デジタルディストリビューターが見た、日本の音楽業界の現在地

デジタルディストリビューターが見た、日本の音楽業界の現在地

2021/06/30
インタビュー・テキスト
金子厚武
撮影:鈴木渉 編集:金子厚武、CINRA.NET編集部

「配信に対する業界の意識が変わった」(野田)

―TCJのスタートから9年が経過して、現在は日本にも複数のデジタルディストリビューターが存在します。野田さんはそれについてどのように捉えていますか?

野田:海外も同じような状況なので、こうなることはわかっていました。要は、ディストリビューターに求められる役割と環境が変わってきた中で、それぞれの会社がどこにポジショニングするかということだと思っていて。ただ、ぼくらはあくまで「流通」として始めていて、個人でも法人でも使えるので、レーベルや事務所にも使ってもらいたいというスタンスではあったのですが、案外そうはならなかったというのはあります。

―FRIENDSHIP.もそうですけど、レーベルや事務所が独自にサービスを始めていますね。

野田:そもそもレーベル事業の役割のなかに「流通」も組み込まれているわけですよね。ただ、ぼくらはそこに特化した新しい仕組みを始めたので、収益は100%還元はするわけですから、利用してもらえたらいいと思っていたんです。

野田威一郎

野田:流通に関する細かい作業はTCJが受け持つので、レーベルや事務所にはその分のお金を制作やプロモーションに——さらにいえば、世界に向けて突っ込んでほしいというのが最初の狙いだったんです。そうすることで業界全体が活性化する、そう思っていました。しかし、現状の実態としてはそれぞれがバラバラに動いてしまっているので、業界としての強度が弱くなっているのではないかと感じています。もちろん、たくさんのレーベルや事務所にも利用していただいておりますが。

―単純に競合が増えて困るというだけでなく、音楽業界全体にとってマイナスになってしまわないかを危惧していると。

野田:ぼくらはもともと流通だけに特化してたんですけど、競合が増えてきたので、提供するサービスを拡大しないといけない状況になってきてるんですよね。

―難しい舵取りですね。

野田:まあ、デジタル音楽の環境もどんどん変わっていくわけで、いろんなニーズが出てきて、それへの対応を随時やってきたなか、自然と変化していったということでもあると思います。9年前と明らかに状況が変わったというのは、それだけ配信に対する業界の意識が変わったということ。だから競合が増えたのは歓迎すべきでもあるはずで、ぼくらがそのきっかけになれたのであれば、いいことだと思うんですけどね。

「これまでのレーベルの代わりになるような、次の何かに手をかけてる感じがして、そこが面白い」(山崎)

―ポジショニングというお話がありましたが、FRIENDSHIP.は自分たちの立ち位置をどのように認識されていますか?

山崎:ぼくたちは「流通」というよりも、どちらかというとレーベルサービスに近い方向性なので、最初のスタートラインがちょっと違っています。もともとのイメージとしては、インディレーベルとディストリビューターの中間の立ち位置でした。

FRIENDSHIP.で特徴的なのが、各アーティストに担当者がいるんです。その担当者がアーティストごとにリリースやプロモーションのプランを考えるので、「アーティストの数だけFRIENDSHIP.内にレーベルがある」みたいな、ちょっとしたコミュニティーみたいな感じになっていて。

―イギリスのAWAL(Artists Without A Label)にも近いイメージですね。

山崎:いまはFRIENDSHIP.というコミュニティーにアーティストが音を持ってきてくれて、それを一緒にリリースして、サポートしていくような感じなんですよね。なので、当初思い描いていたイメージとも違うんですけど、これまでのレーベルの代わりになるような、次の何かに手をかけてる感じがして、そこが面白いと思っています。

野田:選んだアーティストに対してお金を出して、一緒に制作をしてたりもするんですか?

山崎:いや、それはしてないです。原盤にはタッチせず、著作権の管理は希望者に対してサポートしますけど、もちろん何か契約で縛るということはないです。

山崎和人

野田:そこが大きいですよね。以前はレーベルが先行投資して、その分権利をもらっていた。昔は音源をつくるのに個人では払えないような額がかかったので、しょうがなかったけど、いまはMac——何ならiPhoneがあれば音がつくれちゃう。それなのに昔と同じような条件なのはおかしいし、だから我々のような流通会社も必要だったわけです。

―山崎さんは国内のディストリビューターが増えた現状をどう捉えていますか?

山崎:選択肢が増えたというのは、アーティストにとっていいことではあると思います。ただ、プレイリストに入るか入らないかで再生数が大きく変わったりするなかで、「ここから配信してもあんまり再生されなかったから、次はあっちで」みたいに、作品単位で動くアーティストも増えてきました。

ぼくらとしては長いスパンで考えていても、アーティストは目の前の再生数を見て、そこですれ違ってしまう。もちろん、他から出してハッピーになればそれで問題ないですけど、現状より数字が下がってしまうことも多くて。そうなるとアーティストのモチベーションが下がり、その人の才能をちゃんと届けられなくなってしまうので、もったいないなと思います。

山崎和人

野田:それは音楽業界に限らず、いろんなサービスが乱立するようになったデジタルの弊害ですよね。なので、これからはアーティストにもリテラシーが求められる時代になると思います。

「ここはちゃんと手数料相応のケアをしてくれる」とか、自分たちにとって一番いい場所を探していく作業が必要になる。サポートする側も、あっちに行ったりこっちに行ったりするアーティストを、腰を据えてサポートするのは難しいと思うから、そこは人と人の話でもありますよね。

―そういう意味では、やっとスタート地点に立ったということかもしれませんね。選択肢があること自体は正常なことで、そのうえでリテラシーを上げていくフェーズに来た。

野田:そうですね。ここからさらに面白くなっていくと思います。そのためにも、やっぱり原資をつくらないといけないから、全体の規模をもっと大きくする必要がある。まずは国内のストリーミング利用人口を増やすことが音楽業界全体のミッションだと思います。そして、世界へ市場を広げることで、少しでもCD売上の下げ幅をカバーする。

なので、これまで「CD買ってね」と言っていたアーティストに「聴き放題入ってね」と言ってもらったりして、母数を上げていく必要がある。それはDSP(Apple MusicやSpotifyなどのプラットフォーム)側の仕事でもあるけど、そうやってみんなで啓蒙していくことが重要だと思います。

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プロフィール

野田威一郎(のだ いいちろう)

東京出身。香港で中学・高校時代を過ごし、慶應義塾大学卒業後、株式会社アドウェイズ入社。2008年に独立しWano株式会社を設立。2012年にはTuneCore Japanを立ち上げ、2012年10月にサービスを開始。

山崎和人(やまざき かずと)

1978年生まれ。2000年、株式会社ハーフトーンミュージック入社、2003年よりライブハウス"新宿MARZ"店長/ブッキングマネージャーを経て、2009年に株式会社ヒップランドミュージック・コーポレーション入社。The fin.、LITEのA&R/マネージャーとして、作品リリースやアメリカ、ヨーロッパ、アジアなど数々の海外ツアーの制作を担当。2019年5月より、デジタル・ディストリビューションとPRが一体となったレーベルサービス「FRIENDSHIP.」をスタートさせる。

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