結成10周年の乃木坂46、作曲家・杉山勝彦が語る名曲誕生の裏側

2021年に結成10周年を迎えた乃木坂46が、12月に初のベストアルバムを発表する。2011年に「AKB48の公式ライバル」としてスタートした乃木坂46は、いまや押しも押されもせぬトップアイドルとなったものの、その楽曲に関しては「AKB48のような国民的なヒット曲がない」といわれることも少なくない。しかし、近年は「日本レコード大賞」を2年連続で受賞するなど、楽曲自体の評価も確実に高まっているだけに、この10周年というタイミングでこれまで生まれた数々の名曲について、あらためて振り返ってみたい。

その相手として、杉山勝彦ほどの適任者は他にいない。自らのユニットTANEBIと並行しながら、作家・プロデューサーとして幅広く活動し、乃木坂46の代表曲を数多く手がけてきた。2015年の『NHK紅白歌合戦』初出場で歌われた“君の名は希望”、先日『THE FIRST TAKE』で披露された“きっかけ”、卒業ソングの定番となりつつある“サヨナラの意味”など、グループの「色」に大きく貢献した一方、2021年6月リリースの“ごめんねFingers crossed”ではボカロ出身の作曲家が活躍する現在のシーンにも目配せし、新たな乃木坂46像を提示してみせた。

今回の取材では、杉山の曲とともにグループの歴史を振り返るだけでなく、楽曲自体を音楽的に掘り下げることで、「アイドルの曲」というバイアスを外し、より多くの音楽ファンが乃木坂46の名曲と出会うきっかけになればと思う。

“君の名は希望”は「アイドル=元気な曲」というイメージに対するカウンター

―今年結成10周年を迎えた乃木坂46は、杉山さんにとってどんな存在だと言えますか?

杉山:作曲家としての夢を実現してくれたグループです。ドラマの主題歌になるとか、憧れの人に歌ってもらえるとか、作曲家冥利に尽きることにはいろいろな種類があると思うんですけど、ひとつの時代を象徴するグループの「色」になる曲、そのグループが認知されるきっかけの曲に携わることができたという意味で、「夢を実現してくれた」と思っています。

杉山勝彦(すぎやま かつひこ)
作詞・作曲・編曲家・音楽プロデューサー、フォークデュオ「TANEBI」のギタリスト。1982年1月19日生まれ。埼玉県入間市出身。早稲田大学在籍時代、ラッツ&スターの佐藤善雄にスカウトされ、2007年、Sony Music Publishingの専属作曲家となる。現在は、自身が代表を務める株式会社コライトにて音楽作家活動を行う。2008年、嵐“冬を抱きしめて”で作家デビュー。2013年フォークデュオ「USAGI」結成、2014年ユニバーサルミュージックよりメジャーデビュー。2016年所属事務所を独立、「TANEBI」とあらためて活動を行い、現在に至る。家入レオ“ずっと、ふたりで”にて第59回日本レコード大賞作曲賞を受賞。

杉山:しかも、作曲家としての自分の色をそのまま素直に出して、それをファンの方が受け入れてくれて、メンバーにも大事な曲だといってもらえることって、なかなかないんですよね。

―一般的な職業作曲家というのは、自分の色を出す以前に、オーダーにどう応えるかが大事になるわけですよね。

杉山:そうですね。乃木坂46は“ぐるぐるカーテン”でデビューして、4枚目のシングル“制服のマネキン”で初めてぼくの曲を採用してくださったんですけど、あの曲がシングルの表題曲になったのは結構意外な感じがして。

乃木坂46“ぐるぐるカーテン”を聴く(Spotifyを開く

乃木坂46“制服のマネキン”を聴く(Spotifyを開く

―それまでのフレンチポップ路線とは異なりましたもんね。

杉山:そこであらためて、乃木坂46がどんなグループかを考えました。もともとAKB48の公式ライバルとしてスタートしているわけですけど、当時AKB48が巨大なファンを抱えているグループだったのに対して、乃木坂46はいまほどトップという感じではなかった。“制服のマネキン”が表題曲になったときは、「まだ方向性を探っている時期にあるのかな?」と、自分なりに感じたんです。

当時はAKB48やももいろクローバーZが人気で、「元気な曲でファンと盛り上がる」というのがアイドルの常識だったけど、ぼくはそういうのが得意なタイプではなくて。

AKB48“ヘビーローテション”を聴く(Spotifyを開く

AKB48“フライングゲット”を聴く(Spotifyを開く

ももいろクローバーZ“行くぜっ!怪盗少女”を聴く(Spotifyを開く

杉山:でもだからこそ、乃木坂46のメンバーの清楚なイメージと、自分が自然につくった曲でカウンターになれる可能性があると思った。それでそのとき好き勝手につくって、提案させていただいた曲が“君の名は希望”になったんです。

乃木坂46“君の名は希望”を聴く(Spotifyを開く

杉山:あの曲が初めて出場した『NHK紅白歌合戦』での歌唱曲になり、メンバーの方も「やっと自分たちの色ができた」と言ってくださった。そこから彼女たちが時代を象徴するグループになっていったのには、もちろん秋元康さんのプロデュースと彼女たち自身の才能があったわけですけど、そこにたまたまぼくも関わることができたのはすごくラッキーだったなと思います。

作曲家としてのルーツ、クラシックとMr.Childrenから受け取った「普遍性」

―「“君の名は希望”は自分の色を素直に出した曲」とのことですが、杉山さんの「色」の背景となっている、作曲家としてのルーツについておうかがいしたいです。

杉山:一番のルーツはクラシックピアノだと思います。母が家でクラシックピアノの先生をやっていて、幼少期からずっとクラシックピアノの名曲を聴き続けてきたので、作曲者やタイトルがわからなくても、曲はなんとなく頭のなかに入ってるんですよね。

杉山:クラシックは数百年という時代の淘汰を経て残ってきた音楽だから、それは人間が生来持ってる感受性——「ドミソは明るく聴こえて、ドミ♭ソは暗く聴こえる」みたいなことと、すごくシンクロしていると思うんです。そこがルーツになっているので、自分の好みの音楽もきっと普遍性のあるものが多いんじゃないかなって。

―杉山さんは、自分が音楽を始めたきっかけはMr.Childrenだとお話しされてると思うんですけど、それ以前に「普遍性」のルーツとして、クラシックが大きかったと。

杉山:ぼくはクラシックピアノをちゃんと練習をしたわけではなくて。高校のときにギターで初めて自分の曲をつくったんですけど、それを聴いた母親に「あなたは音楽の勉強をしてきたわけじゃないのに、和声をちゃんと勉強した人のような曲をつくるんだね」といわれたことをよく覚えているんです。ぼくは「全音半」の転調がすごく好きなんですけど、一曲目からそれを天然でやってたみたいで(笑)。

―転調の多用は杉山さんの「色」のひとつですけど、そのルーツもクラシックにあるんですね。

杉山:一番好きなクラシックの作曲家はショパンです。クラシックでは同じテーマを調を変えて弾いたり、一時転調を繰り返したりして、一曲のなかで転調をするのが当たり前なんですよね。もちろん、Mr.Childrenのプロデューサーである小林武史さんは、クラシカルな美しさもありつつ、ポップスとして効果的な転調をよく使われていて、その影響も大きいと思います。

―“君の名は希望”は印象的なピアノのイントロに始まり、ストリングスが使われていて、和声や転調だけでなく構成からもクラシックの影響が感じられます。いっぽうトラックはバンドサウンドで、まさに杉山さんのルーツがそのまま反映されていますね。

杉山:「リファレンスは自分の人生」みたいな曲なんですよね。もともとお風呂のなかでパッと思いついて、お風呂あがりにピアノをボイスメモに録っておいたのがあのイントロでした。すごく頭に残ってて、周りの人に「これ誰かの曲じゃないよね?」って聞くくらい(笑)、自然に出てきたフレーズだったんです。

当時“君の名は希望”のリリースが発表されたときは、ファンの人から「乃木坂46、血迷ったか?」みたいに言われたんですよ。たしかにAKB48が人気のご時世で、「ストリングスとピアノで美しく」といわれても、「盛り上がれなそう」と思っただろうけど、長い目で見たときにちゃんと認めていただけたことはすごく嬉しいですね。

『THE FIRST TAKE』で披露された“きっかけ”、その切実さとポップさの理由

―2021年8月に開催された『真夏の全国ツアー2021 乃木坂46結成10周年記念セレモニー』の最後に披露され、先日は4期生の遠藤さくらさんが『THE FIRST TAKE』で歌唱した“きっかけ”も、乃木坂46を代表する名曲であり、杉山さんの色が感じられる曲だと思います。

乃木坂46“きっかけ”を聴く(Spotifyを開く

杉山:“きっかけ”は、バンドサウンドとオケの組み合わせなど“君の名は希望”の兄弟的な要素もある曲だと思っています。ただ、“君の名は希望”は限りなくピュアなイメージで音をつくっていったのに対して、“きっかけ”はもっと……情熱的とはいわないまでも、切実さを意識したというか。

大サビ前のブリッジの部分はBメロのキーを上げてDメロにしていて、乃木坂46の曲のなかでも特にキーが高いと思うんですけど、あの一番ピークのところでオケが一番薄くなっていて。それによって、ある種の不安やドキドキする感じが生まれた。その印象から秋元先生があの素晴らしい歌詞をつけてくださったのかなって。

―歌のピークで一緒にバックも盛り上がるのではなく、あえて「抜く」ことがポイントだったと。

杉山:そうなんです。あと、ぼくはよくオンコードを使うんですけど、“きっかけ”の一番キーが高くなるところだけオンコードにしていて、そういうエモさの出し方も乃木坂46的だと思うんです。普通だったら派手に盛り上げるところを、そうはしない。彼女たちのユニゾンの感じにも、そっちのほうが合うんじゃないかなって。

―“きっかけ”もバンドサウンドではあるけど、アコギのストロークを軸に、“君の名は希望”以上にシンプルで、その音数の少なさも切実さを引き立てているなと。

杉山:“君の名は希望”はキックだけ打ち込み系のサンプルなんですけど、“きっかけ”は全部生ドラムなんですよね。ビートもサビは4つ打ちですけど、ほかは頭打ちのスネアのビートを結構使っています。ぼく、L⇔Rさんの“KNOCKIN' ON YOUR DOOR”のドラムパターンがすごく好きなんですけど、あの感じをイメージしました。

L⇔R“KNOCKIN' ON YOUR DOOR”を聴く(Spotifyを開く

杉山:ああいう「ダーンダカダカダーン」みたいなキメって、どちらかというと明るさが感じられますよね。それをあえて“きっかけ”で使ったのは、メロディーがすごく切ない分、湿っぽくなり過ぎないように、全体のバランスを考えたからです。つくっている最中は夢中なんですけど、あとで紐解くとそういう感じで……元ネタまで話すのは初めてです(笑)。

「ミスチル割り」をさらに突き詰めた“サヨナラの意味”の譜割り

―“きっかけ”はMr.Childrenの桜井和寿さんが元JUN SKY WALKER(S)の寺岡呼人さんと一緒にカバーをしていて、それもきっと杉山さんにとっては「夢が実現した」ことのひとつですよね。

杉山:自分にとっての思春期からのスターが、自分の曲を歌ってくださるというのはものすごく光栄なことでした。なおかつ、やっぱり「アイドルの曲」みたいなバイアスがどうしてもあると思うんですけど、それを桜井さんが「いい曲」と言ってくれたのは、本当に嬉しいことで。自分が音楽を始めようと思ったきっかけの人に“きっかけ”が届いて、その曲で微力ながらもグループに貢献できたのは、本当に幸せです。

ぼくそれまで「Mr.Childrenが好き」ということを表では一切言ってなくて、影響をわかりやすく出すこともしてなかったんですけど、これを機に愛情があふれだしてしまって(笑)。それでできたのが“サヨナラの意味”だったので、“きっかけ”がなかったら、“サヨナラの意味”もなかったかもしれない。個人的な話ですけど、前の事務所から独立した半年後くらいに“サヨナラの意味”が出て、「独立しても、この世界でちゃんとやっていける」と思えた曲でもあります。

乃木坂46“サヨナラの意味”を聴く(Spotifyを開く

―“サヨナラの意味”はメンバーの卒業タイミングで必ず歌われる、やはりグループにとって非常に大事な一曲ですが、この曲には杉山さんのミスチル愛があふれだしていると(笑)。

杉山:影響はいろいろあるんですけど、やっぱり譜割りなんですよね。以前『関ジャム』(テレビ朝日)のMr.Children特集に出演させていただいたとき、桜井さんがよく使う譜割りのことを「ミスチル割り」と紹介させてもらいました。例えば、“innocent world”の「タータータ、タータータ」みたいな譜割りですね。でも、あれを使ってる人自体はいっぱいいるんです。“インフルエンサー”の<ブンブンブン ブンブンブン>もそうですしね。

Mr.Children『innocent world』を聴く(Spotifyを開く

乃木坂46“インフルエンサー”を聴く(Spotifyを開く

杉山:でも本当はもっと奥深くて、<いつの日もこの胸に 流れてるメロディー>の「流れてるメロディー」のところとか、音の高低のアクセントの位置がすごくオシャレなんですよ。“サヨナラの意味”もそこを丁寧につくった曲です。アクセントとなる高音を頭にするのではなく、少しずらしていくと、せつないんだけど前に行こうとしてる感じが描けるんですよね。

―みんなが好きな、体に馴染む譜割りをベースにしつつも、高音をとるアクセントの位置が重要だと。

杉山:“サヨナラの意味”は橋本奈々未さんという素晴らしいメンバーの卒業シングルだというのももちろん大きいんですけど、最近だと「卒業ソングランキング」みたいなものに毎年入るようになっていて、スタンダードナンバー化しつつあると思うんです。

よく乃木坂46はAKB48のように社会現象化した曲がないといわれるんですけど、やっぱりもともとはそうしたものに対するカウンターを意識したグループなわけで。たとえ瞬間的な爆発力がなかったとしても、スタンダード化して、時間が経つごとに楽曲のパワーが上がっていく——“サヨナラの意味”はそういう曲になりつつあるんじゃないのかなって。

山下美月のセンター曲“僕は僕を好きになる”はもともとEDMだった?

―2021年1月に発表された“僕は僕を好きになる”は、3期生の山下美月さんが初めてセンターを務めた曲で、これまでの乃木坂46の色を引き継ぎつつも、しっかりと更新された「新しい王道」というような印象を受けました。

乃木坂46“僕は僕を好きになる”を聴く(Spotifyを開く

杉山:コンペに出した最初のデモはいまのアレンジと全然違って、もっとEDMに近い感じだったんです。サビのメロディーは乃木坂46っぽいと思ったんですけど、「普通のアレンジじゃ通用しないかもしれない」と思ったんですよね。そうしたら、「これをもう少し従来のスタイルに寄せてもう一回聴きたい」と言ってくださって、徐々にいまの形になっていったんです。

―たしかに、“君の名は希望”や“きっかけ”の生バンド感と、EDMっぽいエレクトロニックなサウンドの中間という感じがします。

杉山:ドラムの音ネタは最初のデモからそのまま残ってたりもするし、うっすらとシンセが入っていたり、現代のダンスミュージックっぽい要素もあって。ピアノや弦の音にしても、よりブラッシュアップされていると思います。

―一音を繰り返すイントロも非常に印象的です。

杉山:このときピアノのリフを死ぬほどつくったんですよ。それこそ“君の名は希望”を彷彿とさせるようなものも考えたんですけど、でも新しさを感じられなかったんです。それで、これはもっと振り切らないとダメだと思って、同じ音を連打したらどうなるんだろうと。

そのあとのメインのリフレインは先にできていたんです。でもいきなりそこから入ってもグッと来ないと思っていたところに、冒頭のパートがついて、「あ、乃木坂46の曲になった」と思いました。あの曲ができるまでにはすごく時間がかかったんですけど、その半分はピアノのリフレインと冒頭のパートを考えることに使った気がしますね(笑)。

ボカロPからの影響を昇華した“ごめんねFingers crossed”

―2021年6月に発表され、遠藤さくらさんがセンターを務めた“ごめんねFingers crossed”は、これまでも乃木坂46の楽曲の主に編曲を数多く手がけられているAPAZZIさんとのコライトで書かれています。明確に新境地で、初オンエアの際はSNS上で「YOASOBI感」というワードが話題になったりもしました。

乃木坂46“ごめんねFingers crossed”を聴く(Spotifyを開く

杉山:ボカロPさんが素晴らしい曲をたくさん発表するようになって、その研究はしばらくしていたんです。例えば、YOASOBIの“夜に駆ける”は(伴奏が静かになる)落ちサビのところで突然半音下がって、そのあと全音半上がる——つまりはじめのサビより全音上がるという設計がされていて、「だから新しく聴こえるんだ」と思ったり。

YASOBI“夜に駆ける”を聴く(Spotifyを開く

杉山:ぼくはボカロのネイティブ世代ではないので、自分を現代にチューニングする必要を感じてもいて、そういうことを一年前くらいからやっていたんです。で、そういう現代っぽさが必要なタイプの曲の募集があったときに、尊敬している作家であるAPAZZIさんと一緒につくるのがいいと思ったんですよね。

―じゃあ、もちろんマネをしたわけではないものの、YOASOBIをはじめとしたボカロP出身の人たちの研究をしたうえで、“ごめんねFingers crossed”が書かれていると。

杉山:トラックのリファレンスに関しては、APAZZIさんが何年も前に出された曲のなかで、「この曲のイメージいいですね」というものがあって、それを参考にしてるんです。まあ、これだけYOASOBIの曲がたくさん聴かれているなかなので、リスナーのみなさんが「YOASOBI感」といいたくなるのもわかるんですけどね。

―ボカロP出身の人たちがつくる曲を研究した結果、どんな部分に現代らしさを感じて、“ごめんねFingers crossed”の作曲に生かしたのでしょうか?

杉山:まずわかりやすいのは「尺の短さ」ですよね。“ごめんねFingers crossed”はサビから始まって、ABサビのあとにもう一回Aに行かずにDメロに行く。そのテンポ感というか。ボカロ曲は長くて3分みたいな世界で、2コーラス目が1コーラス目とまるっきり同じということはあんまりないし、あっても2コーラスですぐ終わってたりしますからね。

杉山:なおかつ、BPMが速くて、メロディーの音のジャンプが多かったりするわけです。そういう曲を歌い手さんが歌っているのを聴いて、人間の歌唱力を甘く見てたと思いました。ボカロだから成立するみたいな、音域が広くてジャンプも多いメロディーを驚異的な歌唱力で歌い上げる、そういう歌い手さんが一人や二人でなく、どんどん出てきている。なので、“ごめんねFingers crossed”でもチャレンジングなメロディーに挑戦したというのはあります。

―尺や構成については、サブスク時代に対する目配せということでもあるのでしょうか?

杉山:どちらかというと、YouTubeを意識しています。オススメで出てきたときに、どこまで再生してもらえるかが重要で、だからイントロなしの歌始まりが多いわけですよね。キック2発で歌い出すヨルシカさんの“だから僕は音楽を辞めた”、あのスピード感が大事なんだろうなって。

ヨルシカ“だから僕は音楽を辞めた”を聴く(Spotifyを開く

杉山:だから“ごめんねFingers crossed”に関しては、それを一回やり切ってみようと思って、ボカロ曲のように、絵師さんが描いた絵に歌詞が載ってくるような映像までイメージしながらつくりました。

ただ、ボカロ曲をそのままアイドルの曲に当てはめればいいのかというとそうではなくて。アイドルの場合は、特にコンサートにおいて、イントロがすごく大事なんです。どういうフォーメーションでイントロが始まって、どういう空気感で歌い出すのか、もしくは、イントロでどんなダンスが輝きを放つのか。やはりアイドルの曲にはアイドルの曲ならではの考え方があると思いますね。

世代交代を迎えた乃木坂46、そのなかで「伝承」されていく名曲たち

―「YOASOBI感」というワードが出た背景には、その前にリリースされた賀喜遥香さんセンターの4期生曲“I see...”が「SMAP感」というワードとともに話題になったことが大きくあります。そしてその作曲者であるyouth caseさんが、同じく賀喜さんがセンターを務めた最新の表題曲“君に叱られた”も書かれている。youth caseさんの曲にはどんな印象をお持ちですか?

乃木坂46“I see...”を聴く(Spotifyを開く

乃木坂46“君に叱られた”を聴く(Spotifyを開く

杉山:“君に叱られた”もすごくいい曲だと思うんですけど、youth caseさんの曲でいうと“Love so sweet”のファンの自分がいるので(笑)、その意味ではやっぱり“I see...”みたいな曲を乃木坂46が歌うのがすごく新鮮だったし、個人的に大好きでしたね。

嵐“Love so sweet”を聴く(Spotifyを開く

―自分が書いた以外の乃木坂46の曲で、「この曲はすごい」と思った曲を挙げていただけますか?

杉山:“シンクロニシティ”のイントロは抜群に好きです。“気づいたら片想い”も好きで、どこか歌謡曲のような懐かしさもありつつ、作曲者であるAkira Sunsetさんのルーツのラップもありつつ、乃木坂46感もあって、最後の<気づいたら>を繰り返して転調させるのもめちゃめちゃ好きですね。

乃木坂46“シンクロニシティ”を聴く(Spotifyを開く

乃木坂46“気づいたら片想い”を聴く(Spotifyを開く

―では最後に、10周年以降の乃木坂46にどんなことを期待しますか?

杉山:乃木坂46が世の中の誰もが知っているヒット曲を出して、それに自分も携われたらもちろん嬉しいです。でもやっぱり、長く歌い継がれるスタンダードナンバーをつくりたいというのが一番にありますね。

ぼくの勝手な見方ですけど、いまの乃木坂46は初期のメンバーがどんどん卒業していて、世代交代がひとつのテーマになっていると思うんです。グループの世代交代って本当に難しいと思うんですけど、でもいまの乃木坂46は3期生や4期生がすごく頑張って、先輩たちがそれを支えて、それをやってのけそうな気配がある。

なので、先輩たちが歌ってきた曲を、次の世代にも歌い続けてもらいたいです。それこそ、“きっかけ”を「伝承」のようにして遠藤さくらさんが歌われたみたいに、ずっと歌われていく曲をつくりたい。そして願わくば、それがメンバーのなかだけじゃなく、世の中にとっても長く愛される曲になれば、作曲家としてそんなに嬉しいことはないですね。

乃木坂46 - きっかけ / THE FIRST TAKE

リリース情報
乃木坂46
ベストアルバム『(タイトル未定)』

2021年12月15日(水)発売

プロフィール
杉山勝彦 (すぎやま かつひこ)

作詞・作曲・編曲家・音楽プロデューサー、フォークデュオ「TANEBI」のギタリスト。1982年1月19日生まれ。埼玉県入間市出身。早稲田大学在籍時代、ラッツ&スターの佐藤善雄にスカウトされ、2007年、Sony Music Publishingの専属作曲家となる。現在は、自身が代表を務める株式会社コライトにて音楽作家活動を行う。2008年、嵐“冬を抱きしめて”で作家デビュー。2013年フォークデュオ「USAGI」結成、2014年ユニバーサルミュージックよりメジャーデビュー。2016年所属事務所を独立、「TANEBI」とあらためて活動を行い、現在に至る。家入レオ“ずっと、ふたりで”にて第59回日本レコード大賞作曲賞を受賞。



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