サブマリン)』(2023年)の主題歌となったこの曲については、ドラムの音が肝になった。

草野:映画館で流れるイメージを浮かべてたから、ドラムのスネアの音はこだわって﨑ちゃん(﨑山龍男)につくってもらいました。「パーン!」と響いてほしくて。

スピッツ“美しい鰭”ミュージックビデオ
『劇場版名探偵コナン劇場版 黒鉄の魚影(サブマリン)』予告編

イントロのフィルインで明らかなとおり、﨑山のドラムの音には聴いた瞬間に頭が冴えわたるようなインパクトがある。フィルインには強烈なスピード感があるのに、そのあとでミドルテンポのシャッフルのリズムに安定する流れも意表をつく。劇場で映える音は、家のスピーカーで鳴らしても十二分に刺激的だ。

ところで『ひみつスタジオ』のサウンドの特徴は、ダビングを極力さけ、音数を少なくすることで、音のダイナミズムが強調されている点にもあるのではないだろうか。1960年代に活躍した英国の歌手サンディ・ショウの楽曲をイメージしたのだという“Sandie”のホーンや“i-O(修理のうた)”“跳べ”における田村明浩の激しいベースラインの鮮明な響きなどはその一例である。音が立っている、という点で『ひみつスタジオ』は、『8823』(2000年)と並ぶスピッツ史上最高のスタジオワークとも言えるだろう。

そうしたサウンドだからこそ、“未来未来”における民謡の挿入(朝倉さやの強烈にこぶしを効かせた歌唱が繰り返される)や、“めぐりめぐって”の突然のテンポダウンなど、新しい試みも強い印象を残す。サウンドの追求に余念のないバンドの姿勢を、草野の言葉が裏づけていた。

草野:色々とやりたいことがメモしてあって。今回採用できなかったアイデアも、次のアルバムで出てくるかもしれない。また、アッと言わせたいね。

スピッツ“未来未来”を聴く
スピッツ“めぐりめぐって”

変わらず「捻じれた」歌詞と、アルバムを象徴する“オバケのロックバンド”の魅力

草野マサムネの選ぶ言葉は、いつの時代も「捻じれ」の感覚を生み出してきた。相反する要素をあえて組み合わせることで、記憶に残る歌詞を生み出しているのだ。例えば<新しい季節>から歌詞が始まる一文が<君を追いかけた>と過去形で終始する“ロビンソン”の歌詞などがその顕著な例だが、今回のアルバムにおいてもその言語感覚は健在である。

﨑山のドラムがレゲトンのリズムを導く“手鞠”では、<独りが苦手>という一番の詞と、<群れに馴染めない>という二番の詞が矛盾しあう。“さびしくなかった”では、<さびしくなかった 君に会うまでは ひとりで食事するときも ひとりで灯り消すときも>と、己の孤立感が、他者との遭遇によって生じるという捻じれが表現される。そんな“さびしくなかった”を作詞する際、草野にはあるインスピレーション源があったのだそうだ。

草野:クリント・イーストウッドが監督した『ヒア・アフター』(2010年)という映画に超能力者の男の子が出てくるんですけど、超能力者ゆえに、友達がいないんです。(中略)その人が「寂しい人だ」ということを描く象徴的なシーンが、一人でご飯を食べているシーンで。それをイメージしていました。

スピッツ“さびしくなかった”を聴く

同楽曲には<きらめいて見苦しく>など、相反するイメージを同居させた歌詞がいくつも見られるが、一聴すると穏やかでシンプルな楽曲だからこそ、そうした歌詞の捩じれが際立っている。穏やかさに内包された激しさという意味で、どこか『ヒア・アフター』の情感を思い起こさせるのも面白い。

最後に、このアルバムについて書くとき、避けては通れない楽曲“オバケのロックバンド”について記したい。ほとんど自己紹介といっていい同楽曲では、なんとメンバーの4人が歌唱を担当している。

三輪:初めてだもん。長く音楽活動をしてきて、クレジットに「ボーカル」って書いてあったの。

﨑山:歌を録るときに、マサムネが色々アドバイスしてくれて。音程にとらわれないで、と言ってくれたから、楽しくやりました。

スピッツ“オバケのロックバンド”を聴く

そしてそんな象徴的なパワーポップ・ソングの歌詞においても、捻じれの運動は明確に際立っている。

子供のリアリティ 大人のファンタジー
オバケのままで奏で続ける
毒も癒しも 真心込めて
君に聴かせるためだけに

(“オバケのロックバンド”より)

「子供+リアリティ」「大人+ファンタジー」の組み合わせが一般的な認識から反転しているのは明らかであり、さらに「毒」にも真心を込めるというユーモアも表現する。

そして、「オバケ」の一語である。不気味であると同時にどこか可愛しさを連想させ、見えても触れられない存在であること。何より、生と死のあわいで揺らめいていること。それらの含意はまるで、スピッツというバンドが表現してきたことそのもののようだ。不気味な毒と可愛い癒しを同時に表現し、見えるが触れられない幻に焦がれ、生と死の間を描き続ける。スピッツとは、そういうバンドなのだ。

メンバー4人による自己紹介のようなこの歌を50年後、100年後に聴く人々のことを想像すると、筆者は少し泣きそうになる。未来のリスナーは、どんな気持ちで“オバケのロックバンド”という曲を聴くことになるのだろう。そのとき、4人が合唱する<君に聴かせるためだけに>という言葉は、一体どのように響くだろう。

生が時空を一瞬で飛び越えてくるその不思議を、草野マサムネは『ひみつスタジオ』のなかで端的に、澄んだ声で表している。<生まれ変わる これほどまで容易く>。

スピッツ『ひみつスタジオ』を聴く
リリース情報
スピッツ
『ひみつスタジオ』(通常版)


2023年5月17日(水)発売
価格:3,300円(税込)
品番:UPCH-2256

1. i-O(修理のうた)
2. 跳べ
3. 大好物
4. 美しい鰭
5. さびしくなかった
6. オバケのロックバンド
7. 手鞠
8. 未来未来
9. 紫の夜を越えて
10. Sandie
11. ときめきpart1
12. 讃歌
13. めぐりめぐって
プロフィール
スピッツ

草野マサムネ(Vo/Gt)、三輪テツヤ(Gt)、田村明浩(B)、﨑山龍男(Dr)の4人組ロックバンド。1987年結成、1991年メジャーデビュー。1995年リリースの11thシングル『ロビンソン』、6thアルバム『ハチミツ』のヒットを機に多くのファンを獲得し、以後、楽曲制作、全国ツアー、イベント開催など、マイペースな活動を継続。今年2023年5月17日には約3年半ぶりとなる最新アルバム『ひみつスタジオ』をリリース。6月からは2年ぶりの全国ツアーを開催予定。



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