リナ・サワヤマ『SAWAYAMA』を紐解く。音と詞に込められたもの

予測不可能なコロナ禍の影響で新作の発表を延期したアーティストもいるなか、リナ・サワヤマの1stアルバム『SAWAYAMA』は、予定どおり2020年4月に届けられた。2017年のEP『RINA』、そして『Flicker』『Cherry』といったシングルで、「ピクセル」と呼ばれるファンダムを拡大していった彼女は、満を辞して発表したフルアルバムに自身の苗字を冠した。

The 1975らを擁するイギリスのレーベル、Dirty Hitからリリースされた同作は、ロックダウン下の憂鬱を払拭するようなポジティブな雰囲気を湛える一方、家族に対する葛藤や、イギリスと日本、2つのルーツを持っている自身のアイデンティティについてなど、パーソナルな感情を込めたストーリーテリング的な作品に仕上がっている。彼女が『SAWAYAMA』で体現するフィーリング、そしてサウンドはどのようなものか。辰巳JUNK、渡辺裕也、両氏のテキストから、リナ・サワヤマというアーティストの輪郭を探りたい。

ポップミュージックで伝える、ポリティカルでパーソナルなメッセージ。痛みも自信に変えていく(テキスト:辰巳JUNK)

リナ・サワヤマのデビューアルバム『SAWAYAMA』は“Dynasty”によって幕を開ける。1990年新潟に生まれ、ロンドンで成長したリナが学生時代にパフォーマンスしていたという英国国教会の空気が反映されたポップオペラだ。壮大なサウンドのなかで歌われるテーマは、「痛みの継承」。離婚するまで激しく衝突していた両親のもとに育ち、自らを傷つけ摂食障害にも苦しんだという彼女は、こう宣言する。親の問題が子へと継承されるのなら、そんな「鎖」は壊してしまおう。

苗字が冠された『SAWAYAMA』がテーマに掲げるものは、アイデンティティと家族。つまり、非常にパーソナルな内容と言っていい。エルトン・ジョンより年間最高アルバムと謳われた今作を通して、Spotifyが注目するネクストブレイクアーティスト「Early Noise 2020」の1人にも選出されたシンガーソングライター、リナ・サワヤマの躍進の道程を追ってみたい。

リナ・サワヤマの楽曲も含まれる、Spotifyの「Early Noise Japan」プレイリストを聴く(Spotifyを開く

日本の航空会社に勤めていた父親の仕事の関係で、幼少期にロンドンに渡ったリナは、日本人学校に通学していたころ愛聴した宇多田ヒカルや椎名林檎、公立中学校のときに出会ったビヨンセやN.E.R.Dといった1990年代から2000年代のチャートヒット音楽に強い影響を受けた。後年「日本の音楽に影響を受けたイギリスのアーティスト」であることが自らの個性だと語ったこともあるが、確かに、『SAWAYAMA』収録の“Love Me 4 Me”は、英米でノスタルジックなマライア・キャリー的サウンドと評されつつも日本においては宇多田ヒカル初期作の影響を感じ取られそうな絶妙なR&Bポップに仕上がっている。

『SAWAYAMA』収録曲“Love Me 4 Me”を聴く(Spotifyを開く

リナ・サワヤマ

アルバムの開幕曲“Dynasty”で示されたように、彼女は家庭内で多くの困難を経験していた。両親の離婚後は、一気に経済状況が悪化するかたちでロンドンに残って母とワンルームをシェアし、その「近すぎる距離」のなか、衝突も繰り返したという。たとえば、“Paradisin'”では、15歳のころに家出したリナを探す母親が、娘のメッセンジャーアプリにログインして追跡しようとしたエピソードが愉快なゲームサウンドで表現されている。

イギリスで育った日本人としての立場と境遇がもっとも鮮烈に表出しているのは、アジア系に対する「マイクロアグレッション(意図的かを問わず日常的に発せられる偏見)」への怒りを表現したメタルロック調のシングル曲“STFU!”だろう。白人男性とのデートを描くミュージックビデオでは、英語で歌唱していることを驚かれることや「アジア系といえばルーシー・リュー」といった具体的な(そして定番の)ステレオタイプが描かれており、Fワードを連呼して「黙れ」と叫ぶリナがユーモラスに「日本人女性は怒らない」イメージを粉砕してみせている。

リナ・サワヤマ“STFU!”PV

一方、アルバム中もっとも重要な曲かもしれない、と語られた“Tokyo Love Hotel”のアプローチはより複雑だ。「東京のラブホテルにチェックインしたくない」と歌われるこの曲は、「カジュアルセックス」するように日本文化を楽しみながらリスペクトの心は持たない西洋人へのフラストレーションが基となっている。しかしながら、イギリス育ちである彼女も似たところがあるのかもしれない、と自省しているため、グレーゾーンな感情の曲だ。このような複雑なアイデンティティ表現は、赤坂のホテルで実際に流れる音が挿入される“Akasaka Sad”にも共通している。容貌の面で馴染むことができる親の故郷・日本においても「外国人」と感じてしまうその孤独が、ヒッチコック映画風を目指したというサウンドに託されているのだ。

『SAWAYAMA』収録曲“Tokyo Love Hotel”を聴く(Spotifyを開く

音楽と本にのめり込んだリナは、政治や心理学を学ぶために名門ケンブリッジ大学へ進学するも、裕福な白人生徒が集う保守的なキャンパスにおいて「留学生」として扱われ、酷いイジメにも遭ったという。抑うつ状態に陥った彼女が見つけた安息の場所は、クィアコミュニティだ。このコミュニティへの感謝は、アルバムの後半に感動的なかたちで紡がれている。「共感のための共感はいらない」と歌われるカントリーバラード“Chosen Family”は、隣人からも阻害されやすいクィアの人々が、苗字や遺伝子を共有していなくとも愛し合える「新しい家族」を見つけるための招待状とされた。

Rina Sawayamaは“Chosen Family”リリース前に、同曲のコードと歌詞を公開し、彼女のファン「ピクセル」からカバーを募集した

『SAWAYAMA』収録曲“Chosen Family”を聴く(Spotifyを開く

人生における痛みを自信につなげるクィアとしての精神は、社会的な問題にも切り込むリナ・サワヤマのディスコグラフィーにおいて重要なものでありつづけている。大学卒業後、母に反対されながら音楽活動をつづけた彼女が大きな脚光を浴びた契機は、インターネット文化の問題を描く“Cyber Stockholm Syndrome”や“Tunnel Vision”を収録した2017年作EP『RINA』だろう。多くのファンの心を掴んだリナは、同年、150人収容のライブハウスで公演を行い、母親から理解の言葉を授かる。「わかった。これが現実なのね、あなたにはファンがいる」。そして2018年、特にクィアやアジア系のコミュニティのリスナーを惹きつけた“Cherry”をリリース。まだ両親にパンセクシャルであることをカミングアウトしていない段階の、同性に対する恋と恥ずかしさを歌ったレコードだった。

リナ・サワヤマが2017年に発表したEP『RINA』を聴く(Spotifyを開く

リナ・サワヤマの2018年の楽曲“Cherry”PV

リナ・サワヤマの社会にまつわる鋭い視点と表現は、2019年にイギリスのレーベル・Dirty Hitと契約したのちも貫かれる(ちなみに、このレーベルに所属するWolf Aliceのベース担当テオ・エリスはかつてリナとヒップホップグループに所属していた旧友であり、同じくレーベルメイトであるThe 1975のアダム・ハンは前出“Dynasty”でギターを弾いている)。

『SAWAYAMA』に収録された“XS”では加速する気候変動を憂いたその口でラグジュアリーな「インスタ映え」生活を送るセレブリティの滑稽さを描きだし、アメリカの大統領候補指名争いに参加した民主党議員ベト・オルークへの反感から生まれたという“Comme Des Garçons(Like The Boys)”はトキシックな「男性的な自信」をテーマにしている。これらの作品群の多くに共通することは、ポリティカルかつパーソナルでありながらも、どこかユーモラスで風刺が香るポップアートということだ。リナがたびたび語る影響源は、痛みを愉快なものに変えていくドラァグコミュニティの風刺的アティチュードだと言えば、それも腑に落ちるのではないだろうか。“Love Me 4 Me”の冒頭では、伝説的ドラァグクイーン、ル・ポールの金言が引かれている。「自分を愛していないなら、誰も愛せない」。

リナ・サワヤマは、そのボーカル表現によって、バッドなエモーションすらパワフルなものに変えていく。この姿勢は、演劇的であることを恐れぬレディー・ガガからインスピレーションを得ているのだという。言うまでもなく、どちらもクィア、ドラァグコミュニティから大きな影響を受けたアーティストだ。『SAWAYAMA』が大きな成功を遂げた2020年のプライド月間中、リナはガガの初期作“Dance In The Dark”のカバーをSpotifyにて公開した。

Spotifyのプログラム「Spotify Singles」で、公開されたレディー・ガガ“Dance In The Dark”のカバー。原曲は2009年発表(Spotifyを開く

ポジティビティを広めるフォーマットとしてのポップミュージックに忠誠を誓うリナ・サワヤマの音楽は、彼女のファンダム「ピクセル」を始めとした多くの人々に、表現することのパワーや誇りを伝えているはずだ。家族間の負の連鎖を断ち切る宣言から始まり、人生における苦難や葛藤、怒り、愛を描いた『SAWAYAMA』は、クロージングトラック“Snakeskin”における、リナの母親が60歳の誕生日パーティーで発したという言葉によって幕を閉じる(日本版はボーナストラック“Tokyo Takeover”を収録)。それはとてもパーソナルな内容だが、同時に、この作品から勇気を授かったリスナーの心境とも重なるものかもしれない。「会いたい人に会いたい、やりたいことをやりたい、なりたい人になりたいんだって、やっと気づいたわ」。

00'sサウンドを2020年仕様にアップデートした大文字のポップ。『SAWAYAMA』の「ニューメタル」を考察する(テキスト:渡辺裕也)

時代は巡り、欧米では2000年代ポップの再検証がいよいよ本格化しつつある。そんな機運を感じさせるのが、リナ・サワヤマの1stアルバム『SAWAYAMA』だ。

ここでいう00年代ポップとは、たとえばバレアリックビートなどから派生したニューディスコ、ティンバランドやネプチューンズらが牽引したヒップホップ / R&B、そしてLimp Bizkitなどに象徴されるニューメタルなど、要は00年代前半の北米チャートを席巻した一連のメインストリームポップのことだ。そんな00'sサウンドを現代的な視点で捉え直し、音楽的にはもちろん、思想的な側面においても2020年仕様にアップデートさせた、大文字のポップ。筆者は『SAWAYAMA』をそういう作品として受け取っている。

1990年生まれのサワヤマ自身が上記のような00年代ポップに影響を受けていることは、その世代からすれば何も驚くべきことではない。ましてや当時のR&Bやダンスミュージックは現在のそれと地続きなのだが、ここに再評価の対象としてニューメタルが加わると、話は少し変わってくる。というか、まさかこういうアプローチでニューメタルが見直される時がくるとは思わなかった。『SAWAYAMA』におけるニューメタル再評価とは如何なるものなのか。そこを紐解くにあたって、まずはニューメタルとはどんなジャンルなのか、改めて振り返ってみよう。

『SAWAYAMA』ジャケット

ニューメタル(Nu-Metal)とは、オルタナティブロックの流れをうけたヘビーメタルがヒップホップと折衷することによって生まれたジャンルのこと。ラップメタルとも呼称されていたように、もはやクロスオーバーが当然となった21世紀のポップ音楽に先鞭をつけたジャンルともいえる。

ニューメタルの特徴として押さえておきたいのは、大きく分けて2点。まずひとつは、とにかく音が重たいこと。7弦ギターと5弦ベースを多用し、さらにそれをダウンチューニングして繰り出す重低音は、ニューメタルを定義づける最大の要素といっていいだろう。

もう1点は、このジャンルに分類される音楽のほとんどが、白人男性によるものだったこと。つまり、ニューメタルにおけるジャンル間のクロスオーバーで主導権を握っていたのは、あくまでもロックであり、そのプレイヤーの大半は白人だったのだ(のちにその立場を逆転させたのが、昨今のエモラップやグランジラップ)。そして、もちろんEvanescenceやKittieなどの例外もいるとはいえ、総体的にみればニューメタル系のミュージシャンは圧倒的に男性が多数派を占めていた。

Evanescenceの2003年のヒットソング“Bring Me To Life”

Limp Bizkit “Break Stuff”。1999年発表のアルバム『Significant Other』に収録

怒りや不満が爆音とともに放たれるニューメタルは、ストレス発散として非常に機能的な音楽だ。同時にその歌詞表現には露骨なミソジニーが見られる例も多く、それゆえに同ジャンルは再評価されづらいところがあった。これについてはサワヤマ自身も『ガーディアン』誌のインタビューで言及しており、彼女はニューメタルを「間違いなく男性的なジャンル」としたうえで、「これを利用して私自身の怒りを追い払うべきだと感じた」と述べている。つまり、サワヤマはニューメタルが男性的な音楽であると知りながら、意図的にそれを取り入れているのだ。

そんなサワヤマのニューメタル解釈を顕著に表したのが“STFU!”だ。ディストーションギターの迫りくるような音圧もさることながら、曲中でなんども繰り返される「Shut the fuck up」というフレーズに至るまで、どこを切り取ってもLimp Bizkitを連想せずにはいられないこの曲で、サワヤマは怒りをストレートに表明している。それは、彼女が日本人女性として受けてきた偏見や差別的な言動に対する怒りだ。

『SAWAYAMA』収録曲“STFU!”を聴く(Spotifyを開く

他にも、ゴシックな世界観がEvanescenceを彷彿させる“Dynasty”、清涼感あるダンスポップに耳をつんざくようなギターノイズを差し込んだ“XS”など、『SAWAYAMA』にはニューメタル的な意匠がたびたび登場し、怒りを伝えるものとして機能している。恐らくそこにはパロディ的な意味合いも込められているのだろうが、いずれにせよ、サワヤマのこうしたアプローチが旧来のニューメタル像に揺さぶりをかけたのは、まず間違いない。

『SAWAYAMA』収録曲“XS”PV

宇多田ヒカルの初期3作に多大な影響を受けたと本人も公言しているとおり、サワヤマの音楽性はあくまでもR&Bを基調としており、そのスタイルに異ジャンルを折衷させることによって、彼女は独自のサウンドを築き上げた。しかも、前述したニューメタルの引用がそうであったように、そこには影響を受けたポップスへの憧れだけでなく、それらの音楽が無自覚に差別的であったこと、ヘテロ的な価値観を前提としてきたことへの批判も含まれていたりするのだ。

ジャンル混合的なサウンドの一つひとつに何かしらの意図が込められた『SAWAYAMA』は、ある意味では非常にハイコンテクストな作品ともいえるだろう。同時に、このアルバムは聴く者の耳を瞬時に掴んでしまうほどの極めてキャッチーな作品でもある。ポップスの過去を問いただし、ともすればアンクールな存在になりかけていたジャンルさえも現行のポップスとして蘇生させた『SAWAYAMA』は、間違いなく2020年における最重要作の1つだ。

リナ・サワヤマ『SAWAYAMA』を聴く(Spotifyを開く

リリース情報
Rina Sawayama
『SAWAYAMA』

2020年4月17日(金)配信

1. Dynasty
2. XS
3. STFU!
4. Comme des Garçons(Like The Boys)
5. Akasaka Sad
6. Paradisin’
7. Love Me 4 Me
8. Bad Friend
9. Fuck This World(Interlude)
10. Who’s Gonna Save U Now?
11. Tokyo Love Hotel
12. Chosen Family
13. Snakeskin
14. Tokyo Takeover(ボーナストラック)

サービス情報
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プロフィール
Rina Sawayama
Rina Sawayama (りな さわやま)

ロンドン在住。幼少期から歌うことが大好きだった彼女は、13歳から音楽制作を始動。ケンブリッジ大学卒業後から本格的にアーティスト活動を始め、作詞・作曲、プロデュース、ミュージックビデオの監督をするなど多才。The FADERで「2017年の知っておくべきアーティスト」、DAZEDの人気企画「DAZED 100(次世代を担う100人)」に選出された。VOGUEやi-Dなどファッション誌でモデルを務める他、VERSUS VERSACEやadidasなど、ファッションブランドのキャンペーンにも起用された。2019年6月には情熱大陸に取り上げられ、「ネクスト レディー・ガガ」と称される。



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