過激で大胆な表現に込められた誇りと痛み。Lil Nas X『MONTERO』

過激で大胆な表現に込められた誇りと痛み。Lil Nas X『MONTERO』

2021/10/13
テキスト
木津毅
編集:後藤美波

センセーショナルなパフォーマンスに込められた、社会の不正義やHIVへのスティグマと闘う姿勢

そんなクィアのポップスターとしての強さが振りきれて発揮されたのが、ラッパーのジャック・ハーロウを客演に迎えた“INDUSTRY BABY”だ。刑務所に収監されたリル・ナズが全裸(に見える)の男性ダンサーを引き連れて自らも裸で踊ったミュージックビデオもさることながら、クィアであることを誇示するラップも痛快極まりない。

ラップ野郎なんて相手じゃない
(ジャスティン・)ビーバー並みのポップスター
俺はクィア 女とはヤらない
(Lil Nas X“INDUSTRY BABY (feat. Jack Harlow)”)

案の定ビデオはインターネット上で大いに盛り上がったが、それに留まらず、「無修正版」をリリースするなどリル・ナズは自ら話題を振りまき続けた(そのビデオは、肝心なシーンが見られないというジョークである)。なるほどソーシャルメディアを乗りこなしてきた現代のポップスターとしての本領発揮と言えるだろう。


Lil Nas X“INDUSTRY BABY (feat. Jack Harlow)”MV

Lil Nas X『INDUSTRY BABY (feat. Jack Harlow)』を聴く(Spotifyを開く

ただ自分はそれ以上に、保釈金を払えない有色人種の人々を支援する非営利団体との提携を同曲でおこなったことに、リル・ナズの誠実な態度を感じる。あるいは、“INDUSTRY BABY”と“MONTERO”を披露した『MTVビデオ・ミュージック・アワード2021』でのステージもそうだ。他のダンサーたちとともに、「Southern AIDS Coalition(南部エイズ連盟)」のマルドレクス・ハリスがステージに立った。そのTシャツに書かれていた「433,816」という文字は、2015年時点でのアメリカ南部でHIVとともに生きる人々の数を示している。

先立ってラッパーのダベイビーがHIV陽性者に対する差別発言をおこなって大きな批判を受けていたことも相まって、現在も続くHIV / エイズに対するスティグマと闘う姿勢を見せたリル・ナズが、クィアのポップスターとしての社会的な責任を引き受けようとしていることがそこで明確になったのだ(HIVウイルスを持っていても早期発見し治療にアクセスしていれば、エイズを発症することはない。また、服薬によりウイルス値を安定して抑えられていれば、性行為によって人に感染させないことがわかっている)。


『MTVビデオ・ミュージック・アワード2021』でのLil Nas Xのパフォーマンス

勝気なスターである自分と、内省に沈む自分。Lil Nas Xとモンテロ・ラマー・ヒルの「いま」を率直にさらけ出した『MONTERO』

このような華やかな脚光を浴びるさなかで発表されたアルバム『MONTERO』 は、予告されていた通り内省的な部分を多く含むものとなった。セクシュアリティーの受容で悩んだ経験だけでなく、“Old Town Road”のヒットが生み出したプレッシャーについても赤裸々に綴られている。エルトン・ジョンを迎えた“ONE OF ME”やメロウなギターポップナンバー“VOID”がその代表だろう。

Lil Nas X“ONE OF ME (feat. Elton John)”を聴く(Spotifyを開く

Lil Nas X“VOID”を聴く(Spotifyを開く

あるいは、壊れた家庭で育ったことをモチーフとした“TALES OF DOMINICA”や、軽快なポップパンクで有毒な関係性に囚われていることを歌う“LOST IN THE CITADEL”、重々しいギターバラッド“LIFE AFTER SALEM”など、とくにアルバム後半におけるシリアスなテーマを持った楽曲群がキーになっている。それはメディア上の輝かしいポップスターのリル・ナズからはあまり見えてこないもので、個人としてのモンテロ・ラマー・ヒルの苦悩を一度すべて吐き出すことが本作のテーマであったことが窺える。

Lil Nas X“TALES OF DOMINICA”を聴く(Spotifyを開く

Lil Nas X“LOST IN THE CITADEL”を聴く(Spotifyを開く

Lil Nas X“LIFE AFTER SALEM”を聴く(Spotifyを開く

ここで描かれる内省はもちろん彼個人のものだ。しかしながら、リル・ナズが自身のクィアネスをこれまで堂々と表現してきたからこそ、その苦悩は世界中のクィアの若者たちが抱く孤独感と共振している。アルバムには漠然とした死のイメージが出現するが――“MONTERO”でポップに示された「地獄」もまた、同性愛者の死のイメージであった――それでも、「死ぬなんかより楽しいこと」をアーティストとしてのリル・ナズは模索しているようなのだ。

勝気にスターとしての脚光を獲得しようとする自分と、人知れず内省に沈む自分が混在するこのアルバムは、その分裂も含めて現在のLil Nas X / モンテロ・ラマー・ヒルの姿を率直にさらけ出している。その正直さは、「本当の自分」を表現することを怯えていたかつての彼自身を救済するためのものであり、そして、いまもそのことを躊躇うセクシュアルマイノリティーの人々が抱える痛みを包みこみ、背中をそっと押すものになるだろう。

Lil Nas X『MONTERO』ジャケット
Lil Nas X『MONTERO』ジャケット(Spotifyで聴く

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リリース情報

Lil Nas X『MONTERO』
Lil Nas X
『MONTERO』

2021年9月17日(金)配信リリース

1. MONTERO (Call Me By Your Name)
2. DEAD RIGHT NOW
3. INDUSTRY BABY (feat. Jack Harlow)
4. THATS WHAT I WANT
5. THE ART OF REALIZATION
6. SCOOP (feat. Doja Cat)
7. ONE OF ME (feat. Elton John)
8. LOST IN THE CITADEL
9. DOLLA SIGN SLIME (feat. Megan Thee Stallion)
10. TALES OF DOMINICA
11. SUN GOES DOWN
12. VOID
13. DONT WANT IT
14. LIFE AFTER SALEM
15. AM I DREAMING (feat. Miley Cyrus)

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