2008年、デビューアルバム『Antidotes』でUKロックシーンを席巻したFoals。Radioheadと同郷のオックスフォードで結成された彼らは、同時代のバンドたちがシーンの最前線から退場していくなか、力強いライブバンドとして、独自の美学を貫くアルバムバンドとして、この10年間黙々と表現を研ぎ澄ませていった。その独立独歩の物語は、米国市場でも受け入れられるほどの人気と高い評価とを両立させる現在の姿へと続く。
そんなFoalsが新作『Everything Not Saved Will Be Lost - Part 1』と『Part 2』を立て続けにリリースした。ヘビーロックからエレクトロニックミュージック、アフロポップまでを縦横無尽に取り込んで血肉とし、みずからのアートフォームに落とし込んだその充実ぶり、作品の厚みは、バンドの尽きせぬ創造力と勢いづいたモードを伝えている。さらに、2020年3月には単独来日ツアーを開催することも決定。ライブバンド=Foalsのパフォーマンスを存分に堪能できるまたとない機会だ。
これを機に、今回は音楽ライターの天井潤之介、小熊俊哉、照沼健太とともに、Foalsの歩みとUKを中心としたロックの10年史を振り返った。「停滞」や「衰退」が叫ばれる英国のロックシーンで何が起こっていたのか? 2010年代のロックミュージックとは何であるのか? そこから浮かび上がるFoalsの独自性とは? 来たる2020年代を見据え、たった10年でドラスティックに変化した音楽シーンにおける「ロック」の可能性を問う。
2010年代を振り返る前に。2000年代末、Foalsがデビューを果たしたロックシーンの状況
―2000年代のUKでは、USと連動してガレージロックリバイバルとポストパンクリバイバルがあり、そのあとニューレイブが起こり、小規模だけどテムズビートのシーンも注目を集め、と見取り図が描きやすいんです。一方、Foalsの結成は2005年で、1stアルバム『Antidotes』のリリースは2008年。わかりやすいムーブメントがなくなってきた頃に出てきたので、彼らには苦難の道を歩んできたという印象があります。
照沼:FoalsはKitsunéのコンピ(2007年リリースの『Kitsuné Maison Compilation 4』)にも参加していたし、ニューレイブの範疇だったはずじゃないですかね。ただ、あえてあの辺の流れには乗らずに違う方向に行ったバンドだと思っています。
天井:僕は、ニューレイブのサブジャンル的な流れで短期間流行った「ニューエキセントリック」のど真ん中に出てきたバンドっていう印象ですかね。マスロックの要素もあって、アメリカでBattlesが『Mirrored』(2007年)でアルバムデビューしたこととも対応していましたし。
『Kitsuné Maison Compilation 4』収録のFoals“Hummer”を聴く(Spotifyを開く)Battles『Mirrored』を聴く(Spotifyを開く)
―もともとマスロックをやっていたんですよね。初期の曲はUKのバンドとは思えない音です。
天井:当時ニューヨークのブルックリンで注目されていた、Vampire WeekendやAnimal Collectiveに通じるアフロポップの要素もある。だから、主にUSを追っていた僕にとってはすんなり聴けましたね。
小熊:彼らは最初からアメリカのシーンを意識していましたよね。そこは当時のUKバンドでは珍しかったし、このあとの飛躍にもつながるポイントだと思います。実際、Foalsの1stアルバムは、ブルックリンシーンの頂点に立っていたTV on the Radioのデイヴ・シーテックがプロデューサーだったわけで。
あとは2005~2007年にメンバーが聴いていた曲のプレイリストっていうのがあるんですよ。ドラマーのジャック・ビーヴァンが選んでるんですが、Battles、Darty Projectors、LCD Soundsystemといったアメリカ勢に、Justiceなどクラブミュージックも積極的に聴いていたのがよくわかる。
プレイリスト『Vanidotes [Curated by Jack]』を聴く(Spotifyを開く)
―Foalsはボーカリスト / ギタリストのヤニス・フィリッパケスとドラマーのジャックが重要だと思います。
小熊:The 1975と同じ構図ですね。
照沼:Arctic Monkeysも。ドラマーの音楽の趣味はバンドにとって大事かも。
小熊:今回、UKの音楽を俯瞰的に振り返るにあたって『マーキュリー賞』の話をしたほうがいいですよね(外部リンクを開く)。
『マーキュリー賞』について説明しておくと、英国もしくはアイルランドで最も優れたアルバムに対して贈られる音楽賞で、毎年12枚アルバムがノミネートされ、そこから選ばれた一作が受賞し、授賞式はテレビでも放送される。ミュージシャンやメディア関係者も審査員を務め、審査基準もセールスではなく内容重視。だから、12枚のノミネート作は、その年にイギリスの音楽シーンで何が起こったかを知るうえでひとつの指標になると。
Foalsも2010年以降、3作がノミネートされています。彼らのデビュー前夜を振り返ると、2006年はガレージロックを鳴らしたArctic Monkeys、翌年はニューレイブの代表格であるKlaxonsの各デビュー作が受賞。UKロックに若さと勢いがある時代でした。
Foals『Antidotes』を聴く(Spotifyを開く)
―2008年のノミネートは、Arctic Monkeysのアレックス・ターナーとThe Rascalsのマイルズ・ケインによるThe Last Shadow Puppets、Radiohead『In Rainbows』など。受賞はElbow。
照沼:イギリス人っぽい(笑)。
―ちなみに、Foalsの同期として2008年にアルバムデビューしたのがFriendly Fires、These New Puritans、Black Kidsなど。2007年はThe View、The Horrors、The Maccabeesなど。ガレージロックリバイバルとニューレイヴの残り香を感じます。
天井:今挙がったバンドは当時だいたい『サマソニ』に来ていて、盛り上がった記憶がありますね。「『サマソニ』はUK新人バンドの目利きがある」とか言われていたのもこの頃で(外部リンクを開く)。
USインディーロックが最盛期を迎えた2000年代末。今につながる、ロックを取り巻くメディアの状況
小熊:『Antidotes』は「日本で売れる洋楽」でもありましたよね。日本人好みの音であるポストロック、マスロックともリンクしていたし、彼らの前座を務めたTwo Door Cinema Clubとともに、2010年代前半の邦楽ロックをよくも悪くもリードした「4つ打ちダンスロック」にも影響を与えたはず。
―翌2009年は重要で、アメリカの話になっちゃいますけど、Animal Collective、Grizzly Bear、Dirty Projectorsという3組が傑作を出し、ブルックリンを中心とするインディーロックってすごいな、プログレッシブだなと盛り上がった年です。
小熊:現状、ロックシーンが全体的にクリエイティブだったと言い切れる最後の時期ですね。客観的に振り返っても、2000年代は明らかに北米インディーの時代で、UKを圧倒するほど中身や影響力が伴っていた。
―おっしゃる通りですね。ただ最初に言ったように、ムーブメントがUKのロックの歴史を牽引し、更新していった側面があるわけですけど、それが雲散霧消したのはこの頃なのかなと思います。音楽シーン全体でジャンルが細分化し、タコツボ化していった。それを差し引いても、日本ではある時期までUKロックが文化としてそれなりに定着していたわけですけど。
小熊:日本のポップ寄りな洋楽ジャーナリズムは、2000年代までイギリス偏重だったと思うんです。たとえば『MUSIC LIFE』(シンコーミュージック刊行、1998年休刊)がQueen、『rockin'on』がThe Stone Roses、『snoozer』がKlaxonsを本国に先駆けてブレイクさせたように、UKロックと日本のリスナーは相思相愛の関係を築いてきた。でも、2000年代後半くらいになると、インターネットやSNSもだいぶ普及して、簡単に海外の情報を手に入れられるようになったのもあり、ある種の信仰が薄れていったような気がします。
照沼:『rockin'on』や『snoozer』で推されているバンドの新作を『Pitchfork』で見ると、5点とかつけられていたり(笑)。ただ当時は、USインディーはまだマニアックでしたよね。
天井:洋楽誌では予算面の都合で北米インディーについての紙面が組みにくくて、日本のメディアが推すものと海外で評価されているものとの差が露骨に生まれてきちゃったんだよね。
―今、本国で存在感の大きいUKバンドとしてFlorence + the MachineとMumford & Sonsがいますよね。この2組がアルバムデビューしたのも2009年。ただ、はっきり言ってこの2組の日本での認知度は低いと思います。このあたりから日本とUK、USとの評価がだいぶ分断されてしまった。
小熊:日本のUKロック人気って、The Beatlesの時代からイケメン好きの女性ファンが支えてきたんですよね。でも、2010年前後にデビューした才色兼備のロックスターって、The 1975のマシュー・ヒーリーくらい。そこも分断の理由として大きかった気がします。
照沼:US寄りのサウンドになると、みんな髭面になるからね(笑)。The Beatlesがインドに行って、髭を生やして帰ってきた、みたいな。
同世代のバンドがことごとく失脚するなか、Foalsが選んだ道
―そういうなかで2010年にリリースされたのが、Foalsの2ndアルバム『Total Life Forever』です。
照沼:The Horrorsの2ndアルバム(2009年リリースの『Primary Colours』)と同じで、ロックじゃない要素も入っていて、ロックというものを俯瞰的に見ている作品だと思う。僕は苦手なんだけど(苦笑)。
―ミニマリズムにアプローチしていますよね。
小熊:じっくり聴かせるためのスペースが生まれていますよね。1stアルバムはリフからビートまで落ち着きがなくて、情報量もトゥーマッチなところがよかったんだけど、バンドの人気が出てライブ会場も大きくなっていくなかで、そういう忙しない曲だけだとしんどくなってきたのかもしれない。
これは数多のロックバンドが通ってきた道で、成功したデビュー作を焼き直すのか、もっとスケールアップしていくのかの二者択一を迫られるわけですよ。そこで「らしさ」を見失うバンドが少なくないなかで、Foalsは演奏力とリスナーとしてのセンスがしっかりしているから、前作と矛盾しない形でビッグになれた。
ただ当時は「日本で売れる洋楽」からは外れてしまったようにも映ったんですよ。でも改めて聴くと、2010年代基準のバンドアンサンブルを先取りしていたような気もして。曲によってはちょっとD.A.N.っぽいな、とか。
天井:僕は1stアルバムのコアな面が好きだったので、エレクトロニックな要素が増えてサウンドスケープ然とした作風に少し落胆したのを覚えています。持ち味だったアフリカ音楽やクラウトロックからの引用も後退した印象で。ちょうどアメリカではチルウェイブが流行りはじめた時期で、そことも重なって見えたんですよね。
2010年代は、「ロックがサブジャンル化していった10年」でもある
―2010~2014年のディケイド半分で『NME』が選んだベストアルバム50というリストでは、ニューレイブ、ニューエキセントリックのバンドが撃沈するなか、Foalsは『Total Life Forever』と『Holy Fire』(2013年)の2作が選ばれています(外部リンクを開く① / 外部リンクを開く②)。
小熊:ここで同世代のバンドはほとんど脱落してしまったと。
―あと、天井さんが言うように2009~2010年はチルウェイブが盛り上がり、ウィッチハウスやヴェイパーウェイブがインターネットで注目を集めたのは2009~2012年。UKとは対照的に、2010年代前半の北米は動きがわかりやすいんですよね。
マック・デマルコやアリエル・ピンクがインディーロックの流れを変え、Grimes『Visions』(2012年)がベッドルームポップを一新したと僕は考えています。しかも、アリエル・ピンクとGrimesは英国のレーベルである「4AD」から作品を出していた。当時は「催眠的でレトロ趣味」といった意味の「ヒプナゴジック」というキーワードも流行りましたが、UKロックがそこから取り残された印象は否めません。
小熊:UKバンドでそことリンクしていた数少ない例がThe xxじゃないですか。
―1stアルバム『xx』が2009年で、翌年『マーキュリー賞』を受賞。でも、The xxはJamie xxがプロデューサーでビートを作っているので、ロックバンド的ではないですよね。
小熊:まあ、それも今や普通じゃないですよね。ロックがメインストリームで生き残るために、「バンド」という形態そのものが変化していった2010年代を象徴する存在だと思います。ジェイムス・ブレイクが出てきたのもこの頃ですよね。
―最初に注目を集めたEP『CMYK』が2010年で、デビューアルバム『James Blake』が2011年です。
小熊:The xxやジェイムス・ブレイクも、ざっくり言えばクラブミュージックの出身ですよね。このあと台頭するDisclosureも含め、そういう人たちがロックリスナーの支持も集めていくようになると。
―UKの音楽シーンのなかでロックが相対化され、ラップやR&B、ポップ、エレクトロニックミュージックと並列なひとつのジャンルですよ、というふうになったのがこの10年なんでしょうね。
小熊:Oasis解散も2009年ですよね。原因は兄弟ゲンカかもしれないけど、タイミングとしてはこれも象徴的で。「ノエル・ギャラガーお墨付き!」みたいなコテコテのUKロックバンドは、ここから一気に求心力を失っていくわけです。だから、「ロックがサブジャンル化していった10年」っていうのはひとつの正しい見立てだと思うけど、寂しい話でもありますね。
「バンド」というものの捉え方も変わっていった2010年代
―あの、みなさん眉間にシワを寄せないでください(笑)。
天井:トム・ヨークもこの頃からJamie xxやLAビートの中心人物であるFlying Lotusと付き合いがあったんじゃないかな。トム・ヨークが『Low End Theory』(ロサンゼルスで毎週水曜日に開催されていたパーティー。LAビートシーンの基盤となるイベントであったが、2018年8月に終了)でDJしたこともニュースになりましたよね。Radioheadの『The King of Limbs』は(2011年)そのタイミングでのリリースで。
小熊:ここを境にサポートドラマーのクライヴ・ディーマーが入って(ライブは)6人編成になるんですよね。これは他のバンドにも勇気を与えた気がします。やりたいことを追求するために、外から上手いやつを入れてもいいんだって(笑)。
―Radioheadは不動の5人だったのに(笑)。
照沼:『Kid A』(2000年)の頃、エド・オブライエン(Gt)とかフィリップ・セルウェイ(Dr)とか、よく辞めなかったですよね。1990年代末~2000年頃の日本でも、BLANKEY JET CITYが打ち込みを導入したときにバンド内で揉めたってエピソードがありますけど……。
小熊:ドラムがやることなくなるだろって(笑)。最近のバンドは、そんなことで揉めたりしないですよね。最終的なアウトプットがよくなるなら、まったく犠牲を惜しまない。Vampire Weekendも数年前、重要人物のロスタム・バトマングリが抜けてからは、何人もサポートメンバーを迎えてライブしているし、最新作も中心人物のエズラ・クーニグによるソロ作みたいな感じじゃないですか。
―価値観が変わって、「バンド」の捉え方が柔軟になり、プロジェクト化していったのもこの10年。アルバムやライブというプロジェクトに向けて、誰が参加してもいいんだと。
天井:それでいうと、Dirty Projectorsもそうですよね。一時期はバンドと呼べるような活動形態だったけど、2017年の『Dirty Projectors』を機にデイヴ・ロングストレスのソロプロジェクトの体裁が強まっている。そのときやりたい音楽に合わせてメンバーを組む、という。
潮目が大きく変わったのは、2013年だった?
―Foalsに話を戻すと、3rdアルバム『Holy Fire』が2013年。その前年、2012年にジェイク・バグがデビューアルバム『Jake Bugg』を出しています。彼は久しぶりに出てきた労働者階級を代表するロックシンガー。英国はガチガチの階級社会なので、Oasisが典型的なように、ロックで成功することは成り上がるパターンのひとつだった。ただブレイディみかこさんも言っていましたが、ワーキングクラスから音楽で成功する人が減っている。そのなかでヒーローとして現れたのがジェイク・バグでもありました。
小熊:当時はセンセーショナルな存在だったけど、最近はどうなんだろう。そういう人こそ成り上がったあと、どう振舞うべきかは悩ましい問題で。
―また2013年にはThe 1975とChvrchesがアルバムデビューしています。両者はロックというより、今のポップシーンの最前線にいるバンドですね。
小熊:アメリカのロックでは、Vampire Weekendの『Modern Vampires of the City』が2013年。あれは「ブルックリン最後の輝き」って感じで、いよいよ北米インディーも雲行きが怪しくなってきたぞと。
天井:Arcade FireがLCD Soundsytemのジェームス・マーフィーと『Reflektor』を作ったのも同じ年。まさに北米インディーの最後の輝きという感じで、象徴的な組み合わせだと思う。それと、2010年代に入って以降、USではローカルシーンの存在もほとんど取り沙汰されなくなりましたよね。UKはどうなんだろう?
小熊:Peace、Swim Deepなどを中心としたバーミンガムのシーンがありましたけど、今思えば小粒でしたよね。『snoozer』が2011年、『CROSSBEAT』が2013年に休刊して、彼らを積極的に紹介する洋楽メディアも少なくなっていましたし。
照沼:この頃には聴き手のほうが早くなっていましたね。
小熊:音楽ブログも国内外で流行ってたし、みんなTwitterを使いはじめて、ネットがとにかく盛り上がっていましたから。
―メディアが追いつけていないと。僕も『Pitchfork』ばかり読んでいました。
小熊:話が逸れたけど、ロック苦難の時代がはじまっていくなかで、Foalsは3枚目からアメリカでも売れはじめたんですよね。
―その右肩上がりな躍進ぶりはどうしてなんでしょう?
小熊:Imagine Dragonsの1stアルバム『Night Visions』が2012年ですよね。2010年代のアメリカで、一番支持を集めたロックバンドは彼らだった。でも、それは旧来の「ロック」とはだいぶ形の異なるものだったと。
―EDMフェスやスタジアムにも対応できるエレクトロニックで派手なロックっていうことですよね。Panic! at the Discoやtwenty one pilotsもそう。
小熊:批評的な評価はさておき、チャートを席巻していたのはそういうバンドだったわけで。Foalsはそことも戦おうとしていた。
天井:UKでは、Bring Me The Horizonがブレイクするのも2013年の『Sempiternal』ですよね。
―Foalsがシャウトやヘビーネスを押し出していくのも『Holy Fire』から 。この後、UKではヘビーなRoyal BloodやパンキッシュなSlavesのようなバンドが支持を得ていきます。
天井:Foo FightersやQueens of the Stone Ageは相変わらずアメリカを代表する「ロック」だったわけで、それに最適化した変化の方向性だったということですよね。
小熊:2013年はArctic Monkeysの『AM』も重要で。ヒップホップとハードロックとの合わせ技によって、念願のアメリカ進出を成し遂げたアルバムです。
昔からイギリスのバンドはアメリカ進出をひとつの夢にしてきましたけど、グローバル化が進む現代では、そこの意味合いも変わってきた気がしますね。外に出ていかないとどうにもならないという危機意識が感じられるというか。
小熊:日本のバンドも「ガラパゴスで完結してはいけない」と話す人が増えてきてるじゃないですか。それこそ最近のUKバンド、Catfish and the BottlemenとかBlossomsは本国のチャートで健闘しているし、音楽もいいんだけど、やや内側に込もっているように見えたりもして……。
―正直、日本市場でも苦戦していますよね。The Amazonsなどを聴いていても感じますが、イギリスのロックがドメスティックでローカルなものになっていったように感じます。以前からそうだとも言えますが、どこか伝統芸能的というか。
インディーロックのポップ化と、デンマークやスペインなどローカルシーンの勃興
―あと、2013年はSavagesがデビューアルバム『Silence Yourself』を出しているもの重要です。フェミニズム的だし、音楽はポストパンク的。今のサウスロンドンのサウンドとも無関係ではないはず。
小熊:FoalsはSavagesとも仲がいいらしいですね。
照沼:Iceageの2ndアルバム『You're Nothing』も2013年です。
天井:Iceageが出てきたデンマークのコペンハーゲンシーンもそうですし、スペインのHindsやMourn、アイルランドのGirl Bandとか、非UK的なローカルシーンに注目が集まっていきましたよね。
小熊:一方、アメリカではHAIMのようなバンドがインディーロックをポップ化していって。
―Foster the PeopleやFun.もそうですね。
天井:Fun.といえば、今やプロデューサーとして売れっ子のジャック・アントノフですね。
小熊:最近だと、2019年のベストと言われるラナ・デル・レイの作品にも携わっていますよね。彼がこのバンドにいたのも象徴的ですけど、モダンな形でヒップホップやR&B、メインストリームとの接続を図った最初期のバンドがFun.だった気がするんですよ。実際に売れてますし。
照沼:The 1975のデビュー時にインタビューしたんですけど、「俺たちは白人の男が4人集まったバンドではあるけど、いわゆるインディーバンドじゃない。俺はマイケル・ジャクソンが好きなんだ」って言っていましたね。
小熊:最初からポップシーンを見ていたんですよね。The 1975もFun.も当時はチャラく見えたけど、実は彼らのほうが正しかった。
「ロック不遇の時代」のはじまり。ロックバンドたちは、混乱の時代に突入していく
―Foalsの4枚目『What Went Down』のリリースは2015年なんですけど、2014~2015年のUKロックの印象はかなり薄いんですよね。『NME』の年間ベスト1位を見ると、2014年がSt. Vincent、2015年がGrimesと、両方北米のアーティストのアルバムです(外部リンクを開く① / 外部リンクを開く②)。
小熊:この頃にデビューしたWolf Aliceはデカいんじゃないですかね。UKのバンドがいかにアメリカで存在感を示すか、その模範解答を出したバンドだと思います。一方のFoalsはアート性と大衆性のバランスを取りながら理想的なものを作っていて、可愛げがないくらい隙がなさすぎる(笑)。
あと、Museの『Drones』が出たのもこの年。2010年代の彼らは、エレクトロニックに接近したり、ハードロック回帰したりと、ひたすら悪戦苦闘してきた印象がありますね。次作『Simulation Theory』(2018年)もロックの辛い現状をモロに反映したアルバムでした。
―「ロックの辛い現状をモロに反映したアルバム」というのは?
小熊:時代を意識しすぎて、自分たちのストロングポイントを見失っているというか。ポップ~R&B系のプロデューサーを起用してボトムを現代風にしつつ、『ストレンジャー・シングス』人気も踏まえて1980年代っぽいシンセを鳴らす、その狙いは的確だけど「どんなバンドだったんだっけ?」って思わずにいられないというか。それでも全英チャート1位を維持し続けているから偉いですけど。
そんな感じで、2010年代の中盤以降はロック大混乱の時代に突入していくと。UKでもいよいよラップが中心になってきて、SkeptaがDrakeにフックアップされたように、ローカルのシーンが海外進出していくわけですよね。
―Skeptaのヒット作『Konnichiwa』が2016年。『マーキュリー賞』を獲ったので驚きました。また、同年にデヴィッド・ボウイが『Blackstar』を遺して亡くなったことも重要です。2017年の『マーキュリー賞』はエレクトロニック~R&B系のSamphaが受賞し、J HusやStormzy、ロイル・カーナーといったラッパーたちの作品がノミネートされています。
小熊:いろいろなジャンルの音楽を楽しめる人にとっては、この頃はイギリスの音楽を聴くのが楽しくてしょうがなかったんですよね。
「ヒップホップがロックを使う側になった」
―見方を変えると、ロックというジャンルが相対化されたことでいい流れができてきた。ロックイズム≒マッチョイズムが解体されたことで、変化が起きたのではと。
照沼:別にロックが音楽の中心である必要はないですからね。『Rock This』ってSpotifyの巨大な公式プレイリストにはポスト・マローンとかが入っているわけで。
プレイリスト『Rock This』を聴く(Spotifyを開く)
―「ロック」がラップやポップに奪われていったと見ることもできます。
小熊:ポスト・マローンがAerosmithのスティーヴン・タイラーと共演したり、みたいな話ですよね。
―新作『Hollywood’s Bleeding』(2019年)ではオジー・オズボーンを客演させています。2010年にKing Crimsonの“21st Century Schizoid Man”をサンプリングしたカニエ・ウェストの“Power”を聴いたときに驚いたんですけど……。
小熊:あの曲で歌ってるグレッグ・レイクは、サンプリングされたのが嬉しかったらしくて、ライブのSEで“Power”を使ってたらしいです(笑)。
―ヒップホップがロックを使う側になったと感じたんです。それはポスト・マローンやXXXTentacion、トラヴィス・スコットのような自分たちのことを「ロックスター」と呼ぶラッパーたちの登場に直結していたんじゃないかと。彼らは自分のことをデヴィッド・ボウイかフレディ・マーキュリーだと思っていそうですし(笑)。
小熊:Rae Sremmurdの“Black Beatle”もその象徴ですよね。ぶっちゃけ、The Beatlesのことそんなに知らないだろって(笑)。でも、保守的なビートルマニアよりもThe Beatlesの精神に近いとも言えるわけで。
―しかも、“Black Beatle”ってもともとはカニエが言った言葉なんですよね。ただ、「ロック」ってヒップホップの世界ではよく使われていた言葉ですし、ロックとヒップホップの関係を遡ればRun-DMCとAerosmithの“Walk This Way”だってある。
「最近のロックに足りてなかったのはこれじゃないかな」(小熊)
小熊:Foalsの最新作『Everything Not Saved Will Be Lost - Part 1 & 2』(2019年)の話をすると、イマドキ2枚組で、ちゃんと中身が詰まっているのがすごいですよね。2作リリース時期をずらしたのは、話題性を長持ちさせる効果もあるだろうし、「いまどき2枚通してアルバムを聴く人なんていない」っていう現実とも向き合ってる。そういう意味で、やり方が今っぽい。
天井:『Total Life Forever』から『What Went Down』までは割と同じ方向性で発展していった感じだったけど、今回は初期の頃の彼らのようにいろいろなアプローチにトライしていますよね。
『Part 1』にはヤニスとトニー・アレンのコラボレーションを元にした曲も収録されていますが、2枚とも基本セルフプロデュースということで今までと制作方法を変えたところも多いらしく、そのせいもあるのか新鮮に聴けました。『Part 1』と『Part 2』で音楽的にそこまでコントラストが出ているわけじゃないけど、『Part 1』と『Part 2』は1stアルバムと2ndアルバムの関係にたとえられる印象も受けましたね。
照沼:僕はDrakeの『More Life』(2017年)っぽいと感じましたね。やりたいことがあるからいろいろやってみた、みたいな。プレイリスト感もある。
小熊:The Clashの『London Calling』(1979年)みたいに、昔のロックレジェンドは創作意欲がピークを迎えると、2枚組アルバムでサウンドの幅を広げて、最高傑作をモノにしてきた。そういう攻めの姿勢が『Everything Not Saved Will Be Lost』には感じられますね。最近のロックに足りてなかったのはこれじゃないかな。
しかも売れていて、『Part 2』は全英1位。『Part 1』は『マーキュリー賞』にノミネートされている。ノミネートの顔ぶれはここ10年で大きく変わったのに、今もそのなかにいるFoalsは大したものですよ。
ラップミュージック中心の時代に、Foalsはロックバンドとしての使命や矜持を体現している
―『マーキュリー賞』について言うと、2016年のSkeptaと2019年のDaveの受賞は象徴的。UKの音楽シーンもそれだけラップミュージック中心になってきているわけです。そんななかで善戦を続けているFoalsはすごいと思います。
天井:2019年はIdles、Fontaines D.C.、black midiとロックバンドがたくさんノミネートされていて、盛り返しも感じますよね。特に授賞式でのblack midiのパフォーマンスについてはヤニスも絶賛していました。
小熊:あと、『Everything Not Saved Will Be Lost』はたしかに冒険的だけど、The 1975の『A Brief Inquiry Into Online Relationships』(2018年)ほど越境的というわけではない。Foalsもポストジャンル化が進行する現状と向き合っているけど、一方でロックバンドとしての型にもこだわっていますよね。
―Radiohead、Arctic Monkeys、The 1975のようなゲームチェンジャーではないんだけど……。
小熊:ゲームを変えるっていうより、ブレない軸がある。
照沼:ロックバンドが新しい音楽を作ろうすると、たいてい他の畑に行きがちじゃないですか。でも、Foalsは新しいことをしながら、ちゃんとロックバンドであることを体現している。
天井:今回の新作はサウスロンドンのペッカムで作ったんですよね。いろいろなカルチャーが混じり合うサウスロンドンから刺激を受けていて、それもサウンドが広がった背景としてあるんじゃないかな。
小熊:ちゃんと今のシーンを見ているんですね。
―DYGLやThe fin.、yahyelといった日本のバンドもロンドンに向かっていますよね。小袋成彬さんも今ロンドンにいますし。日本でもサウスロンドン、ひいてはロンドンが盛り上がっている、という認識は共有されてきたと思います。そんな場所にオックスフォード出身のFoalsが行ったっていうのも面白い。
目前に迫った2020年代、UKロックの行方は?
―すでに2020年代を占う1、2年になっているわけですが、どうなっていくんでしょう。ラップに勢いがあってロックはダメ、みたいなヘゲモニーの奪い合いには興味がないのですが、それでも個人的にはロックが大事になってくる気がします。
サウスロンドンのバンドたちやアイルランドのFontaines D.C.など、音楽的にそれほど新鮮ではありませんが、これだけ役者が揃っていたら何かが起きそうだという予感がする。アメリカのインディーロックやベッドルームポップは似たり寄ったりのゆるくてチルい音ばかりで隘路に陥っていると思うので、それとは対照的です。
照沼:レコードやフィルムカメラが流行っているのと同じように、音楽面でもクォンタイズされた太いビートに飽きて揺れたリズムが流行ったり、オートチューンを使っていない生の歌が流行ったりしそうな気もします。そういう流れのなかで、ロックバンドのサウンドやあり方が大事になってくるんじゃないかなと思います。ギターなんて構造上絶対にチューニング合わないものだけど、だからこそという。
小熊:本当にピンチだった一時期に比べると、最近はロックを聴くのが楽しいです。ライブが重要視される時代には、ロックバンドのアドバンテージが活きてきそう。何人も集まって楽器を演奏するとかめんどくさいけど、みんなそろそろ簡単にできる音楽は「もういいかな」って飽きはじめてないですか。
天井:UKロックは10年前もすごく盛り上がって、それが2010年を跨いで萎んだってことを考えると、あまり楽観的な見方はできないんですけどね。でも今、ロックバンドは勢いを取り戻しつつあるし、そのなかにあってFoalsは精神的支柱といっていい存在感がある。今回の2枚のアルバムは、それを示したのかなと思います。
小熊:これからまた時代が変化していくにあたって、Foalsがシーンに居続けることで、彼らが指針や評価軸になってくる。イギリスで長く続けて、アメリカでも存在感があって、ライブも最高だし売上もすごい。しかも、今がベストと言い切れる。今日はここ10年間を振り返りましたけど、そんなバンドは他にいなかったですよね。
―ある意味、UKロックバンドの理想像というか。
小熊:こうやって話すまでそんなこと思っていなかったけど、Foalsって本当にすごいバンドだなー。1stアルバムの頃はやんちゃな感じだったのに……。
―いまやヤニスはムキムキで、胸毛も出していて、「ダッド」っぽい(笑)。
小熊:長く第一線にいるためには、鍛えるのが大事ってことかな。
―マッチョが正しいっていうのは、超嫌な結論なんですけど(笑)。
天井:まあでも、それはライブが大事っていうことにもつながるし。
小熊:メディアというのは常にセンセーショナルな動きを追い求めるもので、彼らのように派手な変化はないけど、地道にアップデートし続けてきたバンドって冷遇されがちじゃないですか。でも、こうやって振り返ると、本当に偉大だったのは誰だったのかよくわかる。ずっと彼らを信じてきたファンは幸せだろうし、これから出会うのでも全然遅くないと思いますね。
- リリース情報
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- Foals
『Everything Not Saved Will Be Lost Part 2』(CD) -
2019年10月23日(水)発売
価格:2,640円(税込)
SICX1411. Red Desert
2. The Runner
3. Wash Off
4. Black Bull
5. Like Lightning
6. Dreaming Of
7. Ikaria
8. 10,000 Ft.
9. Into the Surf
10. Neptune
- Foals
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- Foals
『Everything Not Saved Will Be Lost Part 1』(CD) -
2019年3月8日(金)発売
価格:2,640円(税込)
SICX1221. Moonlight
2. Exits
3. White Onions
4. In Degrees
5. Syrups
6. On The Luna
7. Cafe D'Athens
8. Surf, Pt. 1
9. Sunday
10.I'm Done With The World (& It's Done With Me)
- Foals
- イベント情報
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- 『Foals 来日ツアー』
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2020年3月3日(火)
会場:愛知県 名古屋CLUB QUATTRO2020年3月4日(水)
会場:大阪府 BIGCAT2020年3月5日(木)
会場:東京都 新木場STUDIO COAST
- プロフィール
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- Foals (ふぉーるず)
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英オックスフォード出身、ヤニス・フィリッパケス(Vo,Gt)、ジミー・スミス(Gt)、ジャック・ベヴァン(Dr)、エドウィン・コングリーヴ(Key)からなる4人組のロックバンド。全オリジナルアルバムが、全英チャートにてTOP10入りを果たしている。ゼロ年代から「非オーソドックス」を探求し続け、この10年の間には海外大型フェスティバルのヘッドライナーを飾る唯一無二なバンドへと進化を遂げ、2019年、共通のテーマ、アートワーク、タイトルをもつ、2枚の新作『Everything Not Saved Will Be Lost』を発表。その『Part 1』が3月8日に全世界で発売となり、『SUMMER SONIC 2019』では圧倒的なライブを披露した。『Part 2』は10月にリリースされ、初の全英1位を獲得した。2020年には6年ぶりとなる単独ツアーが決定している。