高橋健太郎と鈴木惣一朗に聞く、フィル・スペクターの光と影

高橋健太郎と鈴木惣一朗に聞く、フィル・スペクターの光と影

2021/04/08
インタビュー・テキスト・編集
黒田隆憲

サブスクで一度聴いて終わりじゃなくて、そこからいろいろ調べてみてほしい。点と点がつながる楽しさを味わえると思う(鈴木)

高橋:僕は最近、ジョージ・ガーシュウィンについて色々調べているのですが、彼が“Rhapsody in Blue”(1924年)の2年前に書いた、「Blue Monday」というアフロ・アメリカンのカップルを描いたオペラがあるんですよ。ガーシュウィンはブルースに強い影響を受けていて、アフロアメリカンのパッションやセクシャリズムを描きたくて、そういう作品を作り上げたのですが、実際の舞台では顔を黒塗りにした白人が演じたわけです。

高橋健太郎

高橋:今の価値観では絶対にダメですよね。でも、1922年の段階でもそれはダメだとされたんです。当時「ハーレム・ルネサンス」(1920年代から1930年代にニューヨーク州マンハッタン島のハーレム地区で花開いたアフリカ系アメリカ人による文化運動)が盛り上がっていた時だったから。

鈴木:なるほど。

高橋:「Blue Monday」というオペラは、音楽だけ聴くとすごく良いんですよ。そこには“Rhapsody in Blue”の原型をも見て取れますし。でも、後年もほとんど演奏されていない。僕はまだ2枚しか音源を見つけられていないし、どのライナーノーツにも「この内容は今の時代にはそぐわない。しかし、歴史的に重要な作品と判断し録音することにした」みたいな、エクスキューズが書かれているんですよね。

この件も、先ほどお話ししたThe Crystalsの"He Hit Me(And It Felt Like a Kiss)"と同様、リアルタイムできちんと批判することはとても大事なこと。でも時が過ぎ、充分批判され過去になったことですら発表の機会を与えられず、誰にも聴かれないまま消えてなくなってしまっても良いのかと言うと、僕はそう思えないんですよね。

―ものすごくデリケートな問題について、お二人とも真摯な意見を聞かせてくださってありがとうございました。今、サブスクが普及して沢山の楽曲を気軽に楽しめる環境となり、Spotifyには作曲者に注目したプレイリスト「Works」シリーズなども作られているのですが、そんな中でスペクターのような「裏方」に注目しながら音楽を聴く楽しさについて、最後に聞かせてもらえますか?

鈴木:それこそ昔は、1枚のアナログをジャケットやクレジット、ライナーノーツなど穴が開くほど見続けながら(笑)、40分の作品を聴いていたわけです。そこにしか情報はないから。でも、今はネットでいくらでも調べられるわけじゃないですか。サブスクで一度聴いて終わりじゃなくて、そこからいろいろ調べてみてほしいですね。「あ、なるほど。自分が好きなこの作品とこの作品は、プロデューサーが同じだったのか」とか、「このアルバムには、あのアルバムと同じサポートミュージシャンが参加しているのか」とか、点と点がつながる楽しさを味わえると思う。

高橋:惣一朗さんのおっしゃる通りだし、それに今は書籍も豊富ですよね。それこそフィル・スペクターについて書かれた本もたくさん出版されている。30年、40年前には分からなかったことが、全て解き明かされているんですよ。なので、音楽はSpotifyやApple Musicでガンガン聴いて、作品やアーティストの背景についてもっと知りたければ本を読めばいいんじゃないかな。ところで惣一朗さん、スペクターで一番好きな曲ってなんですか?(笑)

鈴木:「伝記好き」の僕としては(笑)、スペクターが父親の墓標に書かれた言葉からインスパイアされたという、The Teddy Bears時代に大ヒットした“To Know Him Is To Love Him(邦題:逢ったとたんに一目惚れ)”が一番好きなんですよね。作曲家としてのスペクター、シンガーソングライターとしてのスペクターの良さが一曲に詰まっている。

The Teddy Bears“To Know Him Is To Love Him”を聴く(Spotifyを開く

高橋:僕は、“To Know Him Is To Love Him”がスペクターの曲だということを、ずいぶん後になってから知りましたね。なんとなくラジオなどで聴いて知ってはいた曲なんだけど。

鈴木:さっき、健太郎さんに聞いて初めて知った事実ですが、「誰よりもギターが上手かった」と言われたスペクターが、もしプロデューサーや音響の道に進まずソングライターやギタリストの道に進んでいたら、どうなっていたかなと想像してしまいます。“To Know Him Is To Love Him”は、つまりそれだけすごい曲だと僕は思っています。ジョン・レノンもお気に入りで、The Beatlesでカヴァーもしていましたよね。健太郎さんは?

鈴木惣一朗

高橋:The Ronettesの“Be My Baby”ももちろん好きだけど、彼女たちの“How Does It Feel”も同じくらい好きな曲ですね。あれこそフィル・スペクターとレッキングクルー(1960年代から1970年代にかけて活躍した、ロサンゼルスを拠点とするトップ・ミュージシャンによるセッション集団)の魅力が最も出ていると思う。

―それは、どんなところがですか?

高橋:フィル・スペクターって基本はロッカバラードの人だしスローな曲が多いのだけど、この曲はものすごくアップテンポで、ハル・ブレインのドラムも狂ってて、ミックスとかも狂いまくっているんですよ。エコー成分しか入っていないように聴こえるし、この曲のステレオバージョンを聴くと、その狂っている感じがもっとよく分かる(笑)。こんなサウンド今まで聴いたことがなかったし、誰もやっていないんじゃないかなと。いまだに大好きな曲ですね。

The Ronettes“How Does It Feel”を聴く(Spotifyを開く

『This is 大滝詠一』を聴く(Spotifyを開く

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プロフィール

鈴木惣一朗(すずき そういちろう)

1959年、浜松生まれ。音楽家。83年にインストゥルメンタル主体のポップグループ“ワールドスタンダード”を結成。細野晴臣プロデュースでノン・スタンダード・レーベルよりデビュー。「ディスカヴァー・アメリカ3部作」は、デヴィッド・バーンやヴァン・ダイク・パークスからも絶賛される。近年では、程壁(チェン・ビー)、南壽あさ子、ハナレグミ、ビューティフル・ハミングバード、中納良恵、湯川潮音、羊毛とおはな等、多くのアーティストをプロデュース。2013年、直枝政広(カーネーション)とSoggy Cheeriosを結成。執筆活動や書籍も多数。95年刊行の『モンド・ミュージック』は、ラウンジ・ブームの火付け役となった。細野晴臣との共著に『とまっていた時計がまたうごきはじめた』(平凡社)『細野晴臣 録音術 ぼくらはこうして音を作ってきた』(DU BOOKS)ビートルズ関係では『マッカートニー・ミュージック~ポール。音楽。そのすべて。』(音楽出版社)他に『耳鳴りに悩んだ音楽家がつくったCDブック』(DU BOOKS)などがある。

高橋健太郎(たかはし けんたろう)

1956年、東京生まれ。音楽評論家、音楽プロデューサー、レコーディング・エンジニア、音楽配信サイト「ototoy」の創設メンバーでもある。一橋大学在学中から『プレイヤー』誌などに執筆していたが、1982年に訪れたジャマイカのレゲエ・サンスプラッシュを『ミュージック・マガジン』誌でレポートしたのをきっかけに、本格的に音楽評論の仕事を始めた。1991年に最初の評論集となる『音楽の未来に蘇るもの』を発表(2010年に『ポップミュージックのゆくえ』として再刊)。1990年代以後は多くのアーティストとともに音楽制作にも取り組んだ。著書には他に『スタジオの音が聴こえる』(2015年)、2016年に発表したSF音楽小説『ヘッドフォンガール』がある。

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