元ブクガの矢川葵が堂島孝平と語る、昭和ポップスの魅力。80'sアイドルを現代に継承する理由

シンガーの矢川葵が3曲入りのファーストEP『See the Light』をリリースする。

本作には、かねてより矢川が「ファン」を公言するシンガーソングライターの堂島孝平が作詞作曲を手がけた“ほんとはThink Of You”を収録。「銀座にあるパーラー」をテーマに掲げ、軽快でありながらどこか切なさを感じるメロディーに、1980年代の雰囲気を醸し出すワードが散りばめられた歌詞を乗せている。またカップリング曲として、松田聖子“瞳はダイアモンド”と中森明菜“スローモーション”のカバーにも挑戦しており、単なる懐古主義ではない現代にアップデートされたアイドルソングを展開している。

昨年2021年5月に突然活動終了し、ファンに衝撃を与えたMaison book girlのメンバーだった矢川が、その先鋭的な音楽性から一転、幼い頃から大好きだった「昭和ポップス」を現代に歌い継ぐソロアイドルを目指すに至った思いはどのようなものだったのだろうか。

昭和ポップスの魅力についてはもちろん、オリジナル曲にその影響をどうフィードバックさせたかなど、堂島とともに熱く語り合ってもらった。

母の影響で昭和ポップスに触れた矢川葵。「松田聖子さんの歌声も淡いピンク色」

―矢川さんは、どんなきっかけで昭和ポップスを聴くようになったのですか?

矢川:母の実家であるおばあちゃんの家が近くにあって、小学生の頃は毎週末くらいの頻度で遊びに行っていたのですが、そこには母が思春期に使っていた机や1980年代のレコードなどが、そのまま置いてあって。それを勝手に見るのが子どもの頃から好きだったんですよね。

矢川葵(やがわ あおい)
アイドルグループ「Maison book girl」のメンバーとして2014年にデビュー。現代音楽を基礎とした独自の音楽性や、きめ細かに構築された世界観を打ち出すライブ演出などが、アイドルファンのみならず多くの音楽リスナーの注目を集める。グループとしての人気も高まるなか、2021年5月、舞浜アンフィシアターでのワンマンライブを最後にグループが活動を終了。以降表舞台へ姿を見せることはなかったが、同年9月にソロシンガーとして音楽活動を再開することを発表。楽曲およびビジュアルの制作資金を工面するため行なったクラウドファンディングでは、募集期間1か月で1,000万円を超える支援が集まった。

矢川:それと小さい頃、『速報!歌の大辞テン』という音楽番組があって、過去のランキングと当時の最新ランキングを、交互に紹介していく内容だったんです。それを見ていた母が、1980年代のアイドルソングが流れると一緒に歌っていて、その記憶が強くていろんな曲を知ったのだと思います。当時の映像を見ると画質とか色合いが淡く、松田聖子さんの歌声も淡いピンク色のような感じがして、いまの時代のアイドルとはまったく違う存在のようで新鮮だったんですよね。

当時はそんなに深く調べることもなかったんですけど、中学生、高校生くらいの頃にあらためて松田聖子さんのアルバムを借りて聴いてみたら、「この曲も知ってる」「あの曲も聞いたことがある」となって、それが楽しくてさらに調べていくうちに、気づいたら他のアイドルの楽曲も好きになっていました。

堂島:おそらく「昭和歌謡」と呼ばれているジャンルって、1960~1970年代の歌謡曲のことで、矢川さんがいうところのアイドルポップスは、「80'sポップス」や「昭和ポップス」などと呼ばれるもののなかに入るのかなと思います。ちなみに、昭和51年生まれのぼくが「昭和」を体験しているのは十数年間。そこで触れたものは大人になってからも強く残ってますね。

堂島孝平(どうじま こうへい)
1976年2月22日大阪府生まれのシンガーソングライター。1995年2月にメジャーデビュー、1997年にアニメ『こちら葛飾区亀有公園前派出所』のテーマソング“葛飾ラプソディー”を作曲して全国区で注目を集めた。ソングライターとしての評価も高く、KinKi Kids、Sexy Zone、A.B.C-Z、PUFFY、THE COLLECTORS、藤井隆、Negicco、アンジュルムなど数多くのアーティストへの楽曲提供やサウンドプロデュースなども行なっている。近年ではKinKi Kidsの共同プロデューサーとして、レコーディングだけでなく、コンサートメンバーとしても活動中。

―例えば何でしょうか?

堂島:一番古い記憶だとピンク・レディー。1970年代の終わり、ドリフターズのテレビ人形劇『飛べ!孫悟空』にナレーションとして2人が出てきて歌を歌うんですけど、その印象がとても強く残っています。1980年代は、やっぱり松田聖子さん。続いて「花の82年組」と呼ばれた中森明菜さんや小泉今日子さん、そのあとの南野陽子さんや中山美穂さん。極めつけはおニャン子クラブですよね。

男性だと、西城秀樹さんと郷ひろみさん、それからジュリー(沢田研二)あたりが好きでした。そのあとたのきんトリオ(田原俊彦、近藤真彦、野村義男)、シブがき隊(布川敏和、本木雅弘、薬丸裕英)、少年隊、光GENJI。当時は歌番組が全盛で、とにかく華やかな印象でしたね。子どもだった自分には、ブラウン管の向こうの彼らはみんなキラキラと輝いて見えていました。

―矢川さんは、ブクガ(Maison book girl)時代もBSCラジオ(音楽専門インターネットラジオ)の番組『LIKESONG』で昭和ポップスを紹介していたんですよね?

矢川:はい。ブクガ時代もソロでイベントに出演するときは、ブクガの楽曲以外にも松田聖子さんの歌をカバーさせてもらうなどしていて、おりに触れて昭和ポップスが好きだという話をしていたんです。あるときインタビューで河合その子さんの“青いスタスィオン”にハマっているという話をしたら、そのインタビュアーさんがラジオ番組を担当されていて。「1980年代のアイドルばっかり紹介するラジオをやってみませんか?」と言ってもらって実現したものでした。

河合その子“青いスタスィオン”を聴く(Spotifyを開く

アーティストのクリエイティビティーを刺激する、アイドルという存在

―堂島さんは、昭和ポップスの持つ音楽的な魅力に関してはどのような見解をお持ちですか?

堂島:とにかくめちゃくちゃキャッチーですよね。特にアイドルポップスは、メロディーだけじゃなくて歌詞もタイトルもフックが強いものが非常に多い印象です。サウンド的には、やっぱりシンセサイザーが頻繁に使用されるようになり、それゆえの新しさ、当時の未来的な雰囲気、デジタルっぽさみたいなものを象徴していたと思いますし、それが音楽そのものの特徴にもなって、いまも色あせずに聴けるのかなと。

堂島:もうひとつ重要な要素は「ダンス」ですよね。ダンスと音楽が密接に結びつくのは1990年代だとは思いますが、1980年代はその先駆けの時代と言えると思います。1960年代、1970年代の演歌やフォーク、ニューミュージックの頃から引き継がれている部分と、若者のカルチャーであるシンセやダンスがくっついたことによる「ごった煮感」は、他の時代にはない。

―それこそニューミュージックやフォークの世界で活躍していたアーティストがアイドルに楽曲を提供するなどしていましたから、おっしゃるように、アイドルソングのなかにそういう音楽の要素が継承されていくのは当然といいますか。

堂島:はい。松任谷由実さんや大滝詠一さん、山下達郎さん、来生たかおさんや財津和夫さんといった方々がアイドルに楽曲を提供していて、それがある意味、シンガーソングライターとしてのステータスにもなっていた。ぼくがデビューした頃までそれはずっと続いていたし、おそらくいまも残っていると思います。

―ある意味では、アイドルという「素材」を使って自分たちのクリエイティブを爆発させ、コンポーザーとしての「実験精神」を発揮している人たちもいましたよね。そんななかからテクノポップという分野も生まれました。

菊池桃子が所属していたロックグループ、RA MUの“愛は心の仕事です”を聴く(Spotifyを開く

―ちなみに、矢川さんがお気に入りの松田聖子さんの楽曲を3曲挙げるとしたら?

矢川:えー、難しいですね(笑)。やっぱり、カバーさせてもらった“瞳はダイアモンド”はマストです。この曲は、例えば「ダイアモンド」というワードに「瞳は」「小さな」「涙は」と3つの言葉を順番に組み合わせることによって、1曲のなかだけでいくつもの風景を見せていくところとか、すごいなと思わせてくれます。松田聖子さんが、淡い映像のなかで瞳を潤ませながら歌っている姿も胸キュンなんですよ(笑)。

矢川葵による松田聖子“瞳はダイアモンド”のカバー

矢川:“ピーチ・シャーベット”も好きです。『ユートピア』という、松田聖子さんのアルバムのなかでも一番好きな作品に収録された曲で、シャーベットを挟んで好きな人と会話をしている歌詞は、その情景が目の前に思い浮かんでくるというか。自分は体験したことがないのに、夏の恋が始まるドキドキ感を想像できるところが気に入っていますね。私、「水」に関するものが好きなんですよ。海とかプールとか雨とか。あと水族館もよく行ったりとかするし。

松田聖子のアルバム『ユートピア』を聴く(Spotifyを開く

堂島:へえ、意外!

矢川:山よりも海派なんです(笑)。『ユートピア』のジャケットは、そういう意味でもお気に入りですね。

“ほんとはThink Of You”は「ちょっと憂いがあって、でもかわいらしい感じ」(堂島孝平)

矢川:あともう1曲は、最近までハマっていた“レモンティーとチョコレートパフェ”にします。これは1990年代になってからの楽曲なのですが、デビューしたばかりの少女のような松田聖子さんではなくて、もう少し大人になってからの曲なので、「今日はフリルのスカートじゃなくてスリムパンツを履いてみた」とか、「チョコレートパフェも気になるけどレモンティーを頼むわ」みたいな、大人になった自分を歌っています。でもチョコレートパフェを「子どもだ」と思っているところが、まだちょっと大人になりきれていない感じがして(笑)。そんなふうに背伸びしたい様子が本当にかわいらしくて、すごく好きな曲です。

松田聖子“レモンティーとチョコレートパフェ”を聴く(Spotifyを開く

―今回、矢川さんがソロデビュー曲の作詞作曲を堂島さんに依頼した経緯を教えてもらえますか?

矢川:堂島さんが提供されていたKinKi Kidsの“カナシミ ブルー”が好きでずっと聴いていて、あるとき母とテレビを見ていたときに、堂島さんが出演されているのを見て「この人がつくったんだよ」と教えてくれたんです。それで調べてみたら、他にも好きな曲がたくさんあって。堂島さんが楽曲提供された曲も、ご自身のオリジナル曲も好きになりました。それから、たまたまご縁があってライブを観に行かせていただく機会があり、そこで初めてご挨拶をしたんです。

堂島:かれこれ3、4年くらい前ですね。

矢川:以降、堂島さんの誕生日のライブには毎年遊びに行かせてもらうようになっていたんですけど、今回ソロデビューするにあたってダメ元で楽曲提供をお願いしたところ、受けてくださって本当に嬉しかったです。

―堂島さんにはどんなリクエストをしたのでしょうか。

矢川:カップリングで松田聖子さんの“瞳はダイアモンド”と中森明菜さんの“スローモーション”をカバーさせていただいていたので、オリジナル曲もちょっと80'sを感じさせるような雰囲気にしたいというお話はさせていただきました。

そこから80'sっぽいってどういうことなのか? を一緒に考えさせてもらうなかで「『1980年代のCMソング』というテイでつくってみたら面白いんじゃないか?」というアイデアをいただいたんです。もし自分がCMに出るならどういうものにしたいか? みたいなことをスタッフさんと一緒に話し合い、自分は喫茶店巡りとかが好きなので、「銀座にあるパーラー」をテーマにお願いしたらいいんじゃない? という話になりました。

―「パーラー」って最近あまり聞かないですよね。確かに昭和っぽいワードです。

矢川葵による、中森明菜“スローモーション”のカバー

堂島:単に80'sっぽいものを引用するだけでは「あるある」になってしまうし、それだともったいないので、まずはそういうストーリーづくりから始めたんです。それと同軸で、アイドルポップスとはいえ「矢川葵さん」という人に合った曲にしなければとも思いました。闇雲に元気なポップチューンではないだろうし、ちょっと憂いがあって、でもかわいらしい感じがいいのかなと。

堂島:それに、グループで歌うのではなくてソロシンガーとして最初から最後まで一人で歌うわけだから、ちゃんとそこにストーリーが見えるものにはしたかったんですよね。矢川さんが歌うなら、ただ男の子に黙ってついていくだけの女の子じゃないほうがいいな、とか。すごく芯はしっかりとあるんだけど、自分の気持ちを言うまでにちょっと時間がかかるところとか。

矢川:ふふふふ。

堂島:そういう、葵ちゃんらしさみたいなものは歌詞のなかにちゃんと詰め込みたいと思いました。

矢川:リファレンスとして、南野陽子さんの“吐息でネット”も挙がりましたよね。

南野陽子“吐息でネット”を聴く(Spotifyを開く

堂島:そう。南野陽子さんって、大人っぽくもあるけどかわいらしさもあって。声が独特で、スウィートなのにちょっと陰りがある。その感じが矢川さんにも通じるものがあると思い、参考にしました。あとは「松田聖子さんの、この曲のイントロの感じ」みたいに、いくつかリファレンスを上げてもらってからつくり込んでいきました。

―最後、「間違ったっていいわ あなたとなら」で終わる余韻もいいですよね。まだそんなに危険を冒すような年齢じゃないけど、妄想だけ先走ってしまっている感じも微笑ましくて。

矢川:そうなんです。門限を聞かれたくらいで戸惑っているのに、最後に「間違ったっていいわ」と言い切っちゃうところがかわいいですよね(笑)。

矢川葵”ほんとはThink Of You”MV

「ファンの子をこんなふうに泣かせたくて活動していたわけじゃないのに、最後にこんな思いをさせちゃったことが悔しくて」(矢川葵)

―堂島さんから曲が送られてきたときにはどう思いましたか?

矢川:「これです! こういうのが歌いたかったんです!」って思いました(笑)。さっきも堂島さんがおっしゃっていたように、ただ1980年代のアイドルポップスをそのまま踏襲するのではなくて、ちゃんと私らしい楽曲に仕上げてくださったことも嬉しくて。

私がアイドルやアイドルソングが好きな理由は、作詞家さんや作曲家さんが「この子に歌わせるなら、こういう曲がいい」とか「このフレーズをこの子に歌わせてみたい」みたいな思いを感じるところなんですよね。だから、そういうところも汲み取ってつくってくださったことが本当に嬉しくて泣きました(笑)。

―逆にいえば「この人に歌ってもらいたい」という思いがあるからこそ、いままで開かなかった引き出しが開くこともきっとあるでしょうね。

堂島:本当にそのとおりです。それこそ<門限を聞かれて 止まったティースプーン>というフレーズが思いついたときには「これは矢川さんにぴったりだな」と思いましたね。

―ボーカルレコーディングのときには、どんなことにこだわりましたか?

矢川:Maison book girlでは、どちらかというと無機質な歌い方をすることが多く、今回のように「女の子の気持ち」を素直に表現するのは初めてでした。なので、事前にボイストレーナーの先生と1行1行読み込みながら「ここはこういう表情で歌った方がいいんじゃない?」「ここはこんな感情を込めて歌ってみよう」みたいな感じでたくさんメモして、それをスタジオに持って行って歌いました。本当に、顔の表情もその歌詞の気持ちに寄り添って、「顔芸」みたいになりながら(笑)。難しかったけど、自分で考えながら歌えるのはすごく楽しかったです。

―ブクガ活動終了から、ソロ活動開始のアナウンスまで矢川さんは沈黙を守っていました。この間、どんなことを考えていましたか?

矢川:解散ライブをすること自体は、メンバーはもっと前から知っていたし、コロナ禍にならなければもっと早く終わっていたはずだったんです。なので、その間はずっと迷っていました。このまま活動を続けるのか、それとも別の職業に就くのか、本当に気持ちが揺れていましたね。

ツアーの最終日が、ファンの方としっかり話ができる最後の機会だったんですけど、その頃はもうファンの方たちは「解散するかもしれない」ということを薄々感づいてくれていて。デビューしたばかりの頃からずっと観に来てくれている女の子がいるんですけど、その子が耐えきれずに泣いちゃっていて。それ見ていたら「ごめんね」っていう気持ちでいっぱいになって。その子をこんなふうに泣かせたくて活動していたわけじゃないのに、最後にこんな思いをさせちゃったことが悔しくて……(言葉に詰まる)。それで、やっぱり(この世界に)戻ってきたいなと思うようになっていきました。

―そうだったんですね。

矢川:ブクガとしての最後のライブまでは、あまり先のことを考える余裕もなかったし、とりあえず最後まで頑張ろうと思って。終わってからあらためて次のことを考えたときに、その子のこととか思い出して、「活動を続けたいなら手伝うよ?」と言ってくださったスタッフさんもいたので、それからは次の活動に向けての準備を進めていました。

堂島:とにかく、矢川さんがソロシンガーとして、これからも活動を続けていくということにまずホッとしましたね。ブクガのメンバー全員に対して思うことですけど、次に自分が夢中になれることを是非とも見つけてほしいなと思っていたので。しかも矢川さんは、日本のポップスをすごく愛していることをぼくは以前から知っていたし、そういう人がまた「歌」を選択してくれて「よかったなあ」と思いました。

矢川:これからもやりたいカバーはたくさんあるし、オリジナルもどんどんつくっていけたらいいなと思います。

堂島:すごく懐の深いシンガーなので、これからも音楽の素晴らしさを伝えながら、矢川葵という人の魅力がより多くの人に伝わって行ったらいいなと思います。

堂島:じつを言うと、ぼくがソロで活動しているアイドルに曲を書いたのはこれが初めてなんですよ。グループへの楽曲提供はめちゃくちゃあるし、ソロアーティスト、タレント、俳優にもあるんですけど。グループの場合は、何人もの人格を歌詞のなかに入れるから、やっぱり書き方が違うんですよね。

初めてソロアイドルに曲を書くにあたっては、1980年代の音楽がどうやってつくられてきたか、自分なりに調べたりそれを咀嚼したりしながらつくったので、当時の作家さんやシンガーソングライターの皆さんの偉大さをあらためて思い知らされたし、すごく勉強になりました。そういう機会を与えてくれて、矢川さんには感謝しています。

矢川:こちらこそです。

堂島:これからのご活躍も楽しみにしています!

矢川:ありがとうございます!

『昭和ポップス』を聴く(Spotifyを開く

『昭和歌謡』を聴く(Spotifyを開く

リリース情報
矢川葵
『See the Light』

2022年03月23日発売
価格:1,650円(税込)
ANCP-0001

プロフィール
矢川葵 (やがわ あおい)

アイドルグループ「Maison book girl」のメンバーとして2014年にデビュー。現代音楽を基礎とした独自の音楽性や、きめ細かに構築された世界観を打ち出すライブ演出などが、アイドルファンのみならず多くの音楽リスナーの注目を集める。グループとしての人気も高まるなか、2021年5月、舞浜アンフィシアターでのワンマンライブを最後にグループが活動を終了。以降表舞台へ姿を見せることはなかったが、同年9月にソロシンガーとして音楽活動を再開することを発表。楽曲およびビジュアルの制作資金を工面するため行ったクラウドファンディングでは、募集期間1か月で1,000万円を超える支援が集まった。

堂島孝平 (どうじま こうへい)

1976年2月22日大阪府生まれのシンガーソングライター。1995年2月にメジャーデビュー、1997年にアニメ『こちら葛飾区亀有公園前派出所』のテーマソング“葛飾ラプソディー”を作曲して全国区で注目を集めた。ソングライターとしての評価も高く、KinKi Kids、Sexy Zone、A.B.C-Z、PUFFY、THE COLLECTORS、藤井隆、Negicco、アンジュルムなど数多くのアーティストへの楽曲提供やサウンドプロデュースなども行なっている。近年ではKinKiKidsの共同プロデューサーとして、レコーディングだけでなく、コンサートメンバーとしても活動中。



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