月間リスナーは100万人越え。現代音楽家・小瀬村晶がロンドンをはじめ世界中で聴かれるようになるまで

2023年6月現在、シドニーやロンドン、マドリードをはじめ世界中に100万人以上のリスナーを抱える小瀬村晶。この現代音楽家は、坂本龍一や久石譲と並んでSpotifyが発表する「海外でもっとも再生された日本人アーティストおよび楽曲トップ10」に2017年と2018年に2年連続でランクインしたことでも知られる。

そんな小瀬村がポストクラシカルシーンで独自の地位を確立し、「もっともストリーミングで再生されている日本人クラシックアーティスト」となるまでにはどのような紆余曲折があったのか。名門「Decca Records」よりリリースしたメジャーデビューアルバム『SEASONS』を紐解きながら本人に話を聞く。

「僕は完全に『はぐれもの』というか、ジャンル的に居場所がないんですよね、昔から」

─「もっともストリーミングで再生されているアジア人クラシックアーティストの1人」と評されている小瀬村さんですが、ご自身をどのように定義していますか?

小瀬村:僕は完全に「はぐれもの」というか、ジャンル的に居場所がないんですよね、昔から。一応、いまはDecca Recordsというレコード会社から作品をリリースしていて、日本ではユニバーサルミュージックの「ジャズ/クラシック」部門に所属しているのですが、やっていることはジャズでもクラシックでもなくて。最近はそういう、居場所がない人にクラシック部門にいる方たちがわりと気にかけてくれるようになってきたのかなと。

基本的な感覚としては「劣等生」です(笑)。どこにも所属できなかった劣等生が、自分なりに工夫して音楽をつくってきただけのことで。それが、たまたま最近気にかけてもらえるような環境が増えてきたというふうに思っています。

─同じような境遇にいるアーティストというと誰が思い浮かびますか?

小瀬村:「共感」ということになると、海外のアーティストが多いかもしれないです。たとえばオーラヴル・アルナルズとか年も近いですし、デビュー時期も同じ。彼の音楽は独自性が強く、それでいて親密さがある。そういう音楽にシンパシーを感じることが多いですね。いまもアイスランドに住んで音楽をやっているようですが、地元に根づいた音楽活動を続けているところも素敵だなと思います。

Spotify公式プレイリスト『This Is Ólafur Arnalds』を聴く

─オーラヴル・アルナルズや、彼と同郷のヨハン・ヨハンソンらは「ポストクラシカル」というジャンルにカテゴライズされることが多いですよね。

小瀬村:彼らもやはり、居場所がなかったのだと思います。それこそヨハン・ヨハンソンやマックス・リヒターは、僕やオーラヴルよりも世代は上だし登場したのも少し先なんです。2000年代のはじめくらいかな、リアルタイムでよく聴いていました。そういう人たちが、名もないジャンルを牽引してきたというか。彼らもクラシックのアーティストではないけど、クラシックのレーベルから作品を出すなどしてきていますしね。「先輩」という印象を持っています。

Spotify公式プレイリスト『This Is Jóhann Jóhannsson』を聴く
Spotify公式プレイリスト『This Is Max Richter』を聴く

─ヨハン・ヨハンソンが、活動初期はパンクロックをやっていたのは有名ですが、小瀬村さんも一時期はハードコアバンドでボーカルを務めていたのですよね?

小瀬村:はい。THE MAD CAPSULE MARKETSのようなデジタルミクスチャーのバンドを愛聴していたり、実際にコピーしたりしていました。初めて聴いたのが高校生のときだったのですが、「こんな音楽があるのか!」とかなりカルチャーショックを受けましたね。いまはそこから極端なくらい正反対の場所にいますが(笑)。

僕は映画音楽が子どもの頃から好きで、わりとそっちに回帰して行ったところがある。10代の頃はいろいろな音楽に興味を持ち聴いていましたが、「自分の音楽」をやっていくなかで、自分に合う音楽はどちらかというと静寂なものだと気づいたのでしょうね。

「映像のない音声だけのドキュメンタリーみたいなものをつくることが、体調を崩していた自分を癒す行為でもあった」

─そもそも、どういう経緯で音楽家の道を選んだのですか?

小瀬村:じつを言うと、もともと僕は作曲家になろうと思ったことは一度もないんですよ。二十歳くらいのときに体調を崩し、電車などにも乗れなくなり、家の周りを散歩ばかりしていた時期があったんです。小さなレコーダーを持って近所の公園へ行き、ベンチに座って周囲の音を録音したりしていました。それを持ち帰って聴き直してみると、録音していたときには気づかなかった音が入っていたり、そのときに聞こえていたはずの音が違って聞こえたりするのがおもしろくて。

そうやって録りためた音源を、コンピューター上でつなぎ合わせたりミックスしたりして、映像のない音声だけのドキュメンタリーみたいなものをつくっていました。それがある種、自分自身に対するセラピーというか、体調を崩していた自分を癒す行為でもあったと思います。

小瀬村:そのうち、そこにピアノを入れてみたり、シンセサイザーの音を足してみたり、音楽的な要素を少しだけ入れることによって聴きやすくなることに気づいて。そうやってできた音源をMySpaceにアップしていたら、いろんな人たちからコメントをもらうようになりました。

そうこうしているうちに「Room40」を主宰するローレンス・イングリッシュ(オーストラリアの作曲家、アーティスト、キュレーター)の耳にとまり、「一緒に作品をつくろう」「新しいレーベル(Someone Good)を立ち上げよう」と言ってもらったんです。

─それが、音楽家の道を歩むきっかけになった?

小瀬村:そうですね。自分がやっている音楽に「意味」を見出せるようになったというか。自分でつくった音楽が、自分のためだけのものではなく誰かと共有できるものなのだという気持ちになれたのは、それがきっかけだったと思います。

そこから自分のレーベル「Schole Records」を友人と立ち上げ、同じような感覚で音楽をつくっているイギリスやイタリアのアーティストの作品をリリースしたり、パリ在住のアーティストを招聘して一緒にイベントを開催したり、インディペンデントな活動をするようになっていきました。

「Schole Records」の音源を集めたプレイリスト『Schole Collection』を聴く

─ピアノはいつ頃から習っていましたか?

小瀬村:3歳くらいで習いはじめ、中学を卒業するくらいまで続けていました。地元のコミュニティスクールみたいなところでおばあちゃんがやっているピアノ教室があったのですが、ちょっと変わった方だったんですよ。うまく弾けないと後ろからバンバン叩かれたり、予習してこないとめちゃくちゃ叱られたり。「毎週木曜日は必ず作曲をしているから、絶対に電話をしてこないで」とも言われていましたね(笑)。怖くていつも怯えながら通っていたのを覚えています。

でもそのおばあちゃんが、中学生の頃に亡くなってしまったんです。代わりに新しい先生がやってきて、「自分が弾きたい曲を持ってきたら、それを教えてあげるから」と。当時僕は『タイタニック』(1997年)を観て、ジェームズ・ホーナーがつくるサントラに感動していたから、それを教えてもらっていたんですけど、一通り弾けるようになったらそこで満足してしまったんですよね。「もう、これ以上教えてもらうことはないな」と(笑)。高校ではほかのことをやろうと思い、それでロックバンドを結成したんです。

ジェームス・ホーナーによる『Titanic: Original Motion Picture Soundtrack』を聴く

─その頃は、将来どんな職業に就きたいと思っていたのですか?

小瀬村:それが、何かになりたいと思ったことが一度もなくて。親も会社員だったんですけど、毎日背広を着て出勤するじゃないですか。自分がそうなることがまったく想像できなかったんです。映画が好きだったので、何かやるなら映画に携わることがいいなと漠然と思ってはいましたが、そういう学校へ行くこともせず(笑)。

大学では当時DJカルチャーが盛り上がり、テクノやエレクトロニカなど、これまで聴いたことのなかったような音楽が次々に誕生するのがおもしろくて。「これだったら自分でもつくれるかも」と思い、コンピューターでつくりはじめるようになったときに、体調を崩してしまったんです。

それでフィールドレコーディングをしたり、ドキュメンタリー的に音楽をつくりはじめてローレンス・イングリッシュとつながるんですが、大学3年生の夏くらいに自分のアルバムリリースが決まったり、仲間とレーベルをはじめたりするまでは何もできなくなってしまったんですよね。

小瀬村晶『It's On Everything』(2007年)を聴く

─自分の作品をリリースしたことで、世界とつながったような感覚はありましたか?

小瀬村:ありました。僕と同じように体調を崩してしまった方から、「あなたの作品を聴いて心が楽になりました」という感想をいただくようになったんです。

自分と同じような境遇だったり、同じような感性を持っていたりする人とは作品を通して出会い、シンパシーを抱いて連絡をとってくれるということが、それでわかったというか。さっきの話にもつながりますが、自分だけの音楽だったのが、自分だけの音楽ではなくなっていくことに意味を見いだしたんですよね。

─音楽家として生計を立てていくまでは、やはり苦労もありましたか?

小瀬村:そこも自分は運がよかったんですよね。さっきも話したように、居場所がなかったからこそ自分でもレーベルを立ち上げたし、同じような境遇のアーティストとつながることができたのですが、世間ではそれを待っていた人が、思いのほか多かったんです。

たとえばタワーレコードやHMVのバイヤーさんが「これは新しい流れだ」と言って、ものすごく強烈にプッシュしてくださった。当時はバイヤーさんたちの裁量で、いいと思った音楽を全面的にフィーチャーしてくださるような環境があったんです。

そのおかげで、僕の音楽に興味を持ってくださった方たちからお仕事の依頼が来て、それを引き受けていくなかで少しずつ技量も身につけていけた。結果的にそれが、映画音楽の仕事などにつながっていったのだと思いますね。

小瀬村晶『映画「朝が来る」オリジナル・サウンドトラック』(2020年)を聴く
小瀬村晶『映画「ラーゲリより愛を込めて」オリジナル・サウンドトラック』(2022年)を聴く

「自分は日本人であり、東京に住みながら音楽をつくっている。そのことに意識的に向き合えば、自分にしかできない表現が生まれてくるんじゃないか」

─曲づくりはいつもどのように行なっているのですか?

小瀬村:そもそも僕は、「曲をつくっている」という感覚があまりないんです。ピアノは手の延長線上にあり、ピアノを弾くことは「手を動かすこと」と同じなんです。手を動かすと音が鳴り、曲ができていくという感覚。

「創作している」というより「息をしている」という感じで、もっとも素直に向き合えるのがピアノなんですよね。しかも、自分が聴いていて心地よい音や周波数を、おそらく自然に選びとっているというか。なので、自分の曲を聴いているとすごく眠くなってしまうんです(笑)。

─打鍵の音や、ペダルを踏む音、椅子が軋む音なども積極的に音源に取り込んでいる印象があります。そういった「ノイズ」も、楽曲を構成する重要な要素だと思いますか?

小瀬村:とても重要だと思っています。むしろ、そういう音からインスピレーションを受けて曲ができていくこともある。つまり、自分がどういう環境でピアノを弾いているかによって生まれてくる音楽も違ってくるのでしょうね。

小瀬村:スタインウェイのグランドピアノを大きいホールで演奏しながら曲をつくっているわけじゃなくて、目の前のアップライトピアノから発せられる音をレコードにしているので、自分の半径数メートルの範囲で起きていることを表現しているし、それを忠実に再現するための音響づくりをサウンドエンジニアと相談しながら行なっています。

─「日本の四季」をコンセプトに掲げたメジャーデビューアルバム『SEASONS』が、「Decca Records」からリリースされることになったのはどんな経緯だったのでしょうか。

小瀬村:「Decca Records」のA&Rの方から連絡をいただき、Zoomで打ち合わせることになったんです。「Decca Records」はインターナショナルなレーベルなので、さまざまな国のアーティストが所属しているのですが、レーベル側がもっとも興味を示すのはアーティストそれぞれの「ローカル」な部分なんですよ。それをワールドワイドに展開していく。僕に対しても同じで、「小瀬村晶」というアーティストが自分の土地で、どんな音楽を鳴らすかに興味を持ってくれている。それってすごくおもしろいなと。

小瀬村晶“Fallen Flowers”を聴く

─インターナショナルなレーベルだからこそ、ローカル性を重視しているというのは興味深いですね。

小瀬村:そもそも僕は、MySpaceに音源を上げていたときって自分が「日本人」であることに対し、そこまで意識的ではなかったんです。なぜなら、インターネットというバーチャルな空間で、住んでいる場所も相手の年齢も国籍もまったく関係なくフラットで交流していたので、誰がどこに住んでいようが「だから?」みたいな感覚だったんですよね(笑)。

でも、たしかに自分は日本人であり、東京に38年間住みながら音楽をつくっている。そのことに対して意識的に向き合うことで、自分にしかできない表現が生まれてくるんじゃないかと思ったんです。

そこからテーマを考えたときに、頭に思い浮かんだのが「四季」でした。これまで自分はそうやって、はっきりとした大きなテーマを先に掲げて音楽をつくったことがなくて。自分の記憶にある日本の季節を思い浮かべながら、もっとも素直に表現ができるピアノを使ってみようと。

小瀬村晶“Vega”を聴く

─ピアノ1台で「四季」を表現するのは難しかったですか?

小瀬村:四季というテーマを決め、自分のなかにあるそれぞれの季節を想像しながらピアノの前に座れば、何かしら曲ができるとは思っていました。逆に、どんな曲が自分のなかから生まれてくるのか楽しみでしたね(笑)。

実際に出てきたものを順番に並べてみたときに、極端に春っぽい曲や夏っぽい曲など季節ごとのコントラストがあまりなくて。でも、逆にそれがいいなと思ったんですよ。だって、日本の季節ってそんな感じじゃないですか。最近は少し変わってきていますが、いつの間にか夏がきて、秋が到来し冬を経て春になるというふうに、基本的にはゆっくりと移り変わっていく。そこに美しさや風情があると思うんです。

─なるほど。

小瀬村:四季をテーマにした音楽はいろんな人がつくっていますが、やっぱり人によって感じ方も、表現の仕方も違います。僕は僕なりに「日本の四季」に向き合った結果、こういう作品になった。それに対しては何も言い訳も誇張もできないし、「僕はこれです」としか言いようがないんですよね(笑)。

しかも、これまでの自分の作品と比べると、すごく穏やかな楽曲が多い。わりと初期衝動で作品をつくっていた頃の自分のムードに近いというか、もちろん当時よりは大人になって洗練された部分はあるものの、当時の感覚が蘇ってくる。かと思えば、ここ最近毎年制作しているピアノアルバムにわりと近いムードの曲もあったりして。「ああ、これが自分なんだな」という感じですね。

小瀬村がコロナ禍で制作したピアノアルバム『88 Keys』を聴く

─『SEASONS』を制作したことで、今後の展望はどのようなものになりましたか?

小瀬村:今回、自分が暮らしている「場所」に対する愛着や、記憶に対するラブレターのような作品をつくることができて、それにより一歩前に進めたかなと実感しています。この作品の音楽的な部分で関わっているのは、僕とミキシングエンジニアとマスタリングエンジニアの3人だけ。ものすごくパーソナルな作品に仕上がったと思っているんですけど、次の作品では「壁」を壊す方向へ向かいたいと思っていますね。

─「壁」というと?

小瀬村:人種や、性別、国の壁もそうだし、ジャンルの壁もそう。コロナ禍や戦争が起きたことで、それが強く浮き彫りになった。昔よりもインターネット空間が進化し、どこにいても誰とでもつながることができるようになりましたよね。自分が子どもだった頃を考えると、「こんなこともできちゃうの?」と思うようなことばかりじゃないですか。

僕らが思い描いていた近未来に、ようやく僕らはたどりつきつつある。にもかかわらず、未だに「壁」を感じることが多い。でも、音楽やアートのなかでは、ある意味どんなことでもできると思っていて、すくなくともその世界のなかでは、あらゆる壁を取っ払うことができないかなと考えるようになりました。すでに7割、8割くらいできていて、複数のボーカリストが参加するのもあって『SEASONS』とはまったく違う内容になるはずなので楽しみにしていてもらえたらと思います。

リリース情報
小瀬村晶
『SEASONS』(CD)


2023年6月30日(金)リリース
価格:3,960円(税込)
UCCL-9111

1. Where Life Comes from and Returns
2. Dear Sunshine
3. Fallen Flowers
4. Niji No Kanata
5. Faraway
6. Vega
7. Gentle Voice
8. Zoetrope
9. Left Behind
10. Passage of Light
11. Towards the Dawn
12. Hereafter
プロフィール
小瀬村晶 (こせむら あきら)

東京生まれ。2007年にソロアルバム『It's On Everything』をオーストラリアのレーベルSomeone Goodより発表後、自身のレーベル Schole Recordsを設立。以降、ソロアルバムをコンスタントに発表しながら映画やテレビドラマ、ゲーム、舞台、CM 音楽の分野で活躍。主な作品に、河瀨直美監督による長編映画『朝が来る』(2020年)、是枝裕和監督が手がけたドキュメンタリー『The Center Lane(池江璃花子)』(2021年)の音楽や、アパレルブランド TAKAHIROMIYASHITATheSoloist. SS22 コレクションランウェイの音楽など、特定の枠に収まらない独自の活動を展開。Spotify が発表する「海外でもっとも再生された日本人アー ティスト/ 楽曲 top10」に2年連続でランクインしたほか、米国メディアでその才能を称賛されるなど国内外から注目される作曲家。



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