girl in redの綴る言葉。「Z世代のクィアアイコン」の詩的感性

ノルウェー出身、1999年生まれのソロアーティスト。ビリー・アイリッシュの兄FINNEASとの協働も話題

1stアルバム『if i could make it go quiet』を4月に発表。リードトラックの“Serotonin”ではビリー・アイリッシュの兄としても知られるFINNEASを共同プロデューサーに迎え、ビートミュージックとインディーポップの鮮やかな融合を示したgirl in red。ノルウェー出身、1999年生まれのマリー・ウルヴェンによるプロジェクトである。オリヴィア・ロドリゴやClairoといった同世代のミュージシャンが台頭するなか、girl in redの特性は、なによりその表現の凝縮力にある。

girl in red

ウルヴェンの表現の核へ向かう前に、まずはサウンドの特徴を確かめよう。2016年から断続的に発表されてきたgirl in redの楽曲には、インディミュージックの美意識が表れていた。

2019年発表の“i need to be alone.”や“watch you sleep.”を聴いてみればわかる。薄い絹地のようにリバーブのかかったギター、平熱の凜とした声、ミニマムなコード進行と瑞々しい透過性のメロディー。初期のBelle and Sebastianや、2010年代初頭のCaptured Tracks所属のバンド(Wild Nothing、Beach Fossils、Minksなど)の系譜に連なるスタイルが、ウルヴェンの作る音楽の特徴だった。

2019年にリリースされたgirl in redのEP『chapter 2』。“i need to be alone.”や“watch you sleep.”を収録(Spotifyを開く

ビートミュージックに接近した1stアルバムで光る、同郷マティアス・テレス(Young Dreams)の手腕

新作『if i could make it go quiet』ではシンプルなバンドサウンドから離れ、プログラミングされたリズムやエフェクトが特徴的な、ビートミュージックの形式に接近している。

ネームバリューのせいでFINNEASの参加ばかりが注目されるが、実際には“Serotonin”の一曲にしか関わっておらず、アルバム全体の共同プロデューサーを務めたのはマティアス・テレス。ウルヴェンと同じくノルウェー出身で、Young Dreamsというバンドのメンバーとしても活動している。

マティアス・テレスの1stアルバム『Tamias Mellez』(2007年)を聴く(Spotifyを開く

Young Dreamsの2ndアルバム『Waves 2 You』(2018年)を聴く(Spotifyを開く

カエターノ・ヴェローゾやミルトン・ナシメントといったブラジルのアーティストの愛好者でもあるテレスは、ブラジル音楽とThe Beach Boysを混ぜながら、チルウェイブやオルタナティブR&Bなどの2010年代的なスタイルに親近する音像をYoung Dreamsで示してきた(彼らに似ているバンドを挙げるとするならTame Impalaだ)。異なるジャンルを自然に融合させるその手腕が、girl in redの作品でも発揮されている。

ノイジーなトラップ、下降進行のピアノバラッド、カントリー風味のEDM、弦楽器によるアンビエントといった様々なポップソングのバリエーションが一堂に会する中で、11曲のトータルタイムは約33分。統一感を持って、コンパクトにまとめられている。

girl in red『if i could make it go quiet』(2021年)を聴く(Spotifyを開く

クィアネスやメンタルヘルスのテーマを、個人の体験から「あけすけ」に歌う

新作でgirl in redのサウンドは大きく変化したが、元来の魅力は損なわれていない。それは、マリー・ウルヴェンの発するリリシズムのことを指す。

girl in redの楽曲のテーマの多くは、クィアネスとメンタルヘルスの二つに集約できる。女性愛者としての体験、自らの抑鬱状態の描写を、ウルヴェンはひたすら歌に落とし込む。あらゆるセクシュアリティーを受けとめること、精神不安と向き合うなかで既存の社会システムに疑問を持つことは「Z世代」の名で喧伝される価値観の主軸を為しており、ビリー・アイリッシュやコナン・グレイといったウルヴェンと世代の近いミュージシャンたちも、「Z世代」を象徴する存在としてメディアにフックアップされてきた。girl in redも、いまの時代精神を表すアイコンとして注目されたのは間違いない。

girl in red

girl in redに特徴的なのは、その「あけすけ」性だ。2017年の「ニューヨーク・タイムズ」年間ベストソング10に選ばれ、注目を集めるきっかけとなった“i wanna be your girlfriend”では、淡々とした8ビートと、2コードの循環に乗せて、<友達なんて嫌だ、私はあなたにキスしたい/息ができなくなるまでずっとキスしていたい>と率直な欲望が語られる。

girl in red“i wanna be your girlfriend”を聴く(Spotifyを開く

初期の代表曲の一つ、“girls”においては、淡い残響が広がる中、<こんなこと感じるべきじゃない/だけど抗えない/柔らかい肌、柔らかい唇(I shouldn’t be feeling this / But it's too hard to resist / Soft skin and soft lips)>と、「this」「resist」「lips」と綺麗に脚韻を踏みながら、女性全般への性的な愛着を露出する。

コーラスの<男の子の話なんかしてない、私は女の子の話をしてる/ボタンアップのシャツを着た彼女たち、本当にかわいい>というフレーズも、じつにあけすけだ。ウルヴェンはなんの含みもなく、自らの性愛感情を具体的かつストレートに表現している。あけすけであるがゆえにgirl in redはアイコンたり得たし、TikTokのクィアコミュニティでは「girl in redを聴いてる?」が、レズビアンやバイセクシュアルの若者がセクシュアリティや欲望を表したり、議論したりするための合言葉にもなった(参考:“Do You Listen to Girl in Red?”: How a Queer Pop Artist Became TikTok Code)。

girl in red“girls”を聴く(Spotifyを開く

同様のことはメンタルイルネスのあからさまな描写にも当てはまるだろう。<クソみたいな気分で目覚める/私にとっては普通のこと><夜中も眠らずに、なんでいつも疲れてるのか考え続けてる>と歌う2018年の楽曲“summer depression”。<手首を切ろうとか/バスの前に飛び出そうとか/そんな考えにばかり襲われる>と畳みかける新作のリード曲“Serotonin”。ウルヴェンの言葉は、個人的な体験を直接的に物語る。

girl in red“summer depression”を聴く(Spotifyを開く

girl in red“Serotonin”MV。FINNEASを共同プロデューサーに迎えたリード曲

1つの単語の多義性やライミングを駆使して紡いだラブソング

しかし、その表現は単に率直なだけではない。

2018年に発表されたクィアラブソング“we fell in love in october”のプレコーラスでは、<私たちは10月に恋に落ちた/だから私は秋が好き(We fell in love in October / That's why I love fall)>と歌われるが、ここでは「fall」が「(恋に)落ちる」と「秋」の二つの意味で使われ、「love」も名詞の「恋愛」と動詞の「(季節を)好む」の異なったニュアンスで繰り返される。「October」と「fall」の「オゥ」を重ねたライミングも見逃しがたい。

girl in red“we fell in love in october”を聴く(Spotifyを開く

ウルヴェンは同じ単語内の意味の揺らぎと、違う単語の同じ語感を駆使してリリックを紡ぐ。複数の意味と時間がシンプルな語に織り込まれ、その後コーラスで訪れる「my girl」というフレーズの反復には切実さが宿る。メジャーセブンスコードの透明な響きは10月の澄んだ空気と重なり、放たれる言葉に深みを与えている。

また、個人的な感覚を紡いだ詞を、ウルヴェンは下手に感情的には歌わない。少しハスキーな低音で、光の軌道のように凛々しく声を発する。結果、あけすけな告白は単なる体験談ではなく、人生の特別な瞬間に匹敵する、密度の濃い言葉となる。一つのフレーズに生の本質を凝縮させる、いわば「パンチライン・リリシズム」とでも言うべき詩的感性こそが、girl in redの特質なのだ。

girl in red

“You Stupid Bitch(アホくそビッチ)”のリリカルなパンチライン

最新作でとくにウルヴェンの詩性が発揮されている一曲が、ダークで攻撃的なパンクナンバー、“You Stupid Bitch”だろう。ダメな相手とばかりつき合う友人に、「間違った人ばかりがあなたを好きになる」「私のアドバイスを批判と受け取って、結局あなたは最悪の選択ばかりしてる」と観察者として語る「私」は、コーラスで本当の姿を見せる。

<くちびるを噛まないで
(Don’t bite your lips)
歯ぎしりしないで
(or grit your teeth)
10を数えて、深呼吸して
(Just count to ten and try to breathe)
このアホくそビッチ
(You stupid bitch)
わかんないの
(Can’t you see)
あなたの最高の相手はこの私
(The perfect one for you is me)>

「teeth」「breathe」「see」「me」の韻律で統合されたひとつなぎのリリックの中で、相手を慰めようとしていた言葉は、急に「アホくそビッチ」と罵詈雑言に変わり、最後の一行で「私」が「あなた」に恋をしていることが発覚する。冷静な観察ソングかと思いきや、自分を友達以上として見てくれない相手に対する熱烈な片思いソングだったのだ。

“You Stupid Bitch”というタイトルは、「ユー」に「ストゥー」、「ピッド」に「ビッチ」と、長音と促音がそれぞれ重なる発語の快楽と、「アホくそビッチ」という悪口の幼稚性を兼ね備えている。幼い罵詈の言葉に恋情と韻律が重なり、一連のフレーズはリリカルなパンチラインとなる。

girl in red“You Stupid Bitch”を聴く(Spotifyを開く

ライミングは英語の歌の基本ルールのようなもので、それ自体は誰でも用いるありきたりな技法だ。だが、girl in redの場合、意味の揺らぎと反転が含まれるから、韻は言葉のネットワークを拡散するだけでなく、一ラインの密度を凝縮させる効果を持っている。そうしたパンチラインの力は、RAMONESやThe Smithsのようなバンド、あるいは甲本ヒロトやKOHHといった日本のリリシストの爆発力に通じるところがある。

作品のなかで曲同士のフレーズが呼応する。一人の人間の複数性と多面性が浮かび上がる

フレーズの密度の凝縮は、呼応する曲と曲の繋がりによってさらに強まる。

たとえばアルバム6曲目の“You Stupid Bitch”には「あなたは自分にふさわしいものがわかっていない(You don't know what you deserve)」というフレーズが登場するが、これは4曲目“hornylovesickmess”の「私はあなたをゴミのように扱った/あなたはもっと大切にされるべき人なのに(I treat you like trash / And you deserve more than that)」というフレーズと呼応している。

前者では「あなた」をゴミ扱いする人とそれを受け入れる「あなた」を糾弾する立場から歌われ、後者では「あなた」を都合良く利用し、「ゴミ扱い」した人間の立場から語られるのだ。「deserve」の一語を通して重なる、複数の関係。

girl in red“hornylovesickmess”を聴く(Spotifyを開く

加えて、“hornylovesickmess”の逆側、都合の良い性関係に利用される人の立場が5曲目の“midnight love”で語られる。“hornylovesickmess”のアウトロで「愛する人は真夜中にやってくる(My love comes out at midnight)」と繰り返されるのに対し、“midnight love”のコーラスでは「あなたの真夜中の恋人にはなれない(I can't be your midnight love)」と歌われるのが、対照性の証左だ。

girl in red“midnight love”を聴く(Spotifyを開く

このような曲同士のつながりは、2019年のEP『chapter 2』で、収録曲“bad idea!”のリリックに<I need to be alone>と、別の収録曲のタイトルが登場したり、今回のアルバムの3曲目“Body and Mind”と、8曲目“Apartment 402”に<close (closing up)the void>という同じフレーズが表れたりするなど、いくつも見出せる。

そして、同じフレーズの意味は曲と曲のあいだで微妙にズレている。つながりの糸の上で、複数の視線と心理が飛び交う。しかし、それは複雑な人間関係による群像劇というより、一人の人間の多面的な精神を示しているように聞こえる。girl in redという一つのペルソナのなかで、折り重なる複数の立場と感情、異なる精神の重なり。

それは多重人格のような特殊なキャラクターには帰結せず、むしろ、加害と被害、尊敬と軽蔑などが同時に生じる、人間関係の普遍的な多面性に根づいているのだ。それぞれの楽曲のスタイルが異なりつつ、ウルヴェンの凜とした歌声は変わらないところにも、一人の人間に折り込まれた複数性が表れている。

複数性と多面性を表現のなかで重ねる凝縮力にこそ、「Z世代」のアイコンと目されるgirl in redの魅力は宿る。同性愛やメンタルヘルスなどの個人の体験に根ざしたテーマも、表現の密度の濃さによって、さらなる切実さを持つだろう。そのパンチラインが、聴く者の積み重ねてきた時間を、長く深く揺さぶるだろう。

girl in red
リリース情報
girl in red
『if i could make it go quiet』

2021年4月30日(金)配信

1. Serotonin
2. Did You Come?
3. Body And Mind
4. hornylovesickmess
5. midnight love
6. You Stupid Bitch
7. Rue
8. Apartment 402
9. .
10. I’ll Call You Mine
11. it would feel like this

プロフィール
girl in red (がーる いん れっど)

ノルウェー出身22歳のSSW、Marie Ulven(マリー・ウルヴェン)のソロプロジェクト、girl in red(ガール・イン・レッド)。自身のセクシュアリティのカミングアウトをともなったシングル「i wanna be your girlfriend」(2017年リリース)は、The New York Timesの年間ベスト楽曲トップ10に選出され、現在爆発的な成長を見せているクィア・インディーポップの市場において支持を集めている。注目の新人リストであるBBC Sound of 2021にもデビューを前にした絶好のタイミングで選出され、4月にリリースする待望のファーストアルバム『if i could make it quiet』でさらなるブレイクが確約されている。



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