ROTH BART BARON『けものたちの名前』を傑作たらしめているものはなにか?――11月6日、CDでのリリースに先駆けてデジタル配信された『けものたちの名前』。前作『HEX』も素晴らしい作品であったが、本作はその前作をも凌ぐ傑作だと思う。そう位置づけてしまうのは気が早すぎるかもしれないが、この『けものたちの名前』という作品がまとった特別ななにかを前にするとそうも言っていられない。
フロントマンの三船雅也と音楽評論家・田中宗一郎による対談の後編では、この『けものたちの名前』が特別なものとして、耳に、心に響く理由にとことん向き合った。ROTH BART BARONの現在地を紐解くと、私たちがどのような時代に生きているのかが見えてくる。この世界に対する解像度がグッと上がる気がする。なぜだろうか? それは『けものたちの名前』が、2020年代を作っていくであろう当事者たちのためのレコードだからなのだと思う。この作品に託されたものについて、ふたりの対話から探っていきたい。
ROTH BART BARONが特別なバンドである理由。併せて浮き彫りになる、2010年代の日本の文化的風土
ROTH BART BARON『けものたちの名前』を聴く(Spotifyを開く)
―個人的な感覚として、国内で最初にROTH BART BARONを正当に評価して、大々的にプッシュしたのは『The Sign Magazine』であり、タナソウさんだと思っているのですが、そもそも彼らをどういうふうに捉えているのか教えてください。
田中:ROTH BART BARONはゼロ年代のUSインディーに刺激されて、フォークというサウンドを現代的に再定義し続けてきたバンドですね。と同時に、サウンド、ビジュアル、バンドの運営の仕方、あるいはYouTubeやソーシャルメディアの使い方ーー活動すべてのあらゆるパラメータにおいて、クリエイティビティを抜群に発揮してるんだけど、それがあまりにも報われていないバンド(笑)。
三船:そうです! ご名答(笑)。
田中:こんなに全方位的にキチッと全てのアウトプットを楽しみながら、クリエイティブに繋げて、高品質なものを作っているのにもかかわらず、それをシェアしているパイがあまりにも小さすぎる。そういう意味からすると、世界に類を見ないバンド(笑)。
―タナソウさんが音楽に対して「高品質」という言葉を使うとき、それはどういう意味を指しているんでしょうか?
田中:「高品質」であることの定義って、それぞれの時代、それぞれのコミュニティーごとに違ってくるでしょ。だからこそ、この2019年において、なにがハイクオリティーであるかということについては、なかなか答えは出ないわけです。
ただ、大方のバンドやクリエイターは、すでに多くの人々に承認された「高品質」なものを作ろうとする。だけど、ROTH BART BARONの場合は今、もしくはこれから先、ハイクオリティーと呼ばれるものはなにか? について常に考えていて、それを常にアウトプットしてる。つまり、未来の観客に向けて語りかけている。
田中:ポップアーティストって、ひたすら自分自身の表現を純化させていく人もいるでしょ。でも、ROTH BART BARONは、常に時代と並走することを自分に課しながらも、常に過去の自分たちを裏切るようにして、常に先を見て、それを作品に落とし込んできた。
ただ必ずしも「これだ!」という確信があるときばかりじゃなくて、彼ら自身の迷いや困惑も同時に作品にキャプチャーされてるんですね。だから、彼らの作品を聴いていると、どこか真っ暗な洞窟のなかでひたすら懸命に光を追いかけているような光景が浮かんでくる。だから、作品自体もそうした彼らの道程のドキュメントにもなっている。
ROTH BART BARON『HEX』(2018年)を聴く(Spotifyを開く)
田中:そういう意味からすると、あらゆるアートに関わる人がやるべきことをやっている。でも、この日本の風土で、大方の人がそんなアートのあるべき姿なんて考えもしなくなってしまった。作り手側も受け手側も、もはや固定化されてしまった価値観にアクセスするというメカニズムが当たり前だと思ってしまっている。要するに、産業化ってことですけど(笑)。ROTH BART BARONのやってることがなかなか伝わらないのもそういうことなんだろうな、ってここ5年くらいずっと思ってる(笑)。
三船:わかる(笑)。
田中:ROTH BART BARONの活動の遍歴を見ていると、彼らを取り巻いている2010年代の日本の文化的風土がどんなものなのか、むしろそれが浮かび上がってくるんですよ。つまり、受け手の人たちはアートに対して自分自身を肯定してくれることや安心は求めてはいても、驚きや発見、あるいは、自分が昨日までの自分ではいられなくなってしまうような事故や畏怖の念といったものを求めてはいないんだな、と。
田中:ただもちろん、これだけまったく先行きが見えなくて、今も非常に不安定な日本の経済的、社会的、政治的な状況を考えると、誰もが安心に向かうのはわかるんだけど。
音楽を通じてアイデンティティーを模索して来た三船。彼が捉えた、日本の音楽に対する疑問
―タナソウさんのお話を受けて、ROTH BART BARONのそもそものスタンスについて言葉にしてもらえますか?
三船:ロックミュージックをやるにあたって、どうして「邦楽」と「洋楽」ってCD屋さん側の理由で定義分けされているだろうって疑問が最初にあったんです。でも実際に聴いてみたとき、歌っている内容もサウンドも全然違うし、むしろ「この違いはなんだ?」って思って。楽器を弾くようになったら、弾き方もメロディーのつけ方、リズムとかコード感とか、全然違うことも知って。
で、バンドをやり始めたら、日本独自のコード進行やリズムがあって、ずっとそこにしか目を向けずにグルグル回ってることに気づく。「The Beatlesが好き」って言うけど、The Beatlesのコード感とかメロディーセンスがなにも反映されてない人たちをたくさん見てきて。「言ってることとやってることチグハグじゃね?」って思いながらやってきた。取ってつけたようなニセモノ感が蔓延しているというかね。
―ニセモノ感ですか。
三船:木っぽいプリントがされたテーブルとか、一瞬楽しくて可愛いフェイクなものに囲まれて生きている違和感というか。「それ、俺らもともと持っていたかな?」っていう、何者でもなさに由来するものが音楽に蔓延し続けていて。俺の場合、自分だけのルーツ、アイデンティティーそのものを、音楽を通して見つけられるんじゃないかって探してきたからそう思うんだけど。
田中:三船くんは「我々がどこから来て、これから先どこに行くのか?」についてずっと考えているよね。作品のなかでも。つまり、日本人としてのアイデンティティーやこれまでの歴史、もしくは人類全体の歴史と今について考え続けている。ただ、それについてまったく考えずに、ただ目の前にあるものにアジャストしていく、あるいは自分を取り囲むシステムを無批判に受け入れていった結果生まれたのが、日本の8~9割の音楽だと思うんだけど。で、俺はそれにはまったく興味がない(笑)。
―(笑)。
三船:たとえば、ブラックミュージックには、黒人の人たちの歴史とか切実なものが入ってるわけですよね。ゴスペルだって、もともと宗教が違う人たちが無理やり連れてこられて、でも拠りどころとして、ヨーロッパ人が生み出した神様を信じるようになった状況下で、みんなで歌うことにいろいろな想いが込められて生まれた音楽じゃないですか。
それを俺たち日本人が気安く真似するのはいかがなものか。そこは触れられないし、僕の音楽じゃない。共感できるし聴くのは大好きだけど、僕が音楽をやる理由じゃないんですよね。だから、日本に生まれ育った自分がやるべき音楽を潜るように探すようになったんです。
ROTH BART BARON“ウォーデンクリフのささやき (feat.優河)”を聴く(Spotifyを開く)
「今回は人間の話をあまりしたくなかったんです」(三船)
―『けものたちの名前』を聴いて、この作品が日本に生まれ育ったアーティストによって2019年に作り出されたことにすごく興奮したし、いちリスナーとして救われるような想いもあって。まず、アルバムタイトルにある「けもの」という言葉について、これは分断と衝突が世界中至るところで繰り返されている2019年の人間模様を、象徴的に捉えたものだなと感じたんです。
田中:そこについては俺も訊きたかった。実のところ、三船くんの認識では、今回のアルバムのタイトルにある「けもの」と、いわゆる「人類」というのは、どういう位相、どういう関係にあるんですか?
三船:その2つの間には、文明を手に入れる以前か以降かっていう違いがあると思うんです。僕、文明はすごく大切だと考えていて。文明が生まれたことで俺たちはジェントルでいられるし、礼儀があって、感情をコントロールできようになった。
そうやって、本音はどうであれ、誠実にお互い向き合うことができるというのは、人間の歴史のなかで見ても大きな発明だと思うんです。ただ一方で、最近、人間の話がすげえ多いなと思って。この間、グレタさん(グレタ・トゥンベリ)っていう16歳の女の子が、国連の気候行動サミットでちょっとアクティブなことを言ったじゃないですか。
田中:彼女、普段はもっと冷静に話す人なんだけど、あのときは珍しくエモーショナルになっちゃったんだよね。ただ、そのせいで日本のメディアにも「涙ながらに訴える」なんて見出しをつけられてしまった。
三船:「エモーショナルになった」ってことですごく話題になったでしょ。今、ヨーロッパとか、アメリカはちょっとだけど、いかにゴミを出さずに環境に配慮するかっていう意識が共有されている。グレタさんは「このままだと地球やばいからよくしましょう」って話を、ちょっとエモく言っただけなんだけど、その本質は忘れて、みんな彼女の振る舞いのことばかりに言及する。そのことに対しては、ヨーロッパでもすごく批判はあったんだけど「あ、そこ人間の話題なんだ」と思って(笑)。
田中:彼女がこれまでもずっと訴えかけてきたことーー気候変動を塞き止める猶予はあと数年しかない、という内容じゃなくて、彼女自身のことにばかりフォーカスがあたって、誰もがそればかりを話題することになった。
三船:うん。そもそも、あの会議の本質部分には興味ないんだなって思った。同じことを40歳の人が言っても、男性が言ってもいいはずで、自閉症っぽい女の子が言ったってことは内容に関係ないわけでしょ。あの反応には、ちょっと引いた。そういうようなこともあって、今回は人間の話をあまりしたくなかったんです。
そうやって考えていくと、みんな綺麗な格好をして、皮膚からどんどん無駄な毛がなくなっていって、デジタルを駆使してクリーンに生きられるようになったけど、人間ですら3Dマッピングで植毛されたデジタルの動物に見えてくるというか。
―なるほど。人間らしさを担保するものが失われた、人々が「けもの化」しつつある世界というか……
三船:そうだね。そういう意味でも、俺たちは「けもの」だと言えるなって作っているときに考えたりしていました。
ROTH BART BARON“けものたちの名前 (feat.HANA)”を聴く(Spotifyを開く)
「エコロジーをテーマにする動きは1990年代ごろからずっとあって。Radioheadあたりはずっとそれをやってきた」(田中)
―優れたアーティストの作品には、未来予言的な要素が入り込んでくることがあるじゃないですか。それはROTH BART BARONについても言えることだからこそ聞きたいのですが、タナソウさんがここ最近いろんなところで気候変動のお話をしていること、また気候変動というイシューが音楽に及ぼしている影響について教えてほしくて。
田中:例のアントロポセン(人新世)っていう、現代は人間の文明が地球環境に強烈に影響を与える時代だと位置づける立場がまずあって。ところが、おそらくそれに反発するだろうと思われていた保守的な学者含めて、多くの学者がその議論に賛成しちゃったんですよ(笑)。それで、ここ数年でまた一気に議論が拡がることになったという背景があります。ただ、それ以前にも、ポップミュージックやアートの世界でも、以前の言葉で言うと地球温暖化やエコロジーをテーマにする動きは1990年代ごろからずっとあって。たとえば、Radioheadあたりはずっとそれをやってきた。
おそらく2010年代で一番忘れられたレコードって、Anohniの『Hopelessness』(2016年)と、Radioheadの『The King of Limbs』(2011年)だと思うんですけど、両方とも政治と気候変動についてある種の神話のように観客に語りかけたレコードなんですよ(笑)。
Anohni『Hopelessness』を聴く(Spotifyを開く)Radiohead『The King of Limbs』を聴く(Spotifyを開く)
田中:でも、そのメッセージが「社会的な生き物」として成熟した大人たちの間でシェアされるのではなくーーもちろん、アメリカ政府とその後ろにいる企業が京都議定書から離脱したことが大きいんですけどーー10代の子どもたちの間で広まった。しかも、グレタ・トゥーンベリみたいな10代のアイコンにそれを背負わせる形で。でも、それってどうなの? とも思うんですよ。
三船:たとえば、震災(東日本大震災)が起きて、原子炉を使わなくなりましたよね。その結果、火力発電(石炭火力発電)に頼るようになって、二酸化炭素をバカバカ排出する国になった。おかげで台風がすげえ来るようになりました、っていうのはここ10年の出来事で。トラウマがあるから原子力発電は使いたくない、でも火力発電に頼ることで地球をぶっ壊してます、っていう状態に陥っている。
田中:三船くんが言うように、日本における3.11のトラウマは本当に大きくて。それまで、日本でも二酸化炭素排出に対する議論はなくはなかったんですよ。ただ、3.11以降、そもそも沿岸地域の人々だけに危険を押しつけていることはどうなんだ? という議論が高まるなかで、地球全体の環境汚染に対する我々の加害者としての立場はすっかり忘れさられてしまった。もちろん、目の前の危険を回避し、不平等を是正することは大切なことなんだけどーー。
三船:ただ、そうやって火力発電に頼り続けて、子どもたちの将来を削ってもいいのかって話で。東京は40度が当たり前になって、ロンドンなんてもともと雪が降らない街にバカみたいに雪が降って、パリも今年は38度とか信じられらない気温に一瞬なった。そういうことが起きている世界で、ちょっとやべえなって思うのは普通のことだと思うんだよね。
田中:体感としても確実にあるよね。映画『天気の子』(2019年公開、監督は新海誠)のおばあちゃんの台詞じゃないけど、自分が小学生のころの四季の移り変わりと今の四季の移り変わりはもう全く別物。もっと春と秋は穏やかで長かった。こんな急激に1年間の気候が変動することはなかったわけですよ。
たとえばインドや中国は、この10年で緑化が進んでる。でもアメリカや日本はその真逆をいってる。ずっと環境破壊に加担してきた僕らの世代は今の現実は受け入れなければならないのかもしれない。でも、10代の人たちがそこに猛烈に反発せずにいられないのは、やっぱりリーズナブルなんだよね。
三船:俺たちはなにもやってないのに地球がぶっ壊れそうになってる。で、「お前ら大人たちは金ほしいの?」って。そりゃ10代は怒るよね、俺でもキレるもん。
ビリー・アイリッシュ“all the good girls go to hell”を聴く(Spotifyを開く) / 同楽曲のMVを公開後、ビリーはInstagramのストーリーズで「今この瞬間も、世界にいる何百万人もの人たちが、各国の指導者たちに向けて地球温暖化への迅速な対応を求めている。私たちの地球は、いまだかつてない速度で温暖化している。極地の氷は溶け、海面は上昇し、野生生物たちは毒され、森林は燃えている」とメッセージを配信した。
今、気候変動について、切実に議論しなければならない理由
田中:ただ、ここ3年くらいずっと考えているのは、我々は人類共通のナラティブ、つまり人類共通の物語がすっかり失ってしまったということなんです。1970年代には文明の発達と共に、誰もが幸せになって不平等や差別がなくなっていくに違いない、みんなでそこに向かっていこうというナラティブがあった。でも今、人類に共通するそういう物語ってないでしょ。誰もが目の前の個別の問題を解決することに必死になっている。それぞれの利益を求めるあまり、局地的な衝突と分断が進んでしまうことになった。でも、そうやって自分たちの社会的な立場を必死に守ろうとしている人たちのことはとても責められない。
たとえば、マイノリティーの問題にしてもそうだよね。女性は何百年、何千年と酷い目にあってきた。象牙街道から連れて来られた時代から今も変わらずアフロアメリカンたちは不平等や死の恐怖に日常的に直面している。だからこそ、それを改善しようという動きがこの10年であった。日本だと福島や辺野古の問題も同じように位置づけられるかもしれない。ただ、その流れのなかで、よりまた局地的な衝突が増えたり、そもそも資本主義や現状の民主主義というシステムはどうなんだ? という本質的な議論は端に追いやられてしまったところがある。
田中:でも、気候変動というのは地球に暮らす全ての人類、すべての生命にとっても共通するイシューじゃないですか。例の国連でのスピーチの直前に、グレタが一緒に写真を撮って、ソーシャルにアップしてたのがナオミ・クラインっていうカナダの学者なんだけど。彼女は気候変動というのは政治や経済の問題だとずっと主張してる人なんですよ。
つまり、気候変動を押しとめる流れのなかで、その他の政治問題や、世界経済の破綻さえも克服できるんだ、と。だからこそ、気候変動について議論することが新たな人類共有のナラティブになりうるんじゃないないか。今年前半からそんなふうに考えるようになったんですね。ところが、それに水をかけたのがグレタのスピーチに対する世界中からのバックラッシュ。
―さっき三船さんが言ったように、議論の本質ではなくグレタさん自身に世間の目が向いてしまった。
田中:自分たちの子孫の未来に対して科学的に議論するような基盤が人類にはないんだな、自分自身の目の前の利益のほうが大事なんだなってふうに思いました。人類には、核も、民主主義も、資本主義も、議論することに関しても、まだ早かったんだ、みたいな(笑)。
繰り返される分断と衝突。混沌とした時代の裏側で起こっていること
―そもそもタナソウさんが、「共通する物語が必要だ」と考える理由はどこにあるんですか?
田中:別に必要じゃないとも思いますよ。ただ、僕、冷戦時代に育って、ずっと核戦争の恐怖に脅えていた世代なんですけど、20代後半にベルリンの壁の崩壊(1989年)を経験して、すっごく驚いたわけ(笑)。それまでまさか冷戦体制が崩壊するとは思ってなかったんです。
三船:うおお、そっか。そうだよね。
田中:まさかソ連みたいな国がなくなるとは思ってもみなかった。いや、歴史を振り返れば、同じようなことはずっと起こってきたんだけど(笑)。でも、そこで「世の中ってなんでも起こるんだ」ってことにようやく気がついたんですよ。自分が当たり前だと思ってることにはすべて歴史の蓄積があって、と同時に、ある日突然すべてが変わってもおかしくないってことに。
で、ベルリンの壁が崩壊して以降、なによりも大きな地球全体の変化というのは、全世界的にグローバリゼーションが進んだこと。そのせいで大航海時代からずっと植民地主義によって担保されてきた先進諸国のアドバンテージが奪われることになった。つまり、それが先進諸国における格差経済を引き起こすことになるんだけど、これから先も想像もしなかったことが次々と起こっていくはずなんですよ。
田中:世界がひとつになった時代なんて誰も経験してないわけだから。だからこそ、局地的にいろんなものの衝突が起こるのはすごくリーズナブルなことで。ただ、これだけいくつものイシューが関連する形で発生しているのであれば、それらを解決するためにもひとつの大きな方向性が必要なんじゃないか、共通する物語が必要なんじゃないか、と考えるようになったんです。
と同時に、個人の意識としてすごく大きいのは、壁の崩壊以前より、ある国家の外交政策、あるいはある国に暮らす人の生活が、直接的に地球の裏側に影響を与える世の中になったということ。
「アートには受け手の人たちを鼓舞する側面と同時に、現実の見たくない部分をほのめかし、はぐらかししながらも伝えていく、その両面がないといけない」(田中)
―それはつまりどういうことなんですか?
田中:Radioheadの『Amnesiac』(2001年)っていうアルバムのアートワークって、ミノタウロスが泣いてるアイコンでしょ。ミノタウロスというのは閉ざされた洞窟のなかで人肉を喰わないと生きていけない、つまりそれが今の世の中のアナロジーだってことをほのめかしている。
Radiohead『Amnesiac』を聴く(Spotifyを開く)
田中:グローバリゼーションが行き届いた結果、世界はクローズドな空間として全部が繋がっている。ということは、もしかしたら「今日のご飯うまいね」って食べた食材が自分の手元に届くまでに、いくつもの殺戮や不平等を引き起こしたかもしれない。要するに、我々全員が世界中のいろんな不平等や悲劇の加害者だという可能性があるということ。でも、実際、そうなんですよ。
三船:そうだよね。中国のiPhone工場で働く若い子が何人も自殺してるなんて知ったら普通使えないっしょ。でも俺は、人を殺して作られた機械で音楽を作っているんですよ。
田中:だから、極端な話、ここ20年の間、自分は毎日人殺しをしてるんだって思いながら生きてる。もちろん、それを誰もが受け止めなきゃいけないとは言わないけど、自分はそれを前提にしたうえで、普段の仕事や生活におけるいろんな選択を決めてるところがあるんです。
三船:うん。でも俺、そうと知っていても音楽を作りたいんだよね。それはしょうがないと思ってる。この状況を好転させる力が音楽にはあると信じているし、なにより自分自身が変えてもらったしね。
田中:三船くんはそうだよね。常に罪の意識を抱えながら、アートがそれに抗してきた歴史に自分も連なろうとしてる。ただ厳しい話すると、少なくとも表現者はそういう認識を前提にして表現に向かわなきゃいけないと思うわけ。
三船:やっぱり俺たちは、ちょっとシリアスなんだよね。みんな見たくない現実があるから。
田中:アートには受け手の人たちを鼓舞する、勇気づける側面と同時に、そういう現実の見たくない部分をほのめかし、はぐらかししながらも伝えていく、その両面がないといけないと思うんです。ROTH BART BARONのどの曲を、どの作品を聴いても、その2つを適切なバランスで提示しようとしていることが伝わってくる。これは本当に偉いし、一方ですごくしんどいことなんだけどーー。
三船:俺の音楽はリリースされるたびにタナソウを傷つけている(笑)。
田中:普段は忘れようとしてる現実を突きつけられるからね(笑)。ただ、多くの人がそんなふうに感じているのかどうかはさっぱりわからない(笑)。
日常のあらゆる行為が悲劇に繋がりうる社会で、我々はどのように生きていくべきか
―GEZANのマヒトさんも、同じ話をしてくれたなと思って聞いていました(関連記事:GEZANマヒトが我々に問う。新しい世界の入り口で社会を見つめる)。
田中:今の世の中って、本当にどこにも安心できる逃げ場所がないんですよ。必ず罪が追いかけてくる。雑誌を作っていたときは、わざわざ森林伐採して作られた紙を使いながらも、意義がある本を作ろう、と思っていた。でも、インターネットだったら森林伐採しないでいいわけじゃん、とも思うわけじゃないですか。
CDも作れば作るほどプラスチックを使うわけでしょ? プラスチックを燃やしたらダイオキシンが出るし、再利用もできない。だったらストリーミングのほうがいいじゃんって思うわけです。でも、このストリーミングなりインターネットを成り立たせる基盤のためになにが行われているのかを考えると、「あ、ここもダメだな」って(笑)。
田中:だからこそ、ここ20年間、ずっとやってきたのは、とにかく必要以上にシリアスにはならない、エモーショナルにはならない、普段から自分を責めてるようには他人を責めない、なにがあってもヘラヘラ笑う、ただ現実がどこに向かおうとしているのかについてはしっかりと見つめ続けるというスタンスなんですね。だから、こういうチャランポランなキャラになっていかざるをえない(笑)。
―ポッドキャストでも言っていましたよね。「エモくなっちゃダメ、シリアスになっちゃダメ」って。
『三原勇希 × 田中宗一郎 POP LIFE: The Podcast #021』を聴く(Spotifyを開く)
田中:とにかく軽快に朗らかに、グルーヴィーに毎日を進めてく、そういうトーン&マナーを自分にずっと課していかないとやっていけないんですよね。だから、感情的になるのはすごく嫌なの(笑)。ただ特に音楽っていうのは、他のアートフォームよりも感情に直接訴えかける要素が強いからさ、三船くんはまだエモーショナルであることの可能性は捨ててはないでしょ?
三船:そうです。エモーションの場所は取っておいてあります。それは人間の要素としてあるべきものだから、ネガティブな感情も受け入れる器はいつも用意していて。でももちろん、エモーショナルになるだけでは突破できないステージもある。その一方で日本人には、よくも悪くも「エモさは正義」みたいなところがあるんだよね。
ROTH BART BARON“屋上と花束”を聴く(Spotifyを開く)
田中:ただ、ROTH BART BARONの音楽自体、もともとすっごくエモいよね(笑)。でも今作は、これまでと比べて、いわゆるエモーションとは違うフィーリングの割合が増えたレコードではあるでしょ?
三船:そうですね、パーセンテージは減って、人間のエモーションに左右されないようになった感じはあるかもしれない。それはちょっとタナソウさんのスタンスに近いかも。
ROTH BART BARON“TAICO SONG”を聴く(Spotifyを開く)
「あと数か月で2020年代が始まるってときに、『怖いけど目をつぶって飛び込んでみない?』って音楽で提示できたら楽しいなって」(三船)
―今作を聴くと、だんだん世の中からゆとりがなくなって、それこそ「けもの」じゃないですけど、精神的にも貧しい世界が広がっている現実をほんのりと突きつけられる。でも一方で、タナソウさんが言ったように鼓舞される部分もあって。今作の構成するエモーションというと、成分的にどういうものかお聞きしたくて。
三船:「人のことを思う」っていう感覚は確かにあるんだよね。自分の時間とか心のスペースを他人のために割いてあげることーーそれはきっと、アンパンマンが自分の体の一部を分けてあげる感覚に近いもので。そういうことは想像力がないとできないよね。だからやっぱり想像力は大事。
あと実際、ヘビーな現実が圧倒的に襲いかかって来ているから。「人のことを考えてる余裕なんてねえよ」って思ってる人はたくさんいるだろうし、だからこそよりフィジカルな欲求にみんなが向かうのはわかるんだよね。
田中:経済的に困窮しているからこそ逆に、自分の幸せを担保するものが経済的な基準でしかなくなっているよね。2008年のリーマンショック以降、貧富の格差が拡大したアンバランスな社会に我々は暮らしているわけだけど、じゃあ18世紀、19世紀、20世紀はどうだったかを考えると、酷さの形が違っただけでずっとアンバランスなのよ。そこで虐げられた人がたくさんいて、それを懸命に是正しようとした人々がいたことには変わりはない。戦国時代でもなんでもいいけど、かつてはレイシストと殺人者しかいなかったわけだから。
三船:そこから何百年しか経ってないからね。
田中:若い人は陥りがちなんだけど、今の時代だけがあまりにも荒みすぎていると捉えるのは違うと思う。歴史に目を向けると、今とは全然違う荒み方が常に存在しているんです。ある部分においては、確実に世界はよりよい方向に進化してもいる。
だからこそ、100年前の問題、200年前の問題と比べたときに、なにが原因で今こうなっているかを冷静に分析して、そこからの課題を抽出すべきだと思う。なにより、この先が見えない社会のあり方をただネガティブに受け取って内面化するのは、絶対によくない。
三船:そうだね。でも一方でさ、「モノをいっぱい買えるけど、幸せじゃないなあ」っていう感覚がいろんな人から感じられるんですよ。所得は少なくても、自分の心が安定している状態を幸せだと定義して、そこにシフトしようとしている空気がすげえあって。自分の小さな箱庭を守るような生き方を求めているんだろうなって感じはする。
―ここまで語っていただいた時代認識を踏まえて、三船さんたちは『けものたちの名前』という作品にどういうものを託したんでしょうか?
三船:2010年代が終わる年にリリースする以上、どんなものを作っても2010年代の作品として語られるじゃないですか。だったら好きなことをやろうと思ったんです。それに加えて、子どもたちのことはテーマとしてあって。10代の子たちは、確実な不安があるということを自分のタイムラインで毎日毎日見て育つわけでしょ。それ、やばいじゃないですか。そういう状況で「お前の生きる世界はこんなにつらいんだ」って突きつけたくはないし、でも「ハッピーで素晴らしいんですよ」ってことも言いたくなかったんですよね。
本来あまり年齢は関係ないんだけど、自分が持っていた10代性みたいなイノセントな部分、言うなれば「けもの」感があるところに対して訴えかけるアルバムを作れないかなって思ったんです。不安なのは変わらないんだけど、あと数か月で2020年代が始まるってときに、「怖いけど目をつぶって飛び込んでみない?」って音楽で提示できたら楽しいなって思ってこのアルバムを作りました。
ROTH BART BARON“MΣ”を聴く(Spotifyを開く)
- リリース情報
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- ROTH BART BARON
『けものたちの名前』(CD) -
2019年11月20日(水)発売
価格:2,750円(税込)
PECF-1177 / felicity cap-3181. けもののなまえ
2. Skiffle Song
3. 屋上と花束
4. TAICO SONG
5. MΣ
6. 焔
7. HERO
8. 春の嵐
9. ウォーデンクリフのささやき
10. iki
- ROTH BART BARON
- イベント情報
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- ROTH BART BARON
『TOUR 2019-2020~けものたちの名前~』 -
2019年11月27日(水)
会場:東京都 渋谷 WWW X2019年11月29日(金)
会場:宮城県 仙台 Darwin2019年12月21日(土)
会場:台湾 台北 The Wall2020年2月1日(土)
会場:富山県 高岡 飛鳥山善興寺2020年2月2日(日)
会場:石川県 金沢 アートグミ2020年2月7日(金)
会場:福岡県 the voodoo lounge2020年2月8日(土)
会場:鹿児島県 SR Hall2020年2月9日(日)
会場:熊本県 NAVARO2020年2月10日(月)
会場:山口県 岩国 Rock Country2020年2月11日(火)
会場:会場:大阪府 梅田 Shangri-La2020年2月22日(土)
会場:愛知県 愛知芸術文化センター 中リハーサル室2020年2月23日(日)
会場:会場:広島県 福山 Cable2020年2月28日(金)
会場:北海道 札幌 Sound Lab mole『肘折国際音楽祭』
2020年3月7日(土)
会場:山形県 肘折温泉2020年3月8日(日)
会場:青森県 八戸 Powerstation A72020年3月22日(日)
会場:京都府 磔磔2020年5月30日(土)
会場:東京都 めぐろパーシモンホール 大ホール
- ROTH BART BARON
- 詳細情報
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- ROTH BART BARON「PALACE Premium」
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ROTH BART BARONによるファンコミュニティの有料版。「PALACE Premium」では、ROTH BART BARONライブの生配信や動画配信、バンドメンバーによるラジオ配信、デモ音源や写真の販売、ここでしか投稿されないトピックなど、「PALACE」では公開されない限定コンテンツをお届けします。有料版「PALACE Premium」でご支援いただいた資金は、バンドの活動資金、また新しいアルバムや Music Video の制作費に充てさせていただきます。制作のプロセスや使い方などもコミュニティの中で共有していく予定です。ROTH BART BARONをよりもっと深く楽しみたい方へ、新しいコミュニティ「PALACE Premium」をどうぞよろしくお願い致します。
- プロフィール
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- ROTH BART BARON (ろっと ばると ばろん)
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三船雅也(Vo,Gt)、中原鉄也(Dr)から成る2人組フォークロックバンド。2014年、米国フィラデルフィアで制作されたアルバム『ロットバルトバロンの氷河期』でアルバムデビュー。2015年、2ndアルバム『ATOM』をカナダ・モントリオールにて制作。2017年、EP『dying for』英・ロンドンにて制作。2018年、3rdアルバム『HEX』を発表し、『Music Magazine』『The Sign Magazine』をはじめ多くの音楽メディアにて年間ベストにランクイン。2019年、ファンコミュニティー「PALACE」の有料版「PALACE Premium」が始動した。
- 田中宗一郎 (たなか そういちろう)
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編集者、音楽評論家、DJ。1963年、大阪府出身。雑誌『rockin’on』副編集長を務めたのち、1997年に音楽雑誌『snoozer』を創刊。同誌は2011年6月をもって終刊。2013年、小林祥晴らとともに『The Sign Magazine』を開設し、クリエイティブディレクターを務める。自らが主催するオールジャンルクラブイベント、『club snoozer』を全国各地で開催している。Spotifyプレイリスト『POP LIFE』の選曲、『POP LIFE: The Podcast』の制作出演。