以前から予告していたように、ゆずがアルバム『PEOPLE』から約3か月という最短スパンで、2022年において2枚目となるニューアルバム『SEES』を発表した。本稿では、Spotifyのプレイリストシリーズ「Liner Voice+」で行なわれた、音楽ライターの谷岡正浩によるゆずの全曲解説インタビューのなかから気になる発言をピックアップ。そして、この『SEES』というアルバムが持つ意味について、「コロナ禍」の果てに『PEOPLE』と『SEES』という2枚のアルバムが生まれた理由とその関係性について、あらためて考えてみることにしたい。
「いま」を描きながら、その先の未来を照らすような「スタンダード」を生み出す
『SEES』の冒頭に収録された1曲目“君を想う”。前アルバム『PEOPLE』の冒頭に収録されたインスト曲“Overture~PEOPLE~”のフレーズを発展するかたちで生み出されたというこの曲について、北川悠仁は次のように語っている。
北川:(2022年)3月に出した『PEOPLE』というアルバムは、コロナが始まって2年ぐらいの自分たちの「足跡」みたいなものをまとめたアルバムでした。さらにそのあと『SEES』というアルバムをつくるにあたって、それまで積み上げてきたものも大事なんだけど、いま自分たちがいる場所から、次のステップというか、次の扉を開くようなアルバムにしたいと思っていて。つまり、いまの自分たちが思うこと、まさに「いま」っていうものを書きたかったんですよね。“君を想う”は、その柱となる曲として、最初に着想し始めた楽曲なんです。
ポップなビートに乗せて、<今、君を想う 眩しい僕らの日々を / 今、君を想う 痛ましいあの日々を>と、相反する思いを赤裸々に綴ったこの曲。そこにはもうひとつ、『SEES』というアルバムを貫く、ある「思い」が込められているのだという。
北川:大きな時代の流れみたいなものと、細かく枝葉に分かれたトレンドみたいなものがあって、そのトレンドの部分を捕まえながら、そのポイントポイントで爆発力のある曲をつくっていったのが『PEOPLE』でした。今回は、大きな時代の流れのなかで、ゆずの新たな「スタンダード」をつくりたいと思ったんです。
もちろん、音楽の聴き方も届け方も細分化されているいまは、「スタンダード」が非常につくりづらい時代だとは思うんですけど、やっぱりゆずは、そこから逃げちゃダメだろうと。どんな時代のなかでもゆずは、自分たちが思う「スタンダード」を真正面から届けるべきだし、それがゆずじゃないかって思ったんです。
さまざまな活動の制限を余儀なくされたコロナ禍の只なかにあって、日々試行錯誤を続けながら、一つひとつ生み出された『PEOPLE』の楽曲とは異なり、その後の「いま」を描きながら、なおかつ、その先の未来を照らすような「スタンダード」を生み出すこと。そんな彼らの「思い」とも、少なからず関係しているのだろう。
きっかけはスタッフの提案。ゆず内部からもたらされた新しい試み
今回のアルバムには、『PEOPLE』とはまた異なる、数々の新しい「試み」が施されているのだった。Official髭男dism・藤原聡との共作で生まれたアップテンポナンバー“RAKUEN”と、作詞に小説家・宮下奈都を迎えたラブソング“明日の君と”だ。藤原との共作は、もちろん今回が初。そして、ゆずが自身の名義の楽曲で、作詞を他の人に委ねたのは、今回が初であるという。
それら2曲に関する具体的なエピソードについては、「Liner Voice+」本編を参照いただくとして、ここで指摘しておきたいのは、そんな新しい「試み」が、その「外部」だけではなく、じつはその「内部」からも、もたらされた点だろう。岩沢厚治作詞作曲の“ゆめまぼろし”と、北川悠仁作詞作曲の“むき出し”だ。
岩沢:“ゆめまぼろし”に関しては……まあ、リクエストですね(笑)。『SEES』の制作に入る前に、もう何曲か、「この曲を入れよう」みたいな柱となる曲があったので、自分はどんな曲をつくるのがいいかなって思っていて。そのときにスタッフから、「ゆずみたいな曲をつくったらいいんじゃないですか?」って言われまして(笑)。要は、元気よくアコギを弾いて、シャカリキにハーモニカを吹いて……みたいなことだと思うんですけど。
『PEOPLE』に関するインタビューとかを受けながら、「『PEOPLE』を経て『SEES』があるんです」みたいな話をいろんなところでしているうちに、このタイミングで「ゆずっぽい曲」を書くことの意図が、自分のなかでヒントとして見えたような気がして。そこから歌詞を書き始めたんですよね。
一方、北川作詞作曲の“むき出し”もまた、スタッフからの「北川さんの三拍子の曲が聴きたいです」というひと言から始まった曲であるという。ゆずの楽曲としては、かなりブルース色の強い、ややレイドバックした雰囲気もある珍しい一曲となった“むき出し”。それについて北川は、こんなふうに語っている。
北川:もともと17歳の頃とかは、1970年代のアメリカのブルージーな音楽とかをたくさん聴いていて、そういう曲を遊びでカバーしたりもしていたんですよね。ただ、そのときは、やっぱりちょっと背伸び感みたいなものが出てしまっていて(笑)、それであまりゆずではやってこなかったんですけど、40歳を超えて、そういう自分の原点みたいな曲をちょっとやってみたら、全然ナチュラルにやれてしまうところがあって。
やろうとしなくても、そうなっている状態というか。初めてビールを飲んだときは、ちょっと背伸びをして「ビール美味い!」とか言っていたのに、いつの間にか「まずはビールだろ」ってなっている感じみたいな(笑)。そういうのが、音楽にもあるんですよね。あと今回は、『PEOPLE』と合わせて全部で20曲ぐらいあったので、そのなかに一曲ぐらい、自分をむき出しにするようなサウンドだったり歌があってもいいのかなって思って。それで今回、入れさせてもらったんです。
ゆずの王道とも言えるフォーキーな楽曲へと仕上げられた岩沢主導の“ゆめまぼろし”と、いつになくブルージーな北川主導の“むき出し”。そのいずれもが、<誰もが皆 聴く耳閉じた / ワタシハシリマセンと 見え透いたデタラメが今日もまかり通ってく><買い被るなって たいそうな人じゃない / 化けの皮剥いで 君に埋もれたい>という、何やら不穏な内面の吐露から始めっている点も、じつは注目すべきポイントなのかもしれない。
有観客のライブツアーで何度も披露した「オーバーエイジ」枠
さて、どうやらこの全曲解説を聴くに、「アルバム『PEOPLE』を経た、いまの自分たちが思うこと」としての楽曲は、これまでありそうでなかった彼らのルーツである「伊勢佐木町」を真正面から描いた7曲目の岩沢曲“イセザキ”で、ひとまず区切りとなるようだ。
それに続く2曲、“Long time no see”と“ゴールテープ”は、岩沢いわく「オーバーエイジ」枠の楽曲であるという。どういうことか。それはつまり、2021年8月に有観客で行なったライブツアーの時点で存在し、そこで何度も披露され、磨き上げられてきた楽曲であるということだ。
北川:いまやっている『PEOPLE』のツアーの冒頭で、すでに披露している“君を想う”もそうなんですけど、知らない曲をライブで聴いて、そのあと音源で答え合わせをするようなことって、デビューするとなかなかないというか、それが全部逆になっていくんですよね。音源ができて、それをライブで演奏するっていう。
でも、デビュー前って、ほとんどのものが、ライブでしか聴けない曲だった。“夏色”も“サヨナラバス”も“いつか”も“からっぽ”も、みんなもともとライブでしかなかった曲なんですよね。なので、そういう成り立ちみたいなものは、非常に好きだなあとは思っています。
岩沢:“Long time no see”に関しては、もうタイトルどおりですよね。「久しぶり!」っていう(笑)。この曲は、去年(2021年)のツアーを一緒に回ってきた、戦友みたいな曲なので。その曲と、ニューアルバムで再会したみたいな。そんな気持ちです。
「あるテーマに沿って書いた曲が、コンサートでファンと共有することで違う曲に変化する」(北川)
そして、もう一曲、そんな頼れる「オーバーエイジ」枠として採用されたのは、2021年の夏、アスリートたちへのヒアリングをもとに書き下ろし、TEAM JAPAN公式応援ソングにも起用された“ゴールテープ”だった。
北川:この曲を『SEES』に入れるかどうかは、最後まで非常に迷いました。曲の成り立ちも含めて、そこで完結すればいいのかなって思っていたし、最初につくったときは、ちょうど東京オリンピックで日本が揺れていたときだったので、リリースする気もなかったんですよね。そういうなかで戦う選手のみなさんの、何かエールになればいいなと思ってつくり始めた曲だったので。
ただ、去年の夏のコンサートのなかで、この曲を自分たちのファンの前で歌わせていただくなかで、この曲が……これは、ゆずの曲ではよくある話なんですけど、あるモチーフとかテーマとか、ある対象に向けて書いた曲が、コンサートとかでファンのみなさんと共有していくなかで、次第に違う曲に変化していくっていうのかな。みなさんのなかで生きる曲に変わっていく瞬間みたいなものが、そのツアーのなかで、すごい手応えとしてあったんです。
なので、もしかしたら“ゴールテープ”は、ちゃんと作品として入れてもいいんじゃないかなって思うようになって。『PEOPLE』には、入れなくてもいいなって思っていたんですけど、そのあと『SEES』ができたことによって、もしかしたらこれが最後の曲……そのタイトルのどおり、『PEOPLE』から『SEES』につながっていった「ゴールテープ」になるのかなっていう考えが、途中から湧いてきた感じなんですよね。
かつて、アテネ・オリンピックの応援歌として書かれた“栄光の架橋”が、その後、さまざまな人々の文脈のなかで育ちながら、気がつけばゆずを代表するような「スタンダード」曲となっていったように、この曲もまた、ライブで披露されるたびに、あるいはどこかで誰かが耳にするたびに、さまざまな響き方をするような一曲となっていくかもしれない。
思えば本来、「スタンダード」とは、そうやって長い年月を掛けて、人々によって育まれていくのだろう。ある意味、そんなふうに、やがて「スタンダード」となる可能性を秘めた楽曲が並べられたアルバム『SEES』。それは、『PEOPLE』の冒頭に収録されたインスト曲“Overture~PEOPLE~”に対応するようなインスト曲“Endroll~SEES~”で、軽やかに幕を閉じるのだった。
岩沢:いまは、ようやくアルバムを制作したなっていう感じですよね(笑)。『PEOPLE』のときには得られなかった達成感というか、それとは違う達成感を、いまは大きく感じています。
北川:ぼくらにとっても、この『PEOPLE』と『SEES』というのは大きな挑戦で、これだけの短い期間に、アルバム2枚、約20曲の楽曲をリリースするのは、それはそれでなかなか大変な日々だったんですけど(笑)。『SEES』をつくり終えたときに、「いまのゆずが鳴らすアルバムは、こういうアルバムなんだ」っていう手応えが、すごくあったんですよね。でもそれは、あくまでも『PEOPLE』があったからこそ……『PEOPLE』がなかったら、絶対にここには辿り着かないような作品に、『SEES』はなったと思います。
- リリース情報
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ゆず
『SEES』通常盤(CD)
2022年6月29日(水)発売
価格:2,420円(税込)
TFCC-86874
- プロフィール
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- ゆず
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左から:北川悠仁、岩沢厚治。北川悠仁、岩沢厚治により1996年3月結成。横浜・伊勢佐木町で路上ライブを行なうようになる。1997年10月、1stミニアルバム『ゆずの素』でCDデビュー。万人を引きつけるキャッチーなメロディと独特なハーモニー、飾らない共感性の高い歌詞が評判を呼び、翌1998年6月にリリースした1stシングル『夏色』がスマッシュヒット。以後、“いつか”“栄光の架橋”“虹”“雨のち晴レルヤ”など、ヒット曲を多数世に送り出す。2017年には『第68回NHK紅白歌合戦』の大トリを務める。また コロナ禍においても、5週連続のオンラインツアーを敢行するなど、つねにファンに音楽を届け続けた。