タイのシンガーソングライターNumchaにLuby SparksのNatsuki Katoが取材。アジア音楽シーンが世界で愛される理由とは?

この慌ただしいサブスク時代に、デビュー曲ながら1,500万回超えの再生数を誇るキラーチューンとともに颯爽と現れた、世界に見つめられるバンコク出身のシンガーソングライター、Numcha(ナムチャ)。待望のデビューアルバム『Bloom』はその「バズり」とは裏腹に、脱力したナチュラルなサウンドと日常的なリリックが全世代の共感を生む、等身大な彼女の魅力が詰まった作品だ。

今年、Luby Sparksとして初のバンコク公演を経たLuby SparksのNatsuki Katoが、Numchaにインタビューを実施。バンコク公演で感じた、タイと日本の音楽シーンの違いや流行、そして異なるカルチャー。それらを通して、いまアジアから世界へ飛び出そうとしているNumchaの音楽へのスタンスや、今作から見据えるその先の世界について尋ねた。

いまタイ語や日本語、韓国語などアジア圏の言語でも、世界中の多くの人に聴いてもらえる時代

―Numchaというプロジェクトはどのように始まったのですか?

Numcha:大学では音楽学科を専攻していて、昔からミュージシャンになりたいという気持ちが強かったんです。自分の進路を決めかねていたら、母から「あなたこれからどうするの? もし何もしないんだったら家業を継ぎなさい」と言われて。その時に、やっぱり自分がやりたいのは音楽だと再認識して、音楽家になろうと決心しました。それから在学中に初めてのデモアルバムをつくったところからNumchaという名義での音楽活動がスタートしました。

―タイにもバンドは多いと思いますが、なぜバンドではなくシンガーソングライターとして活動していくことを選んだのでしょうか?

Numcha:ソロアーティストの方が、本当の自分自身をストレートに表現できるからです。バンドももちろんいろんな人が意見を言い合えるという良い点もあるけど、私は音楽だけでなくアートワークやマーチャンダイズのデザイン、ミュージックビデオのディレクションなども、できる範囲はセルフプロデュースで手がけているので、自分が生み出したものすべてに対して自らが責任を持てる、という点でもソロとして活動することに意義を感じています。

―目標にしているアーティストはいますか?

Numcha:特定のアーティストはいないんですが、アレンジメントやアティチュードなど普段から本当にさまざまなアーティストの側面をインスピレーションとして吸収するようにしています。

Numchaの“in my white dress (Official Video)”

―歌詞の多くは英語だと思いますが、タイ語ではなく英語で歌うことへのこだわりはありますか?

Numcha:特別に英語の勉強をしたわけではないんですが、母がジャズや洋楽を聴いていたり、叔父さんが欧米の映画をよく観ていたのもあって、幼い頃から英語に慣れ親しんだ環境で育ちました。そのおかげで英語が好きになったし、英語を用いると表現がしやすいと感じることもあって、英詞で歌っています。

―子ども時代に聴いた洋楽や観た映画で、印象に残っているアーティストや作品はありますか?

Numcha:母がよく聴いていたアーティストで覚えているのは、エルヴィス・プレスリーやスティーヴィー・ワンダー。映画に関しては、叔父さんがずっと垂れ流していたので特に覚えてないんです(笑)。

―ぼくらも両親の影響で洋楽や洋画に囲まれた環境で育ったことで、英語で歌うことが自然な流れだったので、とても近いものを感じました。英語で歌うということは、音楽を始めた時からタイ国内にとどまらずワールドワイドなアーティストになることを目指していたのでしょうか?

Numcha:最初は、ワールドワイドに活動することなんて考えたこともありませんでした。ただただ音楽と英語が好きだったから、自然といまの私のスタイルが完成しました。

―実際、英詞であることも多くの人にNumchaの音楽が広がるきっかけになっているようにも感じます。海を超えたここ日本でも松任谷由実、藤原ヒロシといったレジェンドがフェイバリットとして挙げるなど、意図していなかったところであなたの音楽が知れ渡っていることにどう感じていますか?

Numcha:いまは歌詞が英語じゃなくタイ語や日本語、韓国語などアジア圏の言語でも世界中の多くの人に聴いてもらえるチャンスがある時代だと思います。でもやはり英語はみんなが理解できて、世界共通の言語だから聴きやすいのかもしれないですね。

正直、3年前にリリースした楽曲”Keep Cold”が海を超えた他の国でもこんなに聴かれていることには本当にびっくりしました。自分の1stシングルがいきなりストリーミングやYouTubeで1,000万回以上再生されるなんて、もちろんまったく予想もしていなかったので(笑)、私はとてもラッキーだと思うしこれは自分の人生においての大きな転機だと思ってます。聴いてくれている人にはとにかく感謝しています。

Numchaの“Keep Cold”を聴く

「チルい」音づくり、シティポップのエッセンスは誰にでもどんな音楽にもフィットして、簡単に取り入れることが出来るからこそ世界中の流行になった

―ぼくのバンド、Luby Sparksは今年10月末にLIDO CONNECTというヴェニューで初のバンコク公演を行いました。会場には、ぼくらが日本でも経験したことのないくらい多くの人々が観に来てくれて、さらにオーディエンスの熱量の高さに驚かされ、演奏していてとても気持ちがよかったです。日本では比較的静かにじっくりライブを楽しむ人が多いですが、大歓声、シンガロング、モッシュ、ダイブなど、タイのオーディエンスのライブの楽しみ方がとてもアクティブなのはどうしてだと思いますか?

Numcha:私からしてみると、タイのオーディエンスの熱量はじつはそこまで大きく盛り上がることは少なくて(笑)、やっぱり他のアジアの国から来たアーティストだからというのが大きい気がします。それにきっとLuby Sparksのパフォーマンスも素晴らしかったんだと思いますよ。

私はついこの間、台湾でライブをしたのですが、台湾のファンはいつもエネルギッシュでその時のライブも大盛況でした。彼らは私たちのライブを毎日見ることはできないから、その貴重な機会を大いに楽しんでくれているんだと思います。

88rising主催『DOUBLE HAPPINESS』でのNumchaのパフォーマンス

―逆にタイのアーティストが日本でライブした時には、ライブ中にスマホを触らず喋ったりもしないからじっくり真剣に観てくれる、という印象を受けるみたいですね。日本では写真撮影不可のライブもあったりしますが、ぼくらのタイ公演が終わった後にSNS、特にInstagramへの投稿の多さに驚きました。たった一夜のライブでInstagramのストーリーの通知が何百件と来ていて鳴り止まない、という経験はとても衝撃でした。タイではそういった行為を必ず行うものなのですか?

Numcha:ライブ中にスマホでビデオを撮って、SNSでシェアするというのは、タイのオーディエンスにとってごく当たり前の習慣なんです。なぜなら、タイにはライブを勝手に撮影してはいけない、といった決まりがないからなんだけど、日本ではそういう規則があるようですね。そこの違いが大きいかもしれないです。

※タイでは近年のデジタル技術の発展による規制整備の要請が強まったことを契機に、2022年6月1日に初めてとなる「個人情報保護法」が施行された。それまでは個人情報やセキュリティーなどに対してとても低い認識だったため、「SNSに他人が写り込んでいるものをアップしてはいけない」「ライブ映像をYouTubeに勝手にアップしてはいけない」といった日本では当たり前になっているマナーや決まりが今年になって少しずつ検討され始めているそう。

―ぼくらのバンコク公演では、Rosalyn、mindfreakkk、HYBS、FOLK 9といったアーティストと共演しました。FOLK 9とはLuby Sparksは楽曲のコラボもしているのですが、彼らをはじめとする多くのタイのアーティスト特有のギターサウンドから、いまのタイ国内でのトレンドを感じました。実際に、シティポップやドリームポップ影響下の「チルい(chillin’)」ビートやコーラスのかかったドリーミーなギターは流行っているのですか?

タイのインディーポップバンドRosalynの“LoverFriend”を聴く
Luby SparksとFOLK 9によるコラボ曲“Circles”

Numcha:じつは、私自身は日本のシティポップのアーティストの名前をあまり知らないんです(笑)。もしかしたら、楽曲単位では聴いたことがあるかもしれないですね。タイでもそういったドリーミーな音楽やシティポップは5年前ぐらい前からどんどん一般化してきていて、たしかにトレンドになっていたので、一度は聴いたことがある人はすごく多いと思います。

いまは、タイではシティポップの流行は以前と比べると少し下火になってはきていますが、おそらくそういったギターサウンドや「チルい」音づくり、シティポップのエッセンスは誰にでもどんな音楽にもフィットして簡単に取り入れることが出来て、なおかつリスナーにも聴きやすいからこそ、タイだけでなく世界中の流行になったのかもしれないですね。

―シティポップをあまり知らなかったのは意外でした(笑)。またそういった音楽とは別に、Numchaの音楽にはMen I Trust、beabadoobee、Faye Websterといった現行の欧米のインディーポップとも共鳴する部分があると思いました。そういった現行の音楽も聴きますか?

Numcha:いま挙げてくれた3組のアーティストもよく聴いてますよ。でも私が特に好きで影響を受けた欧米のアーティストは、トム・ミッシュ。それと、インディアンアメリカンのアーティスト、ラヴェーナ(Raveena)は最近のフェイバリットです。

ラヴェーナのアルバム『Asha's Awaking』を聴く

―待望のデビューアルバムとなる『Bloom』についても教えてください。今作はどのようにつくられたのですか?

Numcha:『Bloom』にはそれぞれ違った時期の私のムードが反映された、毛色の異なる10曲が収録されています。歌詞やアレンジメント、楽曲構成など私の頭のなかに8~10パターンの楽曲の要素が思い浮かんで、それらを元にそれぞれ違ったかたちでつくっていきました。その10曲を比較しながら、何度も進化させて優しくじっくりと育てていった、そんな過程を経て実ったのが「開花」という意味を持つ今作です。

―アルバムのなかで、一番こだわった点はどんなところですか?

Numcha:歌詞ですね。今作では2曲だけ、Luby Sparksとも共演していた私のレーベルメイトでもあるRosalynのキーボーディスト、マイケルと初めて歌詞の共作にも挑戦しているんですが、普段は歌詞にとても重きを置いているので基本的には一人で書き上げています。私にとって歌詞は、自分自身を一番ストレートに表現できる手段だと思っていているので、間違いなく今作の聴きどころです。

Numchaの『Bloom』を聴く

自分自身を偽ることなく、ありのままの自分を見せること、そして何より音楽に対する強い情熱を持っていることが一番大切

―Sunset RollercoasterのKuoをフィーチャーした“Merry Midnight”のミュージックビデオは、日本人なら誰しも一度は見たことのある、山下達郎の“クリスマス・イブ”を起用したJR東海のクリスマスCMの「タイバージョン」ともいえる雰囲気を感じました。そのCMや曲のことは知っていますか?

Numcha:(実際に映像を見ながら)初めて見ました! 山下達郎もじつはいま初めて名前を知ったんですが、曲は聴いたことあるかもしれないです。

Numchaの“Merry Midnight feat. Kuo (Sunset Rollercoaster)”

―“Merry Midnight”はサウンド面でもベルや鈴の音から“クリスマス・イブ”のように、切なくもどこか温かみを感じるこれからの季節にぴったりの素敵な楽曲だと感じました。これはどんなことを歌ったクリスマスソングですか?

Numcha:もともとこの曲は純粋な「愛」の歌なんです。クリスマスにはプレゼントが欲しくなるものだけど、今年のクリスマスは愛する人といたい、ただただ静かな場所で二人一緒にいる時間を過ごせたら、それが私にとって1番のクリスマスプレゼントになる、そういった普遍的な愛について書いたつもりでした。

でもこの曲を実際に聴いた人や、あのミュージックビデオを観た人のなかには、どうやらこの曲に悲しみを感じる人も多いみたいで、過去の恋愛のことや、恋人といた去年のクリスマスを思い出して、あの頃は良かったねと歌っている歌詞やビデオとして解釈をしてくれたんです。

言われてみればそういう捉え方、見方もできるなと思い、自分としては現在進行形の愛についての歌だったものが、いまでは過去の恋愛や思い出を回想する切なさも兼ね備えた、ダブルミーニングのクリスマスソングとしてこの曲は成り立っています。

Wham!の“Last Christmas (Official Video)”

―ぼくもこの曲は、Wham!の“Last Christmas”のようにいまはもう隣にいない昔の恋人と過ごしたクリスマスを思い出している、そんな切ない楽曲だと思っていました。リスナーが感じているその切なさはきっと歌詞やミュージックビデオだけでなく、この曲の持つコード進行や音数の少なさなど、サウンドのアレンジメントからも生まれているような気がします。

シティポップが日本やタイでは一時期に比べると少し落ち着いてきているなかで、先日Numchaが台湾で共演していた羊文学や、ぼくらLuby Sparksのようにオルタナティブなギターロックを軸にしたアーティストも日本では多く生まれています。

流行のジャンルに縛られることなく、アジア全体に自分たちの音楽を広めていくには何が大事だと思いますか?

Numcha:自分自身を偽ることなく、ありのままの自分を見せること、そして何より音楽に対する強い情熱を持っていることが一番大切だと思います。そうすればきっとジャンルなんて関係なく、絶対に良い結果が伴うと信じています。

―日本への来日が決まったら、何をしてみたいですか?

Numcha:まだNumchaとしてライブはしてないですが、じつは私は日本に4回も遊びに行ったことがあるんです。長野と名古屋を観光しました。浅草の浅草寺で引いた大吉のおみくじは、いまでもお財布のなかに大切に入れてあります(笑)。また日本に行けたら、もっといろんなところを探ってみたいですね、日本の食べ物はもちろん好きですし、特に東京の魚市場には行ってみたいです。

Numchaの“Dirty Shoes(Official MV)”

―日本の音楽ファン含め、これからNumchaの音楽をどんな人たちに届けていきたいですか?

Numcha:私の音楽の主なターゲットは、きっと若い人だと思うんですが、私の友達の13~14歳の弟さんがNumchaをよく聴いてくれていたり、私のお母さんの友達が私の音楽をシェアして広めてくれていたりするんです。こういった身近な経験からも、私の音楽は日本でもタイでももっと幅広い世代に聴いてもらえる音楽になることができるんじゃないかなと思っています。

―タイのライブハウスでは若い人がとても多いと感じましたが、逆に日本のライブハウスには高校生から60代の方まで、本当にいろんな世代のお客さんが集まるのできっとNumchaの音楽が幅広く広がるきっかけにもなると思います。ぜひ次は日本で一緒に演奏しましょう。今日はありがとうございました。

Numcha:ありがとうございました。絶対に日本でライブがしたいです、ぜひお願いします!

リリース情報
Numcha『Bloom』

2022年11月11日(金)発売
価格:2,400円(税別)
LIIP-1551
レーベル:Lirico / Inpartmaint
プロフィール
Numcha (なむちゃ)

タイのバンコク出身のシンガーソングライター。2019年にシングル“Keep Cold”でデビュー。シティポップに影響を受けたこの楽曲は現在までにSpotify、YouTubeともに1500万回再生を数えるヒットを記録。その後、“Dirty Shoes”“Krytonite”“April's Loop”と立て続けにシングルを自主リリース。バンコクの気鋭の新興レーベルNewEchoesと契約し、シングル“Butterfly”“Ladybug”、そして落日飛車(Sunset Rollercoaster)のTseng Kuo Hungとのコラボ曲“Merry Midnight”で注目を集める。『Cat Expo』などタイ国内の音楽フェスの他、88rising主催の『Double Happiness』や台湾の『LUCfest』にも出演。2022年秋にデビューアルバム『Bloom』をリリース。

Natsuki Kato(Luby Sparks)

5人組バンドLuby SparksのBa / Voと作詞曲を担当。2016年3月結成。2017年7月には『Indietracks Festival 2017(UK)』に日本のバンドとして唯一出演。2018年1月、Max Bloom(Yuck)と全編ロンドンで制作したデビューアルバム『Luby Sparks』を発売。2018年11月、4曲入りのEP『(I’m)Lost in Sadness』、2019年9月に発表した最新シングル『Somewhere』は、Robin Guthrie(Cocteau Twins)によるリミックスもリリースされている。これまでにThe Vaccines(UK)、The Pains of Being Pure at Heart(US)、TOPS(CA)、NOTHING(US)など海外アーティストの来日公演のフロントアクトも数多く務めている。最新作は、2022年5月にリリースした『Search + Destroy』。10月にはタイのバンコクでのライブを行なうなど、海外との交流も盛んでUKや中国でもライブ活動を行なった。



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