去年、15年ぶりのフルアルバム『ロックブッダ』をリリースした音楽家・国府達矢が、今年9月に新作アルバム『スラップスティックメロディ』と『音の門』を、2枚同時リリースした。もともと、『ロックブッダ』リリース時に既に存在が語られていたこの2作は、『ロックブッダ』を制作していた15年の間に、零れ落ちるように生まれてきた作品たちだという。それゆえに両作は、これまで『ロック転生』や『ロックブッダ』といった傑作たちで見せてきたものとは異なる、国府達矢の新たな表情を私たちの前に浮かび上がらせる。
『音の門』のジャケットは、国府が敬愛してきたという漫画家・山本英夫の作品『ホムンクルス』から抽出した絵を、アートディレクターの小田雄太がコラージュする形で制作された。本作に刻まれた剥き出しの精神世界、その深層が、見事に視覚化されたアートワークだ。そこで今回、CINAR.NETでは国府達矢と山本英夫の対談を実施。両者の表現の在り様について、大いに語り合ってもらった。
「国府さんの音楽は、近未来の離島の音楽というか……」(山本)
―今回、国府さんが同時リリースされた2枚のアルバムのうち、『音の門』のジャケットに、山本さんの作品『ホムンクルス』の絵がコラージュされているということで、おふたりの対談が実現しました。
国府:僕は、もう本当に一方的な憧れを山本先生に対して抱いていて。僕は今年で46歳なんですけど、19歳の頃ですかね、『週刊ヤングサンデー』(小学館)で『のぞき屋』(1992年)が連載されていたんです。すごい衝撃を受けました。トラウマを刷り込まれたといいますか(笑)。
山本:ははははは(笑)。
国府:『ホムンクルス』も、めちゃくちゃ好きだったんです。今回、『音の門』のジャケットに絵を使わせていただいたのは、アルバム1曲目の“日捨て”という曲のイメージと、『ホムンクルス』の主人公の名越進が、どこかリンクするような気がしたからなんですよね。
国府達矢“日捨て”を聴く(Spotifyを開く)
国府:このアルバムは、内面に深く潜っていくような自分にとって極端な表現でもあったので、その顔となるジャケットにも強いビジュアルイメージがほしくて。それで、「もし、山本先生の絵を使わせていただけたら、ヤバくない?」っていう話を周りとしていたところから、打診させていただいたんですけど……お引き受けいただいて、本当にありがとうございます。
山本:こちらこそ、ありがとうございます。国府さんの音楽は、独特なものがありますよね。近未来の離島の音楽というか……もともとある島じゃなくて、新しくできた島の音楽って感じがします。
国府:ありがとうございます、めちゃくちゃいいことを言っていただいた。
山本:今回、ジャケット用のイラストを書き下ろすことができなかったんですけど、実際に仕上がった作品を見て、書き下ろさなくてよかったと思いました(笑)。書き下ろしだと、ここまで書き込むことはできないですし、きっと、国府さんが歌のなかで訴えたい世界観は、こうしたコラージュのほうが出ているのかなと思うので。
国府:僕は『のぞき屋』を読んでいたときに、衝撃でバイト中に叫んでしまったことがあるくらいなんですけど(笑)、「山本ショック」みたいなものって、やっぱり世の中に強くあると思うんです。『ホムンクルス』にも、衝撃を受けた人は多いと思う。山本先生としても、『ホムンクルス』は、ご自身にとっての強烈な過去という感じなんですか?
山本:「作品は自分の子どものようだ」って言う人がよくいるじゃないですか。でも、僕にとって過去の作品は、「前カノ」なんですよ。だから、関係はもう終わっているし、「こういう娘と付き合ったなぁ」ってくらいの感覚なんです。次の作品を描いているときに、「前にあの子と付き合って、こういう部分が成長したんだな」って、後づけ的に思い出すことはありますけど、過去に遡って感情的になることはないんですよね。
国府:そうなんですね。
絵とセリフ、音と歌詞、それぞれのバランスについて。漫画家と音楽家の創作上の類似点
山本:国府さんは、漫画は昔から読まれるんですか?
国府:そうですね、小さい頃から。『ドラえもん』なんかが最初だったと思います。僕、漫画でも字が多いものは苦手で。そもそも字を読むのが苦手で、本を読んでも全然覚えていなくて。
山本:僕も字を読むのは苦手です。小説を読んでいた時期もあったんですけど、なかなか頭に入ってこなくて。
国府:普段、生き物として駆動している構造が違うのか、本を読むのは、無理やり違う部分を使っている気がしてしまうんですよね。それで、全然残らない。(インタビュアーに向かって)だから、羨ましいですよ。字に向き合えるというのは。
―僕は仕事柄、過剰なくらい字や言葉を意識して生きてしまっているので、国府さんの音楽を聴くと、普段使っているのとは別の、体や脳の部分を刺激される感覚があります。
国府:それはあるかもしれないね。そう考えると、山本先生の作品も、ある種の身体感覚に訴えかけてくる感じがありますよね。ものすごくヤラれるというか、ダメージを食らうというか。
山本:(笑)。まぁ、漫画には絵がありますからね。絵と活字のバランスがいいと、スッと入ってくるのかもしれない。そのバランスは考えるようにはしています。漫画の場合、絵を描くのは右脳の作業で、セリフや物語を作ることは左脳の作業って感じなんですよね。僕は、絵を描くのはお酒を飲みながら描くのが一番好きなんです。自分で言うのもなんですけど、僕は緻密で上手いほうじゃないですか(笑)。
国府:いいですねぇ(笑)。
山本:普通に描くと神経質になりすぎるんです。お酒を飲むといい意味で大雑把になるので、好きなように描けるんですよね。いい感じで線が荒れてくるし、いいんですよ。なので、お酒を飲むときのために作画を残している、くらいな感じなんです。
国府:へぇ~! すごい!
山本:音楽にも、音と歌詞の、いわば右脳と左脳のいいバランスが、きっとあるでしょう?
国府:そうですね。でも、音楽を作っていると、詞で「こういうことが書きたい」と思うものがあっても、それをメロディーに乗せてみると語呂が悪くて、無念だけど、言い回しを単純化することが結構あるんです。特に、僕は語呂をすごく気にしてしまうんですけど、そういうことって、漫画の吹き出しにもあったりするものなんですか?
山本:あるような気がしますね。自分が伝えたいメッセージって、言葉にしようとすると難しくなってしまうものじゃないですか。伝えようと思えば思うほど理論的になってしまうんだけど、それだと、小さな吹き出しには入らないですからね。そういう意味では、音に合う言葉を探すように、吹き出しのなかの言葉は厳選している気もします。
山本:でも、そういうことは音楽のほうが難しいんじゃないですか? だって、メロディーが決まっていると、入る文字数だって決まってくるだろうから。
国府:たしかに、そういう意味でのタイトさはあるかもしれないです。
山本:1日がかりで、ワンフレーズを考えたりもするんですか?
国府:いや、僕は……「降ってくる」なんていうロマンティックな言い方はできないですけど(笑)、閃くのを待つタイプなんです。閃いた言葉に、尾ひれがついて、物語になっていったらいいなって感じです。
山本:これまで46年間生きてきて、一番、閃く回数が多かった環境って、どういうときでしたか?
国府:う~ん……全然思い浮かばない(笑)。寝起きは脳がクリアだって言いますけど、たしかに、寝起きに歌詞を書いてスムースだなって思ったことは何回かあります。でも、今言ったような「閃き」は、本当にふとしたときに、忘れた頃にやってくることが多いです。
山本:音と言葉は、どちらから作るんですか?
国府:自分のなかで一番気持ちよく形になるのは、詞とメロディーが同時進行にできていくときなんですけど、これはごく稀なことで、基本的には、音からですね。ただ、ジャケットに『ホムンクルス』の絵を使わせていただいた『音の門』に関しては、初めて詞先という、詞を先に書くやり方で作ったアルバムなんです。
去年出した『ロックブッダ』というアルバムは、完成させるまでにすごい年月を費やしてしまって、本当に死にかけてしまったんです。
国府達矢『ロックブッダ』(2018年)を聴く(Spotifyを開く)
国府:プライベートでもえげつないことが起こって、もう、本当に崩壊してしまったんですよね。3年間くらい廃人の時期があったんですけど、その死にかけているときに生まれてきた、なけなしの言葉みたいなものが凝結してできたのが『音の門』の歌詞なんです。歌詞とは対極的に、曲は4日間くらいで録音まで終わらせたんですけど。
「山本先生は『ホムンクルス』を描いて、壊れませんでしたか?」(国府)
山本:「死にかけた」というのは、体調を悪くしたってことではないですよね? 精神的なもの?
国府:そうですね。ミッドティーンくらいから、鬱状態になりやすいほうだったとは思うんですけど、今回は鬱状態っていうよりは、完全なる鬱って感じで。食事も2か月間とれなかったり、そのあと、過食で何十キロも太ったり……そんなことを繰り返していて。
山本:その、廃人だった時期というのは、人とも会わなかったんですか?
国府:そうです。ほとんど人と会わず、音楽も、とても作れない状態ですし、生きていても仕方がないなって感じで……ここまでガチの状態の鬱になったのは初めてだったんですけど、欲望という欲望が剥がれ落ちたんですよ。今まで目標としてきたもの、野心、欲望……そのすべてがどうでもよくなってしまって。
国府達矢“逃げて”を聴く(Spotifyを開く)
山本:それで、食事もとらなくなって。
国府:食事に関してはちょっと変な感じだったんですけど、噛むのが嫌だったんです。
山本:その状態は、なにがきっかけで治ったんですか?
国府:う~ん……まだ、治ってないかも(笑)。
山本:ははは(笑)。音楽の世界というのは、そういったタイプの方が多いんですかね?
国府:やっぱり直接的な表現というか、自分の内側をそのまま形にしがちな表現だと思うので、持っていかれる人は多い気はします。そうはいっても、漫画を描くことも、非常に超人的な、とてつもない感じがするんですけど……こういうお話を聞いていいのかわからないんですけど、山本先生は『ホムンクルス』を描いて、壊れませんでしたか?
山本:いや、全然(笑)。
国府:すごいなぁ……。当時、「これを描いている人は、人として壊れてしまうんじゃないか!?」ってくらいのドキドキ感で読んでいたんです。これを描けばもう廃人確定、みたいな(笑)。「いった! 飛び降りた!」って感覚が、『ホムンクルス』には常にあったから。
山本:(『音の門』のジャケットを見ながら)こういう造形にも「壊れ」感はあると思うんですけど、こういうのも、美術書を読んで見つけた変わった絵を写真でバシャバシャ撮って、精神科の先生と「これは、どういう精神状態を表しているのか?」って相談しながら描いていたんです。
『ホムンクルス』は自分のことを書いているというより、協力者と分析しながら描いていた感じなんですよね。なので、追い込まれた感じはなかったです。もちろん、「いろいろ厄介だなぁ」ってくらいの感覚はありましたけど。
国府:そうなんですね……すごい、衝撃です(笑)。『ホムンクルス』だけでなくても、山本先生の作品は毎回、深層というか、エグいところまでいくじゃないですか。そこは、ご自身の精神には影響しないものなんですか?
山本:どこか客観的に見ています。自分を抉るっていうやり方だと、パターンがなくなって、ひとつの物語しか作れなくなってしまうと思うので。『ホムンクルス』はいろいろな人に協力してもらって描いたんです。
山本:そういえば、『ホムンクルス』の連載をはじめる前に催眠療法の勉強をしたんですけど、治療する側も、乗り移ったかのように患者の気持ちを理解することによって治療する人と、患者と自分をドライに切り離すことで治療する人がいるらしくて。
もの作りをする人にも、そういう違いはありそうですよね。国府さんは主観的に、ドスッとダイブして音楽を作っているけど、僕はかなり切り離してドライに漫画を描いている。僕が主観的に漫画を描いてしまったら、きっと上手くいかないでしょう。
国府:そっか……。僕は勝手な想像で、『ホムンクルス』に関しては、山本先生がご自身の内面に入っていかれて、それを吐露されている作品なんだと思っていたので、今、すごく驚いています(笑)。
山本:でも、そういう評価をしていただけるのは嬉しいですよ。それこそ、『ホムンクルス』の前に描いていた『殺し屋1』(1998年~2001年にかけて『週刊ヤングサンデー』で連載)は、SMのプロの人が評価してくれることが多くて。
山本:僕はSMの趣味がガッツリあるわけではないんですけど、でも、客観的な視点でSMを描いたものを、本物の人たちが評価してくれたことが嬉しかったんです。国府さんが『ホムンクルス』を評価してくださるのも、同じような嬉しさがありますね。ちゃんと神経に触れてくれているんだなって、実感できます。
国府:山本先生は、『ホムンクルス』を描かれる前に、実際にホームレスの生活を体験されたりもしていたんですよね。……しつこいようですけど(笑)、そういった取材を重ねて客観的な視点で作品を描かれるなかで、それでも、ご自身のパーソナリティーが作品に出ているなってことを実感されることはないですか?
山本:自分で「こういうものを出したい」と意識することはないです。ただ、描き終わったときに、作品と作品の間に共通点を見つけることはありますね。たとえば、『ホムンクルス』では、相手の病気が移っちゃったりしますけど、今描いている『HIKARI-MAN』(2014年から『週刊ビッグコミックスピリッツ』で連載)でも、病気が移っちゃうシーンがあるんです。そういう部分に、自分のエキスやエネルギーはあるのかもしれないって思います。
「自分自身を成長させるために漫画というツールを使っている感覚がある」(山本)
―山本さんの作品は、『ホムンクルス』然り、『HIKARI-MAN』然り、人間の精神や身体に触れようとしている印象があるんですけど、取材や研究を重ねてでも、そうしたテーマを追求されているのは、なぜなのでしょう?
山本:僕は、「自分があって漫画がある」というよりは、「漫画があって自分がある」タイプだと思っていて。漫画家さんのなかには、どの世界でやっても上手くいきそうな人っているんですよ。たとえば、『グラップラー刃牙』の板垣(恵介)さんなんかは、なにをやってもあの勢いでやれる人だと思う。
でも僕の場合は、「漫画ありき」の自分なので、自分自身を成長させるために漫画というツールを使っている感覚があるんです。ひと作品ごとに、漫画に成長させてもらっているというか。
山本:本来的に言うと、取材って嫌なものなんですよ(笑)。もともと、中高生から部屋でひとり漫画を描くのが好きな人間だったのに、人に会って話を聞かなきゃいけないわけだから。でも、漫画を通して自分はそれまで知らなかった世界に触れたり、経験を踏んでいるし、そういう意味で、僕は漫画を描くことで、自分という人間が肉づけされていけばいいなって思っているんです。
―『ホムンクルス』を描くことで得ることができた成長というのは、今、振り返ると、どのようなものだったのだと思いますか?
山本:『ホムンクルス』は、そのあと漫画を描くにあたって、「人間」を描くことの背骨をもらったイメージがありますね。「描いてよかったな」っていう気持ちはあります。
漫画家・山本英夫の原点。処女作は、高校生のときに描いた悪夢のような物語
国府:山本先生がプロの漫画家を目指されたのは、いつ頃だったんですか?
山本:中学生の頃です。中学生の頃に、「自分は漫画家になるから高校には行かない!」って言ったのは覚えています。そうしたら親戚のおじちゃんが来て、ひと晩中、「高校くらいは行け!」ってずっと口説かれたのも覚えていて。それで、眠たいから「高校には行く」って言ったんですけど(笑)。
国府:拷問じゃないですか(笑)。物心ついた頃にはもう、漫画は描かれていたんですか?
山本:描いていましたね。いわゆる、学校で絵が上手い人でした。
国府:物語のある漫画を描かれたのは?
山本:それは、高校生の頃に初めて描きました。それまでは、好きだった漫画家さんのコマ割りを模写して描いていたんですけど。
国府:ということは、ご自身で物語のある漫画を描く前に、プロになることを決めたということですよね?
山本:うん、そうです。
国府:それは、僕も一緒かもしれない。僕も、自分で曲を作り出す前に、プロになることを決めていましたから。
山本:高校2~3年くらいの頃に初めて描いた漫画があって。中高生くらいのいじめられっ子が、ビルの屋上に自殺しに行くんですよ。そうすると、向かいのビルに、同じように自殺しようとしている美女がいて、その人と目が合うんです。
ふたりはビルの下まで駆け降りていって、出会って、そこから物語がはじまるんです。当時、自分の絵が上手いことはわかっていましたけど、物語を書けるのかどうかっていうのはわかっていなかった。そういう時期に描いたものですけど、今思うと、悪くないなって感じですよね(笑)。
国府:めちゃくちゃ面白いです。その物語は、そのあとどうなるんですか?
山本:恋愛っぽくなっていったような気がします。たしか、いじめっ子を殺すんですけど……そのあと、女の子も死んじゃって、主人公も死んでしまう。で、天国に行くんですけど、向こう側の雲の上に、女の子がいるんですよ。そこに駆け寄ろうとすると、その間にいじめっ子が立ちはだかる。そのシーンで終わりだったような気がします。
国府:すごい! 悪夢じゃないですか(笑)。
重厚でエグみのある作品を描き続ける、山本英夫の作家性の根幹にあるもの
国府:初めから、そういう重いものというか、「自分は少年誌ではなくて青年誌だ」っていうようなイメージが山本先生のなかにはあったんですかね?
山本:そうですね……自分の漫画は、「現代もの」であるのもひとつの特徴だと思うんです。今ある建物や機械に依存して物語を作っていく。たとえば『ホムンクルス』の「ホームレス」というテーマも時代に依存していましたし、『のぞき屋』の「盗聴」や「援助交際」というのも、今描いたら全然違うものになると思うんですよ。
今お話した高校生の頃に描いた漫画も、その頃、「自殺」という言葉が周りから多く聞こえていたんだろうと思うんです。「ホームレス」とか、「盗聴」とか、「自殺」とか、人の心がより浮き彫りになるようなツールを、その時代時代によって選んできた感覚があって。
―「時代」というファクターを通すからこそ、山本さんの作品は、人間の深層を描きえているんですね。
山本:たとえば、(目の前のペットボトルを指さして)これを描こうとしたときに、このペットボトルそのものを描くのではなくて、これがあることによって生まれる影を描くことで、ペットボトルの存在そのものをはっきりと提示したいんですよね。綺麗な、光が当たっている側面を提示して「人って素晴らしいよね」って言うよりは、影の部分をより強調することによって、「人って素晴らしいんじゃないの?」ということを見せるほうが、強く納得できると思うんですよ。
これは催眠療法を勉強したときに学んだんですけど、人に対して「お前はバカだ」って言うと、その人は「俺はバカじゃない」って、自己肯定できるじゃないですか。読者に対して、そういうことを自分はやっているような気がします。「人間は素晴らしい」ってセリフを一生懸命描いても、「綺麗事描いてやがる」って思われるだけだから。
国府:今、すごい話を聞いた気がするんですけど……要は、「人間賛歌」っていうことですよね。最終的には、人間の素晴らしさや美しさを描きたいと、今、山本先生はおっしゃったわけで……ゾクゾクしています(笑)。
「音楽だけじゃなくて、漫画や映画もそうだと思うんですけど、未来予言的な要素ってあるじゃないですか」(国府)
山本:国府さんは、その点はどうなんですか?
国府:僕はもともと、光のほうだけを描きたいタイプなんです。いわば、児童文学や少年誌タイプというか。文字が苦手っていうのもそうなんですけど、ちょっと、情報アレルギーな部分があって。僕は摂取できる情報量がすごく少なくて、そうなってくると、「大きなもの」だけでいいやってなるんですよね。そういう意味で、少年誌的なもの、いわゆるマスなものに影響を受けてきた自分がいて。
国府達矢“キミはキミのこと”を聴く(Spotifyを開く)
国府:だから、『音の門』のようなアルバムは、本来、自分が目指していたイメージとは真逆のものなんです。ある種の極北というか。『ロックブッダ』『スラップスティックメロディ』『音の門』の3枚はそれぞれ違う方向の極北に到達している作品だと思うんですけど、そのなかでも『音の門』は闇方向の極北というイメージで作っていて。
―ただ、「闇の極北」であるからこそ、『音の門』を聴いて、安心感を得たり、優しさを感じる人も多いんじゃないかと思うんです。実際、僕は安堵感のようなものを、このアルバムを聴いていて感じました。
国府:もちろん、そう言っていただけるのはありがたいです。本当にガチの鬱になったときには、なにを言われたってダメなんですよね。もう、全てをキャンセル、っていう状態になってしまう。そういうときには、なにかいいことを言うよりは、ただ傍にいて、温度を伝えることがすごく大事で。『スラップスティックメロディ』もそうなんですけど、特に『音の門』は、そういうアルバムになればいいなっていう気持ちはありました。
国府達矢“きみさえいれば”を聴く(Spotifyを開く)
国府:自分のキャリアを振り返ると、『ロック転生』(2003年)が一番スピっていた状態だと思うんですけど、『ロックブッダ』で構造や情報にいって、『スラップスティックメロディ』でエモーションの方向に向かって、『音の門』は、空間そのもの、もはや「存在」っていうイメージなんです。
このアルバムを再生すると、なにか「存在」を感じられたり、その「存在」と同化できたりして落ち着くことができる……そんなアルバムになったな、とは思っています。ただまぁ、この方向は、これ以上は勘弁してほしいなぁっていう(笑)。
山本:ははははは(笑)。
国府:実際、次のアルバムは光パーンッ! みたいなアルバムにしようと思っています。砂浜! 恋! みたいな(笑)。
山本:信じられないなぁ(笑)。
国府:ですよね(笑)。でも、そういうものを作らないと、自分がもたないんです。音楽だけじゃなくて、漫画や映画もそうだと思うんですけど、未来予言的な要素ってあるじゃないですか。作品に未来も入ってきてしまうことがある。だからこそ、こういう暗い作品はなるべく作りたくない気持ちが自分にはちょっとあるんです。だから、ベクトルを切り替えて、次は明るいものを作りたいなって思っています。
国府達矢『音の門』”を聴く(Spotifyを開く)国府達矢『スラップスティックメロディ』を聴く(Spotifyを開く)
- リリース情報
-
- 国府達矢
『スラップスティックメロディ』(CD) -
2019年9月25日(水)発売
価格:2,808円(税込)
PECF-1172 / felicity cap-3141. 青の世界
2. キミはキミのこと
3. 廻ル
4. not matter mood
5. 彼のいいわけも
6. fallen
7. 窓の雨
8. 青ノ頃
9. シン世界
- 国府達矢
-
- 国府達矢
『音の門』(CD) -
2019年9月25日(水)発売
価格:2,808円(税込)
PECF-1173 / felicity cap-3151. 日捨て
2. きみさえいれば
3. 悪い奇跡
4. KILLERS
5. 重い穴
6. 逃げて
7. こころよりじゆう
8. ライク ア ヴァーチャル
9. Poison free
10. 思獄
11. うぬボケ
12. おつきさま
- 国府達矢
- イベント情報
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- 『国府達矢「スラップスティックメロディ/音の門」リリース記念ライブ<バンド編>』
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2019年11月28日(木)
会場:東京都 新代田 FEVER出演:
国府達矢バンド
君島大空
羊文学
料金:前売3,500円
- 作品情報
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- 『HIKARI-MAN』(6)
-
2019年10月11日(金)発売
著者:山本英夫
価格:693円(税込)
発行:小学館
- プロフィール
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- 国府達矢 (こくふ たつや)
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1999年、MANGAHEADとしてデビュー。2001年、国府達矢としてライブ活動を開始。2003年、アルバム『ロック転生』をリリース。さまざまな分野のアーティストに衝撃を与えたこのアルバムを契機とし、シンガーソングライター・七尾旅人は、国府達矢に3枚組アルバム『911fantasia』を捧げた。2007年以降、Salyuへ楽曲提供をはじめ、salyu×salyu『s(o)un(d)beams』に作詞で参加。2018年、長年の沈黙を破り15年ぶりのオリジナルアルバム『ロックブッダ』をリリース。日本におけるオルタナティブミュージックの一つの到達点と評されるこのアルバムは、ヨーロッパ拠点で世界のインディーミュージックを網羅する海外のサイト『beehype』のJAPANベストアルバムにて1位に選ばれるなど、国内外の2018年ベストアルバムに数々取り上げられた。2019年9月、『スラップスティックメロディ』『音の門』という2枚のアルバムを同時リリースした。
- 山本英夫 (やまもと ひでお)
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1968年生まれ。1989年、週刊ヤングサンデー(小学館)掲載の『SHEEP』でデビュー。以後『おカマ白書』『のぞき屋』『殺し屋1』『ホムンクルス』と、常に先鋭的な題材をテーマにヒット作を連発。2014年12月より、『HIKARI-MAN』を連載中。