小泉今日子が語る、「旅」が教えてくれること。等身大の自分を大事に、人生をもっと面白く生きるには?

幼い頃から本を頼りにしてきたという小泉今日子が、「本」をテーマにゲストと語らうSpotifyオリジナルポッドキャスト『ホントのコイズミさん』(※)。その書籍化シリーズ第2弾『ホントのコイズミさん WANDERING』が刊行された。

「WANDERING=あてもなく放浪する、さまよう」をテーマに、小説家の吉本ばなな、写真家の佐藤健寿ら計4組のゲストとの対話を収録した本書。あとがきには、「WANDERING、流離、さすらい、あてもなく彷徨う。あてもなく彷徨う、そういう散歩が好きです。そういう旅が好きです。人生もそうであったほうが私らしいかなと思います」(原文ママ)という本人の言葉が綴られている。

まさにその考えは、アイドルから始まり、次第に歌手や俳優として枠組みにとらわれない活動を広げ、さらには自ら演劇のプロデュースやポッドキャスターにも挑戦してきた自身のキャリアともつながる。実際の「旅」はもちろん、仕事や人生における「さまようこと」の楽しみ方、そこから得られるものを語ってもらった。

※2023年9月18日(月)配信の#120をもって、ポッドキャスト番組自体は最終回を迎えた。

初めての海外でスリ被害に。旅が教えてくれる「自分のちっぽけさ」

─コロナ禍で旅から遠ざかっていた数年を経て、「どこにも行けない」というマインドが習慣化されてしまっていたなと、この本に気づかされました。そこから「私はどこにでも行けるんだ!」と心が解放されるような読後感でした。

小泉:うれしいです、ありがとうございます。

─『ホントのコイズミさん』書籍化の第2弾となる今作のテーマを「WANDERING=あてもなく放浪する、さまよう」にされた理由は?

小泉:先ほどおっしゃってくださったように、コロナ禍以降の身動きがとれなかった時期のこととつながって「WANDERING」というキーワードが出てきました。

ほかにもいくつか候補があったのですが、時間をかけて取材や書籍をつくっていくなかで、この言葉が腑に落ちたというか……。言ってしまえば、勘ですね(笑)。普段から、ある程度のことは勘に頼ったほうがいいと思っているので、今回のテーマも最終的には直感で決めました。

─本を読むまでは「旅」を想像すると、新しい価値観が広がるようなイメージがあったのですが、むしろこの本からは、旅によって「等身大の自分に気づくこと」の重要性を感じました。

小泉:旅することで「自分の小ささを知る」という話をしましたね。写真家の佐藤健寿さんとの対談で。

─まさに、そうです。「海外に行くとただのちっぽけな私になれる」という小泉さんの視点が印象的でした。

―あらためて、小泉さんが「自分のちっぽけさ」を知る大事さに気づいたきっかけは、なんだったのでしょうか?

小泉:そうですね……。思い返せば、私は10代で仕事を始めて、街中を歩けば何人もの人に声をかけられるほど自分を公にさらして生きてきました。その反応を真に受けないようにしようというか、「勘違いしないように生きよう」という意識は人一倍強かったと思います。

だから、社会人としての基本的なことはできるようにしようと心がけていたんです。たとえば電車に乗ったり社会保険料を支払ったり。ですが、日本にいると必要以上に周りの大人が助けてくれるので、ほとんどの物事がなんの問題もなく進んでしまって……。

1984年、当時18歳でリリースした“迷宮のアンドローラ”(作詞:松本隆、作曲:筒美京平、編曲:船山基紀)。週間オリコンチャートで1位を獲得した(Spotifyで聴く

小泉:それで若い頃に、誰かを頼らず自分で旅程を決めて、初めて海外に旅立ってみたんです。そうしたら、ひったくりにあってしまって。そのあとも、旅に出るとスリにあったり、ATMの使い方がわからなくて無一文になったり、道を間違えて永遠に目的地にたどり着かなかったり……そういうときに思うんです。私は「こんなもんだよね」って(笑)。

誰かの助けがあったうえでの自分サイズではなくて、等身大の私のサイズを知ることができる。その経験が当時の自分にとって、すごくよかったんです。

─宇多田ヒカルさんが2010年に一時活動休止を発表されたときも、一個人としての成長のために「人間活動に専念したい」とおっしゃっていましたよね。

小泉:一度立ち止まって、自分がいる場所を確認することは大事だと思います。それによって、地に足ついた考えになれるというか、自分にできることを具体的に考えられるようになる気がします。

─その考え方は、歳を重ねたいまも変わらないですか?

小泉:はい。変わらないです。

小泉今日子“The Stardust Memory”。2022年3月にデビュー40周年を記念して中野サンプラザホールで開催されたライブ映像(Spotifyで原曲を聴く

人としての面白味を養うには? 心に刻まれた満島ひかりの言葉

─いまの時代はSNSやYouTubeの発展によって「承認欲求」という言葉が浸透したように、何者かになりたい願望を持つ人や、自分を大きく見せようとする風潮が昔よりある気がします。その考えを否定するわけではありませんが、小泉さんの「自分のちっぽけさを知るのが大事」という視点は、現代で周りに流されず生きるためにも必要な感覚だと感じました。

小泉:なるほど。きっと、いまは自分の付加価値をSNSで測ってしまう人もいるんでしょうね。そればかりが気になると、たしかに自分を大きく見せようとしてしまうかもしれません。いい格好をしたくなるから。

あと最近の風潮でいうと、そもそも携帯電話が必需品になりすぎているのも、個人的には少し危うい気がしています。私は業務以外だと、ほぼ携帯を触らないんです。あまり重要じゃないというか、頼っていない。でも、電車に乗っているとみんな携帯を見ていますよね。

─携帯電話の危うさというのは具体的に?

小泉:なんとなく、携帯に頼りすぎると勘が鈍ってしまう気がして。友だちと遊んでいて「どこかでお茶しようか」と言うと、すぐに携帯で近場のカフェを検索してくれるじゃないですか。

そうではなくて、知らない街をブラブラ歩きながら、お店を見つけるのも楽しい。「いいお店かも」となんとなくの勘で足が向いたお店に入る。そういうことを繰り返して勘を養っておかないと、つまらなくなってしまうと思います。人としても、人生も。

─人生においても「さまよう」ことを楽しむというのは、まさに今回の「WANDERING」のテーマにも通じますね。

小泉:そうですね。やっぱり情報に頼りすぎず、自分の勘を信じられるようになることが大事な気がします。そのために勘を養うわけですが……ふと思い出した話がひとつあって。

私がプロデューサーを務めた舞台に出ていた若い俳優さんが、主演の満島ひかりさんに質問していたんです。「僕になにかアドバイスするとしたら、なんでしょうか」と。そうしたら「この会場に来るときに、毎回違う道を歩けばいいよ」って、ひかりさんが言ったんです。

たまたま耳に入ってきたその言葉がとても印象的で、いまでも鮮明に覚えています。単に勘を養うためだけじゃなくて、生きる楽しさや人間としての面白味って、そういうところにあるのかもしれない、と感じました。

─たしかに。人はいろいろなことを無意識に習慣化してしまいますもんね。

小泉:私も以前はそうでした。ことさら俳優という仕事は、さまざまな物事に触れることで演技の幅が広がるので、毎日違う道を歩くだけで変わるだろうなと思います。

─いまも実践されているのですか?

小泉:わりと意識的に実践しています。今日はすこし遠回りしたいから5分早く家を出よう、と決めて一日を始めることもあります。そうすると、見えていなかったものが見えてきて、自分のなかに蓄積されていくんですよね。

偶然の出会いがあると嬉しさも倍増するので、より記憶に刻まれる。大きな変化が起こるわけではないかもしれないけれど、小さな変化を積み重ねることで、人は面白くなっていくのだろうと思います。

小泉今日子“あなたに会えてよかった”(Spotifyで聴く

勘を頼りに迷い込むと楽しいことが待っている。いまも心に残る旅の思い出

─ほかにも勘を養うために、おすすめの方法はありますか?

小泉:コロナ禍で家にこもっていて、余計に勘が鈍ってしまっていると思うので、いまこそ「勘を取り戻すための旅」をおすすめしたいですね。

まずは、ルールを決める。旅先では「1日何時間までしか携帯の電源を入れない」「地図アプリは開かない」など携帯から離れるだけでも、大きな発見がありそうだと思います。見たものをすぐに写真に撮りたくなりますけど、ルールで携帯が使えない時間帯だったら、一生懸命覚えようとすると記憶に残るかもしれないですし。

─ゲームみたいな旅ですね。

小泉:遊びのように、友だちともゲーム感覚で旅をして、「次はこの国でこんなルールでやってみよう」と計画するのも面白そう。そうやって楽しみながら旅をしていたら、おのずと勘が養われる気がします。

現に、私は普段からあまり地図を見ないのですが、方向感覚の勘が養われている気がして。たとえ道に迷っても、電柱にある番地表示を追いながら、地理関係を整理して歩くので、意外と間違えません。Googleマップも便利だけれど、ときどき全然違う入り口に案内されることがありますし。

─大きな建物だと、Googleマップと入り口が違うこともありますよね。

小泉:そうそう。ほかの人たちと行動していると、みんな携帯の情報を信じるので「絶対にこっちです」と案内してくれるのですが、私の野性的な勘のほうが意外と正しいときもあって(笑)。

それに、勘を働かせて見知らぬほうに迷い込むと、楽しいことが待っている可能性もありますからね。

─これまで「さまよう旅」をしてきたなかで、印象的な出来事はありましたか?

小泉:たくさんありますが、印象深いのはバチカン市国に訪れたときですね。友人と待ち合わせ場所と時間を決めて、別行動をしたんです。完全に一人になったほうが楽しいだろうから、出発時間を15分ずらしてからそれぞれ散策することにして。

私は途中で、地下につながる小さな入口を見つけたんです。道なりに進んでみると、全然違う場所にたどり着いたのでとてもワクワクしたりして。その後、友人と合流したら「ずいぶん時間がかかったね。私なんてすぐ終わった」と言われて驚きました。地下につながる入り口もまったく気づかなかったようで、日頃から勘を働かせている経験が活かされたと思いました。

ほかには、若い頃に、年上のお姉さんたちと出発地と到着地だけ決めて、イタリアを旅したことも思い出に残っています。宿の予約も取らず、レンタカーだけ借りて気ままに旅をして。一人3,000円の宿に泊まった翌日に、一人10,000円の宿にグレードアップしたら、ものすごく景色が綺麗で感動したことを覚えています(笑)。

小泉今日子“華麗なる休暇 (LES VACANCES DE MADEMOISELLE KYON2)”(作詞・作曲・編曲:小山田圭吾)

どんな状況でも「最大限」のポジティブを模索してみる

─あらためて、さまよう旅に行ってみたくなりました。実際、本書を読んだ方でも、久しぶりにそういう旅をしたくなった人が多いと思います。

小泉:そうだと嬉しいですね。コロナ禍に配信した対談も収められていますが、この本を発売した頃にはコロナ禍も以前より落ち着き、旅も活発になり始めていて。また新しい感覚で本の内容が届いたらいいなと思います。

─コロナ禍で収録された吉本ばななさんとの対談では、「コロナで全世界が同じ経験をして、それがなにかのメッセージだとしたら、どう受け取るのか。やっぱり変わるチャンスではないのか」と、小泉さんが語られていたのも印象的でした。あらためて小泉さん自身は、コロナ禍をどう受け取られたのでしょうか?

小泉:渦中の2020年ごろは、学校行事の中止や仕事の休業も避けようのない事態でしたから、多くの人が恐怖を感じて悲観的に受け取っていたと思います。私も楽しみにしていた仕事がほとんどなくなってしまい、ものすごく落ち込みました。

一方で、そういうときだからこそ、「最悪な事態を『最大限』ポジティブに受け止めると、どう考えられるのだろう」とも思ったりして。もともとそんなふうに思考するのが好きなんです。どんな状況でも「最大限」のポジティブを模索してみると、自分の可能性を目一杯広げることにつながる気がして。最初は頭のなかになかったことを思いついて、それが意外といい考えだったりします。

ポッドキャスト『ホントのコイズミさん』にて、吉本ばなながゲストの回

さまよう日々でも、見方を変えればできることが増える

─単なるポジティブシンキングではなくて、状況に応じて「最大限」まで振り切ってポジティブに考える、というのはいいですね。実際に、その思考によって乗り越えられたことはありましたか?

小泉:それこそ2020年10月にコロナの影響で、舞台のプロデュース公演がすべて中止になったときですね。ただ、それを単に受け入れるのではなく、どうせ赤字になるなら「空いた劇場でなにか別のことをできないだろうか」と考えてみたんです。

それで、コロナ禍でできる最大限の範囲で、広々と劇場を使って感染対策も徹底しながら、日替わりフェスをすることにしました。収益や発表の場を奪われた劇場の方々や役者さん、スタッフたちのことを思うと、多少なりとも補償もしたい気持ちもあって。

その出来事もあり、利他的な発想の仕方が自分には合っていると、コロナ禍で気づけたんですよね。それからは周りの人たちと手を携えて、自分にいまできることをとにかくやってみよう、と行動するようになりました。

─言ってしまえばコロナ禍も、答えが出ずに「さまよう」日々でしたが、そんななかでもとらえ方の変換によって新たな可能性が広がったんですね。

小泉:そうですね。ポジティブに受け止めたことで行動できた、ということがたくさんありました。世間的にもそういう動きはいくつかありましたよね。

よく言われていますが、ライブ配信の技術が進んで、東京中心でつくられてきた演劇が地方でも見られるようになったり、レコーディングも環境さえ整えれば自宅で収録できるようになったり。そうやって苦しい状況下でも、見方を変えれば新たにできることも増えるのかなと。

コロナ禍に上田ケンジと組んだユニットの黒猫同盟のアルバム『Un chat noir』。収録曲の『ホントのコイズミさん』のテーマ曲“Un chat noir”は上田の自宅で録音した

─昨年に活動40周年を迎えた小泉さんですが、どんなことがあっても「さまようことを楽しむ」という発想の転換ができるからこそ、時代が変わってもずっと活躍されているのだと感じました。小泉さんのように、逆境も楽しんでいる大人の背中を見て、若い世代もいろいろ感じるのではないかと思います。

小泉:私自身、そういう背中を見せる責任はすごく感じています。私たちのように、エンターテイメントに携わる人たちはふざける面白さだけではなくて、創造する面白さやエンタメを享受する楽しさみたいなものを見せるべきだと思うので。これからも全力で取り組む姿を、さまざまな場面でお見せできたらと思います。

『This Is: 小泉今日子』を聴く
書籍情報
『ホントのコイズミさん WANDERING』

小泉今日子によるSpotifyオリジナルの人気ポッドキャスト『ホントのコイズミさん』書籍化の2冊目。「WANDERING」のテーマにまつわるゲストの回を収録。ポッドキャストで一部未公開の部分も含み、各ゲストと連動した本書だけの企画ページとともに、ゲストとのトークが活字と写真で蘇る。
番組情報
『ホントのコイズミさん』

小泉今日子が毎回、本や本に関わる人たちと語らいながら、新たな扉を開くヒントになる言葉を探していくSpotifyオリジナルのポッドキャスト番組。
プロフィール
小泉今日子 (こいずみ きょうこ)

俳優、歌手、株式会社明後日 代表取締役。1966年、神奈川県生まれ。1982年に歌手デビュー。ミリオンセラー『あなたに会えてよかった』など多くのヒット曲を放つ。俳優としても多数の映画やドラマなどに出演。2015年に株式会社明後日を設立。以降は舞台、音楽、映画などプロデュース業にも従事。



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